<   2010年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧

究極の食料

 昭和20年代に夢と思われたことは、現在ことごとく実現していると言ってよいだろう。それ以外にもインターネットなど、夢にも思わなかったことも実現している。子供の頃の夢を回想している。

 しかし、一つだけ実現はおろか、とっかかりもつかめていないものがある。それは、一粒飲めば一日分の栄養が賄えるという錠剤である。
 これは、まったく見通しが立っていないようだ。
 食べる楽しみがなくなるからか。それだけではあるまい。人間が人間でなくなってしまうからである。一粒の錠剤でOKとすると、少し考えただけで胃が極端に小さくなるし、腸も同様だろう。胴が極端に細い姿で描かれる火星人や宇宙人と人類も同じになってしまう。
 これは、永遠の夢なのであろうか。だが本格的な宇宙旅行をするとなると、そういうことが必要になってくるのだと思う。

 現在の宇宙長期滞在者が食べているのは、流動食みたいなもののようだ。我々地上に居るものにもカロリーメイトとか、それに類したものはあるが、本格的な錠剤志向というのもではない。一種の代用食といったものである。

 病気のほとんどは、食物に起因すると言われるから、医者いらずともなってしまうのだろう。それこそ夢のような話だ。それは人類の次の進化過程でもあるのだろうが、そのようにはならないのだろうと思う。旨いものを食べたい、たらふく食べたいという欲求の方がはるかに強い。
 錠剤が実現するには、まず一粒で2千Kcalを得るなど、不可能と思われるような要求条件がある。だが不可能を可能にしてきた人類の歴史がある。21世紀の見果てぬ夢なのだろうかと思っている。
[PR]
by watari41 | 2010-12-27 11:41 | Comments(6)

日本の農業(5:了)

 日本人は米と味噌があれば生存可能だと言われる。私も単身赴任の時に実践したことがあった。
 最近の歴史では、第二次大戦の終了後に外地から戻った300万人とも言われる軍人を農村が吸収したのである。このことがなかったら戦後の混乱に一層の拍車がかかったろうというのだ。農村の存在価値が大きかった。

 いまや、見る影もなくなってしまった。見たところは豊かな田園地帯が広がるが、内実は大変だ。いくらお金をかけようと吸い込まれる。田の一反歩(300坪)当りの市場価格は50万円程度でしかない。このあぜ道を取り払って大きな区画(一町歩)に整理する工事費が、一反歩当り150万円もかかったのである。すなわち資産価値の3倍もの資金を投入しても、その資産価値は変わらないのだ。こんな世界は有り得ない。もちろん農家負担はほとんどない。国・県・町が負担するのだが、これも税金である。しかし、こういう大規模化をしないと益々競争力がなくなってしまう。町の農業委員会は売買などで農地が流動化しないように、きっちりと管理している。

 北海道の山林が大規模に外国資本に買い占められていることが話題になっている。これは個人での取引が可能だからである。豊かな水が目当てだろうといわれる。道南をカメチャンなどに案内されて旅行したときに、昭和天皇が甘露の水と名付けた、ものすごい量のうまい湧き水が道路ぎわにあって驚いた。豊かな自然には当然ながら外資も目をつむることはない。

 輸入できないものを作るべきであるなどという論議もある。たとえばイチゴのごときものだ。日持ちがしないからである。逆にそれは輸出もできない。台湾にテスト輸出をしたがうまくゆかなかったそうだ。日持ちのしないものは主食にならない。もろもろの話があるが、どうなるのだろうか。

 米の銘柄と産地間の競争が激しさを増している。限られた需要だからである。売れた分だけ作ってよいなどの話もあるようだ。先日、わが町のオバチャン方はTTP反対のデモ行進を仙台の一番丁でやってきたそうだ。21世紀の農業環境というよりも、日本全体が追い詰められていくのだろうと思っている。
[PR]
by watari41 | 2010-12-23 12:57 | Comments(5)

日本の農業(4)

