憲法記念日

 マッカーサーの日本占領で、最大の失策が「憲法九条」だというのだから面白い。
 後に彼は米国に帰ってから、査問委員会にかけられるが、言い逃れをしている。自分の草案には入っていないものだったが、当時の幣原首相が挿入したものだと言い張った。マッカーサー将軍ほど誇り高い米国人はいないだろうとも言われる。自分の業績に傷がつくのを極端にいやがったのである。彼の回想録は、その点で嘘があるとされる。
 占領当初は、日本が2度と戦う事がないようにと、徹底的な弱体化政策をとった。

 最初に、その矛盾が現れたのが朝鮮戦争である。日本人を戦いに参加させたかったができなかった。やむなく吉田首相に命じて警察予備隊という自衛隊の前身を作ったのだが、憲法上当然のことながら戦うことなどはできない。戦力を持つことができないのだから、矛盾したことをやらざるを得なかったのである。戦力なき軍隊などと言われたことが記憶に残る。そのうちに自己防衛権まで否定するものではないということになった。

 マッカーサーは当初、日本人自身に斬新な独自の憲法を作らせようとした。しかし政府首脳部にいた人たちは、明治憲法の天皇主権の概念から抜け出すことなどは到底できるはずがなく、占領指令部が納得するものではなかった。近衛元首相は違った考えを持っているのではと期待されたが、そうではなくて裁判にかけるとされ自殺した。

 マッカーサー元帥の権力は、日本のあらゆることを支配して当時は史上最大のものとされた。かのローマ皇帝を凌ぐとさえいわれたのである。吉田首相などは、就任時に親愛なる元帥様、私が首相になることを許可いただけますでしょうかという伺いまで立てている。

 従って、占領軍から新憲法を示された時には、いちもにもなかったのである。政府首脳はこの憲法を受ける事は、天皇を裁判にかけないこととの交換条件だと認識したようだ。

 しかし、日本人は一度決まったことを守る事にかけては優れた民族でもある。江戸時代だって250年の平和を保った。憲法もせめて100年くらいはと思っている。
 (参考:「国破れてマッカーサー」西鋭夫著)

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# by watari41 | 2016-05-04 14:33 | Comments(0)
 日本の報道自由度は、とうとう世界72位まで下げてしまった。
 我々には、そんな実感がないが客観的な評価なので、そういうことなのだろう。知るべきことを知らないということになる。

 メディア関係者が一様に、「見ざる・言わざる・聞かざる」の状態に陥っているのであろう。
本来の意味は、その前に「悪いことを・・・」をという言葉がついている。孔子が唱えたもので儒教の教育的なものであった。
 日光東照宮の彫刻で、あまりにも有名になってしまったが、本来の意味を知らず納得する人も多い。日本人の倫理観ともなんとなくマッチしている。

 我々は、メディアからしか情報を得られない。ネット情報もあるが信頼性に欠ける。
 10年ほど前に、仙台市長が何十回も海外出張を繰り返していたが、殆どの市民は知らなかった。それを地元紙が暴いた。タクシーのおかしな領収書もたくさん出てきた。市長は結局、辞職に追い込まれた。
 地元紙が書かなければ、今も名市長だとして在職し続けているかもしれない。

 おかしなことに、名だたる大新聞に週刊誌の見出しが躍り、実際にもその記事が真実である場合が多い。大新聞、テレビ各社に取材能力がないわけではあるまい。週刊誌を追認するだけになってしまっている。

 自らに目隠しをしてしまっている。開きメクラ同然になっている。どうでもいい情報が溢れかえっているので、週刊誌に驚いてしまう。

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# by watari41 | 2016-04-28 12:20 | Comments(0)

熊本地震

 畑が水平方向に延々とずれた断層をみて驚いた。
 震源が地下10kmというから、エベレスト山以上に渡る断面が数メートルずれたことになる。そのエネルギーがM6とかいうように計算されているのだろうと私など素人は考えている。莫大なエネルギーの放出である。

 九州はもともと、地震の少ないところと認識していたが、いろいろと解説を聞いていると、とんでもないところなのである。

 豊臣秀吉の全盛時代に新築したばかりの京都伏見城が全壊したことは有名であるが、大きく見たその断層ラインが大分県から熊本県を突き抜けている。
 熊本城石垣の堅牢さは、敵に対する備えばかりではなくて、地震への対策も考慮した加藤清正の築城だったのであろうと推定されている。しかし400年の老朽化が今回の崩落につながったのであろう。

