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究極の簡略化

 南無阿弥陀仏、南妙法蓮華経、これらは究極の簡略なのだろうと思っている。
 万巻の仏典をこれらの文字に凝縮したのだから、法然・親鸞・日蓮は何ともすごい人だった。800年に渡って日本人に唱えられ、今なお続いているのは驚異的なことだ。だが、私をはじめ多くの人々にはその意味することがわからずに、ただ手を合わせて唱えているにすぎない。子供の頃からの習慣に過ぎない。それでよいのだと考えている。
 この6文字に接すると、かの玄奘三蔵が仏典のエキスを凝縮したという般若心経の260文字も長たらしく聞こえる。

 短略志向というのは人間共通の願いなのかもしれないが、日本人には特に顕著なのだろうと思っている。
 俳句もこれまた、究極の簡略文学である。他国には存在しない。人のものを読んで感心はするが、私にはそういう能力は備わっていないようだ。回想できる名句はいくらでも思い浮かんでくる。

 簡素化の源は、昔の貧乏生活にあったのだろうと考えている。何ももたない生活が当たり前だった。そこにはプライバシーも何もなっかた。すべてを簡単に済まそうとしたのであろう。
 その一方で金持ちや支配者は冠婚葬祭などの儀式を重々しく行なった。今でも賓客には儀仗兵の閲兵などがあり、形式的で冗長なことをやる習慣も残っている。

 いくら簡略化したとはいえ、南無阿弥陀仏なども、これまた形式ではないだろうかと思っている。
 今次の大震災で全てをなくした人は、もう物はいらない、心がほしいと訴えている方も多いようだ。これまた難しいことである。

 究極の簡素化は「無」であり「空」なのだろうということに思い至ったのである。何も持たずに生まれ、何もなく去りたいものだが、現在の世の中、そううまくはいかない。
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by watari41 | 2011-09-28 12:03 | Comments(5)

飢餓からの開放

 今年(2011)の台風15号は、全国各地に甚大な被害をもたらした。
 農業の被害は、今やあまり語られることが少なくなってしまった。特に米は膨大な備蓄があるので心配されることがない。
 しかし、百年ほど前までは飢餓が大変な問題だったということが忘れ去られようとしている。大正7年(1918)に有名な米騒動があった。
 戦後でも配給制度が残り、私より10歳上の方が、鉄道公安官の目を逃れて、多くのヤミ米を輸送したとの武勇伝回想談義を何度も聞かせられたものだった。
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 おりしも、今年6月に「郷土飢餓の研究」という復刻版が発行され手に取っている。仙台藩の飢饉に関する文書を各地から集めて昭和22年に発刊されたものである。阿刀田令造さんという宮城県の郷土史研究ではきわめて有名な方の著書である。
 天明の飢饉(1780年代)は誰でもご存知であろう。最もひどくて、多くの人が餓死し、はやり病に斃れた。どこのお寺でも天明年間の死者は飛びぬけている。また天保年間(1840年代)もそうであった。

 人間の歴史は、底辺にいる人々から見ると飢餓との戦いでもあった。安定した米の生産は、ついこの前までは、日本人の夢の一つでもあった。高度成長期には、農業生産にも莫大な公共投資が行われた。しかし、国際競争力はつかなかった。

 1986年、多国間の貿易交渉であるウルグアイラウンドがおこなわれ、一層の貿易自由化が進むことになり、農業競争力の強化に6兆円もの巨費が投じられることになったのである。

 当時は悪名の方が高かったが、実力者と言われた議員がいた。選挙区でもあるこの地に数百億円の予算をつけた。今から見るとやや無駄な感じもするが立派な灌漑施設ができた。磐石な耕地ができた。しかし大震災で諸施設は大きな被害を受けた。機械設備などハード面の復旧は比較的容易なようだが、ソフト面ともいうべき制御装置などはもう古臭くなってしまっている。かつては2万4千石だった耕土も今や10万石に飛躍したのだったが今年は塩害などもあり80%が作付けNGとなり実りの秋に何も無い風景が広がる。
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by watari41 | 2011-09-23 18:08 | Comments(4)

