<   2010年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

手数料

 年に2回ではあるが、地元紙の集金にやってくる男がいる。私とは同世代である。不意にやってくるので、手元に現金の無いときもあり、再び足を運ばせることもある。銀行の自動振り替えにすれば、料金は同じなのであり、こちらとすればその方が楽なのだが、彼は現金集金することにより、その「手数料」が目当てなのである。銀行になどと言わずにオレに支払ってくれというのである。もう何十年も続いているのである。本人はきわめて真面目な男なのである。今時としては、現金集金は珍しい話だと思う。
 手数料といっても、何%かの微々たる金額なのだろうが、彼にとっては手放せない収入源なのだろう。それにしても銀行は自動的に「手数料」を稼げるのだからいい商売なのだ。022.gif

 集金の男は、御礼にと新聞社の名前が記入されているタオルを置いてゆく。しかしそのタオルの質が年々低下しているのである。かつては厚くて立派なタオルだった。しかし最近は安宿の温泉ホテルで渡されるような薄いものになってしまった。新聞社もそんなところにお金を使っていられないとなったのだろうか。

 電気・ガス・水道・地方税・保険税・NHKなどいずれも自動振り替えになっている。一年間の手数料を合わせると、個人でも結構な金額になるのではなかろうか。便利なようで、おかしな落とし穴がありそうだ。直接納入したら、その分が個人には返還されないのだろうか。数万円にはなりそうだ。005.gif

 個人集金に限らず、「手数料」で飯を食っている人達も相当数いるのだと思う。手数料稼ぎみたいな輩も結構いるようだ。どこそこを通して納入するようなことで、何%かを上納するようなこともあるのだろう。キックバックなどという裏手数料もあるようだ

 銀行間の振り替え手数料というのもやけに高い。600円以上も取られて驚いた。高額な電算機システムを使っているからやむを得ないのだろうか。日本の経済システムを維持する手数料として、払わざるを得ないものだろうかと思っている。
071.gif
[PR]
by watari41 | 2010-03-29 20:34 | Comments(6)

卒業シーズン

       朝に和漢書を眺め
      昼は囲碁と遊び
      夕にVBAを習う       028.gif

 かなりキザな表現をしたが、いずれも超初心者の域を脱していない。歳をとると古いものに憧れる一方で、知らないことにも挑戦してみたくなる。昔からやっていることは当然継続している。囲碁を覚えて60年に近いがさっぱり上達しない。片や20歳で名人位を獲得した井山さんという若者もいる。大概のご老人は、程度の差はあれ私と似たような実力だ。そんな人達が集まった大会もある。
 VBAとは、パソコンのエクセルにプログラムを書いて使う便利な方法だ。エクセルはその機能のほとんどを使えるが、これは未知の領域である。幸いにもパソコン電話を使って教えてくれる人がいた。なんとかモノにしたいものだ。

 3月はいろんな行事がある。先日は小学校の卒業式に、ある関連で招待された。義務教育の間は平等がモットーにされている。誓いの言葉は、長い文章を文節毎に一人づつ発音して終わる。変な感じだ。
 校長の話では、先生が良かったのか卒業生で分数に秀でたクラスがあったそうで、平均点が90点を越えたとか。ここで分数がわからないと大変なことになることは、以前に書いただろうか。知人の孫に高校・大学と推薦で入学した子がいた。学校の授業がわからないといっているので見てくれといわれた。微分・積分かと思ったら、何のことはない分数だったのである。従ってそれ以降がまったくわかっていなかったのだ。

 少し内容は違うが、やはり大学に入学した孫が連絡はすべからずパソコンで行うといわれたそうだ。早速知人のジイサンは、機器を購入し光回線への切り替えもしたが、ネットへの接続方法がわからないと呼びだしを受けた。その孫は、接続されてしまうと、今度はもうお手の物で自在に使っていた。何ともおかしな話である。

[PR]
by watari41 | 2010-03-25 11:28 | Comments(6)

未来志向

 韓国大統領が日本に対してよく使う言葉が「未来志向」である。恨みツラミはあるが、過去を振り返らず、未来を目指して進もうというものだ。好意的な発言なのである。
 これに対して中国では逆に日本は「歴史認識」が足りないという。過去に対する反省が不十分だということなのだろう。これまでの戦争に対するいろんな解釈はあるのだろうが、両国の公式な見解は大きく異なっている。中国は表面的には厳しいことを言っているが、今や日中間の貿易額は世界最大なのではなかろうか。まさに政経分離なのだ。
 
