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 宇宙物理で有名な車椅子のホーキング博士が、人類にとっての脅威は、もはや核兵器ではなくて、人工知能であるとおっしゃっている。

 人間が管理している間はまだいいとしても、あやゆる分野で人類を上回るようになると、人工知能が勝手に動き出してしまう事態になる。それは、必ずしも人間に優しいとは限らない。

 そのターニングポイントは、早ければ2045年に到来すると言われる。
 今から30年後に、そんな馬鹿なとおっしゃる方々も多いのではないかと思うが、30年前を振り返ると実用的なパソコンがようやく緒に就いたばかりであった。現在の如きスマホ時代は予測もつかなかった。
 
 技術開発は加速度がつく。あれよあれよという間に進化を遂げる。ロボットも実用にはいりつつある。人工知能による自動運転の試作車が出来たようだ。
 運転手と言う職業が無くなる恐れがある。今だってカーナビで右に曲がれの左だのと言われて人間はハンドルを切っているにすぎない。いわば簡易人工知能の指令を受けてやっているようなものだ。全ての分野がこのような状況になったらどんなことになるのだろうか。

 極端には、人工知能を「神」と崇め奉められる時代が到来するのではないのかと予測している。全知全能の神である。何事をするにも「神」のご採択を願うことになる。カーナビでハンドルを切る如くである。

 善意の神であるなら当然ながら、地球環境に良くないことなどをすれば罰せられる。核兵器ミサイルなどは無用の長物と化す。
 これは人間に優しい人工知能ができて、人類が生存を許された場合である。思わぬ形のユートピアが実現したことになる。逆の事は、あまり考えたくはない。

 人工知能は退化しないのである。限りない進化を続ける。必ずしも人の形をしたロボットである必要はない。古今のあらゆる知識が蓄積されている。それは新宇宙人とも呼ぶべきものであろう。こんな夢想をある雑誌の依頼で投稿しようと思っている。

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by watari41 | 2015-10-25 17:36 | Comments(2)
 天才のなかの、そのまた天才しかなれない「将棋名人」が、ついにコンピュータに負けた。いつかその日が、くることは分かってはいたが、あっさりと乗り越えらてしまった。

 ロボットが将棋の駒を操る姿は、異様であるが、こんな機械と名人が勝負するのを見たくないものだと正直思っていたものである。
 実戦で勝ったわけではなくて、論理的に名人を上回ることが確実になったということである。開発者は人間の尊厳を守ったともいえる。

 名人がロボットに頭を下げて、負けましたというのは、同じ人間としては、その最高峰にいる方のそんな姿を見たくなかったからである。

 囲碁にも近い将来、そんな日がやってくるはずだ。
 我々、アマチュアが囲碁の神の如しと思っていた、藤沢秀行さんは、生前に神様から見たら私の棋力は、その4%程度でしょうと、数字を具体的に語っていたのには驚いたことがある。
 それからすると、筆者などのアマ田舎初段などは、日本人なら誰でも到達できるレベルとされる。しかし、そこまでに60年を要した。囲碁の底知れぬ深さを辛うじて伺い知る段階でしかない神様の10億分の一程度なのだろう。

 つい、何年か前までは、コンピュータ囲碁は、そんなに強くなかったが、あっというまに力をつけた。モンテカルロ法というソフトウエアができてからだ。

 将棋・囲碁という極めて限られた特殊分野ながら、人間の異常ともいえる天才を追い抜くレベルに到達した。

 今後他方面に渡り、人間が次々に追い越されるのは確実である。
 将棋の如く、人間がまだコンピュータを制御している時代は、OKなのであろうが、高度な知能を持ってくると、かってに進化する時代がくるだろうと恐れられている。(次回へ)

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by watari41 | 2015-10-20 12:25 | Comments(0)

一億総活躍

 「一億総白痴化」と評したのは、テレビ黎明期に大宅壮一さんという著名な評論家が発した言葉だった。松本清張さんが、これを引用して有名になった。日本中が下らない番組に夢中になったように見えたようで自虐的にも使われたものだ。現在もバラエティ番組などを見ているとそんなに状況は変わっていないように思う。

 「一億総火の玉」とか「一億総玉砕」などということを思い起こす年輩の方々も多いだろう。戦後は一転して「一億総懺悔」が現れ、また「一億総中流」というのも記憶に新しい。

 日本人の集団主義を表す言葉として、しばしば用いられてきた。
 「一億総活躍」というのは、スローガンとしては結構なのだろうが、担当大臣を置くようなことなのであろうかと考えてしまう。

 「一億総・・・」という言葉が出てくるような時には、報道の自由が制限されていることが多い。戦中や敗戦直後とは異なり今や何を言っても自由な如き状況にも見えるが、あにはからんや、報道の自由度は世界で59位にしか過ぎないというのであるというから驚いてしまうしかない。それでも尚、機密保持法が必要とされるのだから何をかいわんやである。
 日本人は「真実」を知らされておらず、言われたことを信じ込む性癖が強すぎるとされる。