膨張と収縮

 ほとんどの物体は加熱すると膨張し、温度が下がると収縮する。
 金属も同様である。先日の地元紙河北新報の科学欄に、膨張しない金属「インバー」のことが出ていて何とも懐かしかった。
 鉄は熱膨張が大きい。鉄道線路のレールのスキマは、夏はほとんど無くなり、冬になると大きく開く。精密機械になるとこんな熱膨張・収縮が大問題となる。

 インバーは百年ほどまえにフランス人が発見した。仏読みでアンバーと表現する人もいる。鉄の中にニッケルを36%含ませると、鉄よりも熱膨張が一桁下がるのである。

 在職した会社では、入社した頃、この金属を月に何トンか製造していた。間違いなく熱膨張が少ないのか、その金属片を加熱しながら伸縮を測定するのだった。三角の支点で支えた小さなミラーを、少し離れた位置から望遠鏡でのぞくのである。ミラーには1mm間隔のスケールが反射するようにしてある。金属が膨張してミラーが傾く様を観測して、何ミクロン伸びたとかを計算するのだった。今から見ると何とも原始的なことだが、50年前の回想の一つである。
 今や熱膨張が少ない理由が量子論で一般人が読む新聞に解説されているのだから驚くしかない。

 9月16日、名取市海岸で震災後のガレキ集積所で大規模な火災が発生し、仙台市内はモヤに包まれた。発火場所は、金属のみを集積したところと分別されていないガレキとの堺目あたりらしい。圧縮されたゴミの腐食による発酵熱との見方が有力だが、粉末化した金属の発火と見られないこともない。長年にわたり金属を扱ったものとしては、どうしてもそんなところに考えが及んでしまう。

 子供の頃には、藁と糞を混ぜた堆肥を作らせられたこともあり、高く積み上げるとその内部熱もすごかったので、発火原因は何ともいえない。

 主題とは、ずれてしまったが、膨張しきった経済も収縮期に入ってよかろうと思う最近である。仮設住宅に入っている震災前は大きな家に住んでいた友人夫妻をみながらそんなことを考えていた。
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by watari41 | 2011-09-18 11:39 | Comments(0)

伝染病今昔

 震災の後で最も恐れられたのが、公表はされていないが「伝染病」だったようだ。
 津波被災地ではハエや虫が異常発生した。しかし大事には至らなかった。衛生概念が昔とは比べ物にならぬほど発達しているのだろう。衛生環境もまた、現代はすこぶる良くなっている。浸水したところには消毒用の石灰が丁寧にまかれた。

 やや昔になるが終戦直後には、まだこうではなかった。わが町では赤痢が発生した。20人が死亡。その中に私の弟も入っている。昭和21年3歳で亡くなった。母親の指を握り、その手が離れなかったことを回想している。65年前のことだ。当時はまだ土葬の時代だったが、法定伝染病なので火葬にされた。

 明治時代には、もっとひどかった。伝染病を発生させない、持ち込まないが近代国家の条件の一つでもあった。日清戦争の帰還兵の防疫対策に水沢市(現在奥州市)出身の後藤新平が指揮に当たり大変な苦労があったということを読んだ記憶がある。
 近郷では岩沼市にいた鈴木省三氏(号は雨香)が、東大で近代医学を身につけて県内の防疫対策に奔走されている。後には「仙台叢書」など郷土史での活躍が有名になる。この夏に岩沼市民新図書館開設記念として、雨香の特別展示があり、仙台郷土史会長による宮城県の防疫第一人者と題する講演会が催された。伝染病発生の報に接すると、交通の不便な時代だったがどこにでも駆けつけたそうである。

 現代の我々は、伝染病にはあまり敏感ではなくなってしまったかのようだ。数年前に外国で新型インフルエンザが発生したとのことで、空港にて物々しい防護服に身を包んだ検疫官が消毒剤を抱えて機内に入る様子をみて、誰しもがやりすぎではないのかと思ったものだ。
 しかし、本来の防疫の観点からみると、あの姿は妥当だったのだろうと今にして思うのである。
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by watari41 | 2011-09-13 14:35 | Comments(6)

