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大気の汚染

 思わぬところで意外な仕事をしている人達がいる。こういうことを言うのも失礼なことだが、「宮城県保健環境センター」の話である。

 我が町の公民館では、毎年夏に一般町民向けに塾を開いている。今年のテーマは「環境」である。上記センターから講師がきて話をされる。大気の汚染について長年に渡る大量のデータを紹介された。我々は昔から比べるとずいぶんと空が汚れているような感じをもっている。満天の星というか銀河などが見えにくなってきている。

 しかし、人体に有害な物質に関してみると減少傾向にあるのだという。これは企業に対して規制を強化しているからである。トリクロールエチレンなどがそうである。30年も前の在職中の頃から使用禁止になった。油まみれになった金属部品の洗浄などには最適なものであったことを回想している。ただ作業現場の人は定期的に肝臓検査をやっていたものだった。工業的に有用なものは、どういうわけか人体によくないのだ。フロンとか重金属がそうである。

 大気の検査は実に細かくやっている。宮城県では12箇所の観測点で14の汚染物質について一時間毎に測定して、インターネットで公開されている。
ここをクリックすると表示されます。上欄に有害物質が14個記載されてますので、それをクリックするとその物質の値が表示されます)
 我が町の隣、山元町にも測定装置がある。ここは空気のきれなところとして知られている。結核が猛威をふるっていたころに、国立療養所ができた。大きな病院である。今は結核患者も減ったので、医師も少なくなり一般病院化したが今や存続の危機にある。だが山元町の空気は今も不純物は少ない。

 保健環境センターは、各県に設置してある。そして環境省が統括して全国の様子がわかるようになっている。光化学スモッグの発生予報などもやっている。恥ずかしながらこのセンターを知らなかった。空が濁って見えるのは、空中に微小な(髪の毛の直径の数十分の一)という粒子が多く漂っているためのようだ。ディーゼルエンジンからの排出が主な成分だという。人間が吸い込むと肺がんになる可能性があるという怖いものだ。
 
 大気への関心はもっぱら二酸化炭素にあったように思うが、実に様々な有害物質が放出されている。この辺りは大きな工場がないので、もっぱら自動車の排気ガスによるものが多いようだ。私も古い車を持っているが、なるべく乗らないようにしている。動かさなければ、ハイブリッドカーに勝る。
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by watari41 | 2009-07-26 21:40 | Comments(10)

英雄と凡人

 英雄・偉人の生涯というのは、よくわかるのだが、その時代に生きた一般の人々の生活だとか、考え方というのは、ほとんどわからない。
 日記を書き残しているのも、当時の上流階級者である。人口の大多数を占めたであろう人々の生々しい姿が見えてこない。
 歴史とは、英雄が作るものであろうが、それを支える底辺の人達がいる。その暮らしぶりが不明なのである。
 
 我々の子供の頃に尊敬する人を上げなさいと言われると、歴史上の英雄とかアフリカで活躍していたシュバイツアーさんなどを書いたことを回想するのである。そんなことしか教えられなかったし、新聞雑誌などにもそんな記事しかなかったと思う。その尊敬する人を誰も不思議には思わなかった。

 しかし、それではまずいという気運が出てきたのだと思う。私らの子供の世代になると両親をあげたり、身近な人を上げることが多くなったようだ。
 だが、これもまたおかしな話ではある。私を含めて多くの親は単なる凡人にしか過ぎない。親が大事であるという教育があったのであろうか。現代の親が昔の親に比べてよく働いているなどという実感はさらさらない。

 多くの人々は一人のサラリーマンにしか過ぎない。昔は農民であったのだろう。過酷な労働があったにちがいない。祖父の弟は、農業者にだけはなりたくないので、学校にやってほしいと必死でその父に頼み、峠を一つ越えた隣の角田中学校に朝の五時に起きて朝食の握り飯と昼食とを持って、行きと帰りに3時間の道のりを徒歩通学したのだという。晩年に実家である我が家に来て酒を飲むと必ず出てくる回想談をひととおり終えて帰るのであった。
 その子供の頃(明治時代)の貧乏な生活など、一般の人達の水準ではあったのだろうが、なかなか想像がつかなくなってきている。
 もっと昔には、さらに過酷な生活があったにちがいないが、そんなことを記録する人もいなかったのだろう。
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by watari41 | 2009-07-23 11:59 | Comments(4)

