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終戦記念日

 第二次大戦において、日本は万に一つも勝ち目はなかったのであろうが、途中での「講和」というのはあり得たのかもしれない。
 そもそも、開戦の当初から勝ちきるのは難しいと判断していたのだと思う。真珠湾の大勝がいけなかった。勝てるかもしれないと思い込んでしまった。ソロモン海戦あたりが潮どきだったのだろう。アメリカが応じた可能性もある。そんな資料が発見されるかもしれない。

 どなたか名参謀がいて、天皇が判断すれば出来た可能性がわずかにあった。
 戦死者の8割以上は終戦前の一年間であるとされているから、大半の方々は生き残ったはずだ。本土空襲もなかったし、原爆もなく、満州での悲劇やシベリアでの過酷な状況もなかったはずだ。北方領土問題もなかった。安倍さんの憲法問題だってあり得ない。

 日本の有能な人物が死亡して、機転のきく人たちが生き残ったともされるが、戦後の復興は残念ながらそんな方々の手になるものだ。
 「仮定」の話は禁物だが、「講和」がなったとして現在の日本はあり得たのだろうかということになる。
 戦前の日本は貧しかった。海外に活路を見出すしかなかったも事実であろう。李氏朝鮮の末期や清王朝の末期がひどかったがために、日本侵略の余地があった。しかし、これが拡大して欧米の権益とぶつかるようになると全面開戦か否かとなる。

 天皇は開戦を拒否すれば、私を廃嫡して他の皇族を立てて実行するだろうとの感想をもらしている。当時の雰囲気はそういうことであったろう。しかし負け続けるにつけ天皇の権威は増大していったはずである。かろうじて本土決戦は免れたものの、その前のご聖断があってもよかったのではなかろうか。陸軍と海軍の対立を利用して2.26事件を解決に導いたともされる。しかし戦争となってからは、両軍ともに引けなくなってしまった。

 仮に途中講和があったとしても、多くの人は生き残るものの、諸外国より敵視され続け、ソ連の如く軍事大国化することはあっても、国内の貧しさは変わらなかったと思うのである。歴史の必然としてすべてが「灰燼」に帰するしかなかったのかと思うとむなしくなる。


by watari41 | 2019-08-16 17:16 | Comments(0)