農と工の歴史

 我々世代は、日本の歴史始まって以来の重大な転換事例に何度も遭遇した稀な時代を生きてきたが、最重要な転換は「減反」であったと思っている。オヤと思う方がいるかも知れない。

 有史以来、食料の増産は、人類共通のテーマであったはずだ。それが日本では昭和45年にプッツリと途絶た。新田・開田禁止と「減反」が始まったのである。これ以上の歴史的転換はないはずなのに、何故か今もってこのことを本格的に論評したものを見たことがない。
 今や田圃の減反率は30%にも達する。問題を意識的に避けているのか、カモフラージュしているのかがわからない。現在の農相は米を作りたいだけ作ればいい、などと言っているが、もはやそんな馬鹿なことをできる時代ではなくなっている。

 歴史的な大事業と言われるものは、ほとんど米の増産に関することだ。伊達政宗は北上川を捻じ曲げて、膨大な新田を開いた。近代に入ってからは宮城県の品井沼干拓事業。福島県の安積疎水、これは猪苗代湖の水をそれまで日本海に流れていたのを止めて、大袈裟に言うと奥羽山脈をぶち抜いて太平洋側に流すという壮大なものであった。そして秋田県の八郎潟干拓事業、これなどは昭和40年の完成で世紀の大事業と言われたのだから、減反の直前まで増産事業に精を出していたことになる。全国的に見れば、耕して天に至るといわれた棚田作りなど、枚挙にいとまがない。そして日本での米の歴史が事実上終わったのだった。

 そんな昭和の転換期に意識したことではなかったろうが、「鉄は国家なり」と言った鉄鋼会社社長がいたのである。当時は不遜な発言のように思えたが、今にしてみれば、農の時代は終わり工業の時代に歴史転換したということを感じ取った表現だと思っている。
 そんな鉄もあっという間に自動車に主役の座を代わられた。今や自動車さまさまである。宮城県にその工場が来るというので、はしゃいでいるが、自動車産業は、はたしていつまでもつのだろうか。

 農が話題になったのは、数年前に食料自給率が40%を切った時の話だった。40年前の歴史的転換が原点にあり、結果論ではあるが、当然そうなってしかるべきことだった。
 現在、興っていることが将来どうなるのか、難しいことではあるが、いろんなことを考えておくべきなのだろう。
 
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Commented by クオリア at 2009-05-08 19:22 x
自給自足が無くなった日本 経済重点政策の結果は日本沈没になるでしょう
対策を今やるべきですね 有能なリーダが出ることを期待していますがダメデスネ
Commented by watari41 at 2009-05-08 20:36 x
 貿易立国なので、ある程度のことはやむをえないのでしょうが、それにしても大変な時代です。石油危機は来ましたが、食糧危機はまだ来ていないんですね。クオリアさんコメントをありがとうございます。
Commented by schmidt at 2009-05-09 06:52 x
 「昭和」という時代は、大きな転回点だったような気がしています。昭和と平成の間には、もはや戻ろうとしても戻れない大きな断絶がありそうです。国の姿も、われわれの暮らしや価値観も大きく変わってしまったのではないかと思うのです。昭和から大正、明治に戻ろうとすれば、戻るための連続性が見出せるように思うのとあまりに対照的です。昭和を単なる郷愁の対象とするには、あまりに大きな転回点であり、今後、しっかり分析し再評価する視点を持つ必要があるのではないかと思います。
Commented by watari41 at 2009-05-09 17:07 x
 我々には、親や祖父母との価値観の共有がありましたが、平成の人と同じ土俵に立てるんだろうかと思うことがあります。
 歴史の転換というより、schmidtさんの言われる如く断絶なんでしょうね。江戸から明治への転換も世の中は一変したように見えますが日本人の本質は何も変わってはいなかったようですね。江戸時代を見直そうという動きも、それが現代の我々の概念とほとんど一致しているからなんですね。戦前、戦後もそんなことだったろうと思います。
 土俵作りはまず郷土の歴史からだと口にすることが多くなりました。転勤してくる教員の方々からの教育であろうと思っているのです。ジジむさい話になってしまいました。schmidtさんコメントをありがとうございます。
Commented by michiko at 2009-05-10 08:46 x
家畜の餌は海外から輸入していると思いますが、減反するのであれば その土地で餌用の穀物を作る・・・というのは 素人の考えなのでしょうか? 自給率がこんなに低くなっているのに危機感がないのも何かヘンですが・・・・。
Commented by moai at 2009-05-10 09:27 x
約30年前ブラジルから帰国途上にサンフランシスコで食べた寿司がそのネタもさることながら、シャリというんですか、お米の美味しかったこと未だに覚えています。その直後だったでしょうか、小沢一郎が文春で米の自由化論を説いていました。当時経済合理性という物差ししか持たない私は、10倍のコストで米作にこだわっていてはしょうがないと納得していたものでした。国民の米離れも相まってここにきて食料自給率40%ですか、グローバル化の流れの中で日本としては”高級化”で生きる道を探ると同時に危機管理のシナリオをしっかり作って、非常時の食糧自給の険を掛けておく必要があるのではないでしょうか。
Commented by watari41 at 2009-05-10 10:20 x
 一部には、減反した田に家畜の餌を栽培する動きもありますが、価格では全く太刀打ちできないんですね。超高級品で日本の水田でしか栽培できないもの、そんなものを考えないといけないのでしょうね。michiko さん、コメントをありがとうございます。

 moaiさん、外米はマズイ、駄目だなどと言われた時代があったんですよね。最近ではオーストラリアで「日本豚」というものが飼育され、輸出されているなどの番組をみましたイヤハヤです。
 昔は屋根裏に備蓄米を保管してたものです。そして昭和50年頃までは我が家でもブリキで作った大きな筒に半年分くらいの米を蓄えていたものです。
 今や、スーパーに行けば大丈夫という感覚になってしまったんですね。町が大規模小売店と協定をむすんで、災害時などの食料を確保したように錯覚しているのですが、極地的な災害にはOKなのでしょうが、全国規模の場合には問題がありますね。コメントwくぉありがとうございました。
by watari41 | 2009-05-08 10:32 | Comments(7)