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韓国の悲劇

 日本だと自虐史観と言われてしまうが、韓国の新聞もとうとう自らは三流国家だという表現を使わざるを得なくなった。
 我先にと難を逃れる船長達、自分が良ければ全て良しという人は、日本でも一世代前までには結構いたように思うが、現代社会にだっていないわけではない。

 今から14年も前の(平成12年)に、今回のフェリー事故の船員行動を暗示するかのような小冊子が出ている。「韓国堕落の2000年史」詳伝社 著者:崔基鍋

 一口に李王朝500年と言われるが、その堕落した王朝史が、現在の北朝鮮そして韓国を物語っているという。絶対権力を握った王は、極貧の一般庶民の生活などはどうでもよく、宮廷内の讒言によって王の一族を粛清したりするのは当たり前のことだった。
 最近の北朝鮮における金主席叔父の張氏に絡む突然の処刑事件を見ると、なるほどと思ってしまう。
 韓国は民主化され近代国家を装ってはいるが、本質的には李王朝の残骸をひきづっているのだという。

 その昔の新羅とか、高麗の時代は、朝鮮半島を支配した国家が尊厳をもって統治ていたという話だ。日本人の知らない朝鮮の歴史が書いてある冊子である。

 しかし李王朝の元祖である将軍が、祖国を裏切り中国の明王朝のバックを得て朝鮮半島を支配するようになってから、民族としてすっかりおかしくなってしまったのであるとおっしゃる。

 韓国人は江戸幕府の祖である徳川家康を知らない人などいないが、現代日本人には李王朝の祖である李成柱という人を知っている人などマレである。

 NHKの韓国ドラマ「トンイ」という人気番組がある。李王朝19代目の粛王時代の物語りで日本でいうと元禄時代のことである。ドラマも面白いが、実話の方がもっとドロドロとしたものである。粛王の気まぐれによっておびただしい犠牲者がでてくる。

 本来なら日本の兄貴分の国家なのであるが、早く立ち直ってほしいものである。

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by watari41 | 2014-04-30 17:36 | Comments(0)

(終)小保方ノート

 メモ張 → 雑記帳 → ノート
 しいて、順番をつけるとすれば、こんなんことになるのだろうか。一時的な記録から、着想などを落書きするもの、そして正確に書いてしばらくは保管しておくものとなりそうだ。一冊のノートで全てを行う時もある。
 篤農家と言われる方々は、実に几帳面な作業記録と、天候や作物の出来具合を毎年記録して翌年に役立てることをしたものだ。農業大賞を受けるような方の記録は実にしっかりしたものである。現代でいえば研究ノートにも匹敵するものであろう。

 最近では野球の野村ノートが有名になった。日本で野球理論を最初に打ち立てた人ということになりそうだ。解説を聞いていても理にかなったことを言っている。頭の整理に役だっているのだろう。

 またまた50年も前の話になるが、粉末金属の実験をしていた人が、時々とんでもない優れた性能のものが得られるということで、ノートを調べていくと晴れていて風の強い日のものだったという。三段論法みたいだが、晴れると昔のことなので窓を開ける、そうすると、風にあおられた土埃が舞い込む、そのなかに有効な成分があるだろうと気が付くつまでには相当な時間を要したそうだが、当時では立派な発明品をものにした。

 小保方さんのノートは、おそらくは雑記帳程度のものだったのかもしれない、何とも残念なことをしたものだ。いずれの時にか名誉回復されんことを願っている。




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by watari41 | 2014-04-24 14:08 | Comments(4)

(3)小保方ノート

 笹井さんが、それほどに高名な研究者だとは知らなかった。
 世紀の大発見から「有力な仮説」へと格下げになった。
 彼女は論文とは何かとか、基礎的な素養を欠いていたことを自ら認め、率直に反省していた。そこを評価してやりたいものだ。
 ネイチャーも、笹井氏名があることで信頼できる論文として掲載することになったようだ。小保方さんが未知の現象をみつけたことを笹井氏は論理的に語っている。最先端の生命科学がこれほどまでに話題となることも珍しい。我々の知らないことをたくさん教えてもらった。

 小保方さんを教育した早稲田理系にこそ問題があるという論を新潮45雑誌で読んだ。これまた説得力のあるもだ。

 理研も一度、地に落ちた名声を取り戻すのは容易なことではない。
 かつて三越事件というのがあった。当時の岡田社長が親しい女性にデパートを乗っ取られた状態になる大騒ぎがあったのは30年も前のこと。私は丁度東京にいたのでよく憶えている。

 筆者が入社した、もう50年以上も前のことだが、会社の技術部長に厳しい人がいた。私の先輩が論文の添削を受けていた。たまたま出くわしたのだが、キミも一緒に聞いてなさいと言われて、技術論文とは何かを教えられたことがあった。懐かしい思い出である。
 電気鉄板と言われるケイ素鋼板で、八幡や川鉄の巨大製鉄会社が製造していた。田舎の当社が画期的な二方向性製品を開発しましたというものだった。しかし、これは製造方法が難しく量産化には失敗した。当時の技術部長は、こんな内容で論文に私の名前が出されるのはけしからんと指導していたものだ。
 50年を過ぎた現在、新日鉄・JFEの一方向性ケイ素鋼板の進展はすばらしく、その用途である電柱の上にのっかているトランスは驚くほどに小型化している。技術の主流は、こちらだったのだという事を理解したのはしばらく過ぎてからだ。

