衰退

 「昭和」から「平成」に移るあたりが日本繁栄のピークであったのだろう。
期しくも天皇が譲位(退位)したい意向を示された。テレビに映る都度、大変な激務なのであろうことがよくわかる。今までよく頑張られたと思う。
 次の天皇の時代は日本「衰退」の道をたどるとみて間違いなかろう。皇室と、とりたてての脈絡はないのだが、一つの象徴的な出来事として捉えている。
 アベノミクスは、最後の打ち上げ花火みたいなものだと思う。お札を際限なく発行し続けている。もう一度バブルを起こそうとしているかのようだ。そのお金は下々に回らないだけで、入るところには入っている。そんなことをしても今なお、日本の信用力は相対的にみて、まだまだ高いというのだから驚くしかない。

 対比されるのが英国である。繁栄した期間が長かったので蓄積があった。現在のエリザベス女王の戴冠式は、もう60年以上も前のことだが平成天皇が皇太子の時に参列したことを記憶している。当時は既に衰退期に入ったとされる英国であった。
 長い期間を経て、EUに活路を見出そうとしていたが英国衰退は止まりそうもなく、かつての繁栄を懐かしむ老人がこぞってEU離脱に一票を投じたとされる。残留も離別も地獄の状況に変わりはないとされる。繁栄も衰退も先進国なのである。大いに見習う必要がありそうだ。

 日本の状況は、我々も戦後のゼロ状態を知っているし、世界に冠たるだったと思っている大阪万博などの繁栄も経験しているので、英国老人の如き郷愁感などはない。
 若い方々がゼロ体験に乏しいので、急激な衰退が起こった時には弱い。
 衰退とは「円の価値低下」に他ならない。円安となれば一時的に国内的にはおおいに助かるのだが長期的にみれば没落である。
 昭和40年頃、英国ポンドは1250円だった記憶がある。現在はその十分の一でしかない。購買力が落ちたのである。英国は通貨を切り下げつつ、現在まで持ちこたえたのである。

 力をつけつつあるのは、中国「元」であるが、繁栄の頂点は意外に早いかもしれない。異形の市場経済と言われながらの発展なので、問題点が多くありそうだ。

 今世紀は世界全体が衰退期をむかえるのだろうと思っている。あくまでも経済の話ではあるが、政治は経済に動かされているのである。

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# by watari41 | 2016-07-14 12:03 | Comments(0)

誤魔化される

 選挙で一票を投じるというのは、本来考えれば考えるほど難しいものなのである。
 舛添さんを立派な政治家だと信じて投票した方は、当時200万人以上いたのである。国際政治学者として華々しくデビューしたのは、何十年前のことだったろうか。
 よくも皆さん、ゴマカサレ続けたものだ。
 こういうことを見るにつけ、投票所に足を運ぶ人が減り続けた結果が現在の低投票率状況なのである。
 特に若い人ほど、政治不信がひどくなっているのだと思う。
 もっと前から小さく叩かれるべき人であったのだ。実態が公けになってからのテレビのパッシングはひどすぎる。なぜ、もっと前に取材して報道しなかったのだろうと思えて仕方がない。毎週の温泉通いなどは、簡単に把握できているのだろう。これも報道の自由度世界72位の実態なのだろうか。
 投票所で名前を書いて当選した人が、とんでもない人だったというのでは救われない。次回に投票すること自体をためらってしまう。

 政治ではないが「生き仏」とされる長野善光寺貫主が、セクハラ疑惑で罷免されるかもしれないというのも、あまりになさけないことだ。
 本来なら、そんな嫌疑をかけられるべきことが、不名誉極まりないないというか、立場上許さるべきことではない。昔の人ならとうに腹を切っていただろう。
 貫主は、ゴマカシにごまかしを重ねて現在の地位を得たのであろう。

 本来なら最高の特権的地位ともいうべきところまで、登りつめる人ではなかったのだ。
 「殿、利息でござる」の穀田屋さんを「本物」の人間とすれば、上記の人たちは偽物人間でしかない。誤魔化しは、我ら凡人も結構やっているのだが、社会的影響などは無いに等しい。
 公人とは何かを改めて知らさせられたようなものだ。

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# by watari41 | 2016-07-06 16:39 | Comments(2)

民間信仰

 先日、老人会の一泊温泉旅行があった。同室になった男から聞いた話である。
 40年も前のことだと言うが、自宅の五右衛門風呂を近代的なものにしようとした。狭い屋敷に住んでいたので、風呂が隣家の塀と一体ものになっていたので、取り壊すと境界線も定かでなくなるので、いったん、そこに杭を数本打ち付けた。

