詐欺(6:終)

 「M資金詐欺」というのが、戦後まもなくの頃にあり現在も残っているらしいのだ。
 マッカーサーの「M」だとか、GHQのマーカット将軍の「M]をとったものだとも言われていた。終戦直後に日本銀行の地下倉庫に眠っていた金塊を占領軍が接収して、日本の復興資金としたものだということだった。
 その噂が流れるや、詐欺師たちが暗躍した。低金利で大量の資金を供給できると、いろんなところに持ちかけたのである。当時は誰もが金に困っていた。詐欺師は手数料を先払いしてもらうとドロンしてしまった。
 昭和40年頃まで、詐欺といえば「M資金」とされたものだった。松本清張さんなどは好んでこの題材をとりあげていた。

 最近では、これが満州の「M」であるともされている。戦時中に占領していた満州国時代の2大恥部とされているのが、731部隊の生体実験ともう一つは、あまり知られていないのが麻薬の栽培だった。当時の世界中で使用する麻薬の大半が満州から供給されていたらしい。それを取り扱っていたのが、三井・三菱の大商社である。巨利を得ていた。したがって「M」は麻薬とか、商社の頭文字でもあると。
 火のないところに煙は立たずと昔から言われているが、「M」資金というのは実際にあったらしい。戦時中満州の総支配人のような立場にいたのが岸信介さんでA級戦犯にもなった。
 しかしGHQと裏取引があったともされ、満州での多額の資金の隠し場所を占領軍に教えた。その引き換えに無罪放免となったというのだ。これが「M」資金だと。
 岸さんと直接関係はないが731軍部隊幹部もデータの引き換えで、無罪と取引された。その中堅幹部だった方々が「みどり・・」という医療事業を起こして、詐欺だったのか何だったのかわすれたが、問題がでてニュースにもなって731部隊が改めて世に知られることとなった。
 岸さんは、その後首相にカンバックを遂げて、訪米してアイゼンハワー大統領とポトマック河畔のボートで記念撮影して、日米新時代などと新聞でも報道されたことが、記憶に新しい。
 真実は闇の中でしかないのだが、もっともらしい話である。

# by watari41 | 2019-02-07 17:05 | Comments(0)

詐欺(5)

 「国際ロマンス詐欺」これは40代、50代の女性が騙されるらしい。これも一種の劇場に誘いこまれて大金を送ってしまうようだ。
 私の同級生だった男は、50年以上も前のことだが結婚詐欺にあった。男子がそういう詐欺に合ったのは最初の例ではないのかと思ったものだ。多少頭が弱かった。小・中学校ではお客さん扱いされていた。今なら大問題だろうが、当時はなんということもなかった。中学校を卒業すると当時の保安隊に入った。ある程度、お金が貯まったところを狙われたのだった。お相手が行方知れずとなったのはいうまでもない。

 小泉元首相が、原発詐欺にあったようなものだといったのは、北欧ノルウエーの廃棄物処理場を見学してからのことだった。そこは数億年も地盤の動いていないところだという解説を聞いたからだった。しかし詐欺を正当化しようという方々も大勢いる。原発劇場は終わったはずだが、第二幕を地球温暖化対策として上げたがっている。国家として詐欺を認めるしか解決の方法はない。70兆円ともいわれる大金をドブに捨てる決断がつかないでいる。

 「国家財政破綻」という言葉も20年以上は聞いてきた気がする。これも詐欺に等しい。増税のための手段らしいのだからタチが悪い。国家の借金は一人当たりにすると一千万円とされるが、個人と区分すべきだということが、ようやく大方の人々に分かられつつあるようだ。国家の借金には国有財産という十分すぎる担保があり、外国からは何ら問題とはされていないようなのだ。GDPの2倍以上という借金額で危機感が煽られているが、昭和の頃には100兆円を超えて大変だと言われたが、どこまで大丈夫なのか正確な情報を知りたいものだ。

# by watari41 | 2019-02-01 15:19 | Comments(0)

詐欺(4)

 「天皇」は、私であると名乗り出た人がいた。昭和41年に死亡した「熊沢天皇」である。この方は「南朝」の正統であると称していた。代々に渡る言い伝えを公にしたので、当初から詐欺を目的としたものではなかったようだ。

 室町時代初期の「南・北朝」時代は、南が4代にして滅んだ、最後の南朝天皇は「後亀山天皇」であった。足利義満に騙されて、京都の大覚寺に幽閉され憤死した。以降の天皇血統は北朝が引き継ぐことになる。(いずれにしても先祖をたどれば同じところに行き着く)

