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余日録


by watari41

汚染水

 福島第一原発のタンクに溜まり続けていた処理水と言う放射性物質の大部分は、取り除いたが分子レベルで水と結合してるトリチュームは、分離できないままでいる処理水を薄めて海に放出する作業が始まった。
 科学的には何ら問題ないと言っても、大きな風評被害が心配されていたが、現実にはそれどろではない。日本国家を揺さぶる大被害が発生してしまった。政府も予測外の出来事だというのだから、一般国民は当然ながらそこまで行くとは思ってもみていない。
 中国政府が「汚染水」を日本が海に放出したとして、水産物一切の輸入を禁止したのである。科学的に話し合いをしようとしても中国は応じる気配を見せない。
 まるで白を黒と強引に言い張っているようなもので、大多数の中国人もそのように思ってしまっているのだ。現代社会は高度情報化時代にも係わらず、都合の悪い情報を根本で、一切遮断しているのだから始末が悪い。
 この処理水放出が、今後30年間も続くというのだから、気の遠くなるような話である。
 日本政府は当初、処理水からトリチュームを分離する方法として、電気分解による方式も考えていたふしがある。水は酸素と水素から出来ているので、電気分解によって、水素と酸素ガスが発生し、トリチュームだけが電解槽内に残る。これを取り出して特別保管するというものだ。電気分解は中学校の理科で習うようなもので、面倒なものではなく工業的にも利用された。私が社会人となった60年も前のことだが、仙台市太白区長町の東北金属工業で、わずかな期間だが自家消費用の水素ガス発生に携わったことがある。
 今回の処理水問題でも、政府はガス化して水素や酸素を回収することを、三菱重工に依頼して実験をしてもらい、「キュリオン計画」としてネット上にも公開され、読んだ記憶があるが現在は見つからない。
 ところが、それを改良したとみられる報告がネット上にある。(以下URL)
   「トリチウム分離技術の検証のための実証事業」KURION資料2
 である。東芝や、大学、その他ベンチャー企業の報告である。
 触媒や燃料電池などとの組み合わせで、一日あたり40トン処理でき、総計数百億円で80万トンの処理水からトリチュームを除去できるというのである。


# by watari41 | 2023-09-03 16:44 | Comments(0)

宮城県最古の茶室修復

 宮城県の最南端である亘理郡山元町坂元に宮城県では最古の茶室が現存する。とはいっても、外見はボロボロの廃屋状態になっている。
 最古とは言っても1820年頃に建てられたもので200年程度である。
 元々は、仙台の青葉城に建設されたものだ。これがどうして坂元にあるのかというと、仙台藩の世継ぎ問題が生じた時、坂元領主大條氏(4千石)の活躍で伊達政宗の血筋を守ったことに対する「ご褒美」なのである。
 仙台藩主11代目が若死にして、その子供が幼くまだ徳川将軍へのお見みえも済ませていないこともあって、幕府老中が介入してきた。あたかも将軍家斉には子供が出来過ぎていて、その処遇に頭を悩ませていた。老中は男子を伊達家へ養子にだそうと企てた。それを懸命に阻止したのが坂元領主大條氏だったのである。

 修復には多大の資金が必要だ。山元町では、
 その一部を、「ふるさと納税型クラウドファンディング」で集めようとしており、一千万円の目標にあと一歩のところまできている。
 上記、文字をクリックしていただけると、そのページに飛びます。
 このブログの読者はごくわずかで寄与度は
九牛の一毛でしかないが、これまでの成果にはサンドウィッチマンの伊達きみおさんなどのPR効果が大きく寄与している。地方紙にも大きく扱ってもらっている。
 さらには、この一大プロジェクトともいうべきものを推し進めている、スーパーレディともいうべきM女史の存在がある。彼女なくしては、この案件はなかったであろう。建築家と連絡し、役場に絡み、イベントまで催した大変な女性なのだ。超一流企業に勤務し、頭脳の明晰さ、情熱と仕事の進め方を知っている方だ。

 わび茶は、日本が世界に誇るべき「総合芸術」なのである。と、にわか勉強をした本に書いてあった。

# by watari41 | 2023-08-22 12:01 | Comments(0)

終:78年目の夏

 甲子園では、仙台育英高校が2年連続の優勝をするかもしれない。大阪の履正社高校を破って準々決勝へ進んだ。
 育英学園は、かつて理事長を始めとする内部スキャンダルに大きく揺れた。「虚妄の学園」という告発本が書かれ、仙台の各書店でベストセラーを続けたことがあった。
 さしもの学園も大きくゆらいだが、野球部を中心とする運動部の活躍がこれを跳ね返した。スポーツクラブの発信力には凄いものがある。
 地元ローカル紙の影響力にも大きなものがある。新聞社幹部が理事長と親しく、都合の悪い記事を抑えたこともあったそうだ。オーナー理事長であったから出来たのであろう。
 現代の日本大学スキャンダルは、新任の理事長に情報が伝わっていなかったがために、有名作家でもある林真理子さんは、大きな恥をかくことになった。