 ところが、その頃より彼夫婦と子供2人の一家4名が、体調を崩して医者通いするようになったのだという。病名もはっきりせず、グズラグズラしてるうちに、知人から一度、拝(オガ)みやさんに相談したらと言われ、しかるべき拝みどころに行った。いろんなことを聞かれたのだろうが、「屋敷廻(ヤシキメグル)神」の怒りに触れたのだというご宣託を受けた。
 早速に、杭を引き抜き、塩で清め小さな神様を祀ったところ、家族の病気もいつしか退散してしまったのだという。
 彼曰く「私は、その時から神様を信じるようになりました」と、さらに私に対して神様などは信じないのでしょうが、これは事実だったのですと。
 それ以来、彼は昔の人が大切にしてきた、方角のことなども気にするようになったのですと。
 
 彼は、そんな年寄りではない。私と同年代なのである。前々からお互いに知ってはいたが、そんな話などはしたこともなかった。
 「いわしの頭も信心から」などと言われる如く、科学的におかしなこともあるが、とにかく彼と家族は救われたのである。
 大昔から神様は五萬といるのだとされるが、それぞれにご利益(ゴリリャク)があったのだろう。

 だが、神前の雨水で目をこすると、トラコーマーが良くなると言われて、その結果は、黴菌で一層悪化してしまったなどの話も子供の頃にはよくあったものだ。

 現代社会にも、拝み屋さんはかなり存在する。繁盛しているところもある。私はストレス社会の影響が大きいのだと考えている。

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# by watari41 | 2016-06-27 16:54 | Comments(0)

あの世

 私は年齢の割には、結構忙しい方であるが、さらに3倍も忙しかった男が、先日突然朝に起きてくることがなくあの世へと向かった。享年72歳。4才下だった。その日の昼に打ち合わせをしていたのだから驚いてしまった。心筋梗塞という検視結果である。

 男の日常は、朝4時に起きてパソコンに向かい、日中はいろんな方々の耕作を放棄した畑などの世話をするかたわら、各種役職を多数引き受けていたのである。
 普通のサラリーマンだったが、農作業を否わなかった。頭の回転も大変に良かった。文字通り惜しまれた人であり、良い人だったのである。
 とにかく付き合いの広い男だった。それなりにストレスもあったのだろう。
 おっち、こっちと顔を立てなければならないところが多いんです、と言っていたことがある。

 何の苦しみもなく、旅立ったのだから、こんな良いことはないという人もいるが、本人にとっては、次の朝が来るはずと思っていたのだから残念だったと思う。

 夜、眠りについたまま何もわからないのだから、結局「あの世」というのは、何もないのだろうという結論に達するしかない。眠りから死への途中に苦しみがあったのだろうが、本人にとっては夢の中での苦しみみたいなもので、普通は夢から覚めて恐ろしかったとなるが、覚めなかったということであろうと思っている。

 男とは、退職後の付き合いである。私も名目上農業関連の役職を5つほど引き受けているが、彼は実質を伴っていた。
 私の役職とはご参考までに①農協総代②農協地域副実行組合長③農業共済部長④稲作損害評価委員、当職みたいにもうひとつあったが忘れている。いずれも実質を伴うものではない、名目上の農家になっているので、引き受けているのである。

 私は、どちらかといえば病気となり、死をまじかに見てみた派なのである。
 だが、明朝、確実に目を覚ますという保証はどこにもない年齢となった。


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# by watari41 | 2016-06-15 17:36 | Comments(0)

余話:利息でござる

 かつての同僚に、吉岡町の出身で今は仙台に住む男がいる。もう映画は見ましたかという催促の電話をもらった。彼は故郷の七ツ森と言う日本最小の山脈に限りない郷愁を抱いている。映画の冒頭に、その吉岡地域を代表する風景として、七つの山なみが映し出された。もちろん実際のロケは、山形県にある時代劇セットが使われている。

 その吉岡町に無私の人がいたというのは、極めて特殊な例かというとそうではないような気がしている。全国には、かなりの数のまっとうな数の善人がいたのだと思っている。

 現在でも、そんな人はたくさんいる。有名なのはタイガーマスク氏であろう。それに倣おうとする人も多い。今次震災では名前を出さないことを条件に2億円を寄付された方もいた。
 わが町にも、小さな事業に成功した人が、お寺さんに百万円を持参した。どのようにお名前を書きだしましょうかと問われ、名前をだすなら寄付にならないと断ったそうだ。

