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国家への貢献

 私の妻は10年前のことになるが64才で亡くなった。
 年金を貰う寸前のことである。国民年金の他に公務員をしていた時期があり、当時は退職時にもらうのではなくて、後年の年金用に基金(400万円くらいではなかったろうか)みたいな形でそのまま預金しておく制度があって、それを利用した。
 亡くなる直前に65才になったら、これこれ支給しますよという書面まできていた。

 民間のオンボロ会社勤務だった小生とあまり変わらぬ金額だったように思う。
 妻は、年金の種類が違うので自分が亡くなったら、そのまま夫たる私がもらえるものだと思っていた。
 ところが亡くなってから、その手続きに行ったら、現在は一人一年金であり、そういうことはありませんということでまずはガックリきた。
 ところで、最初の元金は利息が付いた状態で返してもらえるのでしょうかと聞いたところ、これまたスゲナイ。年金保険というのは、あくまでも長生きした場合の国家の保険なんです。死んだ場合にはダメなのです。全額没収されるのですと。
 理屈では確かにその通りなのだろうが、何とも割り切れない思いをしたものだ。

 考えてみたら、妻は早死にして国家に対して大変なる貢献をしたことになるのである。
 今や長寿社会である。元校長だった男は、死ねばもちろんだが、もう少し長生きすると生存者叙勲になるなどと語っていた。

 長寿はもちろん目出度いことにちがいないがいろんな側面をもっている。人の寿命はわからない。小生は出来るだけ国家に貢献したくはないと思っているのだが、あと何年生きるのだろうか。
 

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by watari41 | 2017-02-25 15:10 | Comments(4)

現場を見る

 先日、近所の人が国道6号線を通り、福島第一原発の近くを見て来た話を聞いた。
私も、常磐道を通り東京まで行ったことがあるが、高速道路は原発から7kmほどのところを走るのに対して、6号線は2kmまで近づき人家も多い。勿論のこと一般人は避難していていない。車は止まる事を許されず、通り抜けるだけだったようだが、両側には除染した廃棄物が黒い土嚢にうずたかく積まれ、異様な光景と同時に惨憺たる廃墟の如き街並みだったというのである。

 このような現場状況を実際に見たならば、二度と原発を動かそうなどということは考えられないはずだという。
 議論をしている人達も、一度はそこを通り抜けてから論戦に入ってほしいものだというのである。現場を知らずして物事を語るという事は在職の頃はよくあったものだ。現場にはたくさんの事実と知るべきことがある。テレビや新聞の報道は一部を語っているに過ぎないことが多い。

 これまでは想像でしかなかった、格納容器の中にカメラが入った。とんでもない数字とともに、最初はなかなか理解しがたい映像があった。網の上に溶け落ちた核燃料がある状態を写しているのだというが、それが何をものがたるのかは一般人にはわかりにくい。私などのレベルでは、納得するのにしばらくの時間を要した。それからゾットしたものである。

 ロボットが入ったが、途中までしか行けなかった。事故直後の話では、ロボットの開発に2年という話だったが、それでも長いと感じたが、もはや6年の歳月が過ぎようとしている。
 科学技術の開発は、通常は予定よりも早く進むものだが、放射能だけは如何ともし難いよういだ。
 その意外な副産物ともいうべきものが、東芝の経営破城である。原発の見込み違いにより兆単位の損失になるみたいだ。
 何よりも気の毒なのは、十万人にもおよぶ避難被災者である。

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by watari41 | 2017-02-17 16:49 | Comments(0)

公然の秘密

 文部科学省の天下りが大騒ぎとなっている。そんなことは昔から誰にでもわかっていたことであり、何をいまさらという感じがしないまでもない。
 過去に何度も問題化したことがあり、公式的には有能な人材の活用であって、天下りなどでは決して無いとされているが、実態を聞いて驚いた。67才の元締めの人は、年収1500万円で2度だけ生命保険会社に出勤すればOKだというのだから何をかいわんやである。

 日本の公務員に汚職が少ないのは、定年後、あるいはその直前から天国の如き天下り生活が保障されているからとも言われているが、通常の感覚では有り得ないことである。

 公然の秘密といえば、全国の市町村に官製談合の無いところはないはずである。特に土木関連では当然のこととされている。各自治体では、自分の地域内に小さくとも土建会社を残して置かないことには、いざという時に困るのである。暗黙の了解事項でもある。

 時として、その権力を必要以上に使ってしまうと、検察側も見逃すことが出来なくなってくる。天下りも個別的にはOKだが、組織的にやるとNGだというこれまた暗黙の了解があるのだろう。文部科学省はそこに、引っかかってしまったようだ。

 大きな公務員組織に入ると、70才くらいまでは何かと面倒をみてもらい、給料を頂戴できるようだ。同級生にも田舎の学校を卒業して警視庁に入った男が、定年後に所々を点々として、そんな年令以降に年金生活となったようである。

 残念ながら、民間ではそんなことは有り得ず、凄まじい競争社会であることはよく知られている通りで、新市場主義経済というのはそれに拍車をかけている。
 ギリシャの如く、国民の3割近くが公務員になってしまうと、国家は破産状態になるが日本では市囲の方々が頑張って支えているといえよう。しかしいつかは持ちこたえられなくなる時がやってくるのだろう。

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by watari41 | 2017-02-13 21:03 | Comments(0)

人間の純度

 先日、詩人「中原中也」の番組を見ていたら、コメンテータが「純度の高い人」であったからこそ百年後の現代人の心にも響くと話していた。
 「人間の純度」という表現に新鮮な驚きを感じた。純粋な人間というのは稀にいる。こんな人は周囲と妥協できず、どちらかと言えば孤立しがちだ。
 喜びを率直に表しすぎ、悲しさを最後の最後まで訴えるからである。
 純粋さと同時に発想力や表現力を兼ね備えていなければ、後世には忘れ去られてしまう。

 弘法大師空海は、後継者と頼む若い弟子に先立たれた。その追悼に「悲しいかな」ああ「悲しいかな」と繰り返し繰り返し書いている。それ以上の表現方法はないのであろう。空海は厳しい修行を行ったとされる。それは「人間の純度」を高めるためのものであったのだろう。
 現在でも、千日回峰とか極限の修行が、人間の不純物を追い出すと考えられているのであろう。生きながらにして仏様になる、即身成仏という言葉がある。僧侶は「悟り」を得た人というが、一般的にはよくわからない。現代風に表現するなら純度100%になったということなのであろう。
 名僧・高僧と言われる方々が到達した境地なのだと考えている。

 この世には筆者などの如き、不純物に満ち満ちた人が大多数派のはずである。
 現代のお寺さんは、便利なことに死ねば誰でも仏様として扱う。つまりは存在が無くいなったのであるから、不純物もまた無くなったのである。
 筆生凡人の極めて乱暴な解釈であるが、当たらずとも遠からずと思っている。
 

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by watari41 | 2017-02-05 15:47 | Comments(0)