 ところが5百年後の明治政府の時代に、足利氏は逆臣とされてしまうのである。そのため記録の上では南北朝の期間は「南朝」が正統とされ北朝は無視されて、後亀山天皇が99代目とされた。あくまで後世の書類上のことであり、室町時代に南朝末裔の人たちは、どこに行ったのかわからなくなってしまったのである。

 しかし、日本人は言い伝えが好きなのである。明治時代になって南朝が評価されると、熊沢さんは名乗り出た。私は後亀山天皇の直系子孫であり、本来なら118代目の天皇なのであると公表したのだった。熊沢天皇は執拗だった。明治・大正・昭和にまたがり、何かと話題になった。特に終戦時には、マッカーサーのGHQで天皇制をどうすべきかが議論されていた。
 熊沢天皇も呼び出されたのか、押し掛けたのかはわからないが、長時間にわたる事情聴取を受けた。その内容がアメリカの雑誌「ライフ」に掲載され、それを日本の大手新聞が転載して騒ぎが大きくなった。これに便乗してひと儲けをたくらんだ「詐欺師」たちがかなりいた。熊沢天皇を豪邸に住まわせ、いろいろと画策したようだ。
 結局GHQは、日本の占領統治政策上で天皇制は必要であるが、熊沢天皇ではなく昭和天皇を選択した。
 熊沢さんは、あきらめなかった。戦後の昭和天皇国内巡幸の際には、旅先まで追いかけ私に天皇を譲れと迫ったそうだ。
 その後、熊沢さんは目だたくなり、時折、週刊誌などで興味本位に取り上げられているのを見た事があるが、最後は一人さびしく長屋の一室で77歳の生涯を閉じたことが、これは新聞一面の下の記事になっていたのを記憶している。

 余計なことであるが、室町時代初期に南朝の為に活躍した福島県北部の霊山を拠点にして、出兵した北畠顕家は、足利尊氏を京から九州へと追い払い後醍醐天皇から称賛されたが、後年、勢いを盛り返した尊氏に負けてしまう。霊山の山頂近くには、南朝関連のたくさんの石碑がある。念のいったことには、熊沢さんは福島県に南朝の宝があるはずだと、浪江町で埋蔵金の発掘をしたこともある。もちろん何もでなかった。

# by watari41 | 2019-01-27 12:22 | Comments(0)

詐欺(3)

 大きくは国家単位の詐欺もある。マレーシアのナジブ前首相は個人口座に百億円もの振り込みがあったことをつかまれてしまった。日本でも個人のわずかな預金の動きが、全国の銀行でつかまれているわけだから、巨額の資金の動きは国際的にも目立ったのだろう。さらに千億円もの振り込みがある予定だったそうだ。その指南役が世界的巨大銀行なのだというから驚く。当然ながらその銀行には、ものすごい手数料が入る。マレーシア国家そのものが、おかしくなってしまう。マハティールさんが90歳にして、現役に返り咲いた裏側にはこんな事情があったそうだ。

 日本のスルガ銀行(静岡県)も地方銀行のなかでは、目立って業績のよかったことが伝えられていた。しかしこれまたシェアハウス融資に詐欺まがいのことをやっていたことが発覚して赤字に転落した。

 倒産寸前の会社が詐欺に走ることもある。旅行会社のテルミクラブというのがあったのは最近のことだ。あまりの格安旅行を誰も疑わなかった。
 成人式の着物詐欺だった、はれの日、という会社の詐欺事件は昨年だった。
 年齢詐欺もあった。70歳近いオバサンが38歳と偽って多くの男子が詐欺にあったこともあった。
 終戦直後には、元華族を名乗る詐欺もあったようだ。絵画など芸術作品をめぐる詐欺も絶えない。
 
 詐欺の種類は数えきれないくらいあるのだろう。必ずしも金銭目的でないものもある。検察庁長官を名乗って、当時の三木首相を電話で騙して言質をとろうとして失敗した弁護士がいたこともある。

 最近の話題は、幻の街頭画家として有名になったバンクシーの絵が、東京の港で発見された。愉快犯の仕業といわれればそれまでだが、詐欺事件などに発展しなければと思っている。

 

# by watari41 | 2019-01-21 13:35 | Comments(0)

詐欺(2)

