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横綱北の湖

 平成27年大相撲九州場所は、意外な形で優勝が決まってしまった。
 それにしても北の湖理事長の急死には驚いた。小生よりも一回りも若い。
 土俵上で亡くなったようなものだ。
 相撲は好きで彼の全盛時代を思い出す。にくらしいと言われるほど強かったが、輪島にはかなり負けていた。横綱同士なのだからこれはやむを得ないことだろう。印象に残っているのは、若羽黒(後に高砂親方)にポロポロ負けていたことである。よほど合い口が悪かったのであろう。肝心な時によく星を落としていた。若羽黒がいなかったら連勝記録をもう少し伸ばしていただろうし、全勝優勝がもっと多かったように思った記憶がある。
 大関で引退して親方となった若羽黒は、今度は横綱朝青龍に手を焼くことになる。手も足も出なかったようだ。

 北の湖は、角界における人望も抜群だったようだ。現役時代の実績がものを言う世界ともされるが、リーダーシップがあったのだろう。
 中学一年生での入門という、今では考えられないようなことができた。頭も良かったのだろう。大横綱とされる方々は、いずれも運動神経と共に頭脳明晰でなければ、それだけの実績を残せないはずだ。

 大相撲の名随筆集があった。1991年の発刊で「作品社」発行、編者:吉村昭さん、で過去の「相撲」に関しての著名人の随筆を集めたものである。その中で注目したのが力士は若死にする方が多いが、昔はそれこそ苦役に等しい雑仕事を何でもやっていたそうで、ある時から相撲の役に立ちそうもない雑事は、させないことにしたらしい。それで、いくらか寿命が延びたようなのだが、一般の方に比べると早死にしている。
 青森出身だった陸奥嵐などは、あまりにも早すぎた。
 横綱の還暦土俵入りなどは、夢みたいなことだったのだろうが、最近は何人もそれをこなしている。
 今度の九州場所で横綱白鵬の猫だましの技がでた。これを理事長北の湖は猛烈に批判していた。横綱たるべきものがやる技ではないというのである。窮鼠ネコを噛むのたとえのように、どうにも勝ち目のない力士が、イチカバチカでやるものだと言うのである
 我ら一般人は面白がって見ていたが、相撲を極めた人からすれば邪道なのだろう。日本人横綱だったのである。文字通り土俵に咲き土俵に散った人生だったといえる。

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by watari41 | 2015-11-23 21:08 | Comments(0)

予測

 馬券の予想屋から、天気予報、景気予測、災害予測とかまで予測と言われるたぐいのものは数え上げるとキリが無い。
 つい目の前の勝負事予想から、近日中のことや、さらには将来にわたっての予測・予知まで含めると数知れない。
 これで稼いだり、あるいは職業としてメシを喰っている人だって結構多い。当たらなくとも、あまり非難めいたことを言われることはない。しかし、予測した方は、相当に責任を感じているらしいことも事実である。

 特に災害などは、有り得ないものがやってくると天災だとして、日本人は諦める性質がある。しかし、予測する方は、そんなことがあるとより厳しい制限条件のある予報を出し、観光地などはこまることにもなってくる。

 予測の多くは過去の実例をもとにして、数値化し高度な計算をおこなって、当たる確率を高めている。しかし、これがなかなか当たらないのが現実でもある。

 最も至近な例が金融工学だった。直観に頼る予測・予知の類いを科学的に計算したまでは良いのだが、それをあまりにも信じ込み過ぎたところに問題があった。
 直感としてはおかしかったものにも関わらず、数学的に証明されているとされ、サブプライムローンが、大規模に売買され、結局のところはリーマンショックへとつながった。世界恐慌を予測屋さんが起こすとこだった。今だって適当な予測のもとに世界が動いているのかもしれない。