 ビジネスの世界もこれまた未来志向である。在職中のことを回想している。古いことを言ったって何にもならない。今期をどうするか、来期はどうなるかだというような話にいつもなるのであった。しかし昔からのお付き合いがあったり、しがらみを断ち切れないのは日本人の良いところでもあり、悪いところでもあろう。
 お役所などは、反対に「前例に従う」ということが多く、また裁判は新しい判決には「画期的判断」などという形容詞がついてしまう。つまり常に過去をみているのである。

 先ごろ、ソ連の老朽化した原子力潜水艦の解体に日本は数十億円の資金を出し、技術協力をした。これも始まったばかりの頃は、ソ連はケシカランと思っていたのだが、強大な武力が使われずにお役ご免となるのだからこれほど目出度いことはない。戦争になったことを考えると実に安い出費だったのである。巨視的に見れば未来志向への出来事だったのだと思う。

 我々は、未来というのは常に明るいものということで育ってきたのであった。しかし今や環境問題をはじめ暗いことの話題が多くなってしまった。夢の世紀だったはずの21世紀も10年をすぎた。2010.3.21の東北地方も記録的強風のなかで次の10年には何らかの期待を持ちたいと思っている。

[PR]
by watari41 | 2010-03-21 12:00 | Comments(4)

トキとテン

 今や悪動物の代表みたいになってしまった「テン」は気の毒なことである。黒テンともなると欧米では超高級毛皮としてもてはやされる。18~19世紀になるとロシアには黒テン成金もでたそうだ。そんな小動物を追ってロシア人は千島列島を南下してきて領有をしたのが北方領土問題の原点らしい。司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」で、そんなことを読んだ記憶がある。

 かつては、地元紙の一面トップに大きく「テン」の写真が掲載されたこともあった。何十年も前のことになる。高度経済成長期に各地の乱開発が問題視され、仙台の青葉山地区も生態系がおかしくなってしまったのではないのかと専門家は心配していたのである。そんな時に「テン」が生息していることがわかったのである。新聞には、生態系の頂点に立つ「テン」がいたことで、生態系の保持が確認されたというものだった。

 トキを孵化させ成長させるには、一羽につき数千万円の費用がかかっているのではなかろうかと思う。「テン」はイタチ科の動物で動きが素早い。私が子供の頃、我が家でも鶏が10羽ほどイタチに全滅させられたことがあったことを回想している。ウサギもやられた。
 今回の事件だが、もともとは佐渡には「テン」はいなかったのだという。野ネズミ退治のために持ち込んだといわれる。「トキ」のゲージには沢山のスキがあったようだ。よくも今まで無事だったのが不思議である。施工がお粗末だったようだ。
 我が家で鶏がやられたときには、金網小屋の外から穴を掘られてしまった。夜中のことなので何ともならなかった。トキ事件ではそんな必要もなく金網を上りスキマから入り込んだようだ。

 「トキ」は人間の環境汚染によって、一時は絶滅した。人工的に復元はしたが自然界に脅威はたくさんある。それらを乗り越えて優雅な姿を残してほしいものである。

[PR]
by watari41 | 2010-03-16 17:13 | Comments(4)

無料です

 我々年代にはタダほど高いものはないという感覚がある。しかし、先日のNHKクローズアップ現代を見ていたら、無料ビジネス花盛りのような内容だった。広告に頼るでもなく、一部の方々が支払う有料々金や顧客データが収入源のようだ。
 無料ビジネスをもっとも早く唱えたのは、今や誰でもが知っている松下幸之助さんの水道哲学というものだ。喉が渇いたからと水を一杯もらっても料金を尋ねる人はいない。水は無尽蔵にあるからだ。そんな風に家電製品も大量に作ればタダに近くなるというものだ。現実もそのような具合になってきている。テレビやパソコンはかつて高価な時代があった。松下さんは後世に残るビジネスモデルを予言したことに偉さがあったのだ。
 パソコン関連のデジタル記憶容量は、もはや無限大といってもいいような大きさになっている。従って単位当たりの価格は殆どゼロに近い。通信回線の容量も光になってからはそんなことだ。

 昔の無料というのには裏があったものだ。ハイハイ商法に代表される如く後で何万円もの商品を買わされる。最近は不景気のこともあるのだろうが、無料廃品回収車がしきりに街を回っている。これもまた悪質なものがあるらしい。廃品処理費用として後で8万円を請求された方もいるようだ。