 高度情報化社会と言われ各種の情報が飛び交っている割合には、本当のことをしらないようなのである。隠蔽されることに慣れ過ぎているのかもしれない。
 情報の出所が限られてくると、当然ながら知り得ることも少なくなる。

 機密情報に触れるのは、さも「悪」でもあるかのような感覚にも陥ってしまう。タブー視される。海外にはそんなことはなく、必死で探りをいれるとか、ウイッキーリークスであるとか、スノーデンさんとか、自ら機密を持ち出す人だっている。

 日本で最初にそんなことをしたのは、毎日新聞記者西山さんという方で「運命の人」という山崎豊子さんの小説モデルになった。沖縄の機密を持ち出された政府は、それは悪だと男女関係を逆宣伝して、日本人をすっかり欺いてしまった。当のご本人を社会的に抹殺した。

 総中流というのも、世界の実情を知らず、戦前の貧しさのみしか知らないものにとっては、そのように思わざるを得ない。
 総活躍など出来るはずはないのだが、そのような雰囲気をつくり、何かを企んでいるのかと思わざるを得ない。
 
 

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by watari41 | 2015-10-11 19:57 | Comments(2)

選挙事情

 本来なら4月に統一地方選挙があるのだが、3.11被災地域では4年前に選挙が出来る状況ではなく、半年ほども大幅に延期された。従って、ここでは地方選挙がこの秋に行われるのである。

 地方議員は、このところ人気がなく定数がギリギリの状態である。だが選挙ともなれば町は喧騒につつまれ、静かな町がしばしの間賑わう。
 しかし先日の地方紙は、無投票になる可能性を伝えた。

 ピタリと定数によく合うものだと感心していたが、ここ数日の状況はそうとはならないようだ。
 才女と噂されていた方が、新人として加わることで選挙となるようだ。

 伝えられるところによると、彼女はある会合で現職議員と同席したそうなのである。話をしているうちに、そのバカさ加減にあきれかえったというのである。こんな人が無競争でというのは我慢がならないということだったみたいである。

 地方選挙は昔からみると、クリーンになりすぎるほど、クリーンになっている。すなわちお金がほとんど掛からなくなったのである。

 50年ほども前になるが、近くから新人が立候補した。自宅が事務所なのであるが、その奥さんは、毎日がオフルメみたいなものだとこぼしていた。(方言で自宅での結婚式を言う)

 近隣の方々や、支持者と称する人達が、入れ替わりやってきて、飲ませ食わせの大盤振る舞いをしなければならないのである。
 あっち、こっちと支持者顔をして、事務所を渡り歩き大酒を飲む人もいた。そんな中で飲み過ぎて事故死してしまった男がご町内にはいたのである。
 今や粗末な昼食をご馳走になるのも気がひけている。

 昔だと定数より、少し多くの人がいて選挙になりそうだと、下りる人がいたものだ。おそらく降りてしまった彼は、相応のお金をもらったのだろうという噂が流れるようなことだった。
 もう、そんなこともなくなった。今は昔みたいな回想である。
 
 

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by watari41 | 2015-10-06 12:07 | Comments(0)

リテラシー

 「読み・書き・ソロバン」が江戸時代のリテラシーであった。
 複雑化した現代社会では、「話す」が何よりも重要である。ラジオ・テレビで全国に言葉が一瞬にして伝わる。
 昔の「話す」は、せいぜい会場に集まった人々に声が届く範囲でしかなかった。伝見によって全国に行き渡った。
 ウソも方便とされる如く、「話し家」の社会的地位は低かった。
 ところが現代では落語家は立派な芸術家なのである。
 「笑点」の人気はすこぶる高い。

 話し方一つで、如何様にも伝えられる。
 「特殊サギ」は、話術にひっかり、老人が一種の催眠状態とされたものである。警察がどんなに注意を喚起しても被害は減らない。そんなことは重々承知をしていたとする人たちが、だまされている。言葉は恐ろしい一面を持っている。
 老人リテラシーともいうべきものが必要になっているといえよう。
 和声英語の一つである、このリテラシイという言葉が、いろんな分野に広がっている。コンピュータリテラシイというのは記憶に新しい。
 リテラシイとは社会常識とでもいうべきものであろう。

 非常に良い事であっても、正しく伝わらないことがある。あるいは曲解されるようなこともある。話し言葉というのは大変に重要である。政治家は言葉が命とされる所以でもある。

 池上彰さんの諸般に渡る解説が超人気なのは、現代人のリテラシイ要望に応えるものだからである。そんなことまで知らなくたって生きてゆくのに困らないという方だって多い。

 しかし、時代の動きについて行こうと言う方々が圧倒的に多い。生きている質を高めたいという欲求からである。生涯学習などに取り組んでいる人もいるが、テレビは何といっても手っ取り早い。漢字検定が始まりなのだろうが最近、〇〇検定というのが、やたら多くなった。
 知らないことって結構多いものだ。

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by watari41 | 2015-10-01 15:50 | Comments(2)