 年末も近くなり、来年の予測も出始めてきている。経済成長率はどうであるとか、株価がどうとか、地震や噴火はあるとかないとか、しかしこれは来年末になってみないとわからない。
 過去は文字通り終わったことであるが、未来にはチャンスがある。また、事前準備や心構えもできる。天気予報の如く、精度が格段に向上しているものもある。
 当たるもハッケ、当たらぬもハッケとは昔から言われてきたが、予測というのは人間を虜にしてきていた。
 仙台の地下鉄東西線が間もなく開通するがこの乗客予測も、また当たらないものとして最初から希望値としての予測であることを誰もが知っている。
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by watari41 | 2015-11-16 17:11 | Comments(0)

偽装

 次から次へと、よくも出るわ出るわと誰しも思っているにちがいない。 
 筆者はこれらを眺めていて、ある観点が思い浮かんだ。 
 在職中に経験した品質管理の一環で「ISO9000」(国際標準機構の規格NO)なのである。一時期は猫もシャクシも「ISO」と言う時代があった。製造業からサービス業まで、幅広い分野で「ISO認証」を必要としたのである。 
 これがあると会社に「ハク」がつくというか、輸出には無くてならぬものとなった。 もともとは顧客志向の強い基準であるのだが、この「認証」を取得するには、膨大な書類を必要とし、要求項目の書類を即座に取り出せる必要があった。
 このことが、ややもすると勘違いされる原因ともなったのである。とにもかくにも内容はともかくとして「書類」が揃ってさえおればOKだという、おかしな誤解を招いてしまったことである。書類文化は、もともと日本的な風土であり、増幅される下地がそもそもあったのである。いわばお役所文化ともいうべきものが認定されたようなことになり、蔓延していった背景がある。とにかく書式を整えさえすればよいという雰囲気が出来てしまった。
 西欧式の真意を、勝手に解釈して日本人が取り込んでしまったのである。

 かつて、日本の品質管理が絶賛を浴びたのは、そんなに遠いことではない。しかもその発祥地はアメリカだった。敗戦国日本は、米国に学ぼうと各種のことを取り入れた一つだった。
 南極観測隊長だった西堀栄三郎さんが、日本型品質管理の元祖と言われる。
 戦前に「安かろう、悪かろう」と言われた、日本製品が一変した。高級品の代名詞ともなったのである。しかし、その方式は現在になってみると「ガラパゴス型」であった感が否めない。
 
 そのうちに国際標準と称する「ISO」がやってきたのである。
 ガラパゴスを守り抜くことなどは到底できない。誰もがそちらを向いてしまった。その時に現今の不正が忍び寄る影を感じ取った人などはいないはずだ。
 小生の考察も当否は別として、しょせんは結果論にしか過ぎない。

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by watari41 | 2015-11-10 16:03 | Comments(0)

貧なれど卑にあらず

 最近の地元紙・河北新報投稿欄に80歳代の方2人が相次いで「下流老人の増加」という日本人の動向分析結果に異を唱えていた。
 「下流」という言葉に対してなのである。
 分析した学者が貧乏人を「下流」と表現したのである。
 貧乏というならまだしも、下流と言われる筋合いはないとおっしゃる。

 少し前の時代までは、貧乏を何ともしなかったというか、むしろ自慢し、誇りとしていた方だっていたのである。
 「清貧の思想」がベストセラーになったのは記憶に新しい。

 いまや金の無い人が下流呼ばわりされる。金持ちが上流の人かと言えば決してそんなことはない。卑しい人だってたくさんいる。

 戦後の日本人が拝金主義者になったといわれているが、地獄の沙汰も金次第という如く、上流と下流もそんなことになってしまったのか。

 下流人とは、下等に通じることで、つまりは卑しいことに他ならない。
 かつては「貧なれど卑にあらず」とご自分の一生を振り返ったのが、石田礼助さんという、当時にあっては貧乏クジを引かされたとされる、国鉄総裁をかなり高齢になってから引き受けた。お若いころは商社マンとして活躍した人なので、貧しくはなかったはずだが、そのような矜持を抱いていた方である。

 卑しいということを、我々は最大限に嫌う。
「武士は食わねど高ようじ」というのは、そんなことを象徴する言葉である。

 しかし現実は厳しい。下流なる言葉が自然に出てくるような社会的雰囲気が醸成されつつあるのを感じている。

 

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by watari41 | 2015-11-03 11:20 | Comments(4)