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平和国家日本

 10月末に門司市のイノシシ騒動が全国実況放送になっていた。砂防ダムに落ちた2匹のイノシシを助けるべきだというのである。市役所職員が数日間動員されていた。誠にバカバカしい限りというしかない。反面、報道すべきことがないのだろうが、これほどのどかで平和な日本だということである。
 
 明治維新から昭和20年までの77年間、日本は内戦、そして外戦(日清、日露、日中、日米)と絶え間なく戦い続けてきた。一転して今度は平成30年まで73年間、内外共に戦闘を経験していない誠に平和な時間を過ごさせてもらった。
 自分の墓石に「ありがとう」という文字を刻んでいる人までいる。これら全てを合計して明治から150年としているが、イッパヒトカラゲにできるものではない。

 世界各地では、今も絶え間なく戦争が続いているが、これらに関する詳細な報道が全くない。義憤にかられているというのも大げさかもしれないが、戦地を伝えようとするジャーナリストがいる。先日3年ぶりに解放された安田さんもその一人であり、残念ながら殺されてしまった方々もいる。政府は民間人に対しては、危険地域に立ちいらないようにとしているが、報道関係者は例外と考えているフシがある。安田さんの解放に水面下でかなりの工作をしたらしいことが新聞にあった。平和というのは逆にいえば情報の途絶ということになるのかもしれない。自己規制までしてしまう。テレビでは、上記の如きどうでもいいようなことしか放送されなくなる。報道の自由度という世界ランクがどんどん下がっていく。
 日本人のインテリジェンス(知的情報度)がすっかり弱くなってしまったとされる。

 国策とされる国家の政策と国民の幸福度は一致しないことが多い。消費税にしてもしかりである。ましてや戦争はその最たるものであろう。国家はどういうわけか戦争を好むと言ってはいいすぎかもしれないが、そんな傾向にあることは否定できない。
 かつて世界最強の軍事力を目指した国家ではあったが、戦場で食べるものにも事欠いて滅亡した。「寸鉄身におびず」という言葉がある。今度は世界最長の平和国家という目標があるはずだ。だが空疎な国家になるのだけは避けてほしい。以前に大宅荘一さんが言っていた一億総白痴化が現実味を帯びてきているように感じる。

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by watari41 | 2018-10-31 17:47 | Comments(0)
 我が町での「独立記念式典」でイスラエル大使が挨拶した。
 建国当初は、各国からの支援をいただきながらも現在はこのようにして他国の大震災を援助できるまでに至ったというような感謝の弁を述べていた。独立当初の100万人が今や800万人の人口を抱えるに至ったと。

 日本人は、どういうわけかユダヤ人に親近感を持つ方々が多い。明治時代には「日猶(ユダヤ)」同祖論などという極論まで唱える人がでてきて、意外な支持を受けたのである。それは、明治期にやってきた親日家のイギリス人が日本人はユダヤ人と似ているところがあると述べたのが発端らしい。
 現代でも山本七平さんというキリスト教徒である作家がイザヤペンダンというペンネームを使って「日本人とユダヤ人」という著作を出し、ベストセラーとなり評判を呼び大きな「文学賞」を得た事があった。
 ここ東北青森県でも戸来村(ヘライ村)があって、ヘブライ語を使う人々が住んでいたのではないのかとか。ご丁寧に「キリストの墓」なるものまで存在するのだから面白い。墓には現代になってイスラエルより送られた十字架まであるそうだ。

 日本が昭和6年(1931年)中国に「満州国」を作った時に、その地に当初はユダヤ人を入植させたらどうかという論があったということで、未だに語り草になっているほどである。満州国を調査して拒絶報告をした当時の国際連盟のリットン調査団もユダヤ人が入っていたら無碍にすることは出来なかったであろう。東洋にユダヤの大帝国が出来上がっていたかもしれない。

 第二次世界大戦で「杉原千畝」さんが6000千人ものユダヤ人を救ったのはあまりにも有名な話であるが、これも日本人としていろんな下地があってのことである。大日本帝国政府はドイツなどと三国同盟を結んだが、それとは別の下々の動きがあったことがわかる。杉原さんは当時の日本政府に反逆行為をしたわけで、その罪を受けたのである。

 もともと満州やモンゴルの民族出身者が中華民国を征服した事例はたくさんある。チンギスハーンは中華のみならず西欧諸国まで侵攻した。清王朝は満州から出ている。元々は中国と満州は別の地域だったのだろうが、今の中国政府は満州から新疆までを領有し、チベット民族は存亡の危機にあるとされる。仏教徒のチベット人は第二のユダヤ人になるかもしれないのだ。

 

