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衝撃の言葉

 何気なくテレビを見ていて、時に衝撃を受ける言葉がある。数ケ月前の
 「達人達」という番組だった。石黒浩さんという、マツコロイドをプロディウスしたロボットの天才と言われる人の発言だった。この人は、あらゆることで、我々のレベルをはるかに超えており、現代の若き天才教授なのである。

 曰く「人間は生きていることに意味があるというが、本当にそうなんでしょうか」という。「ならば猫の様に食べては寝てというような生活にも意味があるといえるのか?」。一瞬ドキリとした。小生なども、そこまではよく考えてみたこともない。
石黒さんの話題は転々と飛び、いろんな話があったがその言葉のみが耳に残りあとは憶えていない。

 石器時代などでも、食べることに精一杯だった洞窟生活の人間が、若い時に大怪我をした痕跡があり、とても動けないような人がその寿命を全うした様子がわかる骨が見つかっている。すなわち、仲間に食べさせてもらいながら生涯を終えているのである。太古の昔から生命尊重の精神を持っていたことがわかるのだが、現代社会に、石黒さんの如き話をされると、考えてしまわざるを得ない。
 つまりは、日常こんなことをいちいち考えては生活していない。
 人間生存の根幹に係ることなのだろうが、近代文明の極限をゆく現在でも誰も答えは出していない。
 大震災の時に「絆」という言葉が大きく掲げられた。誰もが納得する言葉ながら、今になってみると、適当に都合よく使われてしまった感がないでもない。

 我々はただただ、夢中になって生きているのみである。
 間もなく、この年も終わる。馬齢を重ねているのみと最初にいわれた方の感覚が何となくわかる気がするのである。

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by watari41 | 2015-12-30 12:54 | Comments(2)

逆オイルショック

 2015年も間もなく終わる。暖冬と灯油の値下がりに助かっている。
 中東情勢が不安定になると、石油価格が上昇するというのは常識だったが、ISの不穏な活動にも関わらず、どんどん石油は下がってきた。
 1バレル当たり100ドルというのが、常態化されたが、これは結局のところあまりに高すぎたということになる。
 石炭の使用が異常に上昇している。石炭は現在の地球上最も安いエネルギーである。二酸化炭素発生の関係で使用がためらわれていたが、背に腹はかえられず、電力会社も新規火力に石炭を使う予定を発表している。さすがに環境庁はストップをかけている。

 つまりは、需要と供給の行き着くところ、石油がだぶついたということになる。
 我々、一般人には大変にありがたい。だが、日本・世界経済にとっては、石油価格の下落は困ることだというのである。
 デフレ脱却として物価上昇を政府は目標に掲げているが、これだけ石油が下がってゆくと手の打ちようがなくなってしまったようだ。

 経済界の状況と我々一般人の利害が一致しなくなってきている。
 物価は安ければ安いほど良いと考えているのだが、経済界はそれでは困るとおっしゃる。

 いつの頃からか、個人と政府の考え方が合わなくなってきた。
 消費税の導入時点あたりからだと思っている。

 逆オイルショックが起きたと言われるほどに、石油価格の暴落を期待しているのであるが、そうはならないように、世界の経済界はギリシャショックの時のように懸命な歯止め策を打ち出すはずだ。

 限りある資源といわれたはずだが、今や岩石や植物からだって石油が手にはいる。仙台の下水処理センターでは、その汚泥からも石油を得る実証プラントが動き始めたようだ。
 中東のバブルの塔とされる、世界一のビルは、逆オイルショックに耐えられるのだろうか。



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by watari41 | 2015-12-26 14:27 | Comments(0)

難民国家

 シリアの大量難民を我々は対岸の火事としてニュースを見ているに過ぎないが、日本にも難民が押し寄せる可能性が否定できない。もちろん中東からではない。北朝鮮である。

 現在のところは、強権政治体制で持ちこたえているが、これが内部崩壊して四分五裂した時が最もこわい。核兵器とか、ミサイルが恐怖なのではなくて、最も現実的な心配が内部分裂なである。アラブの春に見られる如く収拾のつかないことになる。
 しかし、だからといって強権体制を擁護するわけではなく、シリアはその強権度が分裂を誘った。
 そんな事態になると北朝鮮2千万人の人々は右往左往することになり、韓国や中国に大部分は流れるのであろうが、何十万人かは、あの先日日本海に流れ着いたようなオンボロ漁船に押し込まれてやってくるのにちがいない。
 その時の体制は、現在の日本では誰も考えてはいないはずだ。

 昔に目を転じると、朝鮮半島で内戦が起こる都度、敗れた側の国民が皇室を抱え大量に日本に来ている。難民という言葉は使わずに、帰化人とか渡来人として優遇し、その文化を吸収してきて日本は発展した。新羅・百済・高句麗等などの国家が朝鮮半島には存在していた。

 14世紀になると李王朝が半島を制覇して日本の明治時代まで500年続くことになるので難民はなくなる。従って最後の難民とされるのが李氏に敗れた高句麗の残兵なのである。
 その一部が神奈川県小田原近郊にいるとされる。
 先日、農業新聞を読んでいたところ、同地に珍しい農具があったので、そのルーツをたどってみたところ、日本の鎌倉時代に北朝鮮(当時の高句麗)で使用していたものと同一系統であることがわかったという紹介記事があった(多少、小生の記憶が怪しいが)

 半島に三国が覇権を競っていた古代には、それこそ沢山の難民が来ているはずだ。出雲はその代表地といえるのだろう。大阪市にも百済という町があった。

 現代の想定される難民騒動が杞憂に終われば幸いである。

 

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by watari41 | 2015-12-16 15:40 | Comments(0)

極限のスポーツ

 羽生結弦選手をジュニアの頃から、ローカルニュースでは将来の大物として度々報じられていたが、ここまで成長するとは思ってもみなかった。

 フィギュアスケーターというのは、苛酷なスポーツである。
 ロシアの皇帝ともいわれたプルシェンコ選手の映像をみたことがあるが、背骨を金属棒で支える手術を何回かしている。四回転ジャンプの着地の衝撃は物凄いもののようだ。人間の骨ではなくチタン金属との複合効果でショックを吸収していた。体重を乗せ高く飛んだスケートが急ブレーキを掛けながら固い氷ともろにぶつかるのだから、想像を絶するものがあるのだろう。
 相撲取りも苛酷であるが、スケータも同様に苛酷である。
 さらに芸術的センスだとか、演技力まで問われている。

 世界の最高峰に立つには、運動神経のみならず、様々な要素が絡み合って達成される。
 女子の荒川選手についで、仙台出身の男女からそれぞれにオリンピックの金メダル者が出たのは、喜ばしい。ふたたび仙台パレードをやってほしいものだ。

 しかし、これからは、さらなるハイレベルの技が要求されるのだろう。
 我々から見れば、もうよして下さいとよ、というようなレベルにまで到達しているような感覚である。

 体操の選手にしてもそうである。鉄棒演技の途中で手を放すなどとは、難易度がウルトラCなどと言われた数十年昔には考えてもみなかった。

 極限を目指した演技が、どこまでも追及されるのだろう。あくなき探究心ではあるが、もはや限界を超えたものと思っているのだが。

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by watari41 | 2015-12-01 21:34 | Comments(2)