人気ブログランキング | 話題のタグを見る

余日録


by watari41

(3)韓国の悲劇

 私が最初に韓国に出かけたのは1981年(昭和56年)のことである。在職した会社の金属材料の市場調査みたいなことだった。一週間ほど各地を回った。
 当時は朴大統領暗殺事件(現大統領の父親)の数年後で、全斗煥氏がクーデターによって大統領に就任していたが、夜間外出禁止令は解除されず、ソウルのホテルで真っ暗な街を眺めていた。
 通訳は安重根の一族であることを誇りにしていた小さな商社を経営している人だった。しかし当時の韓国は日本語がどこでも通じた。会社幹部は英語と共に日本語の出来ることが必須だったのである。
 日本からの輸入材料や部品がないと当時の韓国産業は成り立たなかった。
 だが、韓国軍事研究所では英語しか通じなかった。なぜなら日本には軍隊が無いわけだし、従って軍事技術もないのだから、日本語は不必要なのであると理解した。では何故訪問したかと言うと、安氏が日本からこんな人が来ていると紹介していたのである。最先端の電子金属材料の話を聞きたいということだった。

 サムソン本社も訪問した。当時から大会社であったが現在の如き世界的巨大企業に成長するなどとは考えてもみなかった。当時はまだブラウン管式のテレビ製造に四苦八苦しており、当時のナショナルから技術導入したなどということを聞いた。
 その後の発展は周知の如くであり、あまりの急速な発展に人材が追い付いてこなかったようである。しかもグローバルな常識に欠けているのではないかと気が付いたようなのである。
 最近、話題になったのはそのサムソンが入社試験問題に世界史を予備試験のようなことで取り込んだということである。韓国人の教育や世界観が偏っているのではないのかと気付いたように思えるのだ。
 ギリシャ・ローマ時代から現代へとつながる普遍的とさえいえる世界史観が企業人としての基礎的素養なのだと遅まきながら認識せざるを得なかったのだろうと考えている。
 

Commented by ようこ at 2014-05-17 06:14 x
「ギリシャ・ローマ時代から現代へとつながる普遍的とさえいえる世界史観が企業人としての基礎的素養なのだと遅まきながら認識せざるを得なかったのだろうと考えている。」
韓国のことでよくここまで書くことができますね。遭難事故は、人災。
ギリシャ・ローマに行き着いたことが、歴史に詳しい、watariさんらしいです。私は今頃になってローマへの興味が出てきましたが・・・・。私のようにボンヤリしていず、日本の若者には、ギリシャ・ローマ時代に興味を持っていただきたいです。
Commented by watari at 2014-05-17 14:27 x
韓国には歴史が中断したかとさえ思える李王朝500年間の存在がありました。徳川幕府江戸時代の300年鎖国も実際には欧州の文物があまり時間をおかずに日本に入ってきていたようです。仙台市秋保温泉の万華鏡博物館には、ヨーロッパで発明されて間もなく日本にやって来た万華鏡を見たことがあります。
明治に入ってから儒教・朱子学・仏教、キリスト教などを違和感なく受け入れられる日本人が存在できる素地があったのでしょう。数年前にイタリアを見聞されたようこさんですから、彼らの文明が何だったのか、いまだ鮮やかに焼き付いていることでしょう。コメントをありがとうございました。
by watari41 | 2014-05-11 10:05 | Comments(2)