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原発勘定

 これまでの原子力発電所の総発電量は、1兆キロワット時とされる。
 一方では、原発の安全性が確保出来ないともなれば全国54基の原子炉全てを廃炉にすることになる。その場合の長期的な廃炉に掛かる費用は70兆円と見積もられている。
 単純に計算すると、これまでに原発は1キロワット時当たり、70円をかけていたということになる。我々一般家庭が支払っている電気料金は、1キロワット時当たり、23円なのだから俗な表現を使えば高い授業料を支払ったことになる。

 だが、自然エルギーならOKかというとそうはならない。太陽光発電は42円での買い取りが決まっている。その発電比率が大きくなれば、当然我々に負担がかかってくる。
 東北電力は、自然エネルギーへの取組姿勢をアピールする意味合いもあったのだろうが、宮城県七ヶ浜町の旧火力発電所の跡地にメガソーラという巨大な太陽光発電装置を完成させた。
 メガと聞くといかにも大規模なようだが、大きいのは敷地面積で、出力は2千kwでしかなない。明治時代に仙台郊外に広瀬川の流れを利用して作られた産業遺跡でもある三居沢水力発電所は1千kwである。こんなことを考えると電気を作るのは大変なことだ。

 発電コストが上昇し、料金を抑えたままだと逆ザヤ現象みたいなことも出てくる。
 話は異なるが、数十年も昔に米価でそんなことがあった。生産者米価は高く、消費者米価は安くという政策がとられ、価格が逆転したことを回想している。しかし今になってみると、そのしわ寄せは結局のところ生産者にきている。減反の面積は3割にもおよび、農家数は急速に減じ米の消費量は次第に下がっている。配給などの制度まであったが、今や米は実質的に国内ではほとんで自由化されている。

 電力もいずれ、そんなことになるのだろうと思っている。電力の需要は急速に低下してゆくのだろうと考えている。人口減少からくる縮小均衡社会は、エネルギーをそんなに使用しなくなるはずだ。今回のことをチャンスに節電思想も急速に広がるはずだ。電力の時代は終わったのだと思う。、あの原発騒動は何だったのかとなるはずだ。これは的外れな見方だろうか?。放射能汚染だけが残ることになる。
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by watari41 | 2012-05-29 14:06 | Comments(4)

東京スカイツリー

 人間は誰しも高いところに上がるのが好きだ。「お猿さん」がご先祖なのだから当たりまえのことだとも言えそうだ。より高い山に登ることもそうなのだろうと思う。
 しかし、一方では多くの人に高所恐怖症がある。私などはハシゴで5mも上るともういけない。足が震える。お猿さんとは別のDNAがどこかに入り込んだのだろうか。それとも、進化の産物なのだろうか。

 スカイツリーは大都市のど真ん中にあることで、存在価値がある。450mの展望台というと、高さだけなら近くの山頂がそうだ。例えば福島県北部の新地町に鹿狼山というところがあり、似たような標高であり360度の景観は誠にすばらしい。ただ、そこまで登るのにたっぷりと一時間はかかる。山頂からは相馬・亘理地方一帯の田園と街並み、工場や周囲の山岳風景もすばらしいが、東京の光景にはとてもかなわない。近代都市の魅力である。

 単に高いところから見下ろすだけなら、飛行機から見ればよいことだ。現在は、かなりの上空を早い速度で抜けてしまうが、低空でゆっくりの時代もあった。YS11の時代を回想している。仙台から大阪まで2時間もかかった。当時は東京上空の飛行コースで、かなり長い時間に渡って都市を見下ろしていた気がしている。それとスカイツリーは何がちがうのかなどと言うのはアマノジャクと言うべきか。いろんな催し物に趣向をこらしているようだ。

 テレビ報道の過熱ぶりもすごい。スカイツリーを見に行かざれば日本人にあらず、みたいな感じにもなっている。東京に出来るから名所になるとも言える。しかし、タワー形状に益々日本人の一極集中が進んでしまう象徴的な感じもしている。何でも東京が吸い上げて登っていく。そして電波によって発振される。

 経済効果が計算されている。何でも換算しないと気が済まない。GDPをいくら押し上げようと、今や次の時代の価値観が頭を出しかけているようにも思えるが考えすぎであろうか。
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by watari41 | 2012-05-23 12:06 | Comments(4)

下衆の勘繰り

 ①さる葬儀式場に地元大銀行の花輪があったということを聞いた。めったに見ないことである。従業員でもなければそんな縁があるとこでもないのだという。町内の大概の人は日常生活の利便性もあるので、この銀行口座は所有している。さては預金量なのかと思ったそうだ。支店長氏曰く「千万円では花輪は出ません」ということだ。と、いうことは億の単位でなければならぬのかと思ったものだ。そういえば、故人は高速道路とか宅地開発で大量の土地が売れたとか。

