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人生のオマケ

 町内に昭和5年生まれのお元気な老人がいる。10歳下の私よりもはるかにお達者である。人生のオマケをいただいたようなものなんですとおっしゃる。そんな方々が多くなってきている。大半の方がそうなると高齢化問題も解決なのではと思ってしまう。
 そのご老人は多趣味な人で、私は囲碁で接点がある。

 お墓に行くと最近は、横置きで「ありがとう」の大きな文字のある墓石が目立つ。沢山のオマケをいただた方なのだろうと思ってしまう。

 オマケをいただくのは何事によらずありがたい。最初のオマケの記憶はカバヤのキャラメルである。箱の上に小さなオマケがついていた。戦後のオマケ商戦の元祖だったような気がしている。

 小学生頃の雑誌ではオマケがどんどん拡大してゆき、正月号では、オマケの方が本体よりはるかに大きくなっていたことを回想している。

 最近ではオマケもデジタル化してポイントカードがどこでも置いてある。町内にある全国チェーンのホームセンターでは、最後までポイントに抵抗していたのだが、とうとう最近に至りカードを始めた。2%のわずかなオマケなのだが得した気分になっている。

 戦争も起こらず、病気にもならず、認知症にもならなければ、人生のオマケにあずかれるはずだが、どうなることだろうかと思っている。
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by watari41 | 2013-04-24 11:59 | Comments(2)

淀君の小袖

 仏壇に小さな鐘があって、座布団の如き敷物がある。その布地が淀君の小袖だと伝わっているんだと、子供の頃、祖母がよくそんな話をしていたことを回想するが、当時は、そんな馬鹿なと一笑に付していた。

 もう40年以上も前に家を新築する際に、私はあまりにも古ぼけたものなので捨ててしまった。だが最近それはもしかしてと思うことがある。
 わが町一帯の領主は、戦国時代末期に伊達政宗の一族で勇将として知られる伊達成実公が配された。
 成実公は、秀吉の城である京都の伏見にもいたことがある。淀君が一度袖を通したものを、近くの人たちに配布したとしても不思議ではない。それをさらに細かく切り刻んだものが、我が家にも、もたらされた可能性がなきにしもあらずなのだ。おしいことをしたと思っている。

 かつて明治天皇は、フンドシに洗濯したものを用いることはなく、常に新品を着用してしたので、一度使用したものは、おつきの者にくれていたそうだ。それをいただいた人がその布で着物をこしらえたとかいう、まことしやかな話もあるくらいだから、淀君は一度手に触れたものは惜しげもなく分け与えていたのだろうと考えられる。

 言い伝えの中には、それなりの意味のあることが多い。震災の記憶もそんなことなのだろうと思っている。
 先日、我が町に北海道伊達市から成実公の末裔に当たられる方がきて講演会が催された。昭和53年お生まれのまだ若い方である。工業系の大学に在学中父親が亡くなり、進路を史学に変更されたということである。会場にはギッシリ満員の聴衆がつめかけた。かつての殿様の系統に繋がる方を一目見ようとする方々も多かったはずだ。

 明治維新の際に北海道移住で持ち込んだ膨大な文書類があるようで、それらを読みこなして整理することがこれからのお仕事でもあるようだ。
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by watari41 | 2013-04-18 20:48 | Comments(0)

意外や意外

 第二次大戦後にGHQ(連合国最高司令部)が日本から得た最大の戦利品が、「小麦の種子」だったというのだから意外や意外の話である。
 立場上というのもおかしいのだが、農業共済新聞を週に一度、読ませられていると言っていいだろう。そこに書かれてあった記事である。私は工業人だったので、知らなかった目新しいことが沢山書いてある。
 その種子は「小麦農林10号」というもので、昭和10年に岩手県の農事試験場で開発されたものなのである。それをGHQが接収して数年の後には、改良された小麦で世界の生産量が3倍にもなったというのである。無条件降伏だったので、全てのものが探し出されたのである。
 金銀財宝ではなくて、そういうものに目をつけるとはさすがなことだと思わざるを得ない。
 日本の農業開発力は大変なもので、誰もが知っている「ささにしき」は、水稲農林150号と呼ばれ、宮城県の農事試験場が開発したものである。

