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会社が来ない

 半年ほど前になりますが、工場誘致に関する我が町の議会審議の詳細が公開されております。
 「審議内容」ご興味のある方は、この議事録の95~105ページをご覧下さい。

 我が町に激震が走った。工場進出が予定されていたエム・セテックという会社が4月28日に進出を白紙撤回したのである。太陽光発電の源であるシリコンウエハーを製造する会社だ。
 我が町は、進出の決定と同時に10万坪の土地を13億円で買収して、土盛りなどの基盤整備事業をしており完成間近だった。突然の進出撤回である。
 工場進出には多大な期待が寄せられ、町としては巨額な投資であっただけに、今後に与える影響は計り知れないものがある。町の財政は恐ろしく窮屈なものになっていくことだろう。
 当時の進出決定に当たっては、町長の活躍が伝えられた。進出会社の個性的な社長と意気投合して当町への立地が決まったというものである。太陽光発電は、今後巨大な市場に成長するだろうことは論をまたない。小さな会社などは吹き飛ばされるだろう。そんな背景からエム・セテック社は、思い切った規模拡大の戦略に打って出たようだ。
 それにしても10万坪というのは広大なものだ。製造会社に在職した一人としては、工事現場を見るにつけ賭け事に近いことをやっているなという認識をもったものだ。工場には千億円近い投資をするというのだから、銀行だって簡単には資金を出さないはずだ。そこで社長は、巨大会社との合弁を考えたのだ。実質的には個人会社の現状を、台湾にある世界的な液晶メーカー資本を入れることで、会社の安定感を増して、その力を利用しようとしたはずだ。しかし敵もさるもの、そう簡単に事が運ぶはずもない。大きな意見の衝突があったのだろう、力では及ぶはずもなく松宮さんというその創業社長は3月末で退職した。
 そうなってしまうと市場原理が働く。台湾の会社は我が町とは何の縁もない。現状は市況が芳しくないという一言のもとに中止されたのである。
 松宮さんは、個人的に再び事業を起こそうとしているようだが、簡単ではあるまい。我が町の今後を左右する重大な出来事だった。

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by watari41 | 2010-04-30 14:49 | Comments(5)

国から町から

 沖縄はアジアの戦略上の「要」である。そこに悲劇の原因があるようだ。第二次大戦の末期には、台湾を飛び越えて、米軍は沖縄に上陸した。戦後もずっと居座っている。戦争に負けたのだからやむなしということになるのだろうが、日本に領土は返還されているのである。密約もあったというが実質上は領土を買い取ったものだと思う。しかし戦略上の地位に変化はなく、米軍基地の移設は事実上困難なのだと思う。
 沖縄は、本来一つの国家であった。それを日本が併合した。そういうところでは得てして問題が発生している。ロシアで頻発しているテロも原因はそういうところにあろう。チェチェンという小さな国を無理矢理併合しているからだ。日本にそういう暴力的なことが起こらないのは幸いとしなければならない。

 原日本人という表現もおかしいが、先住民である縄文人の形態は、沖縄と北海道の人達によく残っているそうだ。本州では混血などによって、失われてしまっているようだ。
 人類は、発生してから一貫して進化の過程を辿ったのではなくて、絶滅してしまった人類も多くいたと言われている。2万年前にヨーロッパのアルタミラ洞窟に躍動する動物の芸術的な絵を残した人々などである。先住民と言われる人々はカナダなどに多くいるようだ。先のバンクーバー冬季オリンピックの開会式では、それらの方々に多大の敬意を表している。
 先住民の方々には、もともと「国」という概念はないのだそうだ。森や動物、自然と共存しながら人間は生きていくものだと考えているらしい。昨年発刊された本であるが「ウィ・ラ・モラ」という著作が河北新報に紹介された。著者は田中千恵、偕成社発行。著題の意味は「誰もが皆共に旅を続ける仲間」ということだそうだ。著者は奇しくも、在職の頃の同輩の娘さんで74年生まれ、隣の山元町出身である。本人は探検家と称しているが、社会科学者のような目で、カナダ西海岸の先住民のことが良く書けている。オマケに犬と狼とのハーフ犬を伴って旅をしているのが、我々の先祖のことを暗示しているかのようだ。
 その山元町は。昨4月25日に町長選挙があったが、過去30年ほどは自然擁護派の町長が誕生していたが、人口は大幅に減じてしまい併合的条件でもと我が町との合併を模索している。
 国家レベルから町村まで無理に一つの話にしてしまったきらいがある。ご判読いただければ幸いである。

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by watari41 | 2010-04-26 11:38 | Comments(6)

