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風立ちぬ

 話題の映画を見てきた。宮崎監督は当ブログ筆者と同年齢なのだから驚いてしまう。小生など凡人と異なるのは、あくなき挑戦意欲と、テレビでも拝見したが頑固なまでの「こだわり力」である。映画を製作するには必須の条件なのだろう。

 これまでと全くスタイルの違うもので、子供に受けるだろうかと心配されていたが、前列に座っていた小学生低学年の親子連れの子供が終わってから、あー面白かったと叫んでいた。
 多重翼の複葉飛行機を登場させるなど、アニメならではの子供に喜ばれそうな画面も数多くあった。

 主人公の堀越二郎さんは、実在の人で、あまりにも有名で神格化されてしまっている。1903年生まれなので筆者の父親と同年代である。奇しくもライト兄弟初飛行の年なのである。
 物資の乏しかった時代に、小型軽量で世界最速の航空機を設計した。かつて靖国神社で実物の零戦闘機を見学したことがあった。何ともシンプルである。

 航空機の技術は戦後の日本では封印されてしまったが、「軽薄短小」という世界を席巻した1980年頃の思想や技術に引き継がれているのだと思ったものである。

 ラストシーンは、制作監督自身が涙したという、累々たる屍を晒すゼロ戦を前に呆然と立ち尽くす主人公の姿である。多くの敵の戦闘機を撃墜・殺戮し、自らも死に絶えた飛行機を前に、これまでの人生は何だったのだろうかと、艱難辛苦した38歳の主人公に宮崎監督は思いを馳せていたのだろう。
 3.11震災後話題の歌である「花は咲く」の歌詞、「私は何を残したのだろう」につながるところがある。
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by watari41 | 2013-08-29 21:27 | Comments(6)

核リテラシイ

 原子力研究所でバケツに入れた核物質が臨界反応を起こして2人が死亡する事件が起きて、唖然としたのはもう10年以上も前のこと。バケツで扱う品物では無いと誰しも思ってはいるが、さりとて殆どの日本人には核物質の知識があるわけではない。現在だって同じである。

 リテラシイとは基礎的素養のことを言っているのだと考えている。メディアリテラシイとか、いろんなところに使われている。我々の物理リテラシイはおおよそ「ニュートン力学」の範囲内でしかない。現役を離れて久しいが現代工業社会も分子とか原子のレベルで事足りていそうである。

 しかし電気エネルギーの分野では、総発電量の三分の一を核分裂に頼るようになっていたのだから不思議と言えば不思議なことだ。専門家は極くわずかしかいない。
 我々には、原子の中のさらに奥にある核が分裂するということは、核モデルで示されてイメージとしては、何となくわかるが、それ以上のものではない。
 それによって発生する大量の核物質は、自然界にはごく微量しか、もしくは全く存在しないものだ。我々の理解を大きく超えている異次元物質ともいうべき物なのである。きわめて有害だ。林立する巨大なタンクの群、それだって妥当なものかどうかわからない。そのうちに漏水を防ぐ巨大な万里の長城みたいなものを築かなくてはならなくなるかもしれない。

 原発事故を機に、原子力イコール「安全」から「危険」へと我々の認識は大きく転換したのだが、その本質的理解には一歩も踏み込まれていないのが実情である。
 吉田所長の決死の行動は、それによって東日本に人間が住めなくなる事態を防いだのか、あるいはまだ足らざることがあったのか、我々には何とも評価ができない。死者に鞭打つようで申し訳ないことだ。

 パソコンが爆発的に普及するに当たりICリテラシイが大事と、小・中学校に導入され、社会人・老人にもそれなりの啓蒙・教育があったものだ。莫大な金額が投入されている。何らかの役には立ったはずだ。

