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ちがいがわかる?

 正月番組で面白いものがあった。5千円のワインと百万円のワインを飲み比べて、判別がつくかというもので回答者は芸能人である。ほんどの方が間違うかアヤフヤな答えであった。わからないのである。10万円のバイオリンと億単位のバイオリンでも、その音色は同様に判別がつかなかった。おそらく大多数の日本人、私も同様のはずだ。
 「ちがいのわかる男」というコーヒーメーカーの宣伝文句がある。だが私はどんなコーヒーを飲んでも同じだと思ってしまう。
 「ちがいがわかる」というのは、そのことに精通していなければならない。つまりそのコーヒーを飲んで旨いと感じれば、あなたはコーヒー通であるというようなことを意図したコマーシャルなのだろう。

 我々は殆どの事について、ちがいがわからない。あるレベルを超えたものであれば、すべては同じに思ってしまうのである。ベルリン交響楽団と失礼ながら仙台フィルとでは、どちらがどうと区別はつかないはずだ。それがわかるのは高度な耳を持った方であろう。地元新聞の文化面を読んで文字で楽団の状況を判断しているのである。
 「一流」の演奏を名前で聴いていたのだからおかしなものだったと回想している。

 なかには、たぐい稀なる五感を持った人もいる。知人で百万人に一人の舌といわれる男がいる。本人はそんなことも知らず農業高校を卒業すると近くの醸造会社に入った。社長はすぐに見抜いたらしい。その才能を伸ばすようにと東京の醸造科のある大学に会社負担で進ませてもらったというのだ。彼は料理を味見するとどんな食材や調味料を使ったのか一発でわかるそうだ。

 話は違うが、相撲の八百長も見る人が見れば、ちがいがわかっていたのではないのだろうか。ずっと昔からあったことなのだろうと思う。人情相撲が八百長に「進化」したのだろうと思っている。
 いまや、政党のちがいだってわからない。これは我々素人だけではなくて、玄人と言われる人だってわからないのだろうと思っている。
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by watari41 | 2011-02-23 14:26 | Comments(8)

酒のつけ

 年が明けてから二人の同年齢の男が逝ってしまった。享年70歳。
両者ともに、優れた営業マンだった。在職中に仕事柄ゆえであるが酒を飲みすぎたのが原因だろうと思っている。

 A君は同期の入社だった。営業には欠かせないセンスをもっていた。客先を抱き込んでしまうのがとにかく上手だった。相手より絶対的な信頼をかちとるのも旨かった。接待上手でもあった。酒はあまり強くはなく、若い頃から血液検査には相当な注意を払っていたが、糖尿病に罹ってしまった。最後は脳梗塞だった。

 B君は、小・中学校の同級生である。高校は仙台の商業校に行きたかったというが、親からとても出来ないと言われて、汽車賃のかからない地元の農業学校で我慢するしかなかったのだという。卒業してからツテを頼って、鉄鋼商社の仙台支店に入社した。彼も営業センスに長けていた。飲ませ、そして食わせることが得意だった。丸々と太ってしまった姿を見ることがあった。売り上げを大いに伸ばしたそうだ。やがて取締役仙台支店長として帰ってくる。毎晩、次々と客先を一流寿司店から始まって、何軒かをハシゴして12時前に帰宅したことはなかったそうだ。夜の街に毎月数百万円を流していたそうである。
 彼曰く「お客さんはわかりやすいんですよ」と。ご馳走すると必ず注文をくれるんです。というのだから面白い。
 こんな生活だったから、彼よりも奥さんの方が先に参ってしまった。数年前から認知症になったのである。彼が介護をしていたらしいが、施設に入ることも多かったようだ。彼も糖尿病から派生する種々の病気になり、耳もほとんど聞こえなくなってしまったらしい。風呂場で亡くなったということだ。

 両者の在職中の活躍が華々しかっただけに、そんな年齢かと改めて回想している。
 織田信長は、本能寺がなかったとしても、伝えられる生活態度では、数年にして脳卒中で倒れたであろうと推定されている。人生50年といわれたが、現在はそこから20年は長生きできるようになったと考えればいささかの慰めとなるのだろう。
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by watari41 | 2011-02-16 20:42 | Comments(8)