 過去において、農業政策は政治に翻弄されてきた。
 米価が最も顕著な例である。昭和の時代に米価は一貫して上がり続けてきた。農家の票が大きなウエイトを占めていたからに他ならない。昭和45年頃(大阪万博の時)、私の給料は5万円程度だった。米の政府買い上げ価格は一表(60kg)当たり、7千円台であったが、ここで米は余り始めた。需給の歴史的屈曲点だったので本来ならここで政策の大転換があってしかるべきだった。しかし何にもやらなかった。(無作為の罪というのもある)今だからこそいえるのかもしれないが。
 そして、米価はドンドン上がり続けた。昭和の末には2万5千円近かったと記憶している。その一方で減反は拡大した。増収の為に昔から工事をやっていた悪田の乾田化などが完成してそれらが増産に寄与したのだから皮肉なことだ。
 生産者所得補償方式という理論があった。生産者米価は高く、消費者米価は安くということで、逆転米価の時代もあった。
 そんなこともあって農家バブルとでもいうべきものがあった。世界各地にノウキョウの旗を押し立てた観光団が繰り出して話題になったことも今となっては懐かしい回想だ。

 そんなことが、長く続くはずはない。平成になると米価は徐々に下がりはじめた。ここ数年の急落はすごいことになっている。ピーク時の二分の一米価なのである。一万円を切るのも近いことかもしれない。

 政府は専業農家に規模の拡大を奨励している。一人の農家が耕作できるのは、いいとこ10町歩くらいだろうか。粗収入で一千万円くらい。農機具代、その他の経費を引くと、所得は3百万円を切るのだろうと思う。(年収300万円時代を生きるという著名テレビ出演者の著作があった)
 無理に無理して30町歩を集めてやっている人もいる。だが繁忙期には昼食の時間も無くなるらしい。コンバインを運転しながら、パンをかじるのだそうだ。

 刈り取った稲を天日で乾燥させている光景は殆どみかけなくなった。米つくりにも多大なエネルギーがかかる時代である。その一方で耕作放棄地はドンドン増えている。誰もが納得できる解決策はない。試行錯誤する時はすぎているのだが、何とも悲しいことである。
[PR]
by watari41 | 2010-12-21 11:08 | Comments(5)

日本の農業(3)

 江戸時代の日本の人口は、三千万人で3百年間ほとんど変わらなかった。それは「米」の生産量と一致していたことはよく知られている。すなわち三千万石(450万トン)だったのである。一人が年間に一石(150kg)を食べていた。農家の人口比率は70%だった。つまりは30%を税金として農家が「米」を提出していたのである。

 仙台藩は62万石、宮城県から岩手県南部を領有しており、その程度の人口がいたことになる。どこの藩でもそうであろうが大命題は「米」の増産だった。昔の土木工事というのは、おしなべて増産に関わることだった。伊達政宗は北上川をねじ曲げて、豊かな耕土を得た。明治に入ってからも大潜穴工事などが続いた。国家的スケールでは昭和の八郎潟干拓事業、現代では諫早湾の干拓工事など連綿として食料増産の事業が続いている。あの開門騒動は、そんな文脈の中で見る必要があるのだ。

 北朝鮮の人口は2200万人。それだけの食料しか生産できていないことになる。オマケに将軍様もいるのだから、江戸時代に似ていなくもない。北朝鮮が戦争に訴えるとき、それは食料の不足から起こるのだろうと思っている。

 余談はさておき、来年度2011年の米の生産数量は800万トンと決まった。従って減反率は拡大することになる。それでいながら食料自給率は40%と、一見して矛盾するような数字がある。江戸時代そして北朝鮮は自給率100%のはずだ。
 日本人は「米」を食べなくなってしまった。外国から輸入された食糧を食べている。良い言葉で言えば食物選択の自由度が広がり、寿命も延びたということになる。

