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超低空飛行

 ミグ25戦闘機が函館空港に突然の着陸をしたのは、もう40年も昔の出来事になる。
 当時は、旧ソ連と米国の冷戦のまっ只中でその驚きは、今回の首相官邸へのドローン落下事件よりもはるかに衝撃的だったように回想している。
 当時にあっては、ソ連の最新鋭の戦闘機で、そんな馬鹿なことはと言われ、通常のミグ21の誤りだろうと専門家が言っていたものだ。米国は労せずして最新のソ連航空技術を手にいれたことになった事件である。
 戦闘機パイロットの亡命意思が固く、難関を突破して到着したのである。
 そのカギは超低空飛行ににあった。地上百メートル程度の低空では、レーダーにも見つからずに飛来してくることができたのである。海面への激突を恐れながらも勇敢に飛来したものである。

 超低空空間というのは、いわば無防備地帯であることが、今も昔も変ってはいないことが、今回のドローン事件が図らずも証明したようなものである。

 民間の航空機だって、着陸の時が最も怖いのだろうと思う。広島空港でのアシアナ航空機事故だって、地上すれすれに発生した突然の霧が大きな原因だった。1万メートルの上空なら、全く視界がきかずともどうということはない。

 「超低空飛行」は、一転して危ないことの代名詞ともなっている。学校を卒業できたのは、赤点スレスレの超低空飛行だったのさ、とかである。

 今回のドローン事件は、自首した犯人の語るように自分の「ブログ」の売名行為みたいなところがある。
 官邸サイドからすれば禍い転じて福と為す如く、思わぬ盲点に気付かされてありがとうと、と犯人に感謝しなければならない事件でもあったように思う。

 私のブログも低空飛行を続けながらも、墜落せずに何とか持ちこたえている。
 先日のクラス会で、カメチャンより、さすがに更新回数が減ったよねといわれたが、どこが着陸地点かわからないままに迷走している。

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by watari41 | 2015-04-30 11:02 | Comments(2)

発想の転換

 「言うは易く行うは難し」ということがたくさんある。
 「発想を転換せよ」とは誰もが言える、しかし我々並みの人間は固定観念に捉われているのが普通であり、実行できる人など殆どいないに等しい。

 日曜日の夕方番組「夢の扉」を見ていたら驚いた。家庭用水道蛇口で発電しようというのである。水道本管での発電構想は聞いたことがあるが、こんなミニミニ発電などは想像だにしなかった。さらに、もっと凄いのが、その実験中にとんでもないことを発見したのである。
 普通に水の発電というと水車を回すので、その羽根の構造がどうとか、角度がどうたらの研究になってしまう。ところが、今回取り上げられた蛇口研究家は、細い水道パイプの中に円筒形の磁石を入れると。それが回転することに気がついた。言われてみればコロンブスの卵に近いことなのだが、歴史上誰もこんなことをやった人はいない。特許を取れるのは当然のことである。
 それがわかってしまうと発電は簡単なことになる。発明者はさらに工夫を重ねて、最大で3W(ワット)の電力を得るに至った。

 原発一基の発電からすると3億分の一にしかすぎないのだが、チリも積もればということがある。このようなネタは周囲を見渡せば限りなくあるにちがいないのだが、我々は見落としている。
 日本人は盆栽に宇宙を描く。小さなことが得意でもある。このような特色を残念ながら生かしてはいない。
 先の発明者は零細企業の若い社長さんである。大企業だと歯牙にもかけられない研究を、一人コツコツと重ねていたのだから恐れ入ってしまう。
 実用化にはコストなどいろんな問題があるように思えるが、頑張ってほしいものだと思う。

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by watari41 | 2015-04-23 21:47 | Comments(2)

出来レース

 雪解けが終わると再び始まるのが宮城県内に散在している「放射性指定廃棄物」の集約地を決める測量・調査である。

 集約の候補地として、3市町が上がっている。栗原市・加美町・大和町である。
 このうち、加美町は調査そのものに、町長をはじめ住民が文字通り、体を張って阻止しようとしているのがローカルテレビ・新聞で報じられている。
 廃棄場所に適しているところなどは有り得るはずはないのだが、何故、加美町がそこまでと思っていたら、そこに住む人の話を聞いて納得した。
 それは「出来レース」だからなんですと語る。
 山奥まで、ダンプがすれ違える広い道路があるのは、加美町だけなんですと。他の2市町は山を削り谷を越えての道路建設からせねばならず、そんなことをするはずがないという。
 そういうことだったのですかと理解できた。

 「出来レース」の最たるものは、入札における談合である。建設業界は有名であり、噂の段階でもそのニュースが流れ結果も同様だったということもよく聞く話だ。結束を守るためその掟は厳しいものだと聞く。
 町内の零細な業者が仲間から外されて、一般参加しようとした時のこと、昨日まで顔を合わせていた受付の若い同業の男から、あなたはどこのどなたですかと言われて、バカにするなとどなりつけたことがあったとか。