 話を昔に戻すと江戸時代に一般町人の心得として、読み・書き・そろばんの他に、「四書五経」を学ぶということがあった。学習するというのは実践してこそ意味がある。戦前には、教育勅語で徳目の他に闘うことを教えてしまったとされる。

 映画に出てくる主人公の商人たちのとりまとめ役としての「肝入」という役職が存在した。不肖、我が家の先祖もその役目を仰せつかっていた。ここは城下の町場なので名称が異なり「検断」という、いかめしい名なのであるが、仕事の内容は同様なものである。その上役に「大肝入」も当町に存在していた。
 その役は世襲ではないのだが、我が家は幸いというか江戸時代を通じてその役職にあった。

 私より8代前ほど前の先祖から、幕末まで3代に渡って使用され名前が記されている「論語」の書物が残っている。百年近くページがめくられたのであろう擦り切れている。
 これを習ったからとて、すべての人がそのような価値観や倫理観を持つとは限らない。悪用する輩だって当然いたのであろう。
 しかし日本人の一般常識みたいなものだったろう。武士も同様であり、お互いに話が通じたはずだ。
 だが、今の日本社会では政治家と一般人の話が噛み合わない。

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# by watari41 | 2016-06-09 12:42 | Comments(0)

殿様・羽生さま

 名取市イオンモールのシアターに行ってきた。山崎努さんの演技力が光る映画だった。要所に登場し圧倒的な存在感を示していた。「おくりびと」の時もそうだった。彼は名優だと改めて思ったものである。何十年も前にテレビで松本清張の「けもの道」を若かった名取裕子さんと演じた濡れ場もこれまた記憶に残るものだった。

 善人というのは、ドラマになりにくいものだ。「殿、利息でござる」も演出家、脚本家共に、そんなことは百も承知の上での構成を考え抜いたのであろう。刀を抜く場面だってない。全体を通じた印象では、利息をテーマにしたものでもない。それでいてドラマになっているのは、「究極の善人」を扱ったからに他ならないと思っている。

 時代劇には、水戸黄門ではないが「悪代官」を懲らしめるなど勧善懲悪的な要素がないと、なかなか大衆受けすることはない。
 人気者を並べて、ドラマを作り客を呼ぶという手法が盛んだが、羽生選手の一瞬の出番である起用も、この映画を多くの人に見てもらいたいからの苦心の策であったのだろう。
 かつての日本には、こんな人たちがいたのである。本当の善人は自分の名前を出すことさえ嫌う。歴史上には知らない偉人がたくさんいたのだと思っている。今回の吉岡の人は、一連の出来事を記録した僧侶がいたから残ったのである。

 親鸞の「善人尚もて往生をとぐいわんやまして悪人をや」というのはその師である法然上人の言葉を解したものである。悪人よりもたちの悪い「エセ善人」がいるということであろうと小生なりの解釈をしている。
 普通の人は善人たりがたる。9割がそうであろう。そのまた大半が善人ズラしているにすぎない。かくいう小生もそんなものだ。悪人とは思われたくない。だが本当の善人だとは思ってもみていない。

 法然・親鸞は、そんな人間の本性を捉えているのだろうと考えている。
 今回の隠れた主人公である、山崎努さんの役は、守銭奴の如き演技を見事にやったのである。最後には究極の善人として役目を終えるが、子供たちもその行為を引き継いでいくのである。
 

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# by watari41 | 2016-05-31 12:52 | Comments(0)

利息でござる

 マイナス金利の時代には成立しない話であるが、映画「殿利息でござる」が、大変な話題である。久々に仙台の発信なので愉快である。
 私はまだ見に行っていない。見るまでの楽しみというのもある。

 そんな関係もあるのだろうか小生のブログで、「伊達家の財政事情」というのが、映画との関係で検索すると引っかかるのかもしれない。急に来訪者が増えた。異なる話題を書いているのだが歓迎である。

 昔は、実に奇特な方がいたものである。無私の心を持った人がいたのである。命に代えても住民を救おうとしたのだから頭が下がる。大金を集めてその利息という発想も面白い。
 現代社会は、何ともセコくなってしまった。時を同じくして、宮城県県会議長や東京都知事が自宅を事務所にして家賃をポケットに入れようとしているのだから、それこそ爪ノ垢でも煎じて飲ませたいものである。