 78年前の8月15日は天皇の放送があったにもかかわらず、戦闘がその後も続きかなりの戦死者が出ている。
 戦争中も、情報伝達がお粗末だった。山本連合艦隊司令長官の搭乗した飛行機のルートが暗号のお粗末ですっかり米軍に把握されていたようだ。
 またミッドウエイ海戦の時も、南雲中将率いる艦隊は米軍の接近を当然しっているだろうと、連絡のミスが大敗の原因となったとされる。
 
 78年後の現在は、サイバー戦争の時代に突入したが、自衛隊の機密情報に外部から接触されていることを、米国から知らせてもらうというお粗末なことをしている。すなわち米軍が自衛隊の全てを掴んでいることを日本人に知らせてくれた。セクハラまでは把握していないのだろうが、隊員の外国人奥様は監視下だと言われている。
 軍事費の増強が画策されているが、いくらお金を投入しても情報戦に弱いのが78年前と変わらない。

# by watari41 | 2023-08-17 12:30 | Comments(0)

続々:78年目の夏

 0.2グラムの大麻が日大学生から発見され、この夏を大きく騒がせた。ゴミみたいなものだが、日本では麻薬に関する監視が厳しい。

 かつては麻薬が国家を滅ぼしたことがある。1840年にイギリスと当時の中国を支配していた清帝国の間に、麻薬の一種であるアヘンを巡り戦争が起きた。(日本では江戸時代の天保年間のことである)
 イギリスが中国人に大量のアヘンを売りつけて、莫大な利益を上げていた。中国人は麻薬にすっかり汚染されてしまった。中国の富がイギリスに吸い上げられ大英帝国の繁栄に貢献したのである。
 清国政府は、当然ながらアヘンの輸入を禁止した。しかしイギリスは応じない。武力による脅かしをかけて戦争に突入した。産業革命に成功し近代化した武装装備をもつ、イギリスが圧勝した。揚子江の下流にある南京を自由貿易港とする不平等条約を結ばされた。アヘンが中国中に広がることになる。当時の世界に強大さを誇った清帝国も大いに衰退してゆく。
 清国政府は、少なくなった収入を増やそうと重税を課した。これに反発して起きた内乱が「太平天国の乱」である。これを鎮めるために清国は自力ではできず、イギリスとフランスの力を借りることになる。
 やがて、1856年にイギリス国旗を掲げた貿易船アロー号を海賊船だとして清国が攻撃する事件が起きた。これを契機にイギリス・フランスは清国と全面戦争状態になり、主要都市である天津をフランスが占領するなど、各地で敗北を重ねついには降伏の如き和平条約を結ぶ。清国が滅亡する発端となった。(アロー戦争とか第二次アヘン戦争と呼ばれている)
 麻薬の怖さは、誰もが知る所であるが、麻薬の栽培は巨額の利益を産み出すので、第二次大戦後の中南米諸国のゲリラは、これを重要な資金源としたことは良く知られている。
 確認されたことではないが、旧日本軍も資金源とするために満州国(1931年に中国東北部に旧陸軍が設立した傀儡国家)で極秘裏に麻薬の大量生産を行ったと言う説がある。当時の世界生産量の80%を占めたとか。今も埋蔵金の如く、どこかに秘匿されているとの話もある。

 麻薬は世界の歴史を動かしてきた事実がある。0.2グラムでもゆるがせにはできないのであろう。
 

# by watari41 | 2023-08-12 17:35 | Comments(0)

続:78年目の夏

 昭和20年、2個の原子爆弾が落とされた。第二次世界大戦、最大の悲劇である。
 戦後に、最終判断を下したトルーマン大統領は、戦争中とはいえ、民間人の大量殺戮には米国内はもちろんのこと世界中から非難されることになった。
 いろんな言い訳を考えたようだが、日本本土上陸作戦が実行されれば、桁違いの犠牲者がでるのをふせいだのだと。これが通用してしまった。原爆は日本の降伏を早めたのでやむを得なかったとも。
 誰も、そんなことは信じなかったのにも関わらず、大統領が発言し、これが大きく報道されたので、アメリカの非はあまり問われることがなかった。
 世界はその後、核爆弾の競争時代に入ってしまった。北朝鮮も核を持つに至った。独裁者が核兵器を持つのは危ない。
 日本は被爆国なのに、核兵器に曖昧な態度を取り続けている。核拡散禁止条約国に加盟するのをためらっている。現在はアメリカの核の傘で守られているからだと。

 先日のテレビで保坂さんという同世代の昭和史研究家が、日本は核は駄目だというような独自のメッセージを発信するべきだったが、これが出来なかった。そのため世界の世論に右往左往するようになってしまったと。

 過日のG7広島サミットで、各国首脳は原爆資料館を見ているが、悲惨な状況をどこまで知りえることができたのだろうか。一説によれば会議の成功を優先して、見せる展示物を制限したとも。

 惜しむらくは、戦後相当な時間があったはずで、政府の肝いりで世界各地でくまなく、核爆弾の恐ろしさを伝える活動をしてこなかったことだ。アメリカには特に遠慮してしまったようだ。これからでも遅くはない。

# by watari41 | 2023-08-06 12:32 | Comments(0)