風向き

 風はいつ何時、どう変わるか分からない。大雪山系で我々年代の人が10名も凍死した。夏山といえども怖い。高齢化して体力は急速に落ちている。私などは人より老化が早いことを自覚している。若い頃はガムシャラに登ったものだが、そんな力はなくなった。山は気をつけないといけない。
 その日、宮城県の南端にある我が町でも午後から急に荒れ出した、漁港を出て一人で操業していた63歳のベテランの方が波で海に投げ出されたのであろうか、無人の漁船が隣浜に打ち上げられた。船の名前もその方も耳にしたことがある。まだ発見されていない。

 宮沢賢治の童話「風の又三郎」に、子供がわかりやすい表現で、地球規模での風の科学が解説されていた。時代が進み現代の気象予報は、高度な数式を使って計算しているらしいが、局所的、突発的な変化にはまだ対応できていないらしい。自然現象の詳細はまだまだ解明されていないようだ。その気まぐれさは人間行動にもあてはまると、金融工学が誕生したのだというが、人間心理の奥底までは計算できなかったようだ。

 政界の風向は、有権者の心理そのものなのだろう。ひょっとしたことでくるくる変わってしまう。今は自由民主党に対して極端な逆風となっている。日本人特有の、この心理を巧みに利用して旋風を巻き起こしたのが小泉さんだった。
 対照的に一定の方向にしか風の吹かないのが、宗教団体を母体とする政党だ。信者がマインドコントロールされているのだから、変わりようがない。20代の投票率が極端に低いが、この信者だけが投票しているという説もある。トップが右を向けといえば、何百万人もが一斉に方向転換できてしまう。これがまだ日本の数%にとどまっているのは幸いなことだ。

 選挙まであと40日、支持政党なしという30%を越える人達が「又三郎」のように風に乗ってやってくると、政界の勢力関係はすっかり変わってしまうだろう。風が吹いていない選挙ではこの人達は棄権していたのではなかろうかと考えている。最も政治に敏感な人達であるかもしれないのだ。
 民主党が政権をとると財政的な裏付けが心もとないと言われる。しかし今までにものすごい借金を重ねている。麻生さんも景気対策だと何兆円もバラまいている。高速道路を無料化したところで、いくらも資金はかからないだろう。政権交代でどれほどの無駄がなくせるのかに興味を持っている。
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by watari41 | 2009-07-20 11:15 | Comments(8)

パンツの思い出

 ある衣料品店にて、5枚セットの男子用パンツを480円で買った。あまりにも安すぎる。新疆ウイグルのマークがあった。それにしても一枚100円弱とは、恐らくは現地を出荷する時は、10円くらいなのであろう。裁縫もしっかりしている100%綿と表示してある。材料代も入っているので縫い賃は数円にしかならないのだろう。
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 如何に中国も市場経済だとはいえ、これでは暴動も起きると思ったものだ。現地価格の安さを思い知ったのは、釣りに使うゴカイなどのエサである。店頭に表示してある販売価格の十分の一が、中国での現地出荷価格なのである。
 生エサと衣料品では、当然ながら販売倍率は異なるのだろうが、世界中の最も安いものが入ってくる時代なのだ。在職した会社は、こんな魚のエサまで商売した。問題がなかった頃の北朝鮮からの輸入もあった。巨大製鉄会社は排水温度を利用して魚の養殖まで考えた。猫も杓子も経営多角化の時代があったことを回想している。

 中国政府の情報統制や武力を使った鎮圧はひどいものだが、半世紀も前のソ連の周辺諸国への武力介入を回想する。昭和30年頃のハンガリー、10年後のチェコスロバキアなど戦車が蹂躙した。しかしその20年後にソ連は崩壊するのである。中国も同様なことがおきるのかどうか注目している。政治と経済に必ずや矛盾が出ると思うからである。

