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悲劇から4年

a0021554_21281715.png 大震災から4年を前に、地元紙は、一面に「祈りと震災」という特集記事を連載している。1月27日には、我が町で最大の悲劇に見舞われたご夫妻のことが書いてある。
 一家5人を失うという悲劇に見舞われた。今次震災を機に私はこのご夫妻と知り合いになった。その悲しみは計り知れないだろうが、表情に出すことなく、静かに散歩をされているのに出会うことがある。
 新聞記事に掲載されている次男の方は、長い間行方不明だった。かなり時間が経過してから遺体の一部が発見されて本人と確認された。ご夫妻はかすかな望みを抱いていたようだ。どんなところで、どんな形でも生きていて欲しかったのだと思う。

 かつて、小野田少尉がフィリピンのジャングルで、戦後20年も過ぎてから発見された。その時に両親は、どんな姿ででも、どこかで生きていて欲しいという願いがかなったというようなお話が記憶に残る。

 小説ではあるのだが、150年前の戊辰戦争の行方不明者をテーマとしたものがあった。最後の戦場となった、仙台藩亘理領南部地域で遺体の数がどうしても一体不足だった。しかし、そのままに忘れ去られてしまった。行方不明の当人は、強度の打撲を受けて過去の記憶を一切喪失してしまったという設定である。官軍に助けられどこの誰かもわからず、その後に南米に移住するという話で、数十年が経過して再度の衝撃で記憶を取り戻すということだったと記憶している。小説でのことではある。そんなことまで、私などは想像したのだが虚しいことだった。
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by watari41 | 2015-01-31 21:42 | Comments(0)

都市国家

 ギリシャ時代。アテネやスパルタスなどの「都市国家」があったと教えられた。
 2千年も昔のことなので、現代でいう都市とは全くことなるものであることは言うまでもない。地域国家というのが妥当なのだろうと思う。

 現代の都市は、ものすごい勢いで膨張を続けている。東京という都市国家があってもおかしくはない。
 仙台だって都市国家になれそうだ。その代りに、郡部地域市町村の疲弊がはなはだしい。
 昔からみると都市への人口集中がはげしくなった。これも、ここ数十年のことでしかない。
 江戸時代には、仙台が5万人、東京が100万人である。現代は日本全体で当時の4倍の人口だから、仙台が20万、東京が400万人で妥当だということになる。都市が膨れ上がりすぎた。外国では上海・重慶・メキシコシティなどでは3千万人を超える都市になっているというから、想像を絶する。

 日本では「地域創生」という政策を打ち出しているが、あまりにも遅すぎてしまった上に、何がなんだかわからない。そうこうしているうちに、どんどん人が都市に流れてゆく。

 地方に住んでいるメリットが無いからに他ならない。何をやるにしても不便である。いちいち仙台に行かないと用が足りない。おまけに周辺地域はベットタウンという、おかしな名称まで頂戴している。

 活力がないとか、ありがたくない形容詞がつけられた市町村も多い。
 「ふるさと納税」というのも、これまたおかしな方向に発展している。地方の人が、お土産の多そうな地方へ税金を移している。地方同士が食い合いをしている。

 過疎地は無税にするとか、都市税とか思い切った政策で都市には住みにくくすればよいだけだが、単純なだけに難しいのである。余計な策を出せば出すほどに、人は悪知恵が働くようになる。無策が良いのかもしれないが、今度は、あの「長」は無策過ぎるということになってしまう。
 「とかく、この世は・・・」となってしまいそうだ。
 昔から良い知恵は無いのかもしれないが、全てが発達した現代である。確定申告のこの時期、もう少し考えてみてもよさそうだ。


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by watari41 | 2015-01-26 17:26 | Comments(4)

吉田松陰

 日本の歴史に3大革命家がいる。藤原鎌足・源頼朝・吉田松陰である。
 鎌足は、実質上の天皇制度を確立し自らの子孫も平安時代に繁栄を極めた。後に大化の改新と呼ばれた645年、天皇家の王子と共謀し権力の頂点にあった蘇我氏を暗殺・滅亡させた。荘園制度という税金を吸い上げる体制を確立した。

 源頼朝は、武士とされる階層が実権を握ることになる最初の人物である。それまでの公家体制を一変させた革命家と呼んでも差し支えない。だが間もなく子孫が絶えてしまう。その後北条氏から徳川氏まで約700年間を武士の幕府が支配することになる。
 天皇家は、鎌倉時代に一度実権を取り戻そうとクーデターを試みるが失敗に終わり、時の天皇は佐渡島に流される。次の室町時代への変わり目に、再び天皇家は立ち上がったが、これまた運が無く隠岐の島に配流される。しかしこの時の後醍醐天皇はしぶとく再起した。しかし時の大勢に勝つことはできず南朝は滅び去った。

 3人目が松陰なのである。開明思想を持って伊藤博文・山形有朋などの弟子を教育し、彼らが幕藩体制に終止符を打つことになったのである。
 一見して天皇家に実権を取り戻したかのように思われるが、表面上のことにしかすぎず、実態はクーデターを起こした薩摩・長州の人達が勢力を振るう時代が、第二時大戦まで続いたのである。
 3人の革命家の後の時代に日本はそれなりの発展を遂げていた。

 先の大戦で日本は廃墟と化したが、それまで活躍していなかった人々の潜在するエネルギーがあった。大変なスピードで復興ができた。

 それから70年、日本は残念ながら「老大国」になりつつある。綾小路きみまろさんの漫談に、「あれから40年」という笑いがある。人間誰でも、国家だって歳をとる。しかし国家は生まれ変わることができるのだ。潜在力は十分すぎるほどにあるとみている。
 どこかに日本史上4人目となる方が生まれているのだろうと期待している。