八百長事件

 この語源が「囲碁」にあることはあまり知られていない。相撲とも関係するのだが、明治時代に青果商を営んでいた通称八百長さんが、当時の伊勢の海親方と囲碁を打った時に、店の大事なお客さんである親方に一方的に勝つわけにもゆかづ、一勝一負としていたそうだ。後にこの八百長さんが時の本因坊と良い勝負をした実力者であることが伝わり、八百長なる言葉が一般化したそうだ。

 大相撲の八百長は、ずいぶんと前々から騒がれてきていたが、相撲協会は頑として否定してきた。我々観客も半信半疑ながら観戦していたのである。決定的な証拠がなかったからである。元力士が証言しても言葉では不足だったのである。
 消去したメールの復元という、IT技術が従来の噂を決定づけた。このことが歴史的な意味合いを持つようになるのかもしれない。

 振り返ってみれば、おかしな勝負がずいぶんとあったことを回想している。解説者も説明のしようがなかったのだろう。「あの力士の実力を考えたら、何もあんなに勢いよく頭から突っ込む必要はないのですよ」と言われる。叩かれてあっさりと勝負が決まったのだ。インタビューに答える勝ち力士はとっさの判断でやったのだという。
 テレビが開設された当初からよその家に行ってまでも相撲を見ていて55年。八百長相撲をどれほど見たのかと思うと、何とも悲しいことだ。

 八百長は相撲に限ったことではない。日本固有の「文化」であると言い切る人までいる。国権の最高機関である国会もそんな時代があった。自民党の政権下、社会党が頑強に反対していた頃、ある時、ガラリと態度を一変させて賛成に回ることが度々あったことを回想する。国会対策委員長の間で、金銭の授受があったのだと言われている。金丸さんも後年にはそれを否定はしていなかった。
 現在はその立場が逆であるが、もはやそんなことができる時代でないことは、議員さんが百も承知で、困り果てた時代になったことを与党は痛感しているのだろう。

 さて、大相撲はどうなるのだろうか。国会には解散という勝負手がある。相撲協会解散というわけにはゆくまい。再開したところで、すべての勝負に疑問符がついてしまう。
 現役の人たちからは、過去の人たちは良い時代を生きてきたといわれそうだ。トップに立つ人はいずれも困り果てている。管首相、放駒理事長・・事態打開の道はあるのだろうか。
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by watari41 | 2011-02-09 17:00 | Comments(3)

理想の国

 昭和25年頃、小学生時代であるが、理想の国と言えば「スイス」であった。戦後間もない頃であり、永世中立国であって戦争とは無縁で、風光明媚この上ないという認識だった。おそらく先生からそのように教えられたのであろう。面白い回想の一つである。

 現代の「理想の国」は、どうやら北欧諸国わけてもスエーデンらしいのだ。高福祉だが高負担の国である。政治家がそのように考えているらしい。管首相も野党の時代に視察に訪れて感心しているということである。そのようなことで絶えず「消費税」のことが頭から離れないらしいのだ。
 しかし、日本が消費税20%となったところで、理想的な高福祉が実現するのかは、はなはだ疑わしい。
 かつて、イギリスは「ゆりかごから墓場まで」と言われる、高福祉社会だったことがある。すべてを国がまかなっていた。製鉄所も国営だったと思う。しかしこの国家制度は行き詰まってしまう。「英国病」とも言われる国家的危機がくるのである。山猫ストライキなどの労働争議や、いろんなことが起こり国家は衰退した。それを元首相のサッチャーさんが回復させたと言われている。

 日本も今や衰退の途をたどっているやに見える。だが、アジア・アフリカの国々の中には、日本こそ理想の国だと考えているところもあるらしいから世界は様々である。かつて日本がスイスにあこがれたように、戦争を放棄して、風光明媚なる国と考えているらしいのだ。

 日本は確かに行き詰まっているのだと思う。戦後の垢がたまりにたまっているのだろうと考えている。いわゆるムダである。このムダが無くならないと理想の国家作りは出来ないのだろうと思っている。それを民主党に期待したのだった。見事に裏切られた。

 どこの国にモデルがあるわけでもない。日本なりのやり方があるのだろうと思う。理想に一度でたどりつくなどとは思わない。試行錯誤が必要なのだろう。そんな思考の一つがこれなのだというようなことを示してもらいたいものだ。そうすれば我々も納得するであろう。大上段に国家論を示せとかそんなことを要求することはない。まずは、ささやかなことをやってテストしてもらいたい。
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by watari41 | 2011-02-02 21:38 | Comments(6)