 日産のゴーンさんは巨大な詐欺容疑で逮捕されたようなものだ。法律上は、ギリギリのところでセーフみたいだが、個人的詐欺に向かって一直線で進んでいたことは間違いない。寸前のところで違法行為だとされ思いとどまったのである。次から次へと出てくる中東関係者との多額の金額のやりとりは、合法なロビー活動費用とされているが、ニュースを見る限り、日産本体から金を引き出したロビー活動に名を借りた詐欺行為である。これからどんな真実が明かされるのだろうか。

 フランスの意趣返しだとは思いたくないが、2020東京オリンピック招致に絡んで、竹田JOC会長が外国人に2億円を送った事実が収賄に当たると起訴することを検討しているようだ。何年か前から話題になっていたことだが、正規のロビー活動の報酬として支払ったつもりのようだが、えたいの知れない外国人に騙し取られたようなものだと思っていた。報酬なら収賄になるかもしれないというややこしいものだ。竹田さんは皇族系統(大正天皇の弟の孫)で育ちも良く、すっかり詐欺にひっかかってしまったものだろうと思っていたものだ。

 フランスは西欧列強の一つであり、アフリカ大陸では各国を植民地として、今でもその利得にあずかっているとされるが、アジアでは日本をはじめ余得がなかった。明治維新の時にはフランスは幕府側につき、軍事顧問団を送ってきた。薩長軍を支援したイギリスに完敗した。徳川慶喜が無条件降伏みたいなことをして、存命中は一切を話さなかったが、いろんな事情を呑み込んでいたのかもしれない。当時の英仏は、日本の内戦を長期化させ大量の武器を売りたがっていたことは間違いない。

 日産自動車の経営危機はフランスにとってのチャンスであった。日産がルノーと合併すれば、フランスは多大の収益を吸い込めると思っていたのである。それも直前でストップされてしまった。フランスはまたも失敗したのである。ゴーンさんが強欲過ぎたせいである。

# by watari41 | 2019-01-14 20:25 | Comments(0)

詐欺(1)

 新年早々に縁起でもない話題である。
 元旦に郵便局に行った。言うまでも無く年賀状を出していなかった方々への返信のためである。次々と人がやってくる。おそらくは一年中で元旦が郵便局を訪れる人が最も多い日なのかもしれない。日本人は義理がたい、その日のうちに返信を出さずにはいられない。日本の99.9%の人が真面目な人なのだろうと思う。真面目さとは物事を真剣に受け止める人でもある。それ故に特殊詐欺に合う人が絶えない。詐欺師も十分な準備のもとに電話をかけてよこすのだろうと思う。
 地方紙の県内版のスミに毎日のように記事は小さいが、高額の被害が記載される。被害者は高齢者である。
 金額よりも、被害者本人のダメージがはるかに大きいようだ。家族や周囲からまるでダメ人間か、認知症のごとく扱われ落ち込んでしまうこと大なるものがあるという。

 私も十分に年はとっているが、幸いにもその種の電話を受けたことがない。察するに詐欺師が、預金残高の多い人の名簿を持っているのではないのかと思われる。詐欺が成立するには、すぐにお金の出せる人でなければならない。
 どんな田舎でも銀行カードをATMに差し込むと、全国どの銀行ともつながっている。もちろん読み取り専用にはちがいないだろう。一般のネットとは異なる回線網をもっているはずだが、それでもデーターが絶対に盗みだされないとはいいきれない。銀行間では互いにデーターを共有しているのであるから、端末は多数あるはずだと思う。吸い取られたデーターが闇で売買がなされていないだろうか。

 電話を受け取った人は音声で劇場に案内される。声だけなら三文役者でも務まるのだろう。シナリオさえよければ、被害者は劇の中に突入してしまう。後はご存じのようなことになってしまう。おかしいと思った時にはもう遅い。演技力というのは良いにつけ悪し気につけ、他人の人生を左右する力がある。

 個人だけでなく、名だたる大企業だって騙される。セキスイハウスは50億円をだまし取られた。平成史に残る事件である。人間と人間の接触で一流のビジネスマンたちが、詐欺師グループに騙された。個人であれ、企業であれ、スキを突かれている。武器を使った戦争ではなくても、命から二番目に大切であろうお金を狙われ続けている。誰にでも危険性がある。

# by watari41 | 2019-01-11 14:02 | Comments(0)

新元号(5:終)

