<   2010年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧

イライラ感

 「イラ菅」というあだ名を昔から頂いているそうだ。菅首相である。新聞紙上には、かなり頻繁に出てくる用語であるが、テレビではそんな様子を見たことがない。常にニコニコとしている。そんなイラついた映像を見せられれば、国民の評価はガタ落ちになることだろう。テレビの配慮なのであろう。
 対するに小沢さんは、コワモテの顔と中味が一致しているようだ。そんなことが国民的評価が65:16となる所以なのだろう。だが、そうではなくて、小沢さんの政治と金に対する姿勢が嫌われたという説が多い。

 これが、国会議員の支持率となると、小沢さんがやや優位のようだ。お金のことは別として、過去の実績が評価されているのだろう。
 菅さんは、もう首相2ケ月を過ぎているが、何をやろうとしているのかが、残念ながら見えてこない。菅さんは逆に、全てのことは小沢さんが承知しないと進まないのだと言っている。こうなったからには決戦するしかないのだろうということだ。

 政党とは本来、同じ政策を目指す人達が一緒のグループをつくるものだ。しかし日本では形は二大政党になっているが、その中味はバラバラである。かつて自民党は右から左までの幅広い人達が集まっている自由な政党であると、山形県出身の幹事長だった加藤紘一さんが語っていたことがある。
 民主党も、その点では似たようなものだと思っている。いっそのことお互いに分解して、考え方の近い人達が集まった方がすっきりするのではないのかと考えることがある。
 しかし、そこに日本人独特の感情論が入ってくるので、ややこしいことになる。だが何十年か前のように総裁選挙に絡んで、何十億円かのお金が動くという週刊誌の記事をみないだけ進歩したのだろうとも言える。

 しかし日本丸は、どちらかに大きく舵をきる必要に迫られていると思う。そのまま市場という波にまかせていると、とんでもない円高の世界につれていかれるかもしれない。

 イライラしているのは日本国民である。討論を聞いていても、お互いにまっとうなことしか言わないので、判断がつきにくい。早く決着がついてほしいものだ。

[PR]
by watari41 | 2010-08-29 20:27 | Comments(6)

職場の緊張感

 先日、我が町の中央公民館主催による、仙台管区気象台の見学会があった。なかなか一般には入れない所だと思う。

 気象庁は、最も民間に近い役所だと言われている。地震・火山課は、まさにそんなところだ。常に緊張感に包まれている。99%確立で起こるという宮城沖地震のお膝元でもある。全国の管区気象台のディスプレイが並んでいる。電話が頻繁にくる。どこかで少し大きな地震なのだろうかウオーンというサイレンがなり響く。すぐにテレビ会議を始めたいと言う申し入れが入ってくる。大変な職場だ。24時間の勤務体制で行っているのだという。

 部外者には、もう10年も前から99%の数字を聞いているが一向に地震が来ないのではないかという声もあるが、現場では臨戦態勢なのである。現在の科学レベルの粋を尽くして観測しているのだろうが、限界もあるのだろう。

 こんなすごい現場をみていると、いまや大阪だけで数千人規模に達している百歳以上の不明者と言うのは理解に苦しむ。戸籍と言うのは、役所の基本中の基本なのだろうと考えているからである。何とも緊張感の足りない話である。

 高校入学の時に戸籍抄本が必要だと言われたのだが、誤って戸籍謄本を請求してしてしまった。当時はまだコピー機械などはなく、原本を手で写すのである。分厚いものだったことを回想している。従って手数料も抄本よりも一桁高かったものだ。戸籍筆頭者から係累に繋がるすべての人が書いてある。
 当時は、戸籍にある人が存在しないなどとは考えられもしない時代だった。一族の中で行方不明者がいれば、それこそ大騒ぎである。

 現在は、人の移動の激しい時代なので、役所にもある程度は情状酌量の余地があるのだろうか。何ともわからないことだ。大阪といえば私には懐かしいところだが、先年、大阪市役所で信じがたい手当てを出して世のヒンシュクを買っている。緊張感が緩んでいるとしか思えない。