 さてパンツに話を戻すと、子供頃は現在の形式と異なるものをはいていた。ステテコを短くしたようなもので涼しいものだった。いつの頃からか体にフィットするものに変化していった。昔のものは、ゴムひもが良く切れたり、伸びたりしたものである。2着くらいしかないものを、とりかえひっかえしてはくのだからいたみも激しくなる。ゴムの品質も悪かったのかもしれない。ゴムだけを取り替えるのだった。夏はこのパンツ一本で遊んでいたことを回想している。
 ゴムヒモは家庭の必需品だったので、よく販売業者が一軒一軒を回っていた。押し売りというと、ゴムヒモが代名詞みたいな時代もあった。

 現代の押し売りは、電話でやってくる。生命保険、屋根のソーラー発電等である。保険は70歳近くでは入れるものがない。ソーラーは如何に政府補助があるとはいえ年金生活者にはやや無理である。
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by watari41 | 2009-07-15 18:42 | Comments(8)

歴女の方々

 現在は、どんなキャラクターがブームになるのかわからない。戦国武将が人気なのである。片倉小十郎が若い女性に圧倒的な人気である。
 蛇足ながら付け加えると、小十郎は伊達政宗の家臣で仙台藩-白石城主一万八千石である。徳川幕府は一藩一城と厳しく制限したが、仙台藩では例外的に白石を城として認め一藩二城の体制を許されている。その他は城ではなく要害とか舘と呼ばれている。我が町にあるものも一般的には城と呼ばれているものの要害なのである。仙台藩62万石には21の要害がある。

 先日、我が町の歴史講演会で資料館の学芸員の方が、そんな諸々の話をされた。驚いたことに、同じく政宗家臣のわが城主伊達成実(シゲザネ)二万四千石も、それなりの人気を有している。インターネットに「成実三昧」(伊達成実専科サイト)なるものを運営している女性がいるのである。それも京都の人だ、察するに30代なのであろう。実に詳しい。
 リンクを辿れば、現在、伊達成実に関して知られていることは全て網羅されているようだ。わが郷土史会が発行している100号に達する冊子も全て目を通しているようだ。学芸員も舌を巻いていた。仙台そして我が町の歴史SNSでもあるかのようだ。
 現代に活躍している人々もリンクしたり、白石市の小十郎プロジェクトもまたリンクされ、これを読むと仙台藩歴史の三分の一程度は分かるような感じがしている。
 仙台のグリーンカフェというところが、片倉小十郎オリジナルサウンドを作った。一風変わった音楽である。

 本家・本元の伊達政宗の人気もひとかどではない。政宗なる地ビールがある。買うと名刺が入っている。相当な売り上げであろう。
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 歴女と言われる人達は一点集中で他のものには見向きもしないなどとの批判もあるが、何はともあれ古来の日本文化に触れていただけるのは幸いなことだと思っている。

 学校での歴史の授業が極端に少なくなっている。ゲームがきっかけであるのかも知れないが、日本史の一端を歴女の方々は専門家並みに知ったのだと思う。
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by watari41 | 2009-07-11 11:41 | Comments(6)

愛という文字

 かねて、直江兼続の「愛」という文字には、どうもひっかかりを持っていた。現代の我々がイメージする愛ということと、戦国武将の兜文字ということとでは違和感がある。ドラマでもうまく説明しきれていない。
 そんなところに、7月4日仙台に行く時に駅で買った産経新聞を車中で読んでいたら、作家の曽野綾子さんが面白いことを書いていた。日本人が理解できない「理性の愛」というものだ。

