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エロと芸術

 「失楽園」などで知られる渡辺淳一さんが先日亡くなった。この方の書いたものは文学作品とされるが、限りなくエロに近い。前立腺ガンで亡くなったのは象徴的なことだった。

 エロや官能と芸術とは紙一重の差で存在している。作者によって区分されていることもある。谷崎潤一郎さんの「鍵」は、文豪が書いているのだから芸術とされる。そういう表現が文学上必要とされたという解釈である。我ら凡人には理解しがたいことだが、代表作である「細雪」などを読むと香気高いものなので他作もそういうことになるのであろう。

 ずっと以前に問題となったのは「チャタレイ夫人の恋人」で裁判沙汰にもなった。最高裁判所までもつれ込んだ。今から考えると司法で扱うべき事柄でもないのだが、当時は風紀を乱すというような考えも根強かったのである。ここ数十年で社会常識がすっかり変わってしまったのである。時の流れは、最先端科学ばかりではなくて、こんなところにもおよんでいるのだ。

 今やエロチックな表現がないと小説ではないが如き状況でもある。当代の一流作家が競っている。人間存在の根幹に係ることなのだから、それを表現しなという手はないという感覚なのだと思う。芥川賞で「限りなく透明に近いブルー」が出た時には、ここまでやるのかと驚いたものだが今や当然のことになってしまった。

 絵の方がもっと複雑な要素がある。「裸婦」である。ルノアールの描いたものは芸術とされる。だが、素人が描くと大概はおかしな目で見られる。
 稀代の浮世絵師だった葛飾北斎は、戯れなのか出版元の依頼なのかはわからないが、エロチックな版画も残している。江戸時代の社会構造は倫理上2重になっていたのではないのかと考えられる。好事家と呼ばれる人たちの特殊流通ルートがあったのだろう。
 北斎の絵は、構図は大胆にして細部は緻密であり、それに漫画チックな遊び心があって、こちらの方でも大人気を博していたのだろう。

 現代は社会通念上も隠し読みなどをする必要もなくなった。渡辺淳一さんは良い時代に生きた。思う存分に書けたのである。

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by watari41 | 2014-05-31 11:25 | Comments(2)

認知症予備群

 先日の午後に役場の担当者から電話がきた。午前に私を訪ねては来られませんでしたか?
 「いえ行ってはおりませんが」と答えると、鈴木さんとよく似た方が私を訪ねてこられたと言われたので、何かご用があったのかと思い電話しましたとのことだった。別人だったのですね、了解しましたということで終わった。

 しかし、後で考えゾットした。無意識に役場に行っていたということはないのだろうか、全く記憶にないが行動するということがあったらエライことだ。自信がなくなってきた。

 高齢者(65歳以上)男子の4人に一人は、認知症またはその予備軍だと言われる。筆者の年齢にもなると可能性はもっと増えて3人に一人くらいということになっているのかもしれない。

 我々の集まりでは寄るとさわると、物忘れの話題が多い。
 一瞬前の記憶が消える。隣の部屋を開けたが、何しにきたんだっけと考えてしまう。思い出すのに時間のかかることもある。
 ガスの付け忘れとか、注意すべきことは山ほどにありそうだ。メモしたつもりの用紙を置き忘れることもある。
 正しく年老いているんですよ。などと慰められるが、何とも困ったことだ。

 時たましか顔を合わせない若い人が、即座に鈴木さんしばらくです。などと言われるとよくもスグに名前がでてくるもんだと感心してしまう。

 医者での認知症検査では、なんなく異常なしと判定されてしまうが、あんな簡単なテストではダメだと、医者も気がついているはずだと思うが、有効な予防策もないので、ほったらからされているのだろう。
 
 家族に迷惑をかけない死に方をしたいものだとは誰しもの思いである。思いがけない鉄道事故裁判がでた。正常な死に方もまた難しいのかもしれない。

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by watari41 | 2014-05-26 11:15 | Comments(2)