ユートピア

 今では、理想郷なるものを信じる人はいなくなった。

 16世紀イギリスの作家、トーマス・モアは「ユートピア」という作品を発表した。当時の人が考えた理想郷というのは、一定の時間のみ労働し、同じ衣服を着て、いわば粗衣粗食に耐えて、私有の財産は持たず、残った時間を文化活動に費やす事が、ユートピアだと考えたのである。管理された人間活動でもある。当時の封建的に抑圧された奴隷の如き人たちからみると、それはまさに夢みたいなことであったのだろう。

 しかし、現代人からみるとそんなことは人類の理想とは程遠いものだということが、ソ連などの国家的実験で証明されている。ジョージ・オーエルという作家は20世紀半ばに「1984年」という小説で、スターリンなど権力の支配層を喜劇的に皮肉っている。
 村上春樹さんの小説「1Q84年」も、これがヒントになっているらしい。権力のあり方などが参考になっているらしい。

 人間らしさを加味した現代の理想郷は「アルカディア」と呼ばれている。わが町の隣にこの名を冠した老人福祉施設がある。どこにでもある老人ホームなのだが、その名に引かれる人も多いようだ。

 日本では、武者小路実篤さんという作家が、「新しき村」というものを提唱し、丁度ソ連革命があった頃の大正時代に宮崎県にその村を作り上げた。その後ダムで水没したので、昭和初期に埼玉県に移設した。かなりの人数が集まったそうであるが、結局は失敗に終わった。働く人も、働かない人も平等に扱うということが、そもそも人間の概念にはあっても実際のこととなると耐えられなくなってしまうのである。私などがまだ若い頃は、武者小路さんはまだ人気のある作家だったことを回想している。当時から批判する人もまた沢山いたのも事実である。

 先日のNHKにて、世界の街かどという番組で、ニュージーランドの小さな都市を放映していた。桂文珍さんの軽妙な話術もあり、我々から見ると実にのどかである。人々はアクセクとしていない。私と同年代の老夫婦が丘の上のベンチに腰掛けて、暮れ行く夕日をのんびりと眺めている。これこそ現代のユートピアなのではないのかと思ったものだ。しかしここでもカメラには写っていないが、葬儀屋さんだってあるのだろうし、ゴミの問題だってあるにちがいないと思ったものだ。
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by watari41 | 2011-09-08 21:04 | Comments(6)

進化と絶滅

 ダーウインは変化に対応し得るものだけが生き残ると言った。

 だが、シーラカンスとかカブトガニだとか生きた化石とも言われ何億年も、姿・形を変えず生き延びているものがある。何とも不思議なことだと思っている。恐竜の如く極度に進化したものは環境変化に弱く絶滅した。恐竜から派生したものが鳥類だとも言われているが、あまりにも異なって見える。

 進化しないものは生き残り、進化するものは絶滅する。そんな仮説が頭に浮かんだ。人間もいつかは絶滅してしまうのだろう。人間から派生する新しい生物が何か出てくるのだろうか。
 人間が活動するようになってから、地球上の多くの種が絶滅している。何億年も生き続けたカブトガニでさえも絶滅が危惧されている。生息範囲が人間によってどんどん狭められている。外敵からは頑強な甲羅が護り、食べても美味しくないので生き残ったというのだ。

 大震災から半年、茫々たる原野に近くなった海岸地帯をみて、これこそがカブトガニが生きれる環境なのだろうと考えたのである。数百kmに渡って東日本一帯に広がっているはずだ。しかし放射能にはどうなのだろうと思ったりしている。

 数百年から千年に一度と言われる大津波も、億年単位で生きているものからすればわずかな期間でしかない。しかしそのわずかな時間に絶滅が心配されるようになったが、絶妙なタイミングで大震災がやってきたということになる。不謹慎な話で、はなはだ申し訳ないことであるが、何億年も生きる動物には、それなりの偶然性もあってしかりということになる。

 2011.9.2も夜になって、虫の音が絶え間なく聞こえている。震災に揺られ少しゆるくなった玄関に入り込んで鳴いている。60年以上も前に古い家で同様な虫の音を聞いたことを回想している。数百年前の先祖も今の季節に同じような虫の音に耳を澄ましていたことであろう。昆虫もまた、ほとんど進化していない。
 
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by watari41 | 2011-09-02 20:37 | Comments(5)