[PR]
by watari41 | 2010-08-25 20:39 | Comments(6)

老境

 現代では、もはや「老境」ということはないのだという。「枯淡の境地」だとか、それを表すいろんな言葉があった。しかし今やそんな心境になれる人はいないのだという。私も老人というにはまだ10年早いが、どんなものだろうかと思う。

 我々にしてもしかりだが、現代文明の進歩が早く一生の時間が、過去の人々の数世代に相当すると言える。歳を取る時間がないほどに目まぐるしくいろんなものが変わったし、これからも変わるだろう。人生50年の時代から平均寿命は30年ほど延びたが、昔も年寄りはいた。如何にも「老境」に入っている人だと想像のつく、悠々たるご老人を見かけたことを回想している。
 今や老人ホームを訪れてみても、そんなことを感じさせる人はいない。まさに介護によって生かされているとしかいいようがない。

 昔と今の大きな違いは「情報量」である。今や知らなくともよいことまで、何でも飛び込んでくる。その割合には隣近所のことを何にも知らない。それでも生活できる時代なのだから何とも不思議だ。ミイラや白骨と一緒に暮らしていても何ともしない。かつて考えたこともなかったことが、相当数これからも出てくるのかもしれない。

 「老境」という言葉を思い出したのは、同窓生の訃報を見てからである。70歳であった。最後まで働いていたようだった。私は退職してからの10年を、ものすごく長い時間に感じていた。これからの10年はさらに長いのだと思っている。いろんな役目ももう回ってはこないと考えている。しかし「老境」を味わうことはなさそうだ。こんな時代が良いのか悪いのか、何ともわからない。

[PR]
by watari41 | 2010-08-21 20:38 | Comments(4)

あ・うん

 向田邦子さんのテレビドラマを思い出す。中年男のひそかな片思い物語だった。フランキー堺、杉浦直樹さんらが好演していた。だが、作者は間もなく台湾の航空機事故で亡くなった。30年も前のことになる。何度も再放送された。印象に残るドラマの一つだった。

 昔から「あ・うん」は、大きなお寺の山門の左右に立つ「仁王像」である。口を閉じた「あ」像、口を閉じた「うん」像、その力強さは見る物を圧倒する。同等の強さを持たなければならない。

 「あ」は、すべてのものの始まりでもある。人は生れ落ちた時に、オギャーとなき、口を明け息を吸う。死する時は口を閉じる「ん」である。人生そのものでもあり、お寺では入る時と出る時に当たる。境内は全世界なのである。
 「あ・うん」は、日本人にとっては、宇宙そのものでもある。ひらがなは良くできている。「あ」から始まり「ん」で終わる。
 神社では狛犬の「あ・うん」である。

 向かい合う仁王像の「あ・うん」は、始まりと終わり以外に、それ自体で「あ・うん」の呼吸をも表す。全てを了解したということだ。何とも良い表現である。

 我が町にも「仁王像」が入ってきた。代々の藩主が祭られている格式高いお寺である。檀家の多額の寄付があったのだろう。京都の仏師の製作だという。お寺自体が文化財だが、さらにハクがついた。

 向田ドラマは、昭和初期の設定で、現代の時代環境とはことなる。「あ・うん」の呼吸で、全てが了解される雰囲気があった。新しい仁王像を見ながらそんなことを考えていたが、現代社会は、全てを語りつくさねば、相手に理解されない時代である。私も話し方教室に通っている。講師は地元民放の有名アナウンサーだった人だ。
 人は自分に都合の良いように聞いてしまうものだという。万人に誤解のないように伝えるのは、難しい技なのである。

[PR]
by watari41 | 2010-08-17 20:18 | Comments(2)

