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婿さんはつらい

 「男はつらいよ」寅さんより、もっとつらいのが婿さんである。
 死んでからも彼は婿さんだったと言われる。
 さる会合の懇親会でのこと、同世代の男で豆腐屋さんの婿さんが口説いていた。義両親は90代でいまだ元気でいる。先日オヤジにガッチリと文句を言っておいたというのである。
 これまでの50年、何だかんだと婿ゆえに嫌味なことを言われてきていたらしい。婿入り当初、お墓詣りに行った時に、墓石を指してこの男も婿さんだったがよく稼いだなどと、全く顔も知らない故人のことを当てつけに言ったりしていたのだという。
 その同世代の彼は、一度はオヤジが元気なうちに、言っておこうと常々考えていたらしい。二人で酒を飲んで、オヤジにあんたは家付き息子だが、これまでに何をやったんだと、現在あるのはすべからく俺がやったんだと息巻いて、溜飲を下げたとか。
 我々にはわからない苦労が婿さんにはあるようだ。私が直接知っている婿さんも十指に余るがみなさん働きものであり優秀な方々である。わが町の老人会は会長はじめ要職の方々は婿さんなのである。

 何歳になっても婿さんは婿なのである。60歳を過ぎた大工さんも義両親が健在なので、休日などは居場所に困るらしい。何かあったら喜んで参加しますから誘って下さいというのである。

 町内のサークルで一緒になる男も定年を過ぎているが、この町の人ではない。なぜかと言うと隣町に仙台から婿にきたのだが、どうも居心地が悪くてしょうがなかったので、退職金でこの町に良い物件があったので、家を購入したというのだから、これにも驚いた。

 子供の頃には、その人が婿さんなのかどうかなどは、わからないので昔のことなど聞いたりすると、俺は婿なのでわからないよなどと言われて、悪い事を聞いてしまったなと思ったことなどを回想している。

 仔細に数えてみると、婿さんの家というのは大変に多い。昔の大商家は、息子がいても婿さんをもらったそうであるが、昔の婿さんもそれなりにつらいことではあったのだろう。
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by watari41 | 2013-02-24 10:54 | Comments(4)

 百年に一度という隕石の大爆発で強烈な光が発せられた。エネルギーの一部が最後に光に変換されたのを見たことになる。地球上だとこの程度だが、宇宙では桁違いな爆発による光も観測されている。

 最近では光を使ったデジタル芸術に注目が集まっている。これは人工的なものだからエネルギーは必要ないが、この世のものとも思えぬ見事な作品が出来ている。東京駅舎をスクリーンにしたものや、札幌雪祭りの像に投影するものとか、あまりの見事さに見物客の将棋倒し事故が心配され中止したというのだから驚く。

 そのうちに人工オーロラを東京上空に現出させるかもしれない。
 光が人間に感動を与える様は、何物にも増してすばらしい。
 光の芸術家とも言われるフェルメール、その原画何点かを一昨年仙台で拝見したと思ったら、今度は現存する全ての作品をデジタル技術を用いて再現し、仙台駅前のデパートで展覧会が催されている。

 光は、隕石爆発もそうだがエネルギーの一部でもある。当初の人工的な光である白熱電球は大部分が熱になっていたのはご承知の通りである。

 太古より光の源は太陽であり、人類が出現して以来これを崇拝したのも当然で、その活動が減衰しないように、人間の心臓を生贄として捧げたインカ文明当時の人々にとっては当然のことだったのだろう。

 現代文明は、科学の力で太陽光を様々な観点から解析している。例えば食物が育つのは、特定の波長の光が関係しているのであって、それを人工的に当てればよいとか。
 人間の体にも、特定の光が健康に良いと、そんな治療器も古くから存在している。

 私の如き、毛髪減少の頭の光は歓迎されないが、「荒城の月」の昔の光いまいずことは、過去の全てを「光」の一言で表している。こういう表現形式も日本語独特のものであろう。
 デジタル技術によるフェルメール展覧会が開催されている仙台駅前デパートの屋上からは半世紀前に大きなスピーカーから時刻を知らせる荒城の月が流れていたことを回想している。

 今年は2月も下旬だというのに「光の春」は到着しているものの、本物の春がなかなかやってこない。
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by watari41 | 2013-02-18 12:29 | Comments(0)

レスリング

 これほど驚いたことはなかった。オリンピックからの除外などというのは、想像も出来なかったことである。ヨーロッパが発祥の種目なのである。
 野球やソフトボールの除外時は理解できたが、IOC(国際オリンピック委員会)がそこまでやるとは、日本の国力も落ちたものだと認識せざるを得ない。国力の低下はだいぶ以前から言われていたことだが、国内にいればそんなことはわからない。円が安くなるなるというのは良いことのようだが、反面、国力が弱くなってきていることである。

 昭和20年代、子供の遊びとしてはチャンバラと並んでレスリングは格好のものだった。土の上にゴザやワラを敷いて取っ組み合いをしたことを回想している。道具の必要がないので物のない時代に適したものだった。

 そんなことから、日本では特に軽量級が強かったのだと思う。ローマ五輪で宮城県の松原選手が銀メダルを獲得したことがあった。入社した会社にそのお姉さんがいたのだった。ずっと定年まで勤められた。その後何かのボランティアでお会いしたことがあった。

 琴欧州や黒海などの力士もレスリングの出身のようだ。その国でのレスリングの模様を数年前にテレビがやっていたのを見たことがある。大相撲の成功例をみて、その道場の若いレスラーは誰もが日本を目指しているかのような放送だった。