続:人生いろいろ

 小学校の同級生に出会った。耳が聞こえなくなったと補聴器をつけていた。近況を聞くと、奥さんが数年前から認知症で大変なんだとか。何とも気の毒なことだ。
 彼は中学校の後、商業高校に行きたかったのだという。しかし家庭の事情でとても仙台への通学は無理ということで地元の農業学校に入るしかなかった。卒業後に親戚の紹介で小さな鉄鋼商社の仙台支店に勤務することになった。明るい性格だったので、お客さんが来ると一杯いきましょうと飲み屋街をずいぶんと歩いたらしい。彼曰く、人間とは正直なものなんですよ。ご馳走しただけ注文をよこしてくれるんですよと語る。毎月何百万円も国分町に落としていたそうだからただ事ではない。そんな努力の甲斐?があったのか、受注がどんどん伸びて、ついには取締役仙台支店長となった。家に帰るのは、いつも午前様だったとか。よくぞ体が持ちこたえたものだ。しかし、奥さんは大変だったのだろうと思う。
 彼が役員になった頃、運悪く不況がきたのである。やむなく退職せざるを得なかったそうだ。常に前向きに物事を考えている男だ。現在の状況でもあんまりクヨクヨとはしていない。たいしたものだ。洟をたらしていたころを思い出すが、改めて見直した。彼の父親は戦死している。

 話は全く異なるが、戦時中の特攻隊で行き残った方と知り合いになった。10年ほど前に遠方での親戚の法要の時であった。隣席の人と話していたら、偶然にも我が町出身の2人の方と、同じ特攻隊にいたそうだ。そして自分だけが生き残ったというのだ。大正12年生まれの方である。エンジン故障で飛び立てなかったそうだ。自責の念にかられ、戦後に何度も我が町の墓前を訪れたそうだ。その両親との手紙の交換も幾度かしたが、先方よりつらいことなので、手紙も止めたいということになったのだそうだ。その家を私も知っている。商家で跡継ぎがいなくなって、養子の方が商売をしている。その話を商家の人にしたところ、戦後に尋ねてきた方を覚えているとのことで、そんなことを書き送ったところ、またその老人から返事をもらったことがあった。戦後65年になるがその間つらい思いなんですよというようなことが書いてある。先日もお便りをもらったが、まだ返事を書いていない。人生いろいろだ。

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by watari41 | 2010-04-21 16:49 | Comments(7)

人生いろいろ

 退職してから、町内のいろんな方々と会う機会が増えた。先日の宴席でのこと隣に座った方の話を伺った。70歳を少し越えた男だ。「私はこの町に住んで40年になります。その前は福島県の紡績工場におりました。日米繊維貿易摩擦で、工場が閉鎖したのでやむなく知人を頼ってこの町に移り住んだのです」。
 職探しに連日仙台に通いました。運良く長距離トラックの運転手になることができたのだそうだ。大阪に本社があって、農機具の運搬を専門にやっている会社なのだという。彼は驚いたのだそうだが、当時で給料を百万円もらったそうなのだ。我々の10倍である。話半分に聞いても凄いことだ。

 当時の稲作を中心とした農業は絶好調の時代だった。米価は毎年上がっていった。町内の農機具販売店のオヤジが言っていた。私は世界中をほとんどメーカーの招待で旅行しているんですよと言うのだからこれまた驚いた。また行ってないのはスカンジナビアくらいなもんだろうと、あっさりと言うのだ。この時代はまた自民党の黄金時代でもあった。

 あれから40年、何もかもすっかり変わってしまった。長距離トラックは今や地獄の職場と言われる。前述の彼は大阪の本社に行ってみたそうだ。今や細々とやっているんですよと言うのだ。
 農業もしかり、米価はかつての半分でしかない。しかも絶対量が減っている。数量アップに牛・豚の飼料としての米を増やす試みが始まっている。価格の安さを補填する補助金が交付される。
 心配なのは、その飼料米が人間界に安い米として回ってくるのを如何に防ぐかなのだと言う。それだけ貧しい人が多くなったのだ。かつての旨い米指向はくづれつつある。

 我々は、昭和40年代を良い時代だと回想していたが、もっともっと良い思いをした人が沢山いたのである。

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by watari41 | 2010-04-15 10:53 | Comments(6)

大仏開眼

 NHK大型ドラマを見ていた。現代的感覚を取り入れて構成したとされる。登場人物の中で聖武天皇の娘で、後に孝謙天皇となる姫には愛子さまを感じてしまう。最高権力者になる藤原仲麻呂には、小沢幹事長をという具合だ。古代ドラマにありがちな間延びしたところのないのがいい。
 主人公である「吉備真備(キビノマキビ)」はカッコイイ役だ。最後には専横をふるっていた藤原仲麻呂を仕留める。奈良時代も権謀術数の世界であったという想定なので、現代人の我々がみても面白いのである。
 権力を握っていた藤原一族は、かつての自民党にも比肩しうるかもしれない。小沢幹事長のルーツもその自民党にある。ドラマの最後でもある藤原仲麻呂のツブヤキがいい。「治世とはそんなに簡単ものではない」と言わせている。苦労している民主党に自民党が言わせているかのようだ。
 しかし、真備は見事にそれをやってのける。終わりのナレーションがそれを語っている。二代の天皇に仕えた真備は、仲麻呂を討ち取った後は戦争を起さなかったと。

