味覚

 最初はオレンジだったと思います。輸入自由化が発表されるとミカン農家は壊滅するといわれたものでした。次はチェリーでした。安い米国産が入ってくるとサクランボはひとたまりもないだろうと言われました。それがどうでしょうか、今や見事に生き残っているどころか、果物におけるそれぞれの地位をしっかりと占めていると思います。リンゴにいたっては、中国、台湾への輸出を検討しているというのですから驚きです。たしかに東南アジアのホテルに泊まるとリンゴを出されることがあるのですが、日本で食べているものから比べると、これは何ですかというような味だったのを記憶してます。現地の人達も美味しいものをほしがるのは同じで、所得水準で食べれるかどうかでしかないのだと思ったものです。自由化の危機が去って、サクランボとチェリーは別の果物であるなどと自信をもって言われたのはずっと後のことでした。
 これとは別に日本人の味覚というのはまた独特のもので、外国人にはない舌があるのではないかと思うときがあります。懐石料理など昔からあるものの他に牛タンなど独自のものを作り出す能力はすごいものがあると思っています。日本に居ながらにして世界中の料理や果物に加えて、日本固有のものも口に運べる歴史上最も幸せな時代にいるという気分に浸っています。
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# by watari41 | 2004-06-19 19:27 | Comments(2)

色と眼力

 現職の当時、金属製品に「黒色」の塗装を業者に依頼したところ、どの黒にしますかと聞かれて驚いた。26段階かの黒があるというのだ。言われてみれば他の色にもそれぞれ微妙な違いがあってそれぞれのレベルがあるのでしょう。
 もう一つの色経験は、東京にいたころ今頃の季節(6月)に鎌倉のアジサイ寺が見ごろだというので行ったところ、ほとんどが青色の花で、遠くから見ていささか期待が外れたが、近づくにつれて実に鮮やかで目に染みるような青いアジサイが飛び込んできてこんなにきれいな青色があったのだろうかと、あたり一面の青々を眺め心洗われる思いがしたものです。
 青色のなかの一部を見たのでしょうが、さらにもう一つ色には鮮度という段階もあるのではないのかと思ったものでした。紙に書かれた色、植物の色、魚の色など同じ色といってもみなちがうような気がします。写真にとられたものと実物ではまた色合いが異なるし、微妙なちがいを見分ける力が人間の目にはあるのだろうと思います。

 鑑定師がこの絵には力があるとか、生きているから本物だとかのことを言いますが、素人にはよくわからないことが多い。色の判別くらいはつくが、力があるかどうかについてはフシアナでしかない。本物を見分けるには経験をつんで感性を磨くしかないという。脳が関係してくるのでしょうが、いずれは科学の目と人工知能が真贋を見分ける時代がくるのではないかと思ったりしている。
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# by watari41 | 2004-06-17 21:03 | Comments(3)

文化とは

 「ゴミは文化のバロメータ」と言われた懐かしい時代がありました。あれから50年、日本列島は今や大量のゴミであふれそうです。日本人の文化レベルは著しく向上したのでしょうか!。物のない戦後の時代に米国の強烈な豊かさを見せ付けられて、ゴミも出ない生活状態を自虐的に表現したものだったろうと思います。「文化」という言葉は都合のいいように使われてきたようです。なんとも響きのいい字句の感じから「文化国家の建設」だとか「文化住宅」だとか、わけの分かったようなわからないような不思議なことに使われてきて、あまりおかしいとも思ってはこなかったようです。文化勲章などもあらゆる分野の人に与えられており、精神的なものから物質的なものまで、あらゆることを網羅してしてしまう不思議な文字だと思っています。