謝罪

 誠に申し訳ないのですが・・・をお願いできないでしょうか。アイアムソーリーだとか、我々はやたら謝罪の言葉を最初に置いてしまう。
 しかし、これが国家レベル、企業レベルの話になると、簡単には謝罪できなくなってしまう。
 日韓併合100年目にして、日本の総理大臣が謝罪の言葉を述べた。もっともっと早くてよかったのだろうと思う。日本の保守的な人達に配慮して延び延びになっていたのだろう。重要な書物まで韓国から略奪していたのだ。日韓平和条約で全てが終わっているので、もう何もする必要はないと安倍元首相は発言しているが、まだまだ韓国側からみて未解決の問題はあるようだ。

 広島への原爆投下にしても、アメリカは日本に謝罪すべきだと思うが、正当化するだけで何らの意思表示もない。戦後65年にして、初めてアメリカ大使が平和式典に参加したのだというから驚いてしまう。謝罪の言葉が出るには、やはり100年がかかるのだろうか?軍事施設に原爆ならわからないこともないが、明らかに一般市民を対象とした大量殺戮である。許されることではない。

 個人のレベルでも、交通事故などを起こしたときには、最初に謝ってはダメなのだと言われる。明らかに自分が悪い時もある。バツの悪い思いをしたこともある。
 在職の時のクレームもそうだった。明らかな人為的ミス以外は謝らないのを原則としたものだった。使用条件が悪かったのではないかとか、入荷後に何かをしたのではないのかなどと、あやぬイイガカリをつけてみたものだ。こちらで原因がわかっている時には何とも後味の悪い思いをしたことを回想している。そのうちにウヤムヤになってしまうのだ。

 謝って済むことかと、ドナラレタことなどもあるが、古来、そして未来も謝罪というのは、難しいものとして残るのだろう。

[PR]
by watari41 | 2010-08-13 21:38 | Comments(6)

おホトケさま

 日本での臓器移植は、いつも大変な話題になる。今回は本人の承諾がない初のケースだということだ。脳死がいつも問題視されるが、実質的には死亡だと思う。
 本人は死亡しているのだから、何もわからない。遺体に疵をつけられるのは家族の気持ち次第だと思う。その家族が了解しているのだから、何の問題もないように考える。欧米の医療現場では日常茶飯事に行われていることが、日本ではどうもうまくいかない。いつも大ニュースになってしまう。
 必要以上に遺体にこだわるところがある。2年前に起きた宮城県栗原市での地震で土石の下に埋まったと思われる行方不明者の捜索が今も行われている。

 日本人の死生観が大きくかかわっているようだ。あの世での暮らしに困るだろうとか、いろんな諸々のことがあった。しかし現代では火葬にするのだから、臓器その他は何もなくる。
 そして必要以上だと思うが遺骨を大切にする。高温でも燃え残った骨である。個別の家単位の墓で管理される。このあたりの風習では、最終的には土に還ってもらうということで、納骨室の下は砂土になっている。百年くらい過ぎると何も無くなってしまう。
 そうであれば、同時代の苦しんでいる人の役に立ったほうがよほど良いようにおもうのだが、いかがだろうか。そんな考えは仏道に反すると言われそうだが、死すれば物理的存在でしかなくなる。

 一般人の場合は、そんなことだが、歴史上の人物だとそうではない。遺体をそのまま残すことに意味が出てくる。最近、少し古い本であるが「レーニンをミイラにした男」を読んだ。医学者が著者である。今も生きるが如く、ガラスケースの中に保存されている。スターリンが社会主義の権威を高めるために、大いに利用したそうだ。そんなこともあってかソ連は70年も、持ちこたえた。

 日本人の遺体に対する考えも徐々にか、或いは急速にかもしれないが、変わるのだろうと思っている。今はお仏様と呼ばれているのだが、何と呼ばれるのであろうか。

[PR]
by watari41 | 2010-08-09 21:44 | Comments(5)

即身成仏事件

 推理小説風の表題になってしまった。「事件」の大きさはとどまるところを知らず広がっている。結果論として、いろんな評論があるが、超高齢者問題を事前に取り上げた所はどこもなかった。誰も予測していなかった事件である。