 東北も前回の大地震が400年前で、符号するのだが学者は偶然の一致にすぎないだろうとおっしゃる。学問的な根拠が無いのだから当然といえば当然である。

 ついこの間、プラタモリの「水の都熊本」を拝見したばかりである。よくよく考えてみれば地盤の弱さにつながる。私の住む阿武隈山系も良水がでるところだが同様に山肌が脆い。

 最初の地震から一週間、自動車の中で生活する方々が予想外に多いようである。
 そのまま、宮城県まで来てしまったらどうだろうかと思う。我が町ではもう千戸近くになった空き家の仮設住宅が存在している。取り壊した仮設団地もある。
 周辺の市町村もそんな具合だと思っている。自動車の中よりもしばしの安息が得られるのではなかろうか。そのうちに熊本にも本格的な仮設住宅ができるはずだ。
 高速道路を無料開放して、受け入れ体制を作れないものかと思う。
 しかし、これは民間人の単純発想で、役所とすればそれなりの難しい問題があるのだろう。
 被災者救済第一で、そんな音頭をとる政治家がいてほしいものだ。
 

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# by watari41 | 2016-04-20 18:30 | Comments(0)

老害

 町内会長(田舎の行政区長職)も2年目に入った。私の場合は自給300円程度の役場の臨時職員みたいなことは、前にも書いたことがある。
 とにかく忙しいのには参ってしまった。
 150世帯、500名ほどが担当範囲である。
 もともとトラブルの多い地域とはされていたが大変である。各戸いずれも何がしかの問題を抱えながら生活している。すべて順調な家庭などというのは世の中には有り得ないのだろう。

 一人の老人に手を焼いている。90歳を超えている。認知症というわけではない。わずかにマダラなのかもしれない。この人は自分の過去を誇りたくてしょうがないのである。それなりの叙勲も受けた。だが多少良識に欠けているところがある。誰もまともにこの老人の話を聞こうとはしない。この方はいらだっているのである。

 区長さんやと我が家にやってくる。小生も、いささかもてあましぎみなので、あなたは、今の私くらいで亡くなっていれば、もう17回忌と言われてもおかしくない歳まで生きたのですよ、泰然自若たるべきですと言うと、いやオレは百まで生きるんだと頑張るのである。

 老害とされる方々は多い。有名なのは大新聞社のトップに納まる人であることは、よく知られている。組織内にいると、こういう人には逆らえない。実績があるからである。

 セブンイレブンの会長が辞任することになった。日本にコンビニ文化を築いた人である。NHKでは「驚くべき理由」という形容詞をつけたニュースを流した。女性問題か?と一瞬思ったものであるが、その理由は人事案件を役員会で否決されたからというのである。それなら我々からすると、当たり前のことで驚くべき理由ということではない。NHKの感覚が若干ずれていると思ったものである。
 83歳の会長さんと、91歳の大株主さんが対立した。老々対決でもある。
 今後の経営方針をめぐることでもあるので、お歳とはいえ堂々たるものだ。とても老害などとは申し上げられない。わが町内のご老人と比べると大変な格差がある。それまでの生きざまの違いでもあろう。小生なども若い人からみると、すでに老害をさらけ出している区長なのかもしれない。(しばらくぶりの更新でした)

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# by watari41 | 2016-04-12 21:28 | Comments(2)

石の医師

 世の中には珍しい人がたくさんいるが、これほどまでに不思議な方にはお目にかかったことがない。
 「石の医師」とはダジャレみたいだが、「自然界の石」が病んでいるのか、健康なのかをわかるというのである。病んでいれば、それを治してあげられるというのだから驚くしかない。
 目撃した方によると、病んだ石に手を触れることで、色がわずかに変ったというのである。
 大事な「石」のメンテナンスも引き受けているそうだ。

 仙台にお住まいの女性である。彼女の出生からの経歴が興味深い。ベトナム戦争でサイゴン陥落の直前に生まれたというのである。その両親と幼児は間一髪で国外に出たというのである。
 父親は日本人でJICAの職員として駐在していた、母親がベトナム王族の血を引く末裔だというのである。大正の末に生まれた父と、ベトナム人の母親はすでに死亡している。
 私は彼女にお目にかかった時に一つだけ質問してみた。隕石でもその状態がわかるのですかと問うたら、「地球外」のものについてはわからないのですと答えていた。