 「核リテラシイ」が全国規模であってもよかったはずだがなされなかった。今からだって遅くはない。核使用の是非を理屈で中学生にもわかるレベルで教えてほしい。そんなこともなくて、原子力のアンケートをとったりしているのだから何をかいわんやである。
 ガソリンが危険な液体であることは、誰だってわかっている。それ故に特殊な容器がある。しかしその安全操作を誤ったばかりに大惨事が起きてしまった。事故原因を説明されれば誰にでもわかるはずだ。
 しかし原発内で何が起こったのかは、いまだわからない。説明されても理解できないかもしれないのだ。

アインシュタインの特殊相対性原理のエネルギーに関する結論だが、我々が理解できるのは、右項の運動エネルギーに関するものでしかない。光速の二乗に質量を掛けるという左項を、偏微分方程式を使うことなく、わかりやすく説明できる方がいたらお願いしたいものだ。
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by watari41 | 2013-08-22 21:03 | Comments(0)

地獄の沙汰も・・

 (1)大正6年生まれ高齢の親戚が亡くなった。兵隊に召集されたことがあった。昭和12年、その人が20才の時である。仙台の第二師団に入った。その家では男子が一人だったので、その母親は大層心配して、戦地に行くことなどが無いようにと、必死で師団の幹部に手紙をやり、贈り物を続けたそうである。
 その甲斐があってか、親戚は一度も仙台を離れることなく、その上に昭和18年、激戦のガダルカナル島に玉砕の戦闘に行くようになった第二師団を直前に除隊になったのである。
 法要の席上、親戚代表で挨拶した方が、私も当時は学生で仙台にいたので、品物を届けたのですとスピーチしていた。

 (2)15年ほど前のことになるが、怪我をして入院したことがあった。同病室にご老人が一緒だった。その方が曰く。私はムコなんですよと。戦争が始まると、せっかくもらったムコさんが兵隊にとられては困ると、義父さんはいろいろと走り回ったということである。どこから聞いたのか、市役所職員は兵役を免除されるということが耳に入り、私は誰でも出来るだろうと市電の運転手もやりましたよ、というのである。そのお蔭なのかどうかわからないが、赤紙はこなかったというのである。オヤジは相当なお金を使ったのだろうと語っていた。

 (3)現存している知り合いの老ご夫人がいる。隣町から家柄も財産も釣り合っているからと、相手の顔も知らなければ、どんな家かも嫁入りまで知らずに、この家に来たんですというのである。老夫人は大変な才覚の持ち主なのである。
 ご主人のことを、学校の教員だったからよかったものの、能なしで他の職だったらとても勤まってはいなかったでしょうとおっしゃる。しかし最後には箔をつけてやらないといけないと思い、親戚から教育委員会を紹介されて、いろいろとかけあい校長にして退職させたんですよとおっしゃるのである。相当に包んだのであろう。
 しかし、未亡人の現在、それは年金として跳ねかえているので、ご自分のためでもあったのでしょうと思っている。
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by watari41 | 2013-08-18 16:06 | Comments(0)

8月15日

 「負けたんだとや」ご近所の老人がつぶやいていた。
 あれから68年、日本には戦闘行為がなかった。奇跡的というべきかもしれない。NHKを見てたら自衛隊も随分と危ないところまで行っているが、危険にさらされながらも発砲せずに踏みとどまっている。憲法の制約条件がしみ込んでいると考えられる。最高司令官から一兵卒まで貫かれていると、そんな感慨をもちながら眺めていた。海部元首相も当時は軟弱な感じをもっていたが湾岸戦争ではよく頑張ったものだ。しかし現状はアメリカの戦略に着実に組み込まれつつある。

 憲法をどうするかということになってくるはずだ。
 100年を待てないものかと思っている。あと32年である。戦争をかすかに記憶している我々世代も完全に消えていなくなる。一世代が交代する時間である。価値観も変わってこよう。30年後に議論を始めたらよい。先延ばしのようにみえるが、決してそういうことではない。現在の世界情勢はと大袈裟なことをいうと、日本の歴史的命運を決めるべき時では無いように考えられる。

 防衛費のGDP1%というのも誰が決めたのはわからないが絶妙な数字である。経済成長がここ何年か無かったので増えることもなかった。日本が経済的に破たんする可能性だって無きにしもあらずだ。一千兆円を抱えて沈んでしまうかもしれない。その前に中国や北朝鮮の経済破綻が先なのかもしれないが。

