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ささやか発見

 地元紙、河北新報に南東北各市町村の空中放射線の値が、毎日地図上に表示されている。多くの人が関心をもって見ている数字である。
 2月のある時、我が町の値が急激に下がった。(0.007→0.004)
 あれっと思ったが、その原因がすぐにわかった。雪なのである。仙台は78年ぶりの大雪。測定器は空中放射線量といいながら、実は地面より発せられている放射線を測定していることはだいぶ前からわかっていたが、改めて気がついたという次第だった。

 原発の水素爆発から数日後に降った雨が、地面に吸い込まれ、減衰しながらも今なお影響を及ぼしているのである。地上の空気は強風にあおられたりして、たえず動いているので、固定された放射線測定器は、その周囲の地面をにらんでいるということになる。

 今回の低放射線値は地表面からの放射線が雪でブロックされていたのである。雪にそんな性質があったとは、まったく知らなかった。当たり前のことなのかもしれないが、私にとってはささやかな発見だった。

 震災より一年ほど後のことだが新聞に掲載される値は各市町村の公共施設内に設置された測定器によるものとなった。そんな中で山元町の値が周辺町村より異常に低くて、疑問を持たれていたのである。
 その原因が、測定器をコンクリート駐車場の上に設置していたのが原因だとわかったのである。雨が降れば表面の全てが流されてしまう。その後に測定装置を通常地面のある場所に移動して、原発からの距離と、放射線値の関係がリーゾナブルとなったのである。

 コンクリートやアスファルトが放射線を遮るのはわかるとしても、雪にもそんな効果があるとは知らなかった。雪の結晶なのだろうか。ない知恵を絞って考えている。
 60年も前に、富士の高嶺に降る雪も溶けて流れりゃみな同じという流行歌があった。水に流すことなどはできない原発事故である。

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by watari41 | 2014-02-22 10:28 | Comments(2)

日の丸背負って

 高梨沙羅選手には、何とも気の毒なオリンピックだった。17才の少女に日本中の期待を背負わせてしまったからである。

 かつてある一時期は、文字通り日本選手は競技を楽しむというような風で、メダルがどうのこうのと期待されず、伸び伸びとあっけらかんにやっていたことがあった。昭和50年代だったように思う。

 国民の期待感には時代によって大きな波がある。
 戦後から昭和40年代までは、選手が日の丸を背負ったような重圧感があったように思っている。勝つことに必死だった。メダル数が国力を示すみたいなことを考えていたのである。
 東京オリンピク女子バレーの金メダルポイントという放送が、その最高潮に達した頃だった。マラソンの円谷選手の、もう走れないという自殺にも衝撃を受けた。

 やがて、経済大国となるにつれ、国民的な反省が出たのだろう。選手には、もっとリラックスしてやってほしいという雰囲気となっていった。

 だが、世紀が変わるころからまた雰囲気が違ってきた。昔に戻りつつある。国が巨費を投じて選手の強化策に乗り出した。中途半端なことではメダルが取れないほどに世界のレベルが高くなってしまったこともある。テレビ各社もまた膨大な放映権費用を払っているのだろう。テレビは感動の押し売りだと書いてる週刊誌もある。
 そんなことが結果的には有力選手に無言の圧力を加えることとなっている。

 我々は朝から晩まで繰り返しの番組に少し飽きてきた。

 そんな中で、羽生選手は、種々の重圧にもめげずやってくれた。チャン選手などのミスにも助けられた感がある。運も実力のうちであろう。仙台から荒川さんと男女2人の金メダリストが出たのは何とも喜ばしい。




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by watari41 | 2014-02-16 11:50 | Comments(2)

君の名は

 「忘却とは忘れ去ることなり・・・」
 テレビ時代の少し前だった。ラジオドラマの歴史的傑作とされた。その冒頭のナレーションが、当時は小学校高学年だった私にも記憶がある。少々ませた子供だったようだ。もう60年以上も前のことだ。

 最近の私は「名前の忘却」にとりつかれてしまったかのようだ。しょっちゅう顔を合わせているのに名前が出てこなくなることが多い。若い人だと「君の名」はと、遠慮なく聞く事にしている。冗談でしょうなどと言われるが、本当のことだから困るのである。
 短い時間に忘れ去ってしまうこともある。夕方に朝の出来事を思い出せずに、少し考え込むこともある。
 我々の年代になると当然のことなのかも知れないが、私は人一倍下り坂を走っているのかもしれない。脳の空気が逃げているようだ。

 昔のことは忘れない。ハードディスクに記憶されたようなものなのだろう。今々のことはRAMということだ。思うように動いてくれない。

 当時の「君の名は」で、佐田啓二さんと、岸恵子さんが一躍有名スターになり、銀座数寄屋橋も脚光を浴びた。だが昭和39年の東京オリンピックの高速道路工事で惜しまれながらも取り壊された。その首都高速道も老朽化している。数寄屋橋などを覚えている最後の年代なのかもしれない。もはや忘却の彼方である。

 冒頭の「忘れ去ることなり」の次がドラマの重要なポイントだった。「忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」というナレーションがあった。これは男女の物語だったが、大震災や原発事故も、当事者以外は忘れようとしているかのようにも見える。忘れられてはいけないことなのである。

 

 

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by watari41 | 2014-02-12 20:20 | Comments(2)

仙台人と東京人

 a0021554_15523977.png 地元紙である河北新報の月曜朝刊に、仙台・東京の書店での週刊ベストセラーが掲載されている。関心をもって見ている記事の一つである。
 最近の傾向としては、仙台・東京共にベスト10に入る書籍が一冊か二冊程度しかないのである。
 震災前には、70%程度は同じ本が入っていたような気がしている。
 左の記事は2014年1月24日のものである。
 違いがあって当然のことではあるが、震災後に仙台人に自分では気がつかない、心理的な変化があったのではなかろうかと思っている。
 書籍から、その傾向を読み解くことが出来るような感じもするが、到底小生如きの手に負えるものではない。
 特別な全国的ベストセラーも、このところはないので、毎週のようにその内容が入れ変わる。
 仙台でのトップが、このときは天江富弥さん編集の仙台郷土句帳だった。天江さんといえば、仙台を代表する文化人である。全国区ではないが地元で知らないなどと言うとモグリみたいなものだ。次の月曜日2月3日には消えている。
 仙台と東京の比較しかわからないが、札幌・福岡などはどうなのだろうかと思う。
 何を買うか。目的を持たず書店に入る場合には、その時の心理状態が左右する。書店(金港堂)の前には、売れている本が掲げられている。ベストセラーを一冊読んで見ようかという気分にもなる。
 私は在職の頃、東京に合計6年、大阪に3年ほど住んだことがある。大阪人の違いは当然のことながら誰にでもわかる。
 東京と仙台は、ほとんど同一化していたような感覚があった。新幹線が出来て東京の郊外化などと言われたこともあるが、ここにきて、また独自の方向が出てきたように思う。
 震災が大きく影響しているのだと認識している。何が変わったのかは自分では判別がつかない。しかし明らかに仙台人の意識が変化しているのは確かであろう。

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by watari41 | 2014-02-05 16:49 | Comments(0)