 ゼロには特別な魔力があるのだとも番組では紹介していた。人間にとってタダと1円とでは大きな違いがあるというのだ。いくら安くとも有料品にはためらいがある。
 
 また、無料は無価値ともちがうところが面白い。何十年も前にご近所で豚を飼ってる人がいた。エサを集めにやってくるのである。現在でいえば生ゴミだが、当時は価値があった。しかしお金を請求するなどのことはない。無料である。テレビを見ながら、そんな諸々のことを回想していた。

[PR]
by watari41 | 2010-03-11 20:39 | Comments(5)

車は安全か

 自動車は決して安全な乗り物ではない。かつて、このブログでも紹介した逸話を再度掲載しよう。
 「宇宙の神が地球人に、とてつもない便利なものを与えよう、その代わりに人間の生き血を毎年10万人づつ捧げてくれ」というもので、この条件を地球人がのんだので自動車がこの世に存在するという話である。
 古代アステカ人の話に、太陽が失われないようにと、生きた人間の心臓を捧げるという儀式があったが、なにやらその話を思わせることだ。

 毎年全世界ではおびただしい事故死が起きている。ほとんどはスピードの出しすぎなどによるものだが、車自身に起因するものもあるようだ。
 電子制御系の誤動作で突然のスピードアップとかブレーキが利かないものがあるとされる。明確な原因は明らかにされていない。
 この話を聞いて、航空機に乗る時のことを思い出す。携帯電話などの電子機器の電源を切って下さいというものだ。安全運行に支障をきたす場合があるというのだ。必ず影響があるというわけではなく、何万分の一かの確率で影響が出るらしい。
 航空機の方が、自動車よりはるかに単位km当たりの死亡事故は少ないということだ。航空機事故は大きく報道されるので、錯覚しがちである。
 今や自動車も航空機同様に電子化されているが、内にはラジオやテレビ、外からはGPSの電波など、いろんな悪い環境にさらされている。事故もありなんという感じを持っている。

 安全と安心ということがある。安全は物理的なものだ。安全ではあっても安心して乗れないという場合がある。これは心理的なものだ。トヨタは米国議会がら狙われたと考えているが、トヨタ社内にも多少の奢りが出てきていたのだと思っている。ほとんどの自動車がブレーキが優先して必ず利くように設計変更があるらしい。もっと早くにやるべきだったのだろう。

 
[PR]
by watari41 | 2010-03-07 20:08 | Comments(6)

津波予測

 気象庁が、今回のチリ地震津波の大きさを誤ったとお詫びの記者会見をした。率直で清々しい感じを持った。民間に一番近いお役所と言われる所以でもある。前原大臣は例によって、より安全な方向に数字を持っていったもので、謝る必要はないというのだ。
 しかし、ここは謝って良かったのだと思っている。30万人に避難指示・勧告を出したが、従ったのは6%にも満たない。それぞれの現地で個人的に判断していたようだ。気象庁の情報と、目の前の現場を見ながらの行動をしていた様子をテレビでやっており、それなりに正しかったのである。また、ハワイで1mなのだから日本で3mはおかしいと判断した人もいた。この差異を放っておくと、素人判断はいずれとんでもないことになりそうだという思いがあった。日本の沿岸地震に対しても、津波予報は、過去にはいずれもオーバーなものであった。
 徐々に精度は上がってきてはいるのだろうが、天気予報並みになるにはしばらくの時間がかかるのだろう。
 最も驚いたのは、海の被害である。養殖・養魚などのイカダが大量に流され破壊された。こんなことを予測し警報されることはなかったろうと思う。50年前のチリ地震津波を知る漁師さんなどは、直感していたらしいが、大きく報道されることはなかった。海の被害は津波の高さではなく、そのエネルギーが問題となる。

 それにしても、世界各地では巨大地震が多い。今回のチリはM8.8、50年前はM9.5、数年前のインドネシアではM9.1。
 必ず来るという、宮城沖地震はM7.5程度だから、世界的な巨大地震と比べると百分の一から千分の一のエネルギーに過ぎない。我々は、それを戦々恐々たる思いでみているのだ。

 歴史的には、慶長(1600年)・貞観(860年)の大津波が宮城県の内陸部に到達している。近くは明治や昭和8年の三陸大津波がある。これらはまだ十分に解明されたとは言い難い。
 毎週金曜日夜のNHK地域ニュースで、宮城県沖から内陸部にかけての地下100kmくらいまでの、微小地震を捉えてプレートの動きを表した、週間地震ニュースのような報道があり、興味を持って眺めている。よくぞこんなことができるようになったものだと思う。

[PR]
by watari41 | 2010-03-02 14:15 | Comments(9)