 柔道はすっかり国際化してしまった。空手も同様のようで、レスリングの代替候補の有力なものになっている。世界性を持った競技になっているのである。もう40年も昔のことだが、この町内会の男子が空手の世界チャンピオンになったのである。ささやかなご町内での祝賀会が催された。会長さんが、本来なら提灯行列でもすべき慶賀することなのだが、何分にもまだ知られていない競技であるのは残念なことだという挨拶が今だに忘れられない。
 時の移ろいは早い。同じメダルでもオリンピックとなると値打ちは断然ちがう。アマチュアリズムの権化とまで言われたブランデージ会長だって、そんなに昔の人ではない。今や商業そのものになってしまった。チケットの売り上げ金額が少ないというのがIOCの言い分である。なさけないことだ。
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by watari41 | 2013-02-13 20:56 | Comments(0)

一触即発

 昭和12年、北京郊外の盧溝橋(ろこうきょう)で、銃声が鳴り響いた。泥沼の如き日中戦争の直接の引き金となった。日本陸軍の自作自演だったと言われる。もともと一触即発の状態だった。

 現在の中国海軍の日本護衛艦へのレーダー照射事件は、逆の意味で上記歴史上の出来事を想起させる。

 米ソ間でも、ケネディ大統領の時代にソ連がキューバにミサイルを持ち込む事件が発生したが、フルチチョフ書記長が折れて一件落着して、これを契機に米ソ間のホットラインが開通した。米国の核戦力がソ連を圧倒していた時代である。
 ケネディがアイゼンハウワー前大統領に深刻な格好で相談している新聞写真があったことを回想している。尖閣諸島事件も、日中間ではこれに匹敵する出来事だと思うが、中国が自分の戦力が上だと思っている限り容易には引っ込まないのだろうと考えている。むしろ懸念すべきは、これを契機に日本の戦力増強論が高まらないことを願っている。大人の態度で適当に中国の面子を立ててやることも肝要であろう。

 盧溝橋のことは、日本にとっては負のイメージでしかないが、前回小生ブログに記した阿川さんのエッセイにこの橋を観光した時のことが記載されている。
 700年を遡るとマルコポーロが北京に入る時、そして去る時にこの橋を通過したことで知られると。私は偶然にも図書館休館前に借用した本に「東方見聞録」があった。
 マルコポーロは語学の天才でもあり、モンゴル語やギリシャ語など6ケ国語に通じていたとある。不思議に中国語が入っていないのである。フビライ汗の支配下だったので当然といえば当然だが、何となく面白さを感じてしまった。

 世上、アベノミクスが話題である。端的に言えば景気を良くしようというのである。そのためには支出を増やす必要がある。民間支出には期待できないので政府支出ということになるはずだ。三本の矢が次々と放たれる。日本経済は不安定な状態になる。一歩間違うと極めて危険な賭博みたいだとの解説がある。
 物理的な話だと、自然に内部エネルーの最も低い安定した状態に落ち着くが、人為的な世界ではそうはならず、常に高い活性化が要求されている。軍事・経済・・すべからずそうである。一触即発みたいな状況だということを認識しておかなければならないのだろう。
 しかし、近代国家の知恵は、それをのりきりつつある。EUに戦争の火種はなくなり、経済混乱も沈静化しつつある。東洋では一歩遅れているのかもしれない。マルコポーロ氏は13世紀の中東からアジアのことを的確に表現している。21世紀の東方見聞録を誰かが記録しているかも知れない。
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by watari41 | 2013-02-07 21:18 | Comments(0)

紙くず

 わが町の図書館は、震災復旧工事のために一か月ほど休館している。
 明日から休館という日に調べ事があって出かけた。本を借りるつもりはなかったのだが、職員が長期休館に入るので20冊まで借りられますと叫んでいる。カウンターにうずたかく本を積み上げている人もいた。館内もいつになく混み合っている。次々と借りる方々が並んでいる。一種の群集心理というか、ハイハイ商法というのもこんなものなのだろう。私も何冊かを抱えていた。

 その中の一冊に阿川弘之著「七十の手習い」があった。題名に引かれて手にした。1990年代の著者のエッセイを集めて、本にしたものである。
 阿川さんのことは、宮城県の人で最後の海軍大将だった井上成実さんを紹介したことで知っていた。
 敗戦の責任を一身に取るかの如く、謹慎に近い生活を送り昭和40年代に亡くなるまでの井上大将の生活が当時の文芸春秋に載ったことを回想している。阿川さんも海軍将校だった。

 前記「七十の手習い」エッセイの中に、日本近代文学館の定期刊行誌から一文を依頼されて書いたというのが面白い。その内容は著者の習慣としていることだそうだが、原稿用紙を出版社が発刊を終わると戻してよこすが、それを阿川さんは、全て焼却しているそうだ。
 何故かというと、いろんな作家が亡くなると、遺族は原稿を捨てられずに文学館に寄贈するそうで、そうなると保管する方も大変で、新たに資料庫を作ったり大変な費用のかかることを知っていたからだと言うのである。歴史的に原稿まで必要となる文豪などはめったにいるものではなく、そんな愚を避けているというようなことである。大半は紙くずか、もしくはせいぜい数千円程度の価値しかないものを多額の国費を投入して保管するのは、もったいないとおっしゃる。

 これとは逆に最近のニュースで、本来は保管されていてしかるべきトンネル工事の詳細図面が、紙クズとして捨てられてしまっているというのを聞いて驚いた。鉄骨の配置や間隔などが、保守・点検や改修工事には欠かせない図面のはずである。
 新規にこの図面を起こすと長いトンネルでは、数千万円もの費用が必要となるようだ。どうして保管されず紙クズになってしまったのか疑問である。

 原稿そのものは、そんなに価値はないんだと作家のご本人がいうが、大事に保存されてる原稿類。
 片や価値があっても捨てられる図面。世の中にはこんなアンバランスが多くありそうだ。
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by watari41 | 2013-02-02 11:49 | Comments(3)