 はじめから「事」が決まっていて、公募の体裁を整えるためにやることだってたくさんあると聞いている。2015年4月16日の河北新報の一面に、環境省が電力出身者を大量採用との記事があった。これも出来レースであったのだろう。

 日本のお役所に特有の事情なのかもしれない。「事」をスムースに運ぶための手段としてのノウハウなのだろうが、納得できないことが多い。

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by watari41 | 2015-04-17 12:42 | Comments(0)

パラオと蔵王

 宮城県側の広大な蔵王高原の一角に「北原尾」地区がある。
 見事な牧場が広がっている。これまで何も知らずに何度も車で走り抜けていた。
 ここが戦後に開拓されたのを知ったのは、つい数日前のことなのだから恥ずかしい。パラオに住んでいたいた人たちが開墾した。終戦後に東北・北海道出身者に雑木の生い茂るこの原野があてがわれた。北のパラオという意味だとは全く存じなかった。苦難の開拓だったと思う。

 戦争によって運命を狂わされた人達は数えきれないほど多い。当時は止める力が無かったのかもしれないが最終的に戦争命令を下したのは昭和天皇である。
 平成天皇が高齢にもかかわらず、慰霊の旅を継続されているのは通常の心理からして当然と言えば当然のことなのかもしれない。そのご心中を察して余りある。旧日本軍・アメリカ軍共に今となっては何の為に戦ったのかということになる。
 ベリリュー島の激戦を知ったのも恥ずかしながら昨年のNHK特集だった。玉砕命令とも言える指令を受けて長期間の戦いを継続出来たのは、ひとえに現地住民の支援があったからだろうと推察している。

 歴史には敗戦後に原野の開拓ありということが多い。明治維新での会津藩の青森県下北半島の開拓は悲惨を極めた。我が町の武士も北海道伊達市を開拓した。

 蔵王高原の冬はことのほか厳しい。雑木を切り倒して根を掘って農地にするなどということは筆者などの想像を超えている。日本人の根性はすさまじいものだ。パラオで生まれ、引揚てきて開拓に従事した現在の農協組合長さんは同じ年齢である。多難な人生であっただろう。スコールの記憶があると語っていた。
 ここから50kmほどの距離がある雪溶けを迎えた蔵王中腹のそのあたりを眺めている。

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by watari41 | 2015-04-09 21:26 | Comments(0)

エントロピー

 a0021554_21562458.jpg言葉だけは知っているが、訳のわからないことって沢山ある。
 「エントロピー」も、そのひとつである。
 エントロピーは増え続ける。そんな文言を聞いたことのある人は多いはずだ。
 私などには格好の本かと思った。「エントロピーの冒険」(初心者のための統計熱力学)著者:鈴木炎、発行所:講談社、2014年12月20日刊行。
 初心者の為とあるから、高校の物理をかじった程度の人を対象と理解したのだが、読んでみると何ともややこしい話なのである。
 まずは、エントロピーを研究した人物の歴史から入ると分かり易かろうと、著者はナポレオン時代にフフランスで物理学の天才ぶりを発揮しつつあった若き「カルノー」の概念を取り上げた。この人は36歳にして亡くなるのだからもったいない。断熱膨張などのサイクルを考え付いていたのである。

 次には、これを数学的に解き明かそうということで、誰もが知っている物理学者のボルツマンやマックスウエル・・・と言った歴史上名高い人々が挑戦した。日本の時代だと幕末から明治にかけての頃なのである。
 ボルツマンは考え過ぎが高じたのか自殺してしまうことになる。彼の墓銘碑には、有名な熱力学の方程式が書いてあるのだから名誉なことである。しかし彼はその方程式の最終段階に達する前に亡くなっている。頭の中にはあったのだろうと考えられる。

 熱力学に最大の貢献をしたのは、私などは殆ど知らなかったアメリカの物理学者ギブスである。この人は目立つことが嫌いだったという徳目を備えていた。リンカーンの時代に南北戦争で命を失うところを助かった。当時のアメリカ人には彼の考えていることが全くわからなかったらしいが、周囲が彼の書いた論文を出版すべきものだと考え資金を出したのだからすばらしいことだ。
 
 私がこの本の趣旨である初心者コースで辛うじて理解できたのは、誰でも知っているであろう絶対零度(マイナス273℃)でエントロピーもまたゼロになるということくらいだ。

 何故、私がエントロピーに興味を抱いたかは、30年ほど前に読んだ経済誌の小欄に、丁度その頃から話題になっていた、二酸化炭素による地球温暖化問題について、名前は忘れたがある専門家が、エントロピーの考え方からすると、たとえ地球上の二酸化炭素濃度が倍になったとしても問題はないと論じていたのが妙に印象に残っていたのである。


 

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by watari41 | 2015-04-03 21:53 | Comments(0)