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by watari41 | 2015-01-20 11:40 | Comments(2)

蓄えられない

 お金を蓄えるのが得意だという人はいらくでもいるだろう。
 しかし、電気を蓄えるほど難しいことは他にない。

 発明王と言われ自動織機を作った豊田佐吉さんは、1925年に高性能の蓄電器を発明した人に現在の金額で100億円を提供するとの懸賞をだしたが、未だその課題は残ったままなのである。現在の開発スピードから行くと、早くとも2030年頃のようだ。

 電気、そのものを蓄えるのではなくて、一度他のものに置き換えてから再度電気に変換するという方式が手っ取り早いということになる。

 その理屈で出来たのが、水素自動車だと考えればよい。佐吉さんから見ると現在は曾孫の時代である。本人の夢を子孫が開発したということになる。

 電気自動車でよいのではないかと思われそうだが、その電気を造るのに石油などの資源が必要となるのは言うまでもない。
 そこで、自然エネルギーから発生させた電気を一度水素に置き換えておくのである。後は好きな時に自由に使える。自動車を走らせてもよいし、発電に使用してもよい。

 折角、開発した膨大な特許を公開したのは一足先に佐吉さんの夢に答える意味もあったのだろう。本物の蓄電器は東大との共同研究で新たな原理のリチューム電池を進めているようだが、上手くゆくかどうかはわからない。そんなこともトヨタが大企業病に罹らない秘訣なのかもしれない。

 特許の公開というのを、現職の当時にまじかで見たことがある。セイコーのクオーツという一秒ごとに刻むもので、正確なことこの上ない。その心臓部にごくわずかな量だが、自分の扱っていた金属材料が使われていた。
 セイコーの方は、この特許は広く公開することにしましたというのに驚いたことを回想している。その後、この方式の時計は広く世界に普及して、今や百円ショップでキチンと動くものを手にすることができる。
 水素自動車もやがては、このようになるのかもしれない。

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by watari41 | 2015-01-14 21:47 | Comments(2)

限界の年(後)

 人口減少に転じたのが5年前のことだった。
 日本の限界人口を超えたからに他ならない。少子化対策だとかいろんなことが言われているが、日本社会の自律的な動きなのだろうと考えている。
 
 江戸時代は3千万人の人口で250年間推移した。鎖国社会の許容人口がそれしかなかったということになる。では現代の許容される人口はというと誰にもわからない。8千万人とも言われるが、どうなのだろうか。

 国債の発行額が限度を超えているのは誰にでもわかる。しかし誰にも止められない。毎年のように限度だ限度だと言われながらも増え続けている。

 二酸化炭素も限界だと言われながら、これまた増え続けている。
 人間には止める力がもともと備わっていないのかと考えてしまう。

 石油価格も異様な値上がりが続いたが暴落が始まった。10年ほど前に適正価格は40ドルだと言われたことがある。ロシア・中東の産油国もこれで十分に採算がとれるとされたものだ。
 しかし100ドルに慣らされてしまった。今から考えてみれば食糧を燃料化するバイオエタノールなどは、おかしな話であったのだろう。
 石油は今年が限界の歳と記憶されることだろう。政治的な謀略価格だとか、いろんなことがささやかれているが、冷静に考えてみればそんな価格が適当だったのだろう。
 我々はすっかり騙されていたことになる。

 お蔭でというのもおかしいが、シェールガスなどの掘削とか、いろんな経験が出来た幸いもある。しかし巨大な設備投資を予定していた住友商事など(記憶は定かでないが)莫大な損失を被ることになるのだろう。
 個人とは異なり、膨大な情報量を持つ商社にしてしかりなのである。
 個人が簡単に騙される詐欺などにかかるのは当たり前というのもおかしいが、人間の限界があるのかもしれない。

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by watari41 | 2015-01-08 20:16 | Comments(2)

限界の年(前)

 2015年の正月早々に縁起でもない話になるが、昔は新年を迎えると一歳加わることになっていた。従って大晦日は「お歳とり」ということで、その神様を床の間に祀っていたものである。
 私は75歳ということになる。近代の我が家でこんなに長生きした男子はいない。位牌に記されている行年というのは、この数字を指している。

 そんな年齢に達して、気力・体力共に筆者も限界に達しつつあるような感じがしている。
 個人のみならず日本そのものが「限界国家化」しつつあるような気がしている。
 最初に限界に達したのが「農業」である。巨大産業のはずなのだが、いまやその総生産総額は、パナソニック一社程度でしかない。それを生み出す数十万の生産者がおり、さらに失礼ながらこれにぶら下がるようにして、農業協同組合職員が30万人・農業共済組合職員も数万人。土地改良組合・水利組合職員などを加えると膨大な人々が限界農業でメシを食っていることになる。
 アベノミクスが、残念ながらこれに追い打ちをかけてきている。昨年米価の暴落である。市場原理を推し進めれば、需要と供給の関係から米は余っているのだから当然値下がりする。
 農業の6次産業化ということが言われる。加工して販売まで行えというのである。第一次、二次、そして流通販売の三次産業までを一緒にやって生き残れということが推奨され、農家レストランなど成功した事例も沢山公表されているが、誰もが商売をできるわけではない。
 武士の商法みたいになっているところだって沢山あるはずだ。
 (第一次・二次・三次を足し算すると六次になるという、多少バカにしたような話ではある)

 戦後に70年も保ってきた、日本の平和もこれまた限界を迎えつつあるのは残念なことだ。外国と戦闘をおこなわず、戦死者も出ていない。近代国家としては稀にみることをしてきたのである。苛酷な戦争というより飢餓との戦いだったという先の大戦の経験者が存命しているお蔭でもあろう。


 

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by watari41 | 2015-01-02 11:27 | Comments(2)