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面白い人間

 かつて日産自動車のゴーン社長が後継者を決める時に、能力のある人というのは当たり前で、しかしそれは必要条件にしかすぎない。加えるに面白い人間でなければ十分条件を満たしているとは言えない。と、興味深い発言をしていた。

 先日、テレビを見ていたら、ハーバード大学のことをやっていた。試験の前夜に男子には全裸でパフォーマンスをさせるのだという。何故そんなことをさせるかというと、学生は世界中の秀才が集まっているので、単なる授業だけでは、面白みのない均一な人間しか出来上がらないので、面白い人間を作る一環なのであるという。そうなのかと、番組を見ながら前述のことを思い出したのである。

 指導者の要件として、面白い人間が必要だというこことは何となくわかる。日本ではそんなことが公に言われたことはない。
 だが歴史上の人物では、豊臣秀吉が筆頭であろう。信長の後継者争いで、一躍躍り出たのは、そういうことだったのかと理解できる。
 仙台藩伊達家が生き残ったのも政宗が面白い人間だったとすれば、これまたしかりである。面白いだけで能力がなければこれまたどうしようもないが、あるところまでは面白さだけで持ちこたえることが出来そうだというのは、昨今の政治家とか、かつてのノック大阪府知事のようなあんばいとなるがついボロを出すというか馬脚を現してしまう。

 面白い人間というのは、国民的スーパースターと言われる長嶋さんにも言えそうだ。打者としての成績は優れたものだが、それを上回る選手は何人もいる。しかし同様なスターにはなっていない。天与の人間性があったのか、後に面白みを自分で磨いたのか、それはわからないが、実績の裏付けがないとそれは光らない。

 大手家電メーカーの苦闘が続いているが、かつて後継者として選ばれたトップ人材の資質が今となって問われているようだ。
 かつて社長になった人は、その瞬間から後継者の選定に頭を悩ますものだと昭和40年代頃には言われていたことを回想している。
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by watari41 | 2013-01-28 20:57 | Comments(0)

怪我

 大相撲初場所も佳境に入ってきた。優勝争いもさることながら、大関を陥落した把瑠都のことが気になっている。解説の北富士さんが数年前に、あんな雑な相撲ばかり取っていたのでは、そのうち怪我をしますよと言っていたが、その通りになった。元横綱の目は確かなものだと思ったものである。

 大相撲随筆集を読んでいたら、雷電為五郎が大腿骨を骨折したにもかかわらず相撲を取っていたという記録があるそうだ。史上名高い大力士雷電為右衛門とは別人である。前期の雷電が葬られている島根県のお寺の改装工事で墓が200年ぶりに掘り返された時に骨が収集された、大腿骨をみたところ2cmほどずれていて、そこの部分が異様に盛り上がり、自然治癒したものとみられるそうである。おそらくは力士になる前の怪我で、それを克服したのだろうということである。結構な成績を残したようだ。歩く格好がおかしかったのだろう。世上の噂話が残っていて、事実が確かめられたのだからすごいことだ。

 身近な話では、私と同年代の近所の男が子供の頃に、神社の階段で転んで額が割れる大怪我をした。10針以上も縫うような傷であったが、家が貧しかったので医者などにはやれないと、手ぬぐいで頭を縛りつけ、自然治癒をさせたのである。今から考えると無茶なことだが本人はもとと丈夫なこともあったのだろう、成人してから上京して現在も健在である。

 力士の方は短命なのが残念である。大鵬さんも病の末に亡くなった。同年代である。新弟子時代の厳しい修業も、貧しい北海道での生活を考えるとどうということはなかったそうで、相撲の基本を十分に身につけられたそうだ。もともと骨格や素質にも恵まれ、親方には大力士となることがわかっていたそうだ。

 把瑠都は、相撲の基本が身につくまえに昇進してしまったようだ。これからどうなるのか好感できる力士なので回復を願っている。

 生で相撲を見たのは、地方巡業でこの神社境内に横綱鏡里や大内山などの一行がやって来た時であるから、もう60年以上も前のことを回想している。この巡業で力士の基本が身に付くそうで、今やその巡業もほとんどできないようだ。
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by watari41 | 2013-01-23 11:23 | Comments(4)