 ②お役目のことながらもあるが、町内のいろんなお宅をご訪問することがある。玄関を入った途端に、この家は豊かなところだと直感することがある。ご高齢の夫妻ながら2人ともに学校の先生だったりする。民間人の年金だとこうはいかない。2人合わせての上限があるそうだが、私などには無論のこと縁のない話だ。何故豊だと感じるのか、冬などは特にそうだが、扉を開けると暖かい。おそらくはオール電化なのであろうと、特に羨ましいとも思わないのだが、それなりの悩みはあるのだろうと玄関を出る。

 ③大震災のことであるが、被害農家に共済金が出て、わが農協の預金量がいきなり200億円増加した。農協会員は5千戸なので、平均400万円。しかし私のごとく名前ばかりの会員が半分以上のはずだから、実際には巨額をいただいた人も多い。しかし家から農地まで歴史の全てを失った方にしてみれば、お金どころではないということになりそうだ。幸いにして、これは一年過ぎてもほとんど引き出されていない。被災者は頑張っておられるのだ。通帳は最後のよりどころでもあるはずだ。

 ④原発の計画避難区域では一人当たり月額10万円の補償金みたいなものが出ているそうだ。今時は珍しいことだが、子供を入れて7人家族だと70万円となる。しかし、その区域からわずかに離れたところでも自主避難している人は補償金ゼロのようで、ものすごい不公平感があると聞いた。これまた原発近くでは、生きているうちには帰れないと思う人もいるのだろうと、それはつらいことであろう。

 いつの時代、どんなことでも街中では噂話が飛び交う。下衆の勘繰りである。そうやっているうちに時は過ぎゆくものだ。昔と比較すると下世話な話は少なくなったように回想している。時代の変化なのかもしれない。
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by watari41 | 2012-05-17 19:57 | Comments(4)

大金持ちの矜持

 仙台の繁華街近くに斉藤報恩会ビルと自然史博物館があった。これは近々取り壊されて、NHK仙台の新しいビルができ、今は街の中心よりやや外れた感のある放送局が引っ越してくることになっている。

 もともとのビルの所有者である斉藤さんは、石巻市北方の大地主だった。酒田市の本間家はあまりにも有名であるが、それに次いで全国第二位の土地を所有していた。明治から大正にかけての当主である斉藤善ェ門さんは、財産は私のものではなく、神仏より授けられたものだとして公(おおやけ)に使うものだと考えていたのだからすごいものだ。
 大正12年に現在のお金に換算すると300億円を投じて、科学技術の振興発展にと斉藤報恩会を設立した。これには文部省の認可を受ける必要があり、お役所でも初めのケースであり、相当に面倒な手つづきがあったらしいが、斎藤さんは私財を寄付するにもかかわらず、黙々とお役所に通ったのだと言う。
 このお金で、東北大の八木さんはテレビのアンテナなどで世界的な大発明であろう八木アンテナを作って現代人に恩恵を与えた。等々、近代の発展に大きな貢献を果たしている。
 これを先例に財閥の三井報恩会などが後にできたのだとされる。

 この斉藤さんに、わが町から明治初期に北海道伊達市に移住した3千名近い方々がお世話になっている。北海道に移住完了はしたものの開拓資金に窮していたのである。現在のように政府や銀行が融通してくれるわけではない。困り果てた移住のリーダーである家老だった常盤顕充は、融資してくれるのは斉藤家しかないと決死の覚悟で石巻に出かけた。善ェ門さんは、上記の如き矜持を持った方なので、伊達家随一の名門たるところが、そのような状態とはということで、記録には残っていないが現在換算で100億円程度を30年の年賦で貸し付けてくれたのだという。それを満期の大正2年には利息をつけて、すべて完済したというのだからこれまたすごい。常盤さんは、その年に82歳で亡くなった。
 この話は後に、斉藤家に養子に来られた方から当町の方が伺っている。借用書もなかったのではなかろうか。

 これは、少し後年になるが、当町より小学校を出たのみで東京で昭和初期に土建業として大成功した阿部亀吉さんという方が、昭和19年に私財20億円(現在換算)を投じて宮城県の学術振興にと阿部報公会を設立したのである。しかし敗戦とその後のインフレでその価値がなくなってしまった。阿部さんは、それにもめげず、戦後は仙台での事業をはじめたのだが惜しくも50歳代半ばでたおれてしまった。

 偉人というのではないが、そんな昔の人たちのことを回想している。現代の大金持ちはどんな矜持を持っているのかと思う。
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by watari41 | 2012-05-12 20:25 | Comments(3)

