余話:利息でござる

 かつての同僚に、吉岡町の出身で今は仙台に住む男がいる。もう映画は見ましたかという催促の電話をもらった。彼は故郷の七ツ森と言う日本最小の山脈に限りない郷愁を抱いている。映画の冒頭に、その吉岡地域を代表する風景として、七つの山なみが映し出された。もちろん実際のロケは、山形県にある時代劇セットが使われている。

 その吉岡町に無私の人がいたというのは、極めて特殊な例かというとそうではないような気がしている。全国には、かなりの数のまっとうな数の善人がいたのだと思っている。

 現在でも、そんな人はたくさんいる。有名なのはタイガーマスク氏であろう。それに倣おうとする人も多い。今次震災では名前を出さないことを条件に2億円を寄付された方もいた。
 わが町にも、小さな事業に成功した人が、お寺さんに百万円を持参した。どのようにお名前を書きだしましょうかと問われ、名前をだすなら寄付にならないと断ったそうだ。

 話を昔に戻すと江戸時代に一般町人の心得として、読み・書き・そろばんの他に、「四書五経」を学ぶということがあった。学習するというのは実践してこそ意味がある。戦前には、教育勅語で徳目の他に闘うことを教えてしまったとされる。

 映画に出てくる主人公の商人たちのとりまとめ役としての「肝入」という役職が存在した。不肖、我が家の先祖もその役目を仰せつかっていた。ここは城下の町場なので名称が異なり「検断」という、いかめしい名なのであるが、仕事の内容は同様なものである。その上役に「大肝入」も当町に存在していた。
 その役は世襲ではないのだが、我が家は幸いというか江戸時代を通じてその役職にあった。

 私より8代前ほど前の先祖から、幕末まで3代に渡って使用され名前が記されている「論語」の書物が残っている。百年近くページがめくられたのであろう擦り切れている。
 これを習ったからとて、すべての人がそのような価値観や倫理観を持つとは限らない。悪用する輩だって当然いたのであろう。
 しかし日本人の一般常識みたいなものだったろう。武士も同様であり、お互いに話が通じたはずだ。
 だが、今の日本社会では政治家と一般人の話が噛み合わない。

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by watari41 | 2016-06-09 12:42 | Comments(0)