 近代になって人間の尊厳とか、極端には一人の生命は地球より重いなどと言われているが、現実にはまるで軽い。

 人間は土台、進化途上の不完全な存在でしかない。殺戮をし合い、戦争を起す。これまで平時において、他の動物と異なるような倫理観を持つことが出来たのは何故だろうかと思う。東西共に宗教があったからではなかろうかと思う。アジアでは仏教である。生きて悟りの境地に達しようとした。すなわち「即身成仏」である。死してミイラ化する「即身仏」とは異なる。

 厳しい修行、或いは目に見える仏、すなわち仏像を拝み、仏典を紐解いて、その境地に近づこうとした。それなりの戒律を有していた。すなわち「畏敬の対象」を持っていたのである。一般人も同様だ。
 しかし、現代に至るや、それらは全く形骸化してしまった。神も仏もなくなってしまった。形は残っているが、信仰しているわけでも何でもない。葬式に代表される如くである。初詣もいわばファッションでしかない。

 「畏敬の対象」がないと人間は堕落してしまうようだ。そして自分の利益のみを追求して恥じるところがない。昔はご先祖に申し訳ないとか、仏様にすまないとか自制の念というか恥じがあった。現代はもはや法律にかなえば、そして明るみにでなければ何をしてもよいという風潮が支配している。
 仏像も優れた芸術品・美術品でしかない。もはや崇拝の対象ではなくなった。

 昔は百寿ともなれば、その人自体が仏様みたいだった。「即身成仏」のように思ったことを回想している。今や受難の時代だ。東北からは未だ不明者が出ていないのは、昔社会が機能しているからなのだろう。

[PR]
by watari41 | 2010-08-05 16:06 | Comments(5)

日本の突然死

 30年も前に、現東京都知事・作家でもある石原慎太郎さんの著作で、表題のごとき小説が発表された。内容をしかとは記憶していないが、30年後の丁度2010年社会を想定したものだったと思う。

 社会党政権が誕生したのである(現在の民主党はまだない)。政権首脳である労働組合の幹部だった男がモスクワに招待された。そこでソ連の豊満なる美人スパイに見事にしてやられてしまう。日本の機密情報が漏れに漏れてゆき、日本は一瞬にして機能麻痺に陥いるという物語である。当時作者が考えていたのは、日本の宇宙技術が高度に発達し、人工衛星を自在に操り、他国の衛星を簡単に壊してしまうというシーンが冒頭に出ていた。最近知ったことであるが、はやぶさのイオンエンジンの粒子加速器に在職の会社が提供した、サマリューム・コバルト磁石が使われたそうで、何ともうれしいことだ。最強の磁石はネオジュームなのであるが、過酷な宇宙環境で使う耐候性に問題があったようだ。
 小説は当たらずとも遠からずで、アメリカでのロシア美人スパイの摘発とか、日本のはやぶさの飛行技術を考え、そしてやっと実現した民主党政権の迷走振り。

 もしかすると、近未来には違う形での突然死が襲うかもしれないと思っている。

 もっとも危険な要因は、大量の国債にあるのかもしれないと先日のテレビを見ながら考えていた。昨年は3回もヘッジファンドが国債の売りを浴びせてきたそうなのである。しかしそれを持ちこたえて、相手側は大損害を出して撤退したそうだ。一旦国債相場が崩れると、利息が急上昇して第二のギリシャの可能性があるようだ。
 バブルの崩壊時がそうだった。ソロモン証券の売りをきっかけにして、はじけたのだった。
 現在の日本は糖尿病患者みたいなものだろう。自覚はしているのだろうが甘いものを断ち切れない。突然死の危険性は大きくなっているようだ。円相場も危険水準にあるようだ。誰がコントロールしているのだろうか。
 

[PR]
by watari41 | 2010-08-01 15:42 | Comments(4)