 このところ、「企業文化」といことがクローズアップされています。M自動車が欠陥を意識的に隠蔽していたということで、会社の存亡を問われるまでになりそうです。企業が長年の間につちかってきた企業風土などとも言われておりますが、その中にいると多少のおかしなことがあっても、世間には通用しない「常識」にそまってしまう落とし穴が潜んでいるようで正常な感覚がマヒしてしまうことを経験したことがあります。これもまた大きくは文化の範疇にはいることだと思うと変な感じがしてきます。
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# by watari41 | 2004-06-15 21:57 | Comments(2)

便利さの代償

 車社会が急速に拡大して、交通事故死亡者が1万人を越えた頃のことです。雑誌に興味を引く記事がでてました。「悪魔が地球人にこんなことをささやきかけた。とてつもない便利なものを提供しよう、その代わりに人間の生き血を毎年十万人分づつ飲ませてくれといわれて、地球人がこの条件をのんだので自動車が出来上がったと」当時の状況を考えると世界的規模では、それだけの交通事故が発生していたのでしょうから、あながちこの比喩もおかしなことではなく、恐ろしいことをいう人がいるものだと思ったものでした。

 車なしの現代社会は到底考えられず、交通事故も当たり前のこととして、当時ほどにはセンセーショナルに取り上げられなくなってしまいました。車だけではなくて人類は文明の利器という便利なものを数多く手に入れたと思います。その代わりにまた失ったものも多いのではないでしょうか。昔の囲炉裏にあった団欒などもう再現することはないでしょう。便利さに目を奪われてしまい気がつかないままに過ごしてしていることが多くあるのだろうと思います。

 
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# by watari41 | 2004-06-12 20:38 | Comments(4)

晩年(3)

 子供の頃、謡曲を唸っている大人をみては、なんと退屈なことをしているんだろう、何が楽しいのだろうかと思ったことがありました。それを理解できるようになったのはずっと後年になってからです。物事にはその年齢にならないとわからないということが多くあるようです。
 昔は、時代の変化がほとんどなかったでしょうから、年寄りからみると、子供たちのやっていることは自分もかつては経験したことで安心して眺めていたのでしょうが、ここにきて若い人の行動、生活スタイルが我々の時とは全く異なっているように思えます。特に音楽については到底理解できないことが多い。なぜあんな歌に熱狂して騒いでいるのか、どこがいいのか不思議である。
 かつては、大人になれば理解できたということがあったが、今から若返ることはできないので、永遠にわからないことなのだろう。

 時代の断絶というのは大げさな表現なのかもしれないが、めまぐるしく変化する現代にあっては、このようなことはやむを得ないことなのかもしれない。これも前向きに考えれば、我々の世代はこれからも生ずるであろう新しい変化の波を見ることができるので、幸せなことであるのかもしれない。

 差しあたっては、デジタル社会がどんな変貌をとげていくのかが楽しみである。
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# by watari41 | 2004-06-11 15:09 | Comments(0)

晩年(2)

 人生には4つの段階があるという。
1.自分を中心に考えた人生       2.家族を中心に考えた人生
3.企業社会を中心にした人生      4.歴史をかえりみる人生

 これも前述の本からの引用である。若年から壮年そして3.の終わりが定年であるという。4.の意味はお世話になった故人や祖父母などの先祖を偲び、冥福を祈るというもので、昔なら頭を丸めて出家をしたり、霊場めぐりなどを人生の締めくくりとしておこなう人が多かった。
現在でも通用することで、面白い見方だと思う。仙台シニアネットでは、4.についてもっと積極的であり、「高齢者を長い人生経験と豊かな知識をもった社会の貴重な人材、人的資源としてとらえ、その活力を生かして新たな豊齢社会をきずく」を目的としており、上記の人生4段階にさらに一つが加わるようにも思う。

 ただ、いずれは歴史をかえりみる必要があり、どの時点だろうかということになる。私は、やや早いことながら、我が家の辿ってきた明治以来百数十年の記録書類などの整理にとりかかっているのですが、達筆な昔の文章を読むのは骨がおれます。逆に私は字が下手で、後の人が読むのに困るだろうと思っていたところ、ワープロができたお陰でどれだけ救われたかわからない。
 
