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戦後72年

 戦後のことは、もはや一つ歴史といっていいくらいに十分に長い時である。保坂さんという現代史の研究家がテレビで話していたのを聞いてなるほどと思いながら下記のことを考えてみた。

 1917年にロシア革命があり、「ソ連」という国家が存在したが、1989年に崩壊した。
 すなわち72年間存在した。米国に並ぶ軍事国家を築いたが20世紀最大の歴史的実験とも言われた。しかし、ものの見事に失敗した。

 日本の戦後72年は、時間の長さでは同等になった。これを失敗国家だったとする意見はないであろう。
 明治維新後(1868年)から1945年までは77年間であったが、悲惨な敗戦を迎え結果的には失敗であった。1941年の開戦直前には日本は強大な軍事力を持つに至り、これを崩壊させるために、ルーズベルト大統領の策略に引っかかったという説が有力になりつつある。

 敗戦直後は、マッカーサー元帥主導による徹底した民主化が行われ、現在の憲法が出来上がるに至る。
 究極的には、日本人をキリスト教徒に改宗させ、平和国家にしようとする考えがあったとされる、そのためには天皇をキリスト者にしようと計画したようだが、抵抗にあいそれは思うようにならなかった。それなら皇太子をアメリカ留学させようとしたが、これも挫折し、バイニング夫人を家庭教師としたことは知られているとおりである。

 終戦後の日本はマッカーサーに大いに感謝し、離任後にはその神社を建設しようとする動きがあったとするのだから面白い。

 だが今や戦前を懐かしむ人たちが多いのも事実である。戦後生まれの籠池夫妻が、教育勅語を主体とする小学校開設の直前まで行ったのである。

 戦前、戦後の単純な比較が難しいのは事実だが、一つの歴史が出来たことは事実なのである。

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by watari41 | 2017-08-12 21:42 | Comments(0)

原爆投下

 昭和20年8月6、9日の広島・長崎への原爆投下はトルーマン大統領が決定したのだが、余りの惨劇状況に、この投下は正当なものだったとする理由をアメリカ政府は必死になって考えたのである。

 すなわち、本土上陸作戦を展開したなら莫大な損害を生じるので、日本の終戦決定を早めるのに役立ったとする「後付け」の理由をつけた。
 だが、日本は8月6日の時点で完全に死体であった。原爆に関わらず15日の終戦は決定的だったのである。米軍の本格的な上陸陸作戦などは、9月であり計画段階に過ぎなかった。

 敗戦後に、爆心地や周辺被災地を視察した米軍の報告はトルーマン大統領を震え上がらせた。アメリカは非人道国家との汚名を浴びてしまう。

 原爆は正当なものだったとするアメリカ国内での必死の宣伝工作がはじまり、これには多くのアメリカ人の同調を得て成功している。
 しかし大統領には深い後悔の念があったに違いないとされる。2度と原爆は使用すべきでないと。

 昭和26年に朝鮮戦争が中国義勇軍と称する人民軍も参戦して膠着状態に陥った際に、総司令官のマッカーサー元帥は、北朝鮮と中国に合計26個の原爆を投下して一挙に決着をつけようとする作戦を立案して、トルーマン大統領の承認を得るべく提出した。
 しかし許可しなかった。マッカーサーを逆に解任した。シビリアンコントロールだとされるが、広島・長崎のことがなかったら、トルーマンの決断はわからなかった。
 朝鮮が最初の戦争での使用だとなれば、使っていたのかもしれない。

 大統領の原爆中止の正式な見解は、ソ連も介入しての第三次世界大戦を引き起こしかねないとするものだった。
 当時の金日成主席は、ソ連が擁立したもので武力による統一を夢見ていたのである。朝鮮半島を舞台にアメリカと戦っていたという認識が強かったのであろう。
 しかし38度線をもって休戦し今に至っている。

 孫の金正恩主席は、祖父の思いを引き継いで、武力でアメリカと並び朝鮮半島を北朝鮮主導で統一させてくれと言っているかのようだ。
 韓国の文大統領の朝鮮同士の話し合い路線というのは、結局のところは武力に勝るものがリードすることになる。金大中さんも盧泰愚さんも失敗した。

 恐ろしいのは、若い金正恩主席が原爆の本当の怖さを知らないことである。

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by watari41 | 2017-08-05 12:56 | Comments(0)