 パナマ文書もしかりである。一代で財を成した方々が全ての税金から逃れようとしている。公徳心も何もあったものではない。かつて西欧に渡った新渡戸稲造さんが、鎖国していた日本人の倫理観はどのようにして形成されたのかという問いに対して「武士道」が、キリスト教の聖書の如き役割をしていたと書いたものである。もちろんその内容は持って非なるものであるが、底流に流れる精神は同じなのであろう。
 しかし、今回の宮城県大和町吉岡の主人公は一人の町人なのである。武士道に代わる何かがあったはずである。かつて司馬遼太郎さんは、江戸時代の大衆娯楽だった浄瑠璃にその精神をみていると、著作である「菜の花の沖」の主人公である高田屋嘉兵衛を描いている。鎖国時に一人でロシアを相手に外交交渉の如きものをやっている。函館市には彼の巨大な像が立っている。

 映画での殿様役にスケートの羽生弦選手というのも愉快である。発想した方もそうだが、言われた羽生選手はもっと驚いたであろう。その父親が、演技力をつけることがスケートにも役立つだろう了承したのだからこれまたたいしたものだ。

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# by watari41 | 2016-05-21 21:28 | Comments(2)

見てしまうもの

 まだ桜の頃だった。
 仙台から早めの用事を済ませて車で帰る途中のこと、ルームミラーに後続車の五十才くらいの男女が映っていた。夫婦なのかと思い何気なく見ていたら、お互いの動作が何ともギコチナイ。会話が通じていないかのようにみえる。
長年連れ添っていれば、仲がいいか悪いかは別としても、阿吽の呼吸というものがあるものだ。それがまるでない。そこで勘のにぶい小生もハハーンとうなづくものがあった。幸いに渋滞もあったので、しばらくの時間を楽しませてもらった。
 やがて、4号線と6号線の分かれ目がきたので、バイバイとなったが、向こうのお二人さんはこちらに気づく様子はまったくない。私も全く知らない人達である。忘れやすくなっているので、もはや顔の記憶などもなくなった。
 見ようとしていたわけではないのだが、偶然にも見てしまった出来事である。芸能人・有名人ならすぐにわかられることなのだろう。

 舛添東京都知事が時の人になっている。一年以上も前から続く出来事なのだから、もっと早くから騒いでいてもおかしくはない。どなたかに、見られた・知られたのである。何かを調査中の人が舛添さんのそれを見てしまったのだと思われる。
 どんないいわけも通用しない。

 恰好の話題を提供した形である。
 少し前のことになるが、舛添さんがクイズ番組に出演していた。対戦相手が芥川賞で有名になった若い作家の羽田さんである。舛添さんの印象を聞かれて、権力者という感じがしますと言われて苦笑いをしていた知事があった。クイズには舛添さんが勝った。羽田さんは、やはり権力者ですねと言って去ったのを憶えている。選挙で勝ったのだから正統な地位なのだが、いまから思えば羽田さんは、そんな臭いを感じとっていたのかもしれない。

 舛添さんの行動は周囲の誰もが見ていて知っていたのであろうが、今日まで報道されなかったのがおかしいくらいだ。誰かがつぶやけばよかったのだろうが、そんなこともなかった。
 小生の見聞は、つぶやく価値もないものだが、これだけ公然たる目がある中で、公人が何故問題とされなかったのかが不思議でならない。

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# by watari41 | 2016-05-13 18:02 | Comments(0)

憲法記念日

 マッカーサーの日本占領で、最大の失策が「憲法九条」だというのだから面白い。
 後に彼は米国に帰ってから、査問委員会にかけられるが、言い逃れをしている。自分の草案には入っていないものだったが、当時の幣原首相が挿入したものだと言い張った。マッカーサー将軍ほど誇り高い米国人はいないだろうとも言われる。自分の業績に傷がつくのを極端にいやがったのである。彼の回想録は、その点で嘘があるとされる。
 占領当初は、日本が2度と戦う事がないようにと、徹底的な弱体化政策をとった。

 最初に、その矛盾が現れたのが朝鮮戦争である。日本人を戦いに参加させたかったができなかった。やむなく吉田首相に命じて警察予備隊という自衛隊の前身を作ったのだが、憲法上当然のことながら戦うことなどはできない。戦力を持つことができないのだから、矛盾したことをやらざるを得なかったのである。戦力なき軍隊などと言われたことが記憶に残る。そのうちに自己防衛権まで否定するものではないということになった。