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# by watari41 | 2004-06-09 20:46 | Comments(0)

晩年(1)

 「一人の友」「一冊の本」「一人の女」「一本の酒」「一軒の家」そして「一つの歌」、晩年という言葉に浮かんでくるのはこれらの語だ。自分の人生ではそれらのものを掴みえたであろうか。これは1939年生まれの作家、保坂正康さんの著書「晩年の研究」に出てくる一節である。
 私は晩年というにはまだほど遠いような気がしているが、上記は心引かれるフレーズである。70、80代になって人生を振り返った時に、これらのことを語れるようにしたいものだと思う。

 シニアライフとは何かということになるが、「晩年とは人生の終末を意味するものではなく、人生の新たな段階で何かを求めつつある姿をさす」これも上記の本に書いてある語句だが、まだまだ何かが出来る年代であるようだ。昔の人達の「余生」とか「隠居」という概念は現代ではなくなってしまい、活動しながらの晩年を過ごすということが一般的となった。

 シニアネットは「夕日は沈まず」が出発点になっている。大人と子供の違いは単にお金を稼ぐか、稼がないかの差異しかないと極論する人もいるが、壮年と晩年の違いも仕事でお金を得られるか、そうでないかのことではないのかとも思う。損得を抜きにしてやれることがたくさんあるような気がしている。

 
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# by watari41 | 2004-06-07 19:54 | Comments(2)

精神力(2)

 かつて日本に留学中の高校生による日本語弁論大会が面白かった。日本の文化を裏側から覗いて風刺されているようで興味が深かった。スポーツのクラブ活動に関したものだったが、本来は生徒の楽しみとしてあるべきなのに、日本の高校生は少しも楽しそうではなく、悲壮感さえ漂わせながら先生からは「根性」を叩き込まれている。西欧人には、どうしても理解できないことの一つだということです。テクニックよりも精神力を重視していると写ったようです。個人が重視されるべきなのに母校の名誉にかけてなどというのもおかしなことと思ったようです。

 オリンピックでも今は、一人一人がおおらかに伸び伸びとやっていて、言いたいことを喋っていますが、30年前くらいまでは「日の丸」を背負っているという認識が強く出ていて、負けたら日本には帰れないなどと発言していて、選手も気の毒なものだと思ったことがありましたが、今やそんな呪縛も解けて個人の名誉のためにやるんだという欧米流になってきており良いことだと思っています。

 「精神一統何事かなさざらん」という言葉に代表されるように、昔から何事につけ「精神力」が重要視され「大和魂」など、あまりにも行き過ぎて第二次大戦で米軍の本土上陸があれば竹槍で戦うなど無茶苦茶なことが検討されたと聞いて驚いたものですが、戦前の精神力重視を戦後も20年くらいは引きずったように思いました。
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# by watari41 | 2004-06-06 20:49 | Comments(0)

精神力(1)

 何年前のことだったでしょうか、巨人軍にクロマティという選手がいました。彼の帰国後の回想記に「野球とベースボールは違うものである」というフレーズがあり、異なことを言うものだと思って読み進めたら野球には「投げる、打つ、走る」の他に「野球道」というものがあって、彼はそれに戸惑ってしまったということです。野球の「道をきわめる」ということを日本の選手達が考えているというように見えたらしいのです。
 監督も試合に負けるのは単に打てない、打たれただけではなくて、監督自身の修養が足りないためもあるというような自分を責めているような印象を持ったということです。王監督にそのことを強く感じたという。如何にも日本人好みの話で、王さんの人気の由来もこんなところにあるのかとも思う。

 そういえば「一球入魂」とか、精神力を強調するような言葉がいくつかあって、単なる技量の向上だけでは駄目であるというようなことが昔はよく言われたものです。しかし今や大リーグでの日本選手の活躍や日本でも外国人選手が増えたことなど、こんな日本特有の精神力も急速にどこかにいってしまったようです。本来の国際化というのは、こんなことなのだろうかとも思ったりしてます。

