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東京物語

 今に至るも、洋の東西を問わず世界最高の傑作映画と言われているのが「東京物語」なのである。
 小津監督もさることながら、主演女優の原節子さんがあっての映画なのである。古今の美女とも言われた原さんが人々の目から忽然と姿を消してしまったのは昭和38年のこと。生存していれば94歳である。
 世人は勝手なことを言う。老醜した姿を見せたくないのだろう。清冽なイメージを保っていてほしい。などなど、それなりに我々が納得できる話ではあった。

 だが、雑誌「新潮45」一月号の記事を読んでいて愕然とした。戦前ナチスヒットラーに利用されていたというのである。驚愕すべきことが書いてあった。
 第二次世界大戦では、日・独・伊の三国協定が結ばれるが、それに先立って、ナチスドイツは日本との友好を深めようと、合作映画を作るべく映画監督を派遣した。日本側にはしかるべき女優をということで、映画界は当時のトップスターである、田中絹代さんなどを推薦したというのである。
 ところがドイツの監督は、俳優になりたての16歳でしかなかった原節子さんを指名したというのである。映画の完成後に、ドイツでの興業成績を上げようとしたナチスは、彼女を連れてゆき、国内をくまなく歩き回ったというのである。宣伝の天才と言われたゲッペルス大臣の演出上手もあって大成功を収めたのである。

 日本国内では、ほとんど知られていないことなのだと、これを書いたルポ作家の石井さんは言っている。
 さらに彼女は、戦前の日本軍部宣伝の映画にも出演もしている。これらのことを考えると、彼女は戦後すぐにでも、姿を消したかったことであろう。しかし彼女には、働き手がいなくなってしまった30人もの一族の人達がいて、それらの扶養義務のようなことで女優業を続けざるを得ず、その負担が解消した、昭和38年に何も言わずに消えていなくなったのだろうということを推測されるルポ記事なのである。

 事実は小説より奇なりである。言われてみればどんな大スターだって、晩年に姿を消すなどということはありえないのである。
 彼女が女優に留まったお蔭で「東京物語」も生まれたし、小津監督とは「麦秋」など数々の傑作映画も残した。何が幸いするかわからない。
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by watari41 | 2013-12-30 14:29 | Comments(0)

秋田の男

 年末になって同年に入社した男が亡くなった。彼は秋田県のどこだったか忘れたが田舎の出身である。
 4月6日の生まれなので、本来なら私より一学年下になるところだったが、役場の人が間違えたのだろう、小学校就学の時に一年早く案内状を寄こしたそうなのである。終戦直後の混乱もあったのだろう。家人は分かってはいたそうなのであるが、折角なのでとそのまま入学させてしまったということである。考えようによっては人生を一年もうけたようなものでもある。現在ならとても考えられないようなことだ。

 ビロウな話になるが、彼が子供の頃はまだ尻を拭くのに、縄を50cm程度に切ったもので用を足していたということである。痔を抱えている人ならたまったものではない。とても生きてはいけなかったであろう。宮城県の田舎に住む私などでも、当時は新聞紙を切ったものを揉んで使用していたものだ。

 秋田の男は誰しも酒に強い。こちらは驚くばかりである。昭和40年頃には仙台と秋田を結ぶ鳴子温泉を通過して行く準急だったか急行列車があった。昼頃に出発して夕方に秋田に到着する列車である。連休で帰省する時などには、彼は列車に乗る前にまず一升を飲んでしまい、さらに一升瓶を下げてそれを飲み尽くす頃に故郷に到着するそうで、帰宅してまた一杯というようなことだったそうだ。

 彼には全く表裏がなかった。いい男だったのである。早死にというような年齢でもなくなった。それだけ酒を飲めば十分に過ぎる人生だったのかもしれない。退職後の宴会では、わけのわからなくなるまで飲んでいたがさすがに量は減っていた。ここ数年は姿を見せなかったのである。

 もう一人の訃報にも接した。このブログの熱心な読者でもあった。退職後に知り合った方である。年齢は一回りも上だった。仙台の方だがこの人も酒好きだった。師走のある朝に起きてこなかったというのである。介護とは無縁だったのである。この人には天声人語にも匹敵するなどと持ち上げられて、それこそ汗顔の至りだったのである。