死を楽しむ

 いろんな人々の「臨死体験」など数多くのドキュメンタリーを書き「知の巨人」とも言われる「立花隆」さんを取材した番組を見た。
 若いころには、一生に一度の体験だろうと思われたことが、歳を重ねるにつれ、2度・3度と同じ経験をすることがよくあるものだ。
 しかし自分の死はまさに「一生に一度」なので、人の臨死体験がどこまで事実なのか、自分で確かめられるので、死ぬのが楽しみだとおっしゃる。60代では、そんな心境にならなかったが70代ともなると死は全く怖いものではなく、楽しみにしているのだと語った。立花さんとは同年代の私も全く同感である。

 巨人ならぬ、知を備えているかどうかもわからない「小人」でしかない私も、全くの「無」の世界に入るのか、それとも昔の人々に会えるのか、三途の川を渡るのかなど興味の尽きないことは山ほどある。

 しかし、現代科学からすると、一個の動物が単に大地に還るとしか考えられないが、死ぬ間際に去来するいろんなことが量子論によって説明されるかもしれないというのだから面白い。
 現代物理学の最先端である「量子」が、2人の人間が共鳴した時に互いの脳に飛び交うという話しである。量子は空間を超えてつながると見られているのだ。

 親しい人が死の間際に枕元に現れたとか、その種の話はよく聞くことであるが、大半は偶然の一致にしかすぎないと片づけられている。だがこの現象も超近代科学によって解明されるのかもしれない。量子が飛び交う一方の人間の脳が活動を停止するときに、それを共有する他者に強烈な刺激を与えるという考えである。
 まことに勝手な推論ではあるが、そんなこともあり得るのだろうと思っている。
 一方で霊魂は不滅だと言う論もあるがこれはありえないと思っている。脳の生体活動の停止と共に人間も生体にしかすぎないので、すべてはおわるのだろうと考えている。

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by watari41 | 2014-05-21 10:14 | Comments(2)

(終)韓国の悲劇

 船は時に転覆することがあり、航空機もまた墜落する。空の安全対策は神経質である。救命道具の付け方とか、くどいほどに説明されるが、船の方はやや手が抜かれている。
 しかし、大型船舶が通常の海流程度で沈んでしまうのは異常な出来事である。
 船長だけではなく、一連の韓国海運当局の状況は常軌を逸しているとしか思えない。近代化を急ぐあまり、いろんなところに穴が開いてしまっているようだ。不都合すぎる事実が次々とでてきている。

 韓国悲劇の発端は1950年(昭和25)から3年間の朝鮮戦争にある。日本は逆にこの戦争特需が奇跡的経済発展の基になったのであるから、恨まれても仕方がない。

 1945年の日本敗戦時に、ソ連が38度線近くまで攻め込んできて、朝鮮半島が南北に分断されたのがもともとの原因なのである。日本は北方4島を騒いでいるが、朝鮮では国家が分断されている。しかもそれが原因で5年後に再度の内乱ともいうべき、戦争が起きて疲弊してしまうのであるから気の毒というより他はない。

 それでも韓国は、後に漢江の奇跡とも言われる経済成長を遂げて、近代国家の仲間入りをしたかに見えたのだが、大統領そして末端まで浸透するにはさらにもう一世代を要するのかもしれない。

 かつての全斗煥大統領は独裁的ではあったがオリンピック招致など多大な功績があったとされる。しかし一族の不正蓄財はとどまるところをしらず、現在もなお追及の手が延びている。法治国家なのである。

 デビ夫人は、超高価な宝石類をテレビで並べ立て自慢するのを苦々しく眺めているが、本来ならインドネシア政府が没収してしかるべきなのである。

 だが、韓国は国家の道筋が未だ定まらないのが最大の悲劇でもある。かつて金大中大統領は北朝鮮に太陽政策を掲げたが、利用されただけで何らの効果も生まなかったことは誰もが理解している。
 試行錯誤や、今回の如き悲劇が韓国の近代化をより促進してくれることを期待している。
 


 

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by watari41 | 2014-05-16 11:43 | Comments(0)