 鉱物である「石」に生命があるとは考えられない。これは精霊の世界である。
 最初からまともに取り合わない人が殆どであろう。しかし小生は未だ何事にも興味を抱いている。アニミズムがよく知られている。万物に霊魂ありと考える未開のジャングルで原住民やシャーマンを調査研究した英国の人類学者がいた。
 「原始文化」にそれが見られるというのである。
 日本の八百万の神々も、昔から自然現象そのものを崇めていた。似たようなものである。
 石をご神体とする神様だって存在するのだと思う。
 
 現代人は余計な知恵がついてしまった。率直に信じる心が無くなってしまったらしい。
 非科学的だと言われようとも、現代社会にきちんと存在している。

 かつて、梅原猛さんは日本人には縄文の気風が今も存在すると言って物議をかもしたことがあったように記憶している。「梅原日本学」ともいうべき独特の存在感を示す人でもあるが、今回の石の話で去来した。

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# by watari41 | 2016-03-27 13:46 | Comments(0)

清原選手と麻薬

 50億円ともされる清原選手の個人資産が麻薬によって巻上げられた。
 超有名人の一大スキャンダルなので、大きな騒ぎとなったが、隠れて麻薬に手をだしている人も結構いるとされる。それほど魅惑的なもののようだ。
現役時代の記録も怪しくなっている。
 ロシアのドーピング問題も国家をあげたものであった。それほどに麻薬とは威力があるが恐ろしく、危険極まりないものだ。過去のソ連・ロシアの金メダルの評価も変わってこよう。別の意味で、世界史の裏面は麻薬の歴史だったともされる。一万年近く前の遺跡からさえ出土しているとか。

 近代史に於いては、1840年に起きた清国(中国)と英国のアヘン戦争は、中国の富を吸い上げるべく、英国が中国に麻薬をバラマキ、その輸入を中国が禁止しようとしたことで勃発した戦争である。産業革命に成功している近代兵器のイギリスは勝ちまくり、中国人をアヘン漬けにしたのである。紳士の国イギリスは、自国内の麻薬を禁止しながら武力で他国に売りつけている。
 莫大な富が中国からさらわれた。

 さらに残った富を奪うかのように、清国にとどめを刺したのが日清戦争である。莫大な賠償金を得た。強大な清国も滅亡寸前となった。
 日本は麻薬の教訓を痛いほど知り尽くしたと言われる。有名人の麻薬犯罪をかくも大々的に報道されるのは、そのような意味合いがあるからなのだろう。

 麻薬原材料の栽培は、最もお金になる農業と言われる。戦乱後のアフガニスタンでも、その栽培は止まらなかった。中米諸国でも高収入を得られるとして、なかなか絶滅できないでいる。麻薬をなくすのは、人類永遠の課題なのかもしれない。

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# by watari41 | 2016-03-21 12:28 | Comments(0)

台湾の恩返し

 シャープが台湾の企業であるホンハイに買収されることになった。
 このことを相撲の恩返しということばにたとえてみた。

 かつては、関西家電3社としてサンヨウー、パナソニック、と並び隆盛を誇ったのが、つい先日のような気がしている。
 サンヨーが消えて、パナソニックが傾き、いままたシャープもブランド名のみを残して、無くなってしまうとは考えてもみなかったことである。
 「優秀な技術力のある」という枕言葉がついた会社である。
 経営に失敗すると、いずれもこんな運命をたどる。企業戦略を誤ったとされるが、市場占有率の高いものに経営資源の全力を投入するのが常道であり、シャープは液晶に賭ける道を歩んだ。それがアダとなったのだから、通常の考え方では対応できない事業環境となったのである。
 パナソニックもプラズマディスプレイに賭けたがこれまた大失敗した。企業にはまだ立ち直る余力が残っていた。
 関西ではないが、ソニーもおかしくなりかけた。心配される東芝には復元力があるのだろうかと思っている。
 台湾は、明治の日清戦争以来、日本が植民地支配をしたところであるが、殖産新興と勤勉な日本人を見習い、台湾の多くの方々は、日本に対する尊敬と恩恵を感じているとされる。
 3.11大震災では、200億円を超える義捐金をいただき、我が町も、その一部を頂戴し、体育館に台湾義捐金支給所という大きな看板が出て、多くの人が受け取った。

 シャープを買収するホンハイの社長は、従業員十名程度の会社から年間売上数兆円の会社へと成長させた、まるで松下幸之助さんのような方である。

 かつて台湾総統であった李登輝さんは、日本人の凄さを知っている方で、日本よ自信を持ちなさいといわれる。
 ホンハイの社長は、経営の中味は当然異なることになるのだろうが、日産のゴーンさんの如くシャープを復活させる力があると信じたいものだ。