寒い

 どうしてこんなに寒いんだろう。裏道の雪がなかなか溶けなくて困っている。車が横ズサリすると一瞬ヒヤリとする。

 「少納言よ、香爐峰の雪はいかならむ」という枕草子の一節は、せいぜい積雪数センチ程度で、すぐに消えてしまう雪への文学的感愁なのだろうと思える。その出典である唐時代の詩人白居易の漢詩にしても同様なものだろう。

 17日のわが町の最低気温はマイナス9.6℃で、これからも記録更新の日が出てきそうだ。夜の寒さで明朝は冷えそうだというのが体でわかる。骨身に滲みる。老齢化した証拠なのだろう。

 かつて、東北の湘南であるなどと自慢していたことがある。何のことはない。気温がゲタを履いていたことは、数年前のこのブログで紹介したことがあった。今や並みの町でしかない。震災で有名になってしまったが、仮設団地の一つに、かつてその気象観測装置が設置されていた場所が当てられている。そこは暖かいはずだ。

 雪は面白いものだ。降らなければ淋しいが、多すぎても困る。このあたりでは雪への備えが基本的には持っていない。今回は除雪車が出動した。メイン道路の雪を単に脇に寄せるだけのものだから、押し付けられたこちらの門口は困ってしまう。シャベルでこれを懸命によけた。

 降り始めの雪は美しい。気温が低いと長靴で踏む足元でキュット締まる感覚がある。新雪の反射率は90%だそうだからきれいに見えるはずだ。これが次第に汚れてくる。

 雪は結晶構造を持つ。そんなことで金属と似たようなものであるが、そのイメージは全く異なるものあることは言うまでもない。
 白魔のイメージまで持たれる雪国の苦闘は余りある。
 天気予報は今や当るはずだという感覚になってきている。首都高速の(雪)予報ができなかったことが、あたかも気象庁の責任みたいなニュースがあり、予報官のコメントまであったが、そこまで当てるにはまだ時間がかかりそうだ。
 昭和20年代はもっともっと寒く、雪も多く天気予報も当てにならなかったことを回想している。
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by watari41 | 2013-01-17 12:16 | Comments(4)

バブリーな世界

 1月10日朝、氷点下7.7℃(最低気温)こんな日が続いている。
 夏仕様の家なので、至る所にスキマがあって、冷気が入ってくる。ビリビリする。

 しかし、ニュースで見る外界は、熱気が渦巻いている感がしている。
 人間は本来バブルを好む生き物なのかもしれない。
 マグロの価格は狂気の沙汰である。オランダのチューリップが歴史上有名なことだが、世間にはあまり知られていないバブルもある。私が見聞したものでは、万年青という植物で、葉の形状で一鉢何百万円だとか、金魚はポピュラーだが、驚くべき価格のものがあった。これらは、いずれも世の中がバブリーな雰囲気にならないと生じない。

 年末から、そんなバブリーな雰囲気を出そうと、いずれも必死になっているかの如き模様に見える。政権交代がきっかけである。
 かつて、小渕首相の時に、景気浮揚策として、100兆円もばらまいたが、何の効果もなかったことがある。八百屋の店先でカブ大根を持ち上げて、株上がれなどのパフォーマンスのあったことは記憶に新しい。誰かの懐に入ってしまったのではなかろうか。
 今度は復興予算がひとつのきっかけなのだろうと思っている。復興景気・長者だって局部的には出現している。被災地模様は複雑である。

 経済のことは難しいが、そんな影響で「円」が安くなっているのは幸いなことだ。通貨が強くて滅んだ国は無いと言われるが、極端な円高は一般人にも悪影響が出ていたのだと思っている。

 360円の時代に入社して、退職近くには瞬間的だが79円も経験した。本来なら日本人の生活水準は4倍に向上していなけばならないのだと思う。そんな実感は全くなかった。いつも大変でしかなかったことを回想している。

 バブル時代には世の中、皆な浮かれていた。東京23区の土地代でアメリカ全土が買えるとか。夢の再現を考えている人がいるのだろうが、これは日本人一般の今の心情なのかもしれない。
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by watari41 | 2013-01-11 11:38 | Comments(0)