 しかし、そんな良い事づくめだけでは有り得ない。食料確保の道は残しておかないと国家としてはおかしなことになる。如何に自由貿易の時代とはいえ、自衛権ではないが自国で賄える食糧はいかにあるべきかを考える時のようだ。いたずらに自給率50%とか数字をひねくっても仕方がない。
[PR]
by watari41 | 2010-12-16 16:55 | Comments(6)

日本の農業(2)

 昭和45年であった。今から考えると日本農業の一大転換があったのだった。日本の歴史の変わり目ともいうべきものだった。「減反政策」である。
 日本は弥生時代から「米」の増産が国家・地方を挙げてのこれ以上はない「大テーマ」だったのである。その米が余るという事態は2千年の歴史上はじめて生じたのである。米の生産を減ずるように言われたのだ。
 時に、世の中は大阪万博や高度成長期に浮かれていた。だれも農業の転換期に気が付いた人はいなかった。その少し前の昭和30年代には、米はまだまだ足りず東南アジアから輸入していた。中には「黄変米」などという、腐れかけのものまであった。それもライスカレーにすれば食べられると、時の大臣がテレビで食べてみせたものだ。貧乏人は麦飯を食えと言ったのは時の大蔵大臣の池田さんだった。日本米の増産は最重要課題だった。いろんな回想が頭をよぎる。

 それが、突如として減反ということになった。もちろん減反分には、手厚い補償がついていたのはいうまでもない。その減反が急拡大してゆき、40年後の現在は3分の1が減反で休んでいる。それでも米は余り気味なのである。近い将来、少子高齢化などで消費量が減り、半分が休耕田となり、もっと先を見れば、耕作されている田はごく僅かとなってしまうかもしれないのだ。
 もちろん、休耕田には麦なり、豆が転作されているのだが、これらの競争力は米よりはるかに弱い。その分が政府から補助金として支出されているのだが、米を作っていた当時にはおよばない。このために農協を通さない販売米が市場に出回り実態がわかりにくくなっているのだが、今度の民主党政策の、所定の減反をした農家には一反歩当たり一律に1万5千円の補助金でこれがどうなったかが注目されている。
 
 米などの主食でも需要予測が狂い、単年度での補助金で乗り切ってきた結果が現在の姿である。過去を問うても如何ともしがたい。これからの中・長期計画がきちんとあってしかるべきだ。
[PR]
by watari41 | 2010-12-14 10:22 | Comments(4)

日本の農業(1)

 私も農家の一員である。田を2反歩持っている。昔は耕作していたが、今は専業農家に預けて秋に1反歩当たり70kgの米をもらう。2反なので140kgとなり約3万円の金額である。(実際の1反当たりの収穫量は550kg程度なので、所有者たる私がもらうのは8分の1程度である)

 私のような農家と称しながら、何もしていない農家が最も数が多いらしい。米は貰うが、田の経費は自己負担である。土地改良費用とか空中散布とかいろんな経費があり約2万円程度である。
 従って、現在は田の所有者がプラスになっているから良いようなものの、いずれこれが逆転してマイナスになるだろうというのである。そうなると田を所有している意味がなくなってしまう。つまり米を買って食べる方が安いとなる。

 すなわち、小さな田の値打ちが無くなってしまうのだ。私のごとき小規模農家は、ここで田を国家に寄付してしまうという現象が全国的に起こってくるだろうというのである。
 国は、それを抱えていても仕方がないので、専業農家にそれを無償で貸与すると言うことになる。専業者は経営規模が格段に大きくなるが、それでも千ヘクタール規模の米国には勝てない。

 近い将来、そんな構図が見えてくると、私が読んでいる農業新聞のコラムに農業を専門とする教授の辛口評論があった。
 そんな状態になると、専業農家だってやってはゆけなくなるはずだ。現状でも米が余っているので減反として田の三分の一は、米を作っていないのだ。この状況は加速度的に進むものと思われる。
 国家的な危機が、いろいろと取りざたされているが、地方の崩壊ということに関しては最も大きなことだろうと思っている。
(カメチャンより、わかりやすくというコメントがあったのでシリーズとした)
[PR]
by watari41 | 2010-12-12 15:55 | Comments(4)