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# by watari41 | 2016-03-13 16:16 | Comments(0)

あの日から5年(3.11)

 月日は早いというべきなのか、遅いというべきなのかわからない。
 私は大変に長く長く感じている。
 仮設で過ごしている方々も同様のことではないだろうか。
 
 莫大な復興投資があった。津波のこなかった街中には、沿岸部からの住宅ラッシュが続いた。復興住宅とは別に、多少余裕のあった方々は、無理をしてでも近代的な家を空き地を求めて建設している。

 復興予算が減ずるに従い、関係者の転入も少なくなり、転出者との出入りがゼロに近くなっている。自然減の分だけ、人口減少するというのが町の直近の状況である。毎月の広報紙の数字を見ているとそんな感じを受ける。
 人口3万人の町で、毎月の出生が15人、死亡が30人なので、全国平均と同等の推移だろうとみている。
 沿岸部と街中を持つ町としては妥当な歩みなのであろう。
 震災での死者が3百人。壊滅した集落の人口が3千人。津波の浸水率は全町面積の50%だった。被害金額が2千億円。こんな数字が頭にある。

 個人的にも、ずいぶんと動いた気がする。柄にもなくボランティアもした。
 今も、海を見ると怖いという人は多い。九死に一生を得た人などは特にそのようだ。
 海岸に住んでいた知人夫妻は、家もろともに流され破壊された。彼の方は直ぐに見つかり遺体安置所に運ばれたのだが、駆けつけた弟は、兄の顔が誰かもわからないほどに膨れ上がり変形していたので、見分けられず、しばらくはそのままに据え置かれた。安置所の係官が遺体を移動させようと動かしたところ、名前の書かれた物入れがズボンのポケットから除いたので、再び弟が呼ばれた。間違いないとなったのが一カ月ほど過ぎてからだ。奥さんは頭のない遺体で発見された。ネックレスが特殊なものだったので本人と確認された。
 自宅跡は、雑草が生い繁り何もかもがわからなくなった。5年の歳月とはそういうことでもある。3.11の町主催の合同慰霊祭によばれている。ご冥福を祈るのみである。
 

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# by watari41 | 2016-03-05 15:14 | Comments(5)
 20年ほど前のことだった。
 仙台の自然史博物館に人体の血管標本の特別展があった。3名の初老男子標本である。
 名前の記載もあった。中国人ではなかったかと思う。死に際して標本となることを納得した人物のものであるという。
 顔そのものは生前の姿であったが、全身の臓物が抜き取られ、心臓と血管のみを残したものである。細かいところまで見事に再現してある。標本は立ち姿であった。皮膚の部分は透明化され、網の目の如き動脈は赤く、静脈は青だった。
 実際の人間であるから、長く見ていると気持ちが悪くなるようだった。
 人間の血管の全長は10万kmにも達するというのだから驚くしかない。もちろん、その95%は毛細血管が占める。

 大動脈の断面構造は3層で守られている。細動脈は2層、毛細血管は内膜のみの一層で内皮細胞そのものとされる。その内側血管の血流に接する内皮表面にグリコカリックスと呼ばれるものの存在は知られていたが、電子顕微鏡によって、その姿が撮影された。北里大学の東条さんという先生である。繊毛の如き誠に細かいものであるが、重要な役目をもっているようだ。
 太い冠動脈にももちろん存在し、これが欠落すると血流は内膜の表面で乱流となり、内膜が損傷し、3層の壁内に血液が侵入して解離性大動脈りゅうの原因になるとも考えられる。

 こんな話を聞いたのは、先日の講演会で、長寿で名高い長野県の上田市を拠点に全国的な栄養士活動をされている中村さんという女史でる。震災前にも人間の食物にかんする栄養上の講義を受けたことがある。

 健診では、血液検査がなされるが、これは食習慣の結果の表示であるとともに、これからは血管の状態もどういうことになっているかの情報も解析対象になってゆのだろう。
 大阪駅前で大事故となった、運転者の解離性動脈も何らかの予兆が見つかる時代がくるのであろう。
 栄養と病気、血管の状況など多面的なつながりが研究されることだろう。
 人に話を理解してもらい、印象に残るようにするのは、なかなか難しい。中村女史はその目標に向かって努力されている。数年前に比べると著しくわかりやすく、魅力的な話をしていただけたものと思っている。