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by watari41 | 2018-10-26 17:08 | Comments(0)
 世界で最も古い民族の一つ、ユダヤ人の国イスラエルが、建国わずか70年にしかならないというのも不思議な話である。
 1948年(昭和23年)にイスラエルに入植した100万人ほどの人が独立宣言した。この背景にはイギリスの2枚舌外交ともいうべきおかしなことが原因だった。
 第一次、第二次世界大戦でドイツと戦ったイギリスはかつての世界覇権国では無くなっていた。力の弱っていたイギリスは助けを必要としていた。軍資金が足りなかった。そこで世界中のユダヤ人に約束した。遠祖の地であるパレスチナにあなたがたの国を作ってあげましょうと言明したのである。特にアメリカのユダヤ人から多くの資金を集めた。
 その一方で、植民地下にあった中東のパレスチナ人にも同様の独立約束をしていた。
 戦後に出来た国際連合総会にイギリスが、イスラエルやパレスチナを同時に、それぞれ小さく独立させる提案をしたが否決された。それにごうを煮やしたイスラエルのベングリオン初代首相は独立宣言をした。怒ったパレスチナ人は、イスラエルへ戦争を仕掛けた、圧倒的にパレスチナ側が有利だった。ユダヤ人は再び流浪の民となるかに思われたのだ。周辺諸国であるヨルダン、シリア、エジプトなどアラブ諸国を全て敵に回したからである。
 しかし、ユダヤ人は必死で戦った。ここで負けては2千年来の努力が無駄になるという思いがあったのだろう。奇跡的に勝利したのである。これが第一次中東戦争と呼ばれるものだった。
 その後、数次にわたり戦争が起きているが、イスラエルの軍事力は急速に高まり、もはや周辺諸国の及ぶところではなくなった。

 日本は戦後70年間の平和を享受できたが、イスラエルは戦いに次ぐ戦いを勝ち抜いてきた。おびただしい戦死者を出しながら2千年来の悲願を実現してきたのである。
 一つの民族がこのようにして千年単位での長期間生きながらえてきたのは、人類の奇跡なのかもしれない。その間には世界各地で各種の摩擦を起こしてきたのも事実であり、ヒットラーはユダヤ人種の撲滅まで考え6百万人もを虐殺した。悲劇の民族でもある。
 だが今や強大化したイスラエルは、イラン、イラク、サウジアラビアなど中東アラブ圏全域を敵に回している。
 宗教上の対立は簡単には解決しないというか、永遠に解決不可能なのかもしれない。
 第三次世界大戦が起きるとすれば中東が発火点になると言われる所以でもある。

 ユダヤ人に協力をもらわないといけないのは、強大なアメリカとてそうなのだ。アメリカの富の大半をユダヤ人が占めるとさえいわれる。トランプさんとて、イスラエル大使館を移動するとか世界中の反発を受けながらもユダヤ人に媚を売ろうとしている。

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by watari41 | 2018-10-21 15:39 | Comments(0)
 先日、我が町の中央公民館で標記の記念式典があった。
 なんで、こんな田舎町でイスラエル大使・公使などが来訪して式典が開かれるのか不思議に思われるだろう。町内会長など招待を受けた町の名士も多い。筆者もその一人である。
 舞台には、保育所の児童100名以上が並んでいた。最初に両国国歌の斉唱が児童によって歌われ式典が始まった。

 大震災がきっかけであった。震災の4日後に「セリアさん」という在日インドネシア人女性がボランティアとして我が町に来たのである。もともとイスラエル大使館と親交のあった方で、親善大使という肩書をもっていた。
 当時は原発の爆発が次々と起こり、東京からこの町にくるのは極めて危険な状況で、大反対を受けたがセリアさんの意思でやってきた。
 セリアさんは、そのような大混乱の状況では児童の心のケアが何よりも重要だと知った方なのである。最初に始めたのが保育士への指導だった。これまで述べ百名以上もの実績があるらしい。その資金援助をしたのがイスラエル大使館なのである。それで招待者の中には事態が飲み込めた人も多かったようだ。

 震災直後には、沢山のボランティアが我が町にも来ていただいた。そのなかで国家とのつながりができたのは珍しいことであろう。そのためもあってか、復興省やオリンピック担当省から2020年の東京オリンピックでは我が町はホストタウンの一つに選ばれたのである。イスラエルの選手宿舎が出来ることになる。今年になってから町長と職員がイスラエルに出張してその協定書を結んできた。

 イスラエルには誰もが知っている受難の歴史がある。ユダヤ人の国家なのだ。2千年も前の西暦70年にローマ帝国に攻められて滅ばされた。最後の砦には1千名もの人が城を枕に討ち死にした。歴史上最初の集団自決とされる。領土を占領されユダヤ民族は世界各地に散った。12の部族があり、そのうちの一つが行方不明で日本へ流れついているとの伝説もあるくらいだ。

 ユダヤ人は世界各地で生き延びるために懸命に頑張ったのだろう。富で世界を支配すると言われるロスチャイルド家、歴史的物理学者アインシュタインなどなど。ユダヤ人は世界各地で存在感を示している。
 しかし建国わずか70年なのである。