 生命科学には全く無知の筆者であるが、小保方さんには、くじけず頑張ってほしいと願っている高齢者大衆の一人である。





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by watari41 | 2014-04-19 20:40 | Comments(0)

(続)小保方ノート

 記者会見以降の模様は場外乱闘に近い。彼女の会見を男子は好意的に受け止め、女子は否定的で支持率は半々のようだ。
 最先端の科学研究者としては、もちろん失格論文であるが、お詫び・反省すべきところはきちんと誤り、その態度は誠実である。ナマの映像ではゴマカシがきかない。

 科学的発見というのは、往々にして同じ時期に同じような発明・発見がなされることが多い。世界のどこかでも同様な研究が行われている可能性は高く、まったく別種の方法で同様な細胞が生まれることもあるのだと期待している。

 もちろん常識外のことだって過去にはあった。常温核融合とか常温超伝導体などである。これらは存在しえないだろうことは、我々一般人にも何となくはわかる。

 今回のSTAP細胞は、虚というにしては真実性がありすぎるように思えてならない。科学的説明ではないが、従来とは異なる何かを彼女は見たのだろう。

 理研の存亡にもかかわるような今回の騒動だったように感じている。
 コピペなどは、あってはならないことだというのも、騒動の後に教えられたのであろう。全くの新時代の研究者なのかもしれない。それらのことをすばやく彼女は理解した上での会見だったように思っている。卒論・博士論文などにも、その種のことは大概の若い方々は何らの違和感もなく行っていただろうことに警鐘をしたのだと考える。
 時代の変わり目の大きな出来事として、歴史上にも記憶される事だと認識している。

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by watari41 | 2014-04-14 17:56 | Comments(0)

小保方ノート

 STAP細胞そのものは存在するのだと信じたい。
捏造というと、あたかも実在しないものを作り上げたかの如く見られるが、理研調査委員会も慎重に論文の不正を問題だとしている。ノーベル賞の理研理事長は、筆者などと同年代であるから、疑惑だらけの論文では中味も疑わしいとなるのはやむを得ない。
 彼女は表現の仕方がまずかったとしている。如何に立派なことをやっても台無しにしてしまうのが発表のやり方である。口先三寸、ペン先三分などということもある。
 明快に見せようとして逆の結果になってしまったのである。

 彼女は自己流だったとしているが、そうでなければ革新的なものなど生まれてはこない。理研は今回のことに鑑みて、組織体制を強化すると言っているが、そんなことしたら窮屈この上ないことになる。画期的な発明など出にくくなる。

 在職の頃、どこの会社もそんな数字だったと思うが、売り上げの4%を研究開発費に充てるとしていたものだ。だが、ほとんどはムダ金に終わっている。それで良いとされた時代だった。現在はどうなのだろうと思う。

 彼女はまた、そんなに几帳面にノートをつけるタイプでもなかったのだろう。理研でも自由奔放にさせていたのだと考えている。
 我々世代にもノートをとらない人がいる。昭和ヒトケタのオバサンとパソコンを付き合ったことがある。そのオバサンは一向に書き留めようとしない。大丈夫ですかというと、学校の時からノートは殆どつけたことがないとおっしゃる。よほど優秀な女性だったのだろう。しかし次の日に復讐しようとすると、「あら、どうしたんでしょう」と言う、すっかり忘れている。70歳を過ぎて当たり前のことだ。

 そんなことを回想しながらSTAP騒動ともいうべきものを見ている。



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by watari41 | 2014-04-09 17:48 | Comments(2)

高齢化の一端

 百歳に近い会社の先輩がいる。戦前は日本軍にいて終戦になってから間もなく会社に就職した。いまだカクシャクとしている。軍人恩給をもらっているとは聞いていた。それに厚生年金が加わって、その額や何億円かに達しているというのである。なんともうらやましいことだ。

 この話とは全くの逆が筆者である。母親と妻を共に64歳で亡くした。年金を全く貰わなかったのである。母親の時代は、もっと若い年齢から貰えたのだが、国民年金の満額をもらおうとして65歳まで頑張ろうとしたのである。それまでの掛金がパーとなった。
妻の場合はもっとひどかった。ずっと若いころ公務員をしていて、退職金を年金でもらう仕組みがあったそうで、それに加入していた。利息がついて400万円ほどになってますが、本人死亡により没収されますという通知がきた。その昔ナンタルチアなどという嘆きの言葉が流行したが、まさにそんなことである。

 お宝ジイサン・バアサンというのがいる。沢山の恩給・年金ををいただいているお年寄りのことだ。もちろんご自分では使いきれず、孫が分不相応の外車を乗り回すということになる。

 町内の一人暮らしだった老人は、息子一家と同居することになり家庭の固定費である電気・ガス・水道・新聞・税金・通信費などを負担していると聞いた。
 元気なお年寄りはまだいいが、介護状態になってしまうと大変なことになる。先日のクローズアップ現代で知り合いがテレビ取材を受けていた。
 悲喜こもごもの高齢化社会を感じている。



 

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by watari41 | 2014-04-03 11:10 | Comments(4)