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現代中国史

 「熱しやすくて冷めやすい」は、日本人の一大特徴なのかと思っていたが、中国人はもっと極端なのだというのだから驚いてしまう。
 「私はなぜ中国を捨てたのか」ワック㈱発行で石平さんという2007年に日本に帰化した人の著作を読んだ。
 内容は日本礼賛に満ち満ちている。読んでいるこちらがクスグッタクなるようだ。曰く「孔子の儒教精神が未だに生きづいているのは日本において他ならない」とか!。
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 著者は1962年の生まれであるからまだお若い方である。だがそれまでの人生において、文化大革命、天安門事件、江沢民時代の嫌日思想教育などを見ていて、中国がつくづくいやになったのだという。
 毛沢東は、その右腕とも言われた林彪によって自分の権力が脅かされていると見るや号令一下、「批林批孔」という、今からみると奇妙な文化大革命という運動を展開して、若者を熱狂させ何千万人もの人命を奪い、過去の文物を破壊しまくり、孔子をもやり玉に上げて自分の権力基盤を再構築した。

 天安門事件の当時は、毛沢東時代など以前の弾圧的な空気もあって中国にも自由が生まれるのかと思ったが、鄧小平は権力維持のために武力弾圧を選んだのである。一方では国民に社会主義市場経済と称する経済的自由を与えるのが権力掌握には好都合だと考えたのだ。

 江沢民時代になると、権力中枢を占めた人たちが国内の思想統一を計らないといずれ大変なことになると考え、外に敵を求めたのである。その仇役として日本に矛先を向け、排日教育に力を入れたのだという。丁度現在の北朝鮮が韓国の李大統領をネズミだと非難して、北の新指導者が国民の意思統一を計ろうとしているのと同じことである。
 天安門事件当時には、現在のような排日的な気分はなかったのだという。悠久4千年の文化という割には、国民感情は実に移ろいやすいものだと作者は感じているようだ。現在は拝金中国でしかない。(日本も似たようなものだと思うが)
 その文化は、海を渡って東端にある日本で独特な要素が加えられ見事に花開いていると言うが、かなりほめ過ぎている。
 かつて、数十年前には日本ではまだ中国礼賛的な論調が幅をきかせていたことを回想している。現代史もまた、次への権力継承をめぐり激しく動いている。
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by watari41 | 2012-04-26 12:00 | Comments(4)

役立つ資格

 ご町内に90歳に近いがカクシャクたる方がいる。10年ほど前までは仙台への列車でよく見かけていた。東京での業界の会合に出席するためなのだという。この方は薬剤師さんなのである。
 それまでは、あまり考えたこともなかったが、薬剤師というのは、一生涯食べるに困らない「資格」なのだと思ったものである。厚生省が厳重に管理している。

 その一方では、全く役に立たない資格というのもたくさん存在している。資格を取得するときには、将来何らかの飯のタネになるのだろうと思っていたことも確かなのだが、残念ながら役に立った資格はなかった。
 変化の激しい業界だと、ことさらにこの感を深くする。コンピュータ関連では、その揺籃期にはコボルとかフォートランとかの言語があって、その資格を得ていると一生食いはぐれることはないなどと言われたことを回想している。話だけで、私は幸いというかそういうものには触れたことがなかった。

 退職した後で失業保険の期間中に、何らかの資格を取っておいてくださいと言われて、パソコンぐらいはと思いMSオフィス97の上級認定の資格を得たが、これまた今やオフィス2010となり、昔の知識は役立たないことを思い知った。昨年だったか、まだP検3級ぐらいは大丈夫でしょうと言われテストを受けて資格を得たが、今年にはP検そのものがないらしい。

 古い話になるが、ソロバンとか計算尺の資格もあったのだ。世の中はすっかり変わってしまった。資格は今や趣味みたいな領域に入っている。漢字検定とかがそんなことだ。そういう割り切り方をしていればよいのだろうが、そんなことでボロ儲けをしている人々もいる。

 資格商法に引っかかる人々もまだまだ存在する。最初に大きな初期投資をさせるのだ。世の中そんなに甘くはない。
 最近は病院通いも多くなった。その都度薬局に行かなければならないが、目の前の薬剤師さんたちを見ていて良い職業についた人たちだと思うのである。
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by watari41 | 2012-04-21 20:28 | Comments(4)