 著者は「瑞穂」、「秋津」、「八雲」これらを日本の古典に由来する新しい元号案として提起しているが、そうはならないであろう。みずほ銀行という大銀行があるし、一つの企業を利する行為はできない。これらは元号としては、いまひとつピンとこないところがある。

 従来と同様な選定がなされているのだと思う。昭和史に大きな影響を及ぼした安岡正篤という有名な陽明学者がいた。昭和20年8月15日の終戦時に天皇が読み上げた詔勅は、その内容にこの人が大きく係ったとされている。
 「平成」という元号も、この先生の薫陶を受けた方々の作とされる。
 
 さて「アマテラスの二つの墓」であるが、宇佐神宮の形状が前方後円墳であり有力であるとされているが、昭和40年に発掘された福岡県西部の糸島市の古墳から割られた大型の鏡がみつかった。直径46cmである。人の手で割られたもので、縄文時代と同様に甦ることを願ったのであろう。糸島市は魏志倭人伝の伊都国を指すとみられている。(発音が同じイトである)
 すでに西暦100年代の頃から、大陸や朝鮮半島とは、頻繁な往来があり、先日のNHKでは島根県の古墳から集団移住したとみられる大量の渡来人の骨がみつかったことをDNA鑑定結果として放送していた。
 推理作家たちも、古代史に関心を持った方々が多く、高木彬光さんは宇佐神宮本殿地下にはヒミコの墓があり、「親魏倭王」の黄金印鑑と鏡が眠っているはずだと、題名は忘れたがその著作にあった。松本清張さんもいろんな角度から推理を試みていた。

 ヒミコの鏡は、直径12cmであると前に述べたが、これは極端に大型化している。中国魏の国から連れてきた技術者に、大きな鏡を作るように要求したのであろう。八咫の鏡とされているもののようだ。伊勢神宮の御神鏡は誰も見た事はないが、この大きさの鏡らしい。

 この本の副題は「東西に封じられた最高神」とある。当時の邪馬台国(西暦240年頃)の東西勢力範囲を示すものであったろう。三重県から九州までである。その大和朝廷はさらに東に勢力を拡大すべく名古屋に熱田神宮を作ったのだと筆者は勝手な推測をしている。その御神体が「剣」なのである。雄略天皇時代(西暦450年頃)には、関東はその勢力下に収まっていることが埼玉県の稲荷山古墳から発掘された刀剣にそのことが刻まれている。この関東の豪族は8代を遡る先祖の名前まで記録しており、すなわち西暦300年頃からその地に根づいていたとみられる。

 一方東北では宮城県名取市に西暦400年頃の前長200mにもおよぶ前方後円墳や仙台市にはそれに次ぐ大きな遠見塚古墳があって、宮城県沿岸部はその頃には大和朝廷の影響下にあったことがわかる。

 本題とはすっかりずれてしまったが、主題である「新元号」はすでに決定しているはずだ。ごく少数の人が秘中の秘として知らされているのであろう。年末年始は平成最後という冠のつくものがやたら多くなるはずだ。新元号の経済効果なるものまで下衆の勘ぐりだが計算されているのだろう。
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# by watari41 | 2018-12-30 13:52 | Comments(0)

新元号(4)

 天皇が存在するから、「元号」があるというのが現代人の一般的な考え方であるが、昔はそれとは関係なく元号が乱発されていた時代があったことはこれまでに述べてきた。ただ元号を公布する役割が朝廷にはあった。同様に正3位従4位であるとか、人間の位置づけも行った。これは本来なら神様から与えられるべきものであるが、天皇がその代行をしているという考え方である。天皇が神の子孫であるからということである。

 神様であるからには、前述の「よみがえる」ということの他に「みそぎ」という行為を司る必要があるとされる。簡単にいうと一般人は神主からお祓いを受ければOKだということになる。さらに厳しくは寒中に海水に浸かるなどのこともある。大祓いということもある。
 キリスト教では「告白」とか「懺悔」によって、人間の罪をさらけだすという、いわば「みそぎ」に相当するものがある。天皇は一般人には知られていない特別な「行」を宮中でおこなっているようだ。
 日本では神主、キリスト教では修道士が内容は異なるが、根本的には同様なことをやっているのだと思っている。

