時空を越えて:後

 過去・現在・未来について思考した人が千年前にもいたのだ。永平寺開祖の道元禅師である。他にもいたのだろうが、この人の「正法眼蔵」というのが有名だ。
 原文はとても理解できるものではないが、現代文学者である中野孝次さん(清貧の思想で有名)が部分的に解釈した「道元断章」という著作を手にしたことがある。道元さんは、宇宙と時間を「全機元」という表現の仕方をしている。過去も未来もないのだという。あるのは現在のみだという考え方だ。例えば木が燃えて灰になったとしよう。現在「灰」がそこにあるということのみが真実である。それが「全機元」だというのだ。今そこにあるものだけという思想なのだ。
 中野さんはおもしろいことを言っている。私は読書のプロであると自認している。にもかかわらずこの文書は理解しがたいというのだ。

 我々にも道元さんのいうことは釈然としない話である。すなわち時間経過を無視するという考えのようだ。「今この瞬間」の存在が全てと考えているのだ。だが、相対性理論が現れ、時間とは何ぞやが話題になる昨今、優れた禅者は漠然とそんなことをわかっていたんだと思う。

 「禅問答」というと、わけのわからない応答の代名詞みたいになっている。謎かけとかトンチとか、無理会話などともいわれるが、それなりの理由があるということになる。頭の中で宇宙を考え発想していると捉えたい。

 当時の一般的概念に無いことを問うて、それに応えなければならない。それには後世の物理的概念や哲学も当時から入っていたことになる。
 近世の哲学者・西田幾多郎さんは道元禅師を優れた哲学者としている。事物の真理を考えた人でもある。宗教上の概念から発想した「時間」が現代物理の最新テーマであるというのもこれまた面白い。

 座禅というのは、ひたすら宇宙の真理について考えることなのだろう。雑念が入ってはいけない。ビシット叩かれる。近代生理学では脳からα波が出ている状態が無であり、真理に近づいているとか。
 その元祖はお釈迦様だ。何十億土だとか、ビックバンからの話に近い数字がでてくる。またまた、わけのわからない話になったが、こんな話が好きなのである。
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by watari41 | 2009-04-27 15:36 | Comments(0)