 もう一話は、江戸時代には農村地帯に150万丁もの火縄銃が存在していて、各地域の庄屋が管理しており、年に何度か地域ぐるみの農民巻狩りがあったというのである。これも意外や意外のことである。
 巻狩りといえば殿様の巻狩りしか思い浮かばないが、農村でもやっていたのである。しかも鉄砲である。その巻狩りによってイノシシや鹿の生息数が適当に管理されていたのだそうだ。
 殿様の巻狩りは弓矢なのである。これは武士の沽券にかかわることだったからなのだろうか。それにしても秀吉の刀狩りがあったにもかかわらず、火縄銃が対象外だったとは驚きである。戦国時代のものが生き残っていたことになる。
 現代の農村地帯はイノシシ害に悩まされている。メチャクチャに畑が荒らされる。先日は町内山沿いの県道で、夜に知人が猪と衝突して車が大破してしまった。イノ公は山に逃げたそうだが、ただではすまなかっただろう。
 これら動物の増殖は、オオカミの絶滅と関連があるように考えられてきたが、人間が主役だったのである。

 現代社会は肉の均質性が求められているので、野生の動物が店頭に並ぶことはない。かつてゲテモノとして、鹿とかカンガルーの肉が半世紀も前に居酒屋にあったことを回想している。

 
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by watari41 | 2013-04-13 21:03 | Comments(2)

アベノミクス

 我が町のお菓子屋さんが、4月よりアベノミクスで値上げしましたと表示していたのには驚いた。例外中の例外なのだろう思う。ユニークな店主なのである。

 国家的には100兆円規模の大博奕をやろうといているようだ。賽の目がどちらになるのか、誰にもわからない。素人考えでは、そんなお金があったなら北朝鮮を丸ごと買い取っても、かなりのおつりが出そうだ。そんなことの外交交渉はできないのだろうか。
 ミサイルを一発放たれたら、もうすべては終わってしまう。東南海大震災どころではなくなるはずだ。

 北朝鮮は、真珠湾直前の日本の如き状況に追い込まれれているだとみている。後戻りするのは困難なのであろう、何もしなければ野垂れ死にみたいな格好になるのだと、現今の報道をみている我々一般人は、誰しもそんな風に考えざるを得ないと。

 日本の経済状況改善より深刻な問題が目に前にあるのだと判断している。100兆円もの賭金を用意しているのだから何だってできるはずだ。すべての経済政策などは平和が前提条件のはずである。

 一国が戦争を決意してしまうと止めるのは困難だ。イラク戦争の時も、あそこまで準備が進んでしまうと、もう止めることはできなかった。

 北朝鮮に100兆円をちらつかせるアベノミクスなどはないものかと、爆弾低気圧とも言われる春の嵐の東北の一隅で考えている。
 誠に古い話だが、金色夜叉という物語を回想している。
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by watari41 | 2013-04-08 16:08 | Comments(2)

男の値打ち

 政府の要職にある親戚の男がいる。いろいろと苦労話を聞いた後で、しかし私は家族からは、家に帰った後で、上着を脱ぎ捨てないで、きちんとハンガーに掛けたかとか、食後に食器洗いを手伝うかどうかとか、そんなことで評価されているんですよ、と嘆いていた。現代の家族というか、都会ではそういうものなのだろう。

 かつて、大阪の従兄を訪問したことがあった。もう少し終戦が遅れていれば特攻隊で命がなかったそうだ。後に大学教授になったのだが、台所で食器洗いしているのを見て驚いたことがあったことを回想している。

 長嶋さんと松井さんの受賞を聞いて、本人たちの家庭ではどうなんだろうかと思ったりしている。はたから見ている我々のイメージと当人の私生活とでは、大きな隔たりがある場合もと考えている。公には英雄なのであり、想像される姿とは異なるところを見せるわけにはゆかないのは当然のことである。

 かつて、「寅さん」の渥美さんも、どんなところに住んでいるかも一切を明かさなかったそうである。イメージである画面上の値打ちを大切にしたのである。

 今回のダブル国民栄誉賞も、そんな男の値打ちを、政治的タイミングを計って最大限に利用したのであろう。誰もそんなことに文句は言えない。

 時代と共に、男の値打ちも変わってはゆくのであろう。今や男に変わってスーパーレディとでもいうべき方々が各方面で活躍しているのをみるにつけ、男の値打ちなどという言葉も死語になってゆくのだろうと考えているが、そんな伝統を必死で守っているのが歌舞伎界でもある。いろんなものが錯綜している昨今である。
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by watari41 | 2013-04-02 16:18 | Comments(2)