 特殊な見方をする人の中には、世界三大宗教の一つである回教国がなかなか近代化できないのは、上記のようなことがないからだという説を唱えている方まである。

 やや不敬な物言いになるかと思うが、天皇家は1700年の歴史を通じて時代・時代に対応するすべを身につけるようになったのだと見られることがある。
 1945年の終戦時には、「現人神」から「人間天皇」への大転換に成功した。戦後の同時代を生きてきた筆者からみると、昭和30年頃には、さすがに一般国民の皇室への関心は薄れつつあり、無関心という危機が迫りつつあったように感じていた。それを打ち破ったのが美智子皇后である。当時のミッチーブームというのは大変なものだった。その美しさと清楚さが皇室を救ったと思ったものだ。それをいちはやく察知したのが昭和天皇だったようで、皇太子の妃は皇室・華族関係者に限るべきではないと側近に示唆していた。

 次の天皇で、最も心配されていたのは雅子妃のことであるが、最近になって劇的なご回復をされていると報じられている。これまた外部からみていると奇蹟的なことのように思える。
 さて、いよいよ元号の話になる。これまでの元号は筆者などは全く知らなかったが、アマテラスの著者によると、いずれも漢籍を元にしたものであるという。四書五経とか、その中に含まれるのかもわからないが論語などである。「平成」もそれを発表した当時の小渕官房長官が出典を聞かれて、そんな返答をしていた。
 著者は、そろそろ出典を日本の古典に求めたらどうであろうかと具体的に提案している。

# by watari41 | 2018-12-25 16:32 | Comments(0)

新元号(3)

 西暦645年に天皇家は、朝廷を脅かしつつあった実力者の蘇我氏を宮中で暗殺した。この時に日本で初めて年号をつけた「大化」である。それ以来、現代まで連綿と年号は続いている。ただ、年号と天皇の名前は異なった。明治からの150年が一致しているに過ぎない。

 古代においては、天皇という言葉は使わず「大王」であったろう。その地位をめぐり一族内部での戦争や凄惨な揉め事があったとされる。勃興する実力者を抹殺したり、争いが絶えなかったのであろう。西暦600年頃の聖徳太子が作成した17条憲法の最初に「和をもって貴しとなす」というのは、自分の一族である朝廷内部を含めてのことであろう。

 天皇権の争いは、第42代目の天武天皇による壬申の乱(673年)をもって収まる。
 そこから100年ほどを経た後の称徳天皇(歴史上数少ない女性天皇)が、側近の愛人と言われる「弓削の道鏡」に天皇を譲ろうとした事件がある。最高の権威神である宇佐神宮に承認を得ようとしたが拒絶された。古代史には謎の事件とされるものが多い。
 天照大神の子孫を名乗る天皇家には、神様にふさわしい行事が必要になってくる。「よみがえること」である。これはキリスト教も同様で、イエスは死後に復活(よみがえる)している。日本ではその行事が伊勢神宮の20年毎に内宮を建て替える「遷宮」と言われるものである。奈良時代の文武天皇の時に始めたとされる。伊勢神宮がアマテラスを奉っているからである。跡形も無く取り壊し、全く新しい形でよみがえさせるのである。
(ただ、その材木は国内の神社に払い下げられ修復作業などに使われている)
 では、何故20年かというとその根拠は、いまだ不明のようだ。

 日本では6千年も前から、一定期間使用した道具は破壊して捨てるという慣習があったとされる。(さらに良い道具を得る儀式だと)
 北海道の北黄金遺跡にその跡がみられる。
 昔は年号もよく変わったが、これもまたその年からの一種の日本のよみがりを期待してのことであろう。

 平成の次の時代には元号と共に、大嘗祭も話題になっている。天皇家の私的行事なのか、国家的な意味合いがあるのかということである。これには前方後円墳時代のこととして、前方部分は何らかの儀式に使ったであろうことは推測されていたが、それが現代の大嘗祭そのものではなかったろうかと著者はいう。いつの時代からか秘儀として権威付けに利用されたのだと考えられる。

# by watari41 | 2018-12-20 16:15 | Comments(0)

新元号(2)

 「アマテラス2つの墓」著者は、新元号に面白い見解を示しているが後で詳細を記すことにする。

 再び、古代に話が帰る。今も殆どの神社が鏡をご神体としているが、これは伊勢神宮の鏡が起源であり、ヒミコまで遡る話になる。「魏誌」によると「倭国」では、ことの他に「鏡」を喜ぶとある。卑弥呼が100枚の鏡をもらったことは教科書にも載っている。
 現代のホームセンターで売っている神棚セットにもミニチュア「鏡」がついているのだから驚きである。