 明治維新では、人口の10%を占めていた武士がいなくなった。しかし日本の内在するエネルギーが高かったからにちがいない。飛躍的発展をしたが、それも昭和20年までのわずか77年間の体制でしかなかった。

 第二次大戦で日本は壊滅し軍人はいなくなった。だが、同様に押さえつけられていたエネルギーが爆発したのである。戦前と異なり平和的エンジンだったのが幸いした。

 次にもし、日本が経済破綻したら無くなるものは何であろう。公務員なのかもしれない。猛暑が駆け巡る真夏の夜の夢であろうか。
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by watari41 | 2013-08-13 20:59 | Comments(2)

飄々たる死

 退職後、これまでにはお付き合いの無かった方々とも接触する機会が多い。その中のお一人が85才で亡くなった。一年前にガンが発見された。その後も病状のお知らせはいただいていたが、これまでと変わらぬメールのやり取りがあった。病状は次第に悪化していったが、予測されたことであったのだろう。ご本人は飄々としていた。

 昔の高僧が生死に捉われない恬淡とした最後を迎える話を聞くことがあるが、現代では特に宗教心を抱いていない一般人でもそんな悟りきったようなことが可能なのだろうかと思ってしまう。私などは、文字通りまだ10年早いということになる。

 現代社会では、特に生物的生命が重要な意味を持つに至っている。戸籍から除外されなければ種々の恩典があるし、相続などの面倒も避けられる。家族もまた生かせるものなら生かしておきたいのが人情である。

 本人の意思とは関係なく生かされている人だって沢山いる。特定の病気がなければホームで長生きしている方々も多い。死を望む人はもちろんいないが、どこまで長らえるかは、今もこれからも重要な課題である。

 冒頭に記した方は、ご高齢にしては大層にICTに通じており、私なども指導を受けた。お元気な頃より物事に淡々としておられ、この世から旅立つことにさほどの違和感を持っていなかったように見受けられた。
 かようにありたいものだと訃報を聞きながらの感慨である。
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by watari41 | 2013-08-09 18:51 | Comments(2)

優勝!!楽天

 「勝ちに不思議の勝ちあり」。優勝チームは大概そんなことがある。ペナントレースの中盤から終盤にかけて、思いもよらぬ逆転に次ぐ逆転の奇跡の如き試合をした優勝チームが過去にあった。

 今の楽天には、連日連夜に渡ってそんなことを思わせる試合が続く。
 三振食い逃げセーフなどということは、めったにないことだが、得点に絡む重要な場面で松井選手がやってのけた。いいところで相手にエラーがでる。秋田での試合は、途中の雨で負けるところだったが、その寸前に同点のホームランが出て引き分けた。
 思いがけぬ選手が大活躍する。島内や銀次選手がそうである。打つべきところで打ってくれる。下位打線で点を取る。言うべきところが無いようなチーム状態である。かなり気の早い話だがそのままいってしまいそうだ。

 かつて戦力の劣るチームだったヤクルトを優勝に導いた野村マジックとか、ご年配の方には記憶に残る三原マジックなどということがあった。
 それでは今や星野マジックなのだろうか。どうもそういうことでもなさそうだ。
 田中投手はとうとう15連勝である。もともとの実力があった。元来、そんな選手が多かったのかもしれないと思っている。多少の先取点を取られても挽回するだろうと見ているとその通りになるから面白くてたまらない。巨人ファンが多いのは強いからに他ならない。
 最近は沖縄にも楽天ファンが増えているそうだ。

 それにしても、憑きにつきまくっている。正月テレビに恒例の政宗創建にかかる大崎八幡神宮参拝のゴリリャクが出てきたのか。
 こんなことを書くと明日あたりは負けるかもしれないと思いながら、恐る恐るキーボードを叩いているのである。優勝パレードをみてみたいものだ。
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by watari41 | 2013-08-02 22:11 | Comments(4)