計算できない

 自然現象の中でも、天体に関するものは極めて精度よく計算が出来ている。21日には金環食がある。秒の単位まで狂わない。天文現象の計算は2千年前のギリシャの時代から理解されていたのだから驚く。
 壮大な宇宙現象に比べれば、地球表面のことなど取るに足らない自然現象のはずだが、これが未だ計算できないのだから何ともアンバランスなことだ。
 連休最後5月6日の巨大な竜巻の発生も、予測というか計算が出来ないでいる。先日の太平洋岸の大雨も降りそうだということはわかるが、どこに何mm降るのかまでは計算できていない。ベガルタ仙台のサッカー競技場に大きなヒョウが降り注いで試合が出来ず、選手は調子を狂わされ、負けなしの記録がストップした。天気に八つ当たりしても仕方がない。
 気象庁には最も優れたコンピュータがあるそうだが、未だ計算できない領域なのだろう。計算するには細かな観測データが必要である。このデータが決定的に不足している。
 遠くで雷がなり、周囲が暗くなったら注意してください、と、いうのでは科学技術の現代にあっては誠におかしなことだと思っている。この分野では100年前と変わらないことになる。

 大気圏内の現象解明が遅れているからに他ならない。数値化されていないのだろう。テレビでは人気の天気予報士が冷たい気団と暖かい気団があって・・・と、定性的な話に終始する他にない。これが現在の観測レベルなのであろう。
 地球上の嵐や、地震・津波も宇宙規模からみれば、取るに足らない小さなことでしかない。これによって宇宙の運行が狂うなどということでもない。しかし、それによって人間の運命が大きく狂ってしまうことも数多い。
 何とかならないものかと思ってしまう。将来は5km四方での確実な天気予報もできると言われているが、何時のことになるのだろうか。

 気象データの蓄積には、衛星など宇宙からの観測も欠かせないようだ。まことに薄い大気の膜でしかないが人間を含めて全生物が生きていく上では最も重要な存在である。大昔の人々は神が暴れたと思うしかなかったのだが、我々の存命中に計算が出来上がることを願っている。
 宮沢賢治の「風の又三郎」を読んだことを回想しているが、現実はその解説的読み物からまだあまり前には進んでいないのだ。
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by watari41 | 2012-05-07 11:36 | Comments(7)

桜の町で

 船岡(宮城県柴田町)が桜の町と呼ばれるようになったのは、そんなに古いことではない。大正12年に高山さんという東京に働きに出た人が、望郷の念にかられて大河原に至る白石川堤防上に千本の桜を植えたのが始まりなのだという。
 船岡駅には石川啄木の歌碑もある。
 『はるかに北に ふるさとの山みれば えりを正すも』
 これまた望郷の思いが強かった人である。啄木は明治の人だから、その時代に現在の桜はまだない。
 
 船岡は山本周五郎作の「樅の木は残った」ですっかり有名になった。小高い丘に樅の木を中心に公園が整備され、一目千本が見渡せる。この山もまた桜で埋まる。今や少々の桜には驚かなくなっているが、町の全体に桜の雰囲気が漂うのはあまり類をみない。

 「樅の木・・」の大河ドラマはもう40年以上も前のことだ。その頃は、ここの桜もまだ若々しかったに違いない。今やすっかり老樹の風情が漂う。樅の木にも風格がでてきた。そんな時代を回想している。

 樅の木・・、すなわち伊達騒動の主役だった船岡の舘主である原田甲斐は5千石で仙台藩の奉行職にあった。だが甲斐は相当に貧乏をかこっていた。藩主に従って江戸に行くためには2千両のお金が必要だったのだが、5千石の身で仙台本藩から借用できるのは千両のみであった。甲斐は山を一つ越えた隣の亘理に泣きついた。亘理領主は2万4千石で仙台藩随一なのである。豊かであった。
 その借用書に印を押したのは、亘理4家老である。その一人の手記によると、殿様がすでに了解しているのであるから我らも認めるしかないというものである。殿とは言っても病気の幼君であった。そして貸し出す時には幼君は死亡している。きわめておかしい事情なのだが、これは甲斐が前領主の婦人とは言ってもまだ20歳程度なのだが、その未亡人と昵懇の仲なのだから何ともやむを得ないと他の家老から言われて印したそうである。

 原田甲斐は、こんな傍証からみると、気前の良い色男でもあったようだ。なおかつその手記には本藩の要職にあって私腹を肥やそうとすればできたはずだが、それもしなかったという潔癖性も持っていたようだ。
 私は甲斐がおそらくは借金でノイローゼになっていたのではなかろうかと思っている。最後には江戸の酒井藩邸での刃傷事件で終結するのだが、錯乱状態の中で刀を抜いたのではなかろうか。先日のNHKで鬱病患者が抗うつ剤で自殺に至るというのを見た。漢方薬にもそんなものがあったのだろうか。色男、金と力はなかりけりという言葉を思い出す。
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by watari41 | 2012-05-02 11:42 | Comments(4)