仏様と品質管理

 正月には、お寺さんが我々檀家に真言宗の小冊子を持参する。記事を読んでいて品質管理のことを連想したのだから奇妙なものだ。
 在職中は、品質向上にP・D・C・Aを回すということが言われた。もはや懐かしい回想でしかない。
 Pはプラン、Dは実行、Cは結果の評価、Aはアクションつまり結果を見て処置するということだ。
 これを何回もやるうちに品質は向上するということで日本のお家芸みたいになったが発祥の地はアメリカなのである。

 
 正月冊子記事から「因・縁・果・仏」をお釈迦様が説いたと解した。
 人には、そもそもの「因」がある。ご「縁」があったからこそ行動したのである。「果」は言わずもがな。良いこともあれば悪いこともある。全ては仏様の思し召しである。「即身成仏」も可能である。また次の「因」を求めなさいというものだ。
 もちろん、私の解釈というかコジツケであるのは言うまでもない。総本山に聞いてみたところで、如何様に解釈されても結構ですということになるのだろう。
 お釈迦様は、天竺なので現代で言うインド人である。我々日本人は何でも消化してしまう。だからこそ現代日本があるのだろう。

 正月早々の死者については前号に記載した。その葬儀があった。松の内の仏事は忌み嫌われる。そんなことを言っても死は時を選ばない。そんなことに配慮してお寺さんは実に重宝なことをやってくれる。お経が一通り終わると、席を90度回って下さいという。つまり横を向くのである。そうすると今度は神様に相対することになる仕掛けなのだ。坊主は神主に変身する。我々の下げた頭に白い房を振る。「お払い」なのである。穢れが取れましたという。奇妙キツレツというか、我々は何とも思わないのだが、他文化の人が見たら、何ですかこれはというようなことも伝統のひとつなのである。

 死んでしまった同年代の男は、専業農家でよく働いた。一方家庭では種々の不運に見舞われていた。そんなことにもめげず、一生懸命に動いていた。外から見ていて、何でそんなに働かなくてはいけないのかと思えたものだ。どんな「因」があったのだろう。白い骸をみた。大腿骨が極めて太い。まさに命懸けで働いていた証拠なのだ。頭蓋は横を向き。こちらを見ている。思わず手を合わせた。生き恥をさらしているかの如き我が身を省みたのである。
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by watari41 | 2013-01-07 11:14 | Comments(2)

2度目の正月

 「うちの人、ボケたんですよわ」同級生の奥さんがガックリしている。
 全てを流された被災者の心境はあまりある。そのストレスは相当なものだ。2年近くになり耐え切れなくなったのだろう。軽い脳梗塞を患った。その後遺症で物忘れがひどくなったようだ。頑健な男なのだ。
 彼と話をしていても、そんなに異常は感じられない。昔のことはよく覚えている。しかし数日前のことはアヤフヤなようだ。私はたまにしか訪れないが、日常一緒にいる奥さんのイライラはひどい。その奥さんも心筋梗塞で倒れ仙台まで運ばれ一命を取り留めた。そのまま死んでた方が、よほど楽だったかと。とんでもないことを言う。それほどまでにダメージをうけているとは想像もつかなかった。慰める言葉もない。

 浜通りで新聞販売店を経営していた男がいる。これも同級生である。本人はわずかの差で命を拾ったそうだが、地域の全部が流されるなどの被災者である。配達すべきところが無くなったようなものだ。街の販売店に当面の事業を委託しているそうだが、再開を目指している。彼曰く「震災後、同級生が2人亡くなった」病気もちだったとか、そういう人には、ひとたまりもない環境になってしまった。

 子供にもそんなことがある。学校が復旧するまでと、西部の小学校に同居しているが、校庭をいっぱに使って遊ぶことができず、小さなひとかたまりになっているのをみると何とも気の毒だという話も聞いた。
 何も無いは、終戦直後と同様なことを回想するのだが、当時は誰もが貧しかった。そういう意味での平等性があった。しかし震災後時間が経過するにつれて、周囲との違いを大きく認識してしまうようだ。
 物理的復興とはまた別の問題がある。

 最も元気のいいのは、私ら年代の一人暮らしのオバチャンである。カラ元気なのかもしれないが、失うものはもう無いということかもしれない。

 震災と直接の関連はないのだろうが、この町内で正月早々に亡くなった男がいる。享年74。震災前に病気で倒れたのだが息を引き取った。男は弱い。,
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by watari41 | 2013-01-02 20:21 | Comments(6)