 

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# by watari41 | 2016-02-27 23:13 | Comments(0)

ミクロとマクロ

 灯油の価格がどんどん下がっている。我々にとっては想わぬ僥倖である。昨年の半値に近い。ガソリンも下がり、恩恵を受けている日本人は何千万人もいるはずだ。

 しかし、日本経済なかんずく世界経済にとっては、きわめてまずいことだとされる。
 個人の利益と国家なり企業の利益とが、相反しているのが現在の状況なのである。かつては全体(マクロ)がよくなれば個人(ミクロ)も良くなるものとされてきた。高度経済成長時代にはそんなことが、実現できていたような気がしている。
 そんなことが現在でも通用するという前提で、アベノミクスも策定されているようだ。全体をまず良くしましょう。そうすれば個人にも恩恵が回ってくるはずですと。
 だが、現実の社会情勢を分析すれば、石油の例を持ち出すまでもなく、かつての時代とは大きく様変わりをしてしまったのである。
 そんなことを筆者などが言うまでも無く、政府首脳をはじめ誰だってわかっていたはずなのだが、どうして現在の混乱ともいうべき状況を止められないのだろう。

 我々は物価が下がる事は、すべからく良いことだと思っている。それはミクロ的な考えでしかないと言われているのだ。マクロ経済的には、物価上昇率が2%でないとダメとされる。そうでないと日本経済が成り立たないとされる。

 どの辺りから、ミクロとマクロが合致しないようになったのだろうか。おそらくはバブル時代が分岐点だったのだろう。それまでは誰もが将来への希望を持っていた。だが、これは極めて稀な時期だったのかもしれない。

 人類の歴史をみれば、ミクロとマクロの合致などは有り得なかったと言えるのだろう。
 戦前は特にそんな時代だった。国威発揚が優先された、その国民がそんなに貧しいとはと驚かれたらしい。現代の北朝鮮如きである。
 今も国民の5%程度の人に富が集中しているとされる。いつの時代、どんな体制でもそんなパーセンテージだったのだと思う。見果てぬ夢をみながら、高度成長という今になると良き時代を懐かしんでいるのである。

 

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# by watari41 | 2016-02-18 18:42 | Comments(0)

古事記のこと(終)

 高天原(たかまがはら)は、80歳以上の方々にとっては懐かしい言葉であると思う、
 古事記の原点でもある。
 江戸時代から研究されていた。その所在地の候補は全国各地にまたがる。宮崎県が最も有名であるのは誰でもが知っている。茨城県がこれまた有力な候補地であることを、江戸の学者である新井白石が唱えた。当時は、まるで邪馬台国論争の如きものがあったのだと考えられる。
 現代に至ると、神話上の話を取り上げる事、そもそもがナンセンスだというのが有力になっている。
 しかし、トロイの神話の実在を信じたシュリーマンが、そこを発掘して世紀の大発見をしたこともあり、一概に日本神話も否定するのは当たらない。
 我々時代の戦後教科書にも、江戸時代に本居宣長が古事記を本格的に研究したと記されている。現代古事記研究の出発点にもなっている。

 天皇を神格化し、その権威を高めるために、戦前には神話も史実も取り混ぜて教えられた。
 高天原におわした八百万の神々の頂点に立つ天照大神の5代目子孫が神武天皇であり、従ってその皇孫たる天皇は神の子であると広く信じ込まされた。
 そのために古事記はきわめて都合よく出来ていたのである。
 敗戦後に天皇は、人間宣言をされ人々は、そういうものから開放されたのである。
 おおかたの人にとっては、そんなことは百も承知のはずなのだが、その権威には誰もさからう事などできず、うまく利用されたのである。
 戦後の日本占領にマッカーサー元帥が最も腐心したのが、天皇の権威を如何に無力化するかということだったとされる。終戦直後の歴代内閣が、それでも日本の元首が天皇であることを疑っていなかったからである。吉田茂さんにしてしかりである。臣茂と言ってはばからなかった。英国駐在などが長く、当時は最も進歩的日本人だったはずである。

 そんなこともあり、古事記に記されている沢山の神々が消え去ったわけではない。古い神社は古事記にあるいずれかの神を祭神としている。我が町の延喜式神社などは3神の名前が書いてある。長い伝統が消え去ることなどはない。
 

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# by watari41 | 2016-02-11 17:06 | Comments(0)