映画:アンダンテ

 全国農協会が推奨する映画である。アンダンテとは歩くような速さでという音楽用語だ。

 物語は、東京に住むピアノに明け暮れた少女が、社会に出てから対人関係がうまく出来ず、引きこもりとなって30歳。ある日農村に出かけてペットボトルに「SOS」をかいたメモを田んぼに放置。農村青年(46歳)がこれを見つけて彼女に連絡。農作業を手伝ううちに次第に明るさを取り戻す。しかし、彼女はかつて職場の上司で彼女に好意的だった40歳の美人女性を誘い出す。青年はこの女性を選んでしまう。彼女はそれにもめげず、農村で明るく暮らしてゆくというものだ。ラストはAndante Canonという曲を田んぼに運んだグランドピアノで演奏し歌を唄う。

 一般上映はされていないのだろうか。私も農協関係者を通じて券を購入し、公民館での上映を見たものである。宮城県の主要農協での上映期日が入場券に書いてあった。

 農家の主張が、映画の諸所に出てくるので農協会推奨となったのだろう。
 「世の中効率だけで全てが計られていいのだろうか」というセリフがある。農村には人間を癒す力が存在するというのである。
 米価はかつての半値となってしまった。その上に減反をさらに増やさなければならない。専業農家はよくやっていると思う。相対的な米の価値も下落している。我々の親世代は1町歩の田があれば子供一人を仙台の高校に行かせることができた。今からみると夢みたいな話だ。

 GDPも1.5%にしかすぎなくなった。消費税率をその数字だけ引き上げれば全量買い上げができてしまう。極めて微々たる数字になってしまったが、これに付随するものがすごい。農協職員30万人とか、農林中金何兆円とか、1.5%の手足となっている。TPPにも農業新聞は絶対反対である。映画は農業に理解を深めていただきたいということだが、その関係者しかみていない。これでは論議が深まらない。現代国家の根本的な問題をもこの映画は提起しているようだが、国会などの論戦はまた別のところを向いてしまっている。

 
[PR]
by watari41 | 2010-12-07 16:13 | Comments(8)

二人の時代小説家

 司馬遼太郎さんと、藤沢周平さんとでは全く異なる時代小説を描く。司馬さんは時代の変革期に現れる人物を書き、取り上げられる人は英雄であり実在の人なのだ。これに対して藤沢さんは、名も無き下級武士が主人公となり、架空の人物であって哀感漂う書き物が多い。
どちらがどうというわけではなく、両者共に国民的人気がたかい。読んでいて共に面白い。

 司馬さんは、平時の人物には何の興味も持たないという。藤沢さんは逆に、武士道などというものに何らの興味もないようだ。織田信長などは、最も嫌な人物の一人であろう。

 藤沢さんは山形県鶴岡市の出身である。歴史を下からの目線で見ている。司馬さんは大阪の出身で歴史を鳥瞰図的に眺めていると言われる。どうしても時代の変革期に目が行ってしまうというのだ。

 司馬史観とも言われる独特の歴史観を持っている。代表作の「坂の上の雲」のテレビドラマ化を許さなかった。好戦的と見られるのをいやがった。小説では作中の人物に焦点を当てている。それが面白いのだ。戦争は付随的なものにしかすぎない。しかし映像では戦闘場面が焼きつく。そのために印象を多少薄めようと年度を分割して放映する苦肉の策をNHKがとったようだ。結果としてどういうことになるのだろうかと思う。

 藤沢さんは東北人なので何となく心理的共感を持っている。これまた代表作の「蝉しぐれ」は、テレビに映画にとなったが、映像では省略されたところに小説の面白いところがあった。

 ほぼ、同時代の二人だが、見る目を異にする小説のお陰で我々は歴史の表裏を知るという幸運に欲している。歴史好きになったのは、お二人のお陰だろうと回想し感謝している。

 
[PR]
by watari41 | 2010-12-03 21:20 | Comments(6)