 クロマティの回想は、米国人作家に彼が話した内容をその作家なりに解釈して書いたのだろうとは思いますが、日本の一面をよく捉えているものと感じたものでした。

 
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# by watari41 | 2004-06-05 17:44 | Comments(2)

古い民家

 江戸時代に建てられた古い民家が、文化財として宮城県の各地で保存されております。角田市の高蔵寺に保存されている民家が子供の頃の記憶と重なり懐かしさがつのりました。土間にカマドまではどこにでもありますが、ムシロやコモを作る器具が土間にありました。ワラを何本かづつ手に取って並べ細い縄で編んでいくのです。はたおり機械などに比べてはるかに単純で、子供でも出来るものでした。小さな木の棒に細い縄を予め巻きつけたものを数十個つくり、やや大きな木の台の所定の位置にセットしておき、これで一つずつワラを締め上げ織っていくのです。私も近くの農家から借りてきてやったことがありました。出来上がったものを2つに折って両端をとじるとカマスになります。

 日本人は何百年もこんなことをやってきたのだろうと思うのです。それがある時点で1950年頃に姿を消してしまうという断絶ができてしまったのです。ムシロやカマスなどは使わなくなったのですから、当然といえばそれまでですが、これらのことを知っている最後の年代が私たちであるとすると寂しいことです。

 同様のことは方言にも言えることで、標準語に慣らされたある世代以下では、昔の言葉が全くわからないようです。これを書き留めたりして保存しようとの動きがありますが、日常会話として使わなくなった言語を保存しておいても、農用具などとはちがい後の世代の人達にとってはどんな意味があるのだろうかと考えてしまいます。
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# by watari41 | 2004-06-04 16:03 | Comments(2)

四季

 「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり」 川端康成がノーベル賞を受賞したとき「美しい日本の私」と題して記念講演した時の冒頭の部分です。8百年昔の道元禅師の作ということですが、日本短歌史上最高傑作の一つだそうです。この道に疎い私などでもすんなりと頭に入ってくる句の一つです。日本の四季のすばらしさを古来からいろんな歌人が詠いついできており、川端文学もそんな中から生まれたものだと言いたかったようです。

 花が咲いて良い季節が訪れたと思い、夏が到来して暑さを心配し、ススキを見ては秋を感じ、初雪が降っては今年の冬はどんなだろうと、正月のみならず、一年のサイクルといいますか、昨年の様を思い出し一年が過ぎたことを少なくとも年に4回は感じさせられます。砂漠地帯や寒冷地、熱帯地方ではこうはいいかないでしょう。

 3.4.5月は春だといわれるように月からもその季節を連想するのですが、自然界のうつろいとは若干のズレがあると、その道の専門家が50年ほど前に話していたことを子供心にも記憶があってなるほどと思ったことがあります。旧暦だと月と季節はピタリと一致するが、新暦に変ってから多少おかしくなってしまったということです。正月前後に特にそのことを感ずると言ってました。そのときは仙台では1ケ月くらいずらすと、季節と月は合うような感じがしておりましたが、今では新暦に合わせたものの考で何もおかしくは感じられませんが、明治生まれの人々は当時はいろんな戸惑いがあったのだろうと思ったものです。

 昭和40頃までは、竹駒神社へ旧暦正月の元旦参りに、貸切列車で東北各地から多くの人がきており、駅の空いている線路にそれらの列車が何本も停まっていたのを見ながら通勤していたものでした。田舎では農作業から正月のサイクルがそのようになっていたのでしょう。現在は機械化の影響もあって5月初が田植え時期で50年前からみると、丁度1ケ月早まってますので暦が昔に戻されたような感じがするのです。
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# by watari41 | 2004-05-30 20:57 | Comments(2)