死亡通知

 亡くなった本人から自筆の死亡通知がきたらさぞかし驚くであろう。
 実際にそんなことをやった人がいたのである。ネット記事にあった。
 小林克己さんという方である。巳年生まれなのであろう82歳の方だった。郵便を受け取ったのは読売新聞会長渡辺さんとか現代の著名人数百人である。私は小林さんという方を初めて聞いたが、死亡通知に書いてあるお別れの言葉を読むと100%共感できた。私もこんなことをやりたかったのだが先を越された。

 弔意はいらない。自分が生きてこれたのは皆様方のお蔭である。
 一個の生命体が終わり、灰となったのだけだ。葬送なども必要ない。

 何とも爽やかなことだ。もちろん本人が生前に書いておいたものである。死亡後に親族が死亡年月日と、入院先などを記して郵送されたものだそうである。
 私は、数知れない葬儀に参列しているが、その都度何ともむなしいものを感じている。こういう儀式は早晩無くなるにちがいないと思っているのである。ただ、葬送を職業としているお坊さんからみると困ることになってしまう。真面目な坊さんは、亡くなった人を弔うのが自分の使命であるとして、今次大震災においても真剣に取り組んでおられる和尚さんもたくさんいることもこれまた事実である。

 私などのように中途半端な物理的知識を持っていると、死亡の意味などは何も無いことで、上記の小林さん同様の思いにしかならない。
 宗教を学ぶことと、信じることとでは全く異なる。見かけ上は、檀徒であるお寺の仏教徒なのであるが、信者であるかというときわめて怪しいことになる。
 霊界の存在とかも、現代ではすべてが脳のなせる業であると解明が進みつつある。

 しかし、長年の習慣は一朝一夕には改めることが難しい。ましてや田舎においてはなおさらの感がある。バカバカしいことだと思いながらの行事はたくさんある。しかし急激に現代社会で失われてしまった行事も数多い。子供の頃の棟上げ時の餅まきとかも回想している、最近までは見かけることがあったが、やがて消滅するのだろう。それぞれに言われはあるのだが、形式的になり、やがては無くなってしまうものが多くある。
 生前に遺言とはまた別な意味での死亡通知を書いておくことが一般化するのかもしれない。
 ご参考までに小林さんのことが書いてあるURLを記しておきます。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120331/stt12033112010002-n1.htm
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by watari41 | 2012-04-16 12:22 | Comments(6)

時流雑感

 福沢諭吉の「一身にして二世を経るが如く」は有名だ。江戸時代と文明開化した明治時代を生きた感慨である。偉かったのは、当時誰もが賞賛していた西欧文明の限界を見通していたことにあると言われる。

 我々年代は、激しい変化の時代を生きて既に5世を経たような感覚を持つが、これからの将来のことなどは全くわからない。混沌とした世の中になるのだろうというくらいが想定できる程度である。

 一時的な流行だろうと見られた韓流ブームが今やすっかり定着している。考えてみれば、もともとの日本の文化は朝鮮半島からもたらされたものである。中国から直接招来たものもある。日本に定着してから、この風土になじむように改良されて現在に至っているのだとみて間違いないのだろう。

 我々より前の世代には明治以降中国・韓国を植民地化して蔑視する風潮があったが、現在の人々の底流には、もっと昔の時代の血脈があるのではなかろうかと考えることがある。無意識に韓流を受け入れているのだと思う。

 福沢諭吉は、江戸末期の年号である天保の老人と称していたそうだが、我々はさしずめアナログ老人とでもいうべきものなのかもしれない。世はまさにデジタル万能の時代を迎えている。デジタルだからこそ、こんなことができたということが沢山ある。しかし、それで世の中、万々歳なのであろうか。

 「絆」がこれほど強く叫ばれているのは、人間関係もデジタル化というかバラバラになってしまったからに他ならない。絆の実態はガレキ受け入れ難行の如く何ともはかないものである。

 昔の人が現代にタイムスリップしたとしたら、その文明に驚くと共に、孤独感にはとても耐えられないと逃げ出しそうだ。濃密だった昭和20年代の人間関係を回想している。祖父母を共有する従兄弟会を先日行った。その子や孫からは、どうしてそんなに親密なのかと問われたそうである。これからの人々に人間関係を取り戻せることはあるのだろうか。
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by watari41 | 2012-04-11 21:18 | Comments(2)