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by watari41 | 2018-10-13 13:05 | Comments(0)

「帝国」日本(9:終)

 だらだらと長いシリーズになってしまった。
 丁度一年程前にNHKラジオ放送番組で平川先生の講演があった、(一時間)
 そこで、ご自身の経歴を語っていた。九州久留米市の中学校を卒業すると高校にはゆかずに郷里の偉人が創業したブリジストンの東京工場に就職した。
 平川さんの家が貧しかったというわけではない。日本は高度成長期にも入る頃なので本人の意思というきわめて珍しい話である。定時制高校に通い、法制大学の夜間を卒業して、その間に新聞記者なども経験したようだ。30歳頃になって、ようやく東北大学大学院に入る。卒業後には大学の助手を経て、東北大学教授となる。同大学の東南アジア研究所長を定年後に宮城学院女子大学学長となった。
 このように他の研究者とは異なる道を辿ったので、現場主義がきわめて強いのだとおっしゃる。
 紹介した近刊「戦国日本と大航海時代、秀吉・家康・政宗の外交戦略」副題:日本なぜスペインの植民地にならなかったのかは、朝日新聞にも大きく取り上げられ話題をよんだ。参考文献がただごとではない。聞いたこともなかった戦国時代の外国との交渉記録がたくさんある。説得力のある著作なのだ。

 
  平川先生とは関係なくなるが、歴史に興味を持つ一人として、古代日本を知るには中国や朝鮮の文献に頼るしかない。誰でも知っているようなことだが、西暦240年頃の「魏志倭人伝」に登場する「卑弥呼」、西暦400年頃の朝鮮高句麗の英雄的王である「好大王碑」の文に倭国が百済と結び新羅を攻めたので、助けを求められたので大王はこれを打ち破ったとある。
 この頃の日本は応神天皇の時代とされ、南朝鮮を蚕食し現在の釜山あたりに「任那」日本府があったとされる。慶州には前方後円墳があり、これまで朝鮮経由で日本に来たと思われていたが、逆ではないのかとも推測される。
 それから300年近く過ぎて663年天智天皇の時代に、百済が攻められて日本に応援を求めてきたので、大船団を派遣したが惨敗した「白村江」の戦いがあった。

 延長戦になりそうなので打ち止めにする。


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by watari41 | 2018-10-08 14:32 | Comments(0)

「帝国」日本(8)

 昔から人間は海に出る事を怖がってはいない。海の向うに大きな可能性を見出していたからである。
 平泉金色堂の柱に見事な螺鈿(らでん)がある。使われている大きな夜光貝は、沖縄以南の海洋にしか存在しないといわれる。
 つまりは、平泉政権が直接に秋田の港から船を出して東南アジアに乗り出していたのか、あるいは九州、京都などから手に入れていたのだろうか。どちらなのかはわからない。しかし、このような螺鈿は平泉にしか無いことから、直接東南アジアから手に入れていたとする方が納得性がある。
 当時は勃興期にあったカンボジアのアンコールワット政権と交流があったのか、あるいはインドネシアのジャワ島に栄えたボロブドゥール政権の末裔と関係があったのかもしれない。いずれも仏教で一大繁栄を遂げている。

 徳川政権に至る頃には、仏教は日本人の体に染み込んだが、キリスト教にはなじまないというか、日本が征服される恐れを抱いてしまった。
 仏教もそもそもは、聖徳太子の頃にそれまで存在していた神道が、かなりいかがわしくなってきていたので、仏教による国家を作ろうとしたのがそもそもの始まりとされる。現在も残る法隆寺をはじめ、百年後には奈良の都に東大寺など立派な寺々ができた。現在の葬式を司る寺ではなくて学問所としての寺である。空海・最澄・円仁・徳一大師などの日本仏教の始祖とされる巨人が出て国家の基礎が確立した。

 しかし200年ほど過ぎた平安末期になると、これら偉人たちの賞味期限が過ぎてしまったのか、法然・親鸞・日蓮などの新興勢力が出て来て一般大衆に普及するようになる。丁度この時期に撹拌大師が出て空海を見直すのである。真言宗も立派に大衆化できるものであるとして、全国に広げた。そうでなかったら、空海は高野山に埋没した地域密教になったであろうと言われている。

 仏教勢力も軍事力をもった。平清盛の時代に奈良寺院の仏僧が力を持った。これを嫌った平氏一門の平重衡は、奈良の巨大寺院をことごとく焼き打ちしてしまった。鎌倉時代になり東大寺大仏殿などが再建された。

 比叡山も力を持ち、織田信長がことごとく焼き払ったのは誰でも知っている。徳川家康に至り仏教勢力を完全に封じ込めた。
 鎖国はしたが日本は「帝国」としての存在感を示していた。

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by watari41 | 2018-10-02 17:18 | Comments(0)