(3)韓国の悲劇

 私が最初に韓国に出かけたのは1981年(昭和56年)のことである。在職した会社の金属材料の市場調査みたいなことだった。一週間ほど各地を回った。
 当時は朴大統領暗殺事件(現大統領の父親)の数年後で、全斗煥氏がクーデターによって大統領に就任していたが、夜間外出禁止令は解除されず、ソウルのホテルで真っ暗な街を眺めていた。
 通訳は安重根の一族であることを誇りにしていた小さな商社を経営している人だった。しかし当時の韓国は日本語がどこでも通じた。会社幹部は英語と共に日本語の出来ることが必須だったのである。
 日本からの輸入材料や部品がないと当時の韓国産業は成り立たなかった。
 だが、韓国軍事研究所では英語しか通じなかった。なぜなら日本には軍隊が無いわけだし、従って軍事技術もないのだから、日本語は不必要なのであると理解した。では何故訪問したかと言うと、安氏が日本からこんな人が来ていると紹介していたのである。最先端の電子金属材料の話を聞きたいということだった。

 サムソン本社も訪問した。当時から大会社であったが現在の如き世界的巨大企業に成長するなどとは考えてもみなかった。当時はまだブラウン管式のテレビ製造に四苦八苦しており、当時のナショナルから技術導入したなどということを聞いた。
 その後の発展は周知の如くであり、あまりの急速な発展に人材が追い付いてこなかったようである。しかもグローバルな常識に欠けているのではないかと気が付いたようなのである。
 最近、話題になったのはそのサムソンが入社試験問題に世界史を予備試験のようなことで取り込んだということである。韓国人の教育や世界観が偏っているのではないのかと気付いたように思えるのだ。
 ギリシャ・ローマ時代から現代へとつながる普遍的とさえいえる世界史観が企業人としての基礎的素養なのだと遅まきながら認識せざるを得なかったのだろうと考えている。
 

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by watari41 | 2014-05-11 10:05 | Comments(2)

(続)韓国の悲劇

 朴大統領には指導力が無いと非難の矢面に立たされている。何も韓国に限ったことではない。日本の管首相だって原発事故の時に同様なことだったと思う。しかし日本ではそんなにも叩かれたわけではなかった。

 朴大統領も就任後に人の顔色だけを見ている官僚が多すぎると発言しているが、韓国の悪弊をよくご存じなのだろう。当然ながら日本にだってそんな人はいるわけだが、その比率が圧倒的に少ないようだ。
 3.11で日本人の規律正しさが褒められたが、皆が皆というわけではない、不届きな輩も結構いたのである。しかし少なかったので目立たなかった。
 フェリー事故では、韓国当局や乗り組み員のあまりの異常さや倫理観のなさが浮き出てしまった。

 朴大統領は歴史認識が問題だとしているが、これは日韓併合時代の1945年までの35年間の近代史を指している。現代に近い出来事なので持ち出しやすいのであろう。

 a0021554_20583735.png日本人は朝鮮半島の歴史を知らな過ぎると指摘される。
 戦後の韓国大統領が職を辞めた後に、次々と逮捕されたり自殺したりと不祥事が続いているのも、権力にたどり着いた一族がその利権をあさりまくるという李王朝5百年の習性が浸み込んでしまっているからだと言われる。

 朝鮮李王朝で最後の権力を握ったのは閔姫の一族だった。日本では明治時代の中期である。閔姫は時の王である高宗とその父親などと対立した。閔姫には倫理観など全くなかったと酷評されている。
 閔姫の最後は日本の三浦朝鮮大使が指示して宮廷を襲撃して女官などを皆殺しにした。新撰組の生き残りである大鳥圭介がそれを実行した。明治政府が黙認したのである。
 当時、閔姫は清国を頼り、高宗側はロシアを頼った。高宗はロシア大使館で政務をとったとされる。やがては日露戦争へと突き進むことになる序章の出来事だった。書籍の紹介みたいなことになってしまった。
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by watari41 | 2014-05-06 20:44 | Comments(0)