 では何故、鏡が神様扱いをされ貴重なのかというと、ヒミコの時代より少し前に中国よりもたらされた「鏡」の一枚をいろいろといじり回した人がいた。表面を布で磨いていたら、偶然にも凹面鏡になった。これは太陽の光を一点に絞り込む作用がある。当時にあっては凹面鏡のことなどは誰も知らなかったろうが、その焦点にあったものが発火したというのが作者の推測である。発火させること自体は、この時代になると木と木をこすり合わせることで種火を得られる事はもう知られていたので珍しくはなかったが、「太陽の光」が「火」をおこすことに神秘さを感じたのだろう。まさに「天照」なのだとおっしゃる。天の神様が火を起こす道具をくれたと解釈したようだ。現在でもオリンピックなどの「聖火」は鏡で得られたものである。

 本家の中国では、そんなことはつゆ知らなかった。蛮国である倭国が、おかしなものをほしがるものだと不思議に思っていたのかも知れない。鏡の鋳造技術などは日本にはまだ無かった。中国から鋳造職人まで招待して鏡の大量生産がはじまった。日本にはまだ「年号」がなかったので翌年の製造に職人は「景初4年」という年号をつけたが中国にはもう存在していなかった年号なので日本の学者には謎とされてきたものである。日本に来た職人には中国で年号が変わったことはわからなかった。当時の日本の古墳発掘からは、大量の鏡が見つかる事が多い。中国では殆ど見つかっておらず、日本独自文化として発達したものである。


 鏡の技術は急速に発達して、大型の鏡が作られるようになった。伊勢神宮にあるものだ。
 本来のヒミコの鏡は、直径12cmほどのごく小さなものである。何故筆者が知っているかというと、我が町に奈良の考古学者が数年前に来てその講演を聞いたことがあった。レプリカを持参してきていたのである。

# by watari41 | 2018-12-13 13:18 | Comments(0)

新元号(1)

 天照大神(アマテラスオオミカミ)がテンテルダイジンなどと呼ばれてしまう現代であるが、日本の神様中の神様である。
 伊勢神宮がその元祖である「アマテラス」を奉っていることは言うまでも無い。その境内は誰がみても神々しいまでに美しい。日本人で知らない人はいないだろう。我々が高校生の頃は、修学旅行といえば伊勢神宮が定番だった。たまたま当時の皇太子の新婚旅行日程と重なって、神宮の境内で遭遇したものだった。その平成時代も終わり、次の元号は何かと話題である。
 下記の本「アマテラスの二つの墓」は河出書房より2018年8月に出版された。著者は戸矢学さん。
 古代史ファンにとっては、たまらないものである。ややこしい神々の名前は省略して以下は筆者がさらに解釈を加えているのでご注意を。
 作者は、アマテラスはヒミコ(卑弥呼)であろうと考えており、その墓は九州の宇佐神宮であるとしている。その神域は巨大な前方後円墳になっており、後円部の頂上に立つ本殿の地下にはヒミコの墓そのものがあるとしている。現代では奈良県の箸墓古墳がヒミコの古墳として最有力視されているがヒミコの死亡から時代が30年ほどずれており、ヒミコの後継者であるトヨの墓ではなかろうかと作者は推定している。
 では、伊勢神宮とは何かということになるが、これはアマテラスすなわちヒミコの祟りを鎮めるために創建された神社であり、これを一の宮として神器を納めることで、東西に重しが出来て、日本が治まるとみたのだろう。宇佐神宮は二の宮とされているが、古代では宇佐神宮が一番だと誰もが知っていたはずだ。古代の日本人は祟りを恐れた。天変地異が激しかったのだろう。
 それでは、だれが伊勢神宮の創建者かというと11代の崇神天皇であるとされる。ヒミコの怨霊を鎮めるのが長年の課題となっていたが、その崇神時代に霊感豊かな女性を選んで、神宮を作るのに全国でどこがよいか探すように命じた。当時は日本全土とは言っても、支配権が及んでいたのは、せいぜい紀伊半島(三重県)ぐらいまでであったろう。天皇に現在の地を進言したのである。
 広大な地域を神宮とすべく急速に整備が勧められ、1600年近くが過ぎた現在はおごそかな神域そのものである。日本の森というのは作庭の意図があると短時間で様相を一変してしまうようで、明治神宮がその例で、作られて今年で丁度百年なのだが、まるで古代から存在していたかのような鬱蒼たる森林になっている。
 
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# by watari41 | 2018-12-08 16:28 | Comments(0)