小説:クビライハーン

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 久しぶりに面白い小説を読んだ。「中原を翔る狼」文芸春秋社刊、著者:小前亮である。書き下ろし作品で、今年2月に刊行されたばかりである。史上最大の帝国「元」を作り上げたクビライハーンの物語である。チンギスハーンは大征服を成し遂げたが、それだけでは不十分で大帝国を「統治」することが必要だった。チンギスハーン亡き後に激しい権力闘争が起こったが、最後の最後に勝ち残ったのは孫の一人であるクビライだった。小説には覇王たるクビライの人間的魅力が存分に描かれている。投降してくる漢人や異民族でも能力があれば引き上げて統治機構の重要なポストや将軍としている。クビライ側近の人々やその個性を見事に書き上げている。
 著者がこれまで、何等の文学賞も得ていないのは不思議なことだ。これから大きな賞を得ることであろう。

 クビライは、何故に大ハーン位を狙うのかと側近に問われて「不本意な命令を受けたくないからだ」と答える。しかしその地位を得た後では、「不本意な命令でも出さざるを得ないことがある」と嘆くのである。
 史上最大の英雄とされるローマ帝国を築いたカエサルにも似たような逸話があった。
 また。クビライは、大宮殿を築いた後でも遊牧民たる本質を忘れてはならないと、宮殿の脇に小さなテントを張って夫妻で寝泊まりしていたというのだから面白い。

 中国はかつて二度にわたりモンゴルの支配を受けた。「元」と近世の「清」帝国である。現在の中国政府はかつての清帝国の領土を一元的に支配すべく、チベットや台湾の独立は認めようとしていない。漢人は歴史上様々な支配下に置かれるうちにたくましくなったといわれる。

 クビライの日本遠征失敗については、著者はさらりとかわしている。小説の本質ではないからだ。私はもともとこんな小説が好きだ。高木彬光の「ジンギスカンの秘密」を呼んだのはもう50年も昔のことだと回想している。
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by watari41 | 2012-04-06 11:28 | Comments(2)

あれから一年(5)

 本日(4月1日)の新聞を見て驚いた。見開き2ページにわたる大広告が掲載されていた。これまた縁側でのヘタクソ写真で紹介する。
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 河北新報は50万部とも言われ、東北のブロック紙でもある。新聞社の3.11の長い一日というのが話題にもなった。

 ガレキの姿は、映像ではなかなか紹介しきれない。その中に入り込んでしまうと、両側はガレキの壁となる。春先の雪の壁というのは、多くの人が目にするところだが、ガレキの壁はもう何百年も見られない光景かもしれない。

 同時に今日の新聞には、京都で瓦礫持ち込みの反対が大きな声であるとも報じている。発生したガレキは地元で処理するしかないのだろう。近隣市町村でも続々と建設されるようだ。  

 大震災では津波が押し寄せなかったこの街中の姿をも大きく変貌させている。古い建物がどんどん壊されているからである。
 昔の大金持ちといえば、酒造家や油屋さんであった。そんなところは、今や固定資産税とか、ましてや取り壊しの費用も捻出できないのではなかろうかと他事ながら心配していたものである。しかし公的負担で跡形もなくきれいに始末してくれた。それらの方々はそれまで、多くの税金を納入していたはずだから、それもまたよしとしなければならないのだろう。
 油屋さんのところは、3000坪もの広大な更地となった。住宅会社が買い上げて宅地となれば幸いなのだがどうなることであろうか。
 お隣、岩沼市の酒屋さんも同様である。80歳代のご当主は愕然たる思いのようであるが、時代の流れは如何ともしがたい。
 ご町内の酒屋さんの立派な庭も潰された。バブルの頃なら億単位で買う人もいただろうが、パワーシャベルは容赦なく枯淡の味わいある植木を引き抜いていく。わずかに残った庭の水路がある。酒屋さんの盛時には水路に籠が吊るされ、天然うなぎが何匹も入っていた。客人があるとそれは捌かれて、かば焼きになるのだった。
 酒屋さんの親戚である佐藤栄作さんがきたこともあった。半世紀以上も前の回想である。
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by watari41 | 2012-04-01 12:11 | Comments(6)