 年の瀬が迫ってきた。陛下も傘寿を過ぎた。象徴天皇の役割を無事に果たしてきたとおっしゃる。では我々の役割とは一体何なのであろうかと思う。小生気持ちだけは若いのであるが、体力は年齢相応に落ちてきた。高齢者の役割分担とはということになるが。
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by watari41 | 2013-12-25 21:26 | Comments(0)

草食系・肉食系

 先日のテレビで寂聴さんを見た。91歳だというがカクシャルたるものだ。ステーキなどが好物なのだとおっしゃる。
 随分と前のことになるが、中村玉緒さんが旦那の勝新さんを亡くして落ち込んでいる時に、寂聴さんとの対談があった。あなた浮気をしてみなさいよと勧められ、さすがの玉緒さんも目を白黒させていたことがあった。
 肉食系女子の大先輩に当たる人なのだろう。

 その反対に草食系の男子。私などは、その最たるものなのかもしれない。お腹の腸がものすごく長いのである。普通の人の1.5倍もある。かつてガンセンターと呼び名が変わる前の病院で内視鏡検査を受けたことがあった。長めの管が腸の先端に届かなかったのである。
 腸に空気を送って膨らませての診断なのでかなり苦しい。そんなに大変なら3年に一度の検査にしましょうと言われ、何回目かの時期がもうすぐやってくる。
 長生きした祖父の弟から、我が家は胃腸の弱い系統みたいだという話を聞いた。祖父兄弟はそんな病気に罹っている。私も同様だと思った。

 もう10年ほど前のことになるが、前立腺ガンの大手術を受けたことがあった。しかし、その時は不思議にオレが死ぬ病気はこういうものではないという不思議な確信めいたものがあったのだ。そのガンを何とも思わなかったものである。

 有名なきんさん・ぎんさんの娘たちは平均年齢これまた91歳で皆さんお元気だ。毎日タツタアゲを食べているという話である。
 私などは、肉を多食したら腸が持たないのかもしれないと思っている。草食系は腸だけでなく、気質が優柔不断に出来ているみたいな気がしている。さらには、おかしなこだわりがある。

 故サッチャーさんや、現役ではメルケルさんなど欧州人なので当然ながら肉食系のはずだ。鉄の女などと言われた所以でもある。片や朴大統領、この方は東洋人なるが故の草食系なのではと思うことがある。
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by watari41 | 2013-12-22 20:33 | Comments(2)

亡国の復興

 寒中の隣町海岸を久しぶりに歩いた。復興の巨大土木工事が進められている。
 おびただしい岩石と土砂がダンプで運ばれ、新規堤防建設やその内側の海岸一帯を数mもカサアゲする事業なのである。ナマで現場をみると圧倒される光景が広がっている。被災直後の荒涼たる様子も無残であったが、この大規模な工事風景もまた異様にみえる。何の為に?
 もちろん、工事は復興のためである。しかし現地を直接みると何か違和感を感じてしまう。

 人間は、どんな厄災がこようとも、決して滅びることなどは無い。生き残る人は必ずいる。
 今次の大震災で亡くなられた方々や、被災された皆様には誠にお気の毒で言葉もないが、しかしこれまで復興のイメージとして描いてきたものと実際の工事とではあまりにも異なるのである。
 我が町で阿武隈山脈の先端に位置する山肌は大きく抉り取られ、赤土の露出しているところが多くなってきた。海岸の風景も一変した。自然改造計画ともいうべき工事が進んでいる。

 災害規模の大きかった隣町は、人口流出が続き一万人程度まで減少してしまうようだ。なのに平坦な海岸線は10kmにもおよぶ。工事費用は数百億円にも達する。国の費用で賄うので直接的な負担はないが、町の将来的な見通しが立たず、町長と議会が真っ向から対立している。

 「国破れて山河あり」というが、「地域窮して海岸あり」ということにならないか。
 もっと極端に言うと亡国の復興を進めているような感が無いでもない。
 人間は歴史的にみれば自然災害には強い。だが人工的厄災には弱いのである。ここから50kmも離れると除染作業の地域になる。果てしもないことである。復興庁の副大臣が現地をみて唖然といたという記事があった。現場をみないことにはわからない。亡国の復興であってはならないのだが工事は粛々と進められている。

 
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by watari41 | 2013-12-15 17:18 | Comments(2)