 マッカーサーは当初、日本人自身に斬新な独自の憲法を作らせようとした。しかし政府首脳部にいた人たちは、明治憲法の天皇主権の概念から抜け出すことなどは到底できるはずがなく、占領指令部が納得するものではなかった。近衛元首相は違った考えを持っているのではと期待されたが、そうではなくて裁判にかけるとされ自殺した。

 マッカーサー元帥の権力は、日本のあらゆることを支配して当時は史上最大のものとされた。かのローマ皇帝を凌ぐとさえいわれたのである。吉田首相などは、就任時に親愛なる元帥様、私が首相になることを許可いただけますでしょうかという伺いまで立てている。

 従って、占領軍から新憲法を示された時には、いちもにもなかったのである。政府首脳はこの憲法を受ける事は、天皇を裁判にかけないこととの交換条件だと認識したようだ。

 しかし、日本人は一度決まったことを守る事にかけては優れた民族でもある。江戸時代だって250年の平和を保った。憲法もせめて100年くらいはと思っている。
 (参考:「国破れてマッカーサー」西鋭夫著)

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# by watari41 | 2016-05-04 14:33 | Comments(0)
 日本の報道自由度は、とうとう世界72位まで下げてしまった。
 我々には、そんな実感がないが客観的な評価なので、そういうことなのだろう。知るべきことを知らないということになる。

 メディア関係者が一様に、「見ざる・言わざる・聞かざる」の状態に陥っているのであろう。
本来の意味は、その前に「悪いことを・・・」をという言葉がついている。孔子が唱えたもので儒教の教育的なものであった。
 日光東照宮の彫刻で、あまりにも有名になってしまったが、本来の意味を知らず納得する人も多い。日本人の倫理観ともなんとなくマッチしている。

 我々は、メディアからしか情報を得られない。ネット情報もあるが信頼性に欠ける。
 10年ほど前に、仙台市長が何十回も海外出張を繰り返していたが、殆どの市民は知らなかった。それを地元紙が暴いた。タクシーのおかしな領収書もたくさん出てきた。市長は結局、辞職に追い込まれた。
 地元紙が書かなければ、今も名市長だとして在職し続けているかもしれない。

 おかしなことに、名だたる大新聞に週刊誌の見出しが躍り、実際にもその記事が真実である場合が多い。大新聞、テレビ各社に取材能力がないわけではあるまい。週刊誌を追認するだけになってしまっている。

 自らに目隠しをしてしまっている。開きメクラ同然になっている。どうでもいい情報が溢れかえっているので、週刊誌に驚いてしまう。

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# by watari41 | 2016-04-28 12:20 | Comments(0)

熊本地震

 畑が水平方向に延々とずれた断層をみて驚いた。
 震源が地下10kmというから、エベレスト山以上に渡る断面が数メートルずれたことになる。そのエネルギーがM6とかいうように計算されているのだろうと私など素人は考えている。莫大なエネルギーの放出である。

 九州はもともと、地震の少ないところと認識していたが、いろいろと解説を聞いていると、とんでもないところなのである。

 豊臣秀吉の全盛時代に新築したばかりの京都伏見城が全壊したことは有名であるが、大きく見たその断層ラインが大分県から熊本県を突き抜けている。
 熊本城石垣の堅牢さは、敵に対する備えばかりではなくて、地震への対策も考慮した加藤清正の築城だったのであろうと推定されている。しかし400年の老朽化が今回の崩落につながったのであろう。

 東北も前回の大地震が400年前で、符号するのだが学者は偶然の一致にすぎないだろうとおっしゃる。学問的な根拠が無いのだから当然といえば当然である。

 ついこの間、プラタモリの「水の都熊本」を拝見したばかりである。よくよく考えてみれば地盤の弱さにつながる。私の住む阿武隈山系も良水がでるところだが同様に山肌が脆い。

 最初の地震から一週間、自動車の中で生活する方々が予想外に多いようである。
 そのまま、宮城県まで来てしまったらどうだろうかと思う。我が町ではもう千戸近くになった空き家の仮設住宅が存在している。取り壊した仮設団地もある。
 周辺の市町村もそんな具合だと思っている。自動車の中よりもしばしの安息が得られるのではなかろうか。そのうちに熊本にも本格的な仮設住宅ができるはずだ。
 高速道路を無料開放して、受け入れ体制を作れないものかと思う。
 しかし、これは民間人の単純発想で、役所とすればそれなりの難しい問題があるのだろう。
 被災者救済第一で、そんな音頭をとる政治家がいてほしいものだ。
 

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# by watari41 | 2016-04-20 18:30 | Comments(0)