 ギリシャ語には英語にもない微妙な愛の形態を表す4つの言葉があるのだという。家族愛・性愛・友情などの自然な愛。そしてもう一つ、アガーペという敵をも愛する「理性愛」なのだという。日本人にはこれが苦手なのだという。聖書にも「汝の敵を愛せよ」とあるが、適当な日本語がないので愛という文字を使っているが誤解を招いているという。「敵を好きになって愛せと言ったのではなくて、意思をもって自分の情に反しても理性の愛を持て」ということで、相手から感謝されることはなく、時に侮辱されることもあるが慈悲と善意を持って相手の為に一番いいことをしようとする。これが「理性の愛」なのだという。キリスト教でいう愛は、このことを言っているのだとおっしゃる。そのいろんな例をあげて、日本人には、これが欠けているのだということだ。

 偶然にもタイムリーなことを読んだものだ。曽野さんの文脈に付け加えるのも僭越なことだが、日本人というのには(現代の)という但し書きがいるのだと思っている。兼続の時代の日本人には、その愛を理解できたのではなかろうかと考えるのである。
 「愛」は、論語の仁愛から取ったことは言うまでも無いが、我々はもはや論語を理解できていない。孔子は「理性の愛」ということ説いていたのではなかろうか。そして江戸時代までの四書五経をよく学んだ人達は、そのことを会得していたのではなかろうかと思う。

 論語はいきなり第四の愛に入っている。しかし現代の我々は「愛」という文字にギリシャで言う最初の3つの事柄しか浮かばない。戦国武将とはかけ離れたイメージなのである。だが当時の秀吉、家康、政宗にしても多少の違和感はあったのかもしれないが、そんなことを記録されたものはないようだ。

 ドラマでは、主演俳優の人柄もあって、視聴者には何となく理解されているのだと思っている。
 変な話ではあるが、謙信と信玄は、お互いを「愛」していたのかもしれないと思っている。
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by watari41 | 2009-07-07 15:33 | Comments(9)

消費者は王様か

 6月末に農協の総代会があった。農家10軒に一人くらいの割合で総代が選ばれてその人達が集まるのだ。500名ほどが出席した。
 私は名ばかり農家の一人であるが、農協組合員なので順番が回ってくる。出席者にはもちろん専業農家もいるが大半はその専業農家に田畑をあずけている私と同様な人達だ。
 初めての出席だが、シャンシャン大会とは異なり、皆さん、大いに意見を述べている。

 わが町特産の「イチゴ」のことであるが、一パックは300gである。ところがさる消費者から、農協に297gしかなかったというクレームが来たそうなのだ。計測するほうも、する方だ。そこで農協は、これは大変なことだと一パックを310g以上とするようにとイチゴ農家を指導したのである。それに対する農家の意見だった。実質的に3%の値引きではないのかという意見である。農協執行部の考えは、規定重量に満たないものは表示義務違反であり、そういうことが報道機関に知れ、騒ぎになると、仙台イチゴというブランドを一挙に失墜してしまうことになるので、やむを得ない処置であるというのだ。そこまでやらなくはならないのかとうなってしまった。消費者は王様であるか。

 イチゴ農家の労働たるや大変なものだ。その節になると家族総出で早朝からの作業がある。個人でやってる方は針のついている台計りにピョンピョンと乗せていく、多少の誤りは出てきそうだ。大方の購入者はそんな事情はわからない。多少は目をつぶってもというところがあてもいいのではと思ったものである。

 総会では農協から分厚い冊子が渡される。決算の数字を見るとこの大不況下にあって、前年度とあまり変わらない数字が並んでいる。多少の業績低下はあるもののたいしたことではない。第一次産業の特徴的なことなのだろうか。

 世界経済の影響の見られたものが2つあり、穀物飼料価格の値上がりと、もう一つは農協金融の最上部団体である農林中金への出資金が3億円増加したことである。農林中金がその資金運用を他の金融機関などと同様に債券運用などに失敗したのであろう、金融機関の安全目安である自己資本比率が、危険水準を割り込んだので、それを補うためのようだ。全国の農協から集めるのだから莫大な金額となるのだろう。昔は個人がお金を借りるのに銀行は扉が固いので、農協が最後のよりどころだったことを回想しているが、今や金余りの時代、莫大なマネーが農家からも中央へ吸い込まれる一端を垣間見た。
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by watari41 | 2009-07-04 10:05 | Comments(8)