 現代の不幸は、奈良時代のように吉備真備がいないことだと、このドラマは言外に語っているかのように受け取った。我こそはその真備たらんと、新しい政党を立ち上げたり、第三極と言われる政党が注目を浴びているが、帯に短し・・・・というような状況だ。
 
 大仏は、このドラマの象徴で、奈良時代中期の政治状況ドラマであった。各者各様の見方があったのだと思う。聖武天皇の妃である光明皇后は、慈悲深い方で貧乏人を助けなどと教えられたことを回想するが、当時は戦前教育の名残がまだあったのだろうと思う。ドラマはあくまで人間臭い天皇であり皇后で、権力闘争に明け暮れる貴族という設定で、それが現実だったのかもしれない。

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by watari41 | 2010-04-11 11:35 | Comments(5)

神の塔

 諏訪神社の「御柱祭」が始まった。1200年前から続いているのだという。奇妙な祭だと思ったことを回想している。大きな一本柱にどんな意味があるのだろうかと思ったものだ。
 それが、青森県で三内丸山遺跡の発見で、巨大な6本の柱がでてきたことで、ハハーンと一人うなずいたことがあった。ルーツは、3千年も遡った青森にあったのだ。6本が諏訪では一本になってしまったが、意味は似たようなものなのだろう。古代人が天にいる神を招き寄せるためのものだと推定している。
 勝手に推測すれば、「6」は、諏訪近郷の豪族である「真田氏」の旗印で有名な「六紋銭」に残ったのではなかろうか。
 糸魚川周辺のヒスイが、青森の遺跡にあって、当時すでに交流があったそうだ。糸魚川を遡ると諏訪の辺りに出るのではなかろうか。話が飛躍しすぎた。

 日本人は高い所が好きだ。東京タワーの入場者数は、驚くべきものだ。4000年前からの伝統と言ってはおかしいだろうか。今度のスカイツリーはもっと高い、しかも柱に近い形状だ。我々の潜在意識を刺激し始めているのかもしれない。

 2つのタワーは電波を発するのが主な役目だ。3種の神器といわれたテレビにその波を届けた。諏訪の柱は神木である。それに触れて神に近づきたいと現代人の興奮を誘っているようだ。

 現代の神器は、昔に例えるなら、ケイタイ・大型テレビ・エコカーなのかもしれない。テレビは最初の神器から生き残っている。
 テレビのお告げは神の言葉にも近いようだ。テレビに出場している人は神である。先日は原宿通りにその神の一人が現れたと、騒ぎが広がり怪我人まででた。多くの日本人は、そのお告げによって動く。選挙を左右し、流行も支配する。新しい神の塔は着々と出来上がりつつある。

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by watari41 | 2010-04-06 15:06 | Comments(5)

借り手か貸し手か?

 千兆円に近づいている国債を、国民一人平均にすると7百万円の借金を抱えていることになると、新聞紙上には出ている。
 しかし、我々は借金をした憶えはない。政府が郵便局・銀行などを通して借りている。その利息もきちんと払われている。日本国民が貸しているお金なのである。考えてみるとおかしな話なのだ。誰が利息を払っているのか。政府である。

 一人の人間が右のポケットから左のポケットにお金を移動するようなものだ。その都度、利息がついていく。
こんなことが長続きするはずがない。何かのキッカケがあれば、壊錠することは必死であろう。

 郵便局では、200兆円の預金の内でその80%を国債購入に当てているのだという。僅かな預金利子と国債利息の差異で、郵便事業は成り立っているのであろう。農協の金融事業も似たようなものだと思う。

 貸し手と、借りてとの関係は、今は我々は貸し手側にいるが、いつの日にかは、この関係が逆転するはずである。従って新聞の言う借金という表現もあながち将来をみれば嘘ではなくなる。

 子供手当てなどというのは、最も具体的な例かもしれない。政府が無償で支給するというが、とんでもないことで、政府が子供を持つ家庭に代わって借金をしてやっていると受け取るのが正解であろう。いつかは返済をしなければならない。

 大部分のお金は右から左のポケットに移ってしまったが、まだ若干の余裕がある。今年度も44兆円を移す。

 民間会社には貸借対照表というのがある。常にバランスは取れている。千兆円が消えてもバランスは保たれるが、国家の総資産がなくなったことになる。今のままだと消えた先がわからない。事業仕分けなど、まだまだ足りないということであろう。

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by watari41 | 2010-04-02 14:07 | Comments(6)