朝日よ頑張れ
2014年 09月 15日
かつては読んでる事が「ステータス」みたいな時代もあった「朝日新聞」の相次ぐ不祥事は何としたことかと思っている。
我が家はずっと地元紙なのであるが、出張の時などはキヨスクで朝日を買って特急列車に乗り大きな顔して新聞を広げていたものである。当時の超一流文化人と言われる方々の寄稿記事などを読んでは納得していた時代が懐かしい。
記憶に残る最初の不祥事が、沖縄サンゴ礁に傷つけられたスクープ記事だった。これはカメラマン本人の自作自演がバレて、衝撃を受けたものだ。
新聞社といえども大企業病というべきものがあるのだろう。組織がお役所化してしまう。筆者は在職の頃、小さな会社の大企業病なるものを体験している。内向き志向となり、適当な所でゴマカソウという空気が蔓延してくる。こうなると民間会社はもう終わりである。細々と特殊な企業として生き残るしかなくなってしまう。
朝日新聞には、そういうことになってほしくないと思っている。読売新聞と並ぶ東西2本の柱であり続けてほしい。左に寄っていると言われるが、別にそれでもかまわない。日本のバランスが取れているからである。
朝日が縮小すると、日本は益々右に傾いてしまうことを懸念している。朝日には復元力が十分にあるのだろうと思っている。しかし記事を徹底的に検証する風土が無くなりつつあるとすれば重病である。
中国の毛沢東が大躍進を掲げていた時代に、一反(300坪)当たり5トンの米を収穫したとする田んぼの写真が掲載されたが、これは平均の10倍であり、そんな密植をやったら、とても稲は育たないことが判明した。収穫直前の稲を一枚の田に移し替えて、写真撮影したのである。当時の専門家は皆がおかしいと思っていたそうだが、「事」の発覚まではやや時間を要した。
事実の検証とは言っても、それは難しい話である。しかしそのために新聞社には価格協定という、民間会社には夢のようなことが許されている。時間は残されている。
かつては白蓮事件を掲載した如き意気軒昂たる記者が内部には今もゴロゴロいるはずだと思うのだが。
我が家はずっと地元紙なのであるが、出張の時などはキヨスクで朝日を買って特急列車に乗り大きな顔して新聞を広げていたものである。当時の超一流文化人と言われる方々の寄稿記事などを読んでは納得していた時代が懐かしい。
記憶に残る最初の不祥事が、沖縄サンゴ礁に傷つけられたスクープ記事だった。これはカメラマン本人の自作自演がバレて、衝撃を受けたものだ。
新聞社といえども大企業病というべきものがあるのだろう。組織がお役所化してしまう。筆者は在職の頃、小さな会社の大企業病なるものを体験している。内向き志向となり、適当な所でゴマカソウという空気が蔓延してくる。こうなると民間会社はもう終わりである。細々と特殊な企業として生き残るしかなくなってしまう。
朝日新聞には、そういうことになってほしくないと思っている。読売新聞と並ぶ東西2本の柱であり続けてほしい。左に寄っていると言われるが、別にそれでもかまわない。日本のバランスが取れているからである。
朝日が縮小すると、日本は益々右に傾いてしまうことを懸念している。朝日には復元力が十分にあるのだろうと思っている。しかし記事を徹底的に検証する風土が無くなりつつあるとすれば重病である。
中国の毛沢東が大躍進を掲げていた時代に、一反(300坪)当たり5トンの米を収穫したとする田んぼの写真が掲載されたが、これは平均の10倍であり、そんな密植をやったら、とても稲は育たないことが判明した。収穫直前の稲を一枚の田に移し替えて、写真撮影したのである。当時の専門家は皆がおかしいと思っていたそうだが、「事」の発覚まではやや時間を要した。
事実の検証とは言っても、それは難しい話である。しかしそのために新聞社には価格協定という、民間会社には夢のようなことが許されている。時間は残されている。
かつては白蓮事件を掲載した如き意気軒昂たる記者が内部には今もゴロゴロいるはずだと思うのだが。
by watari41
| 2014-09-15 14:47
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