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P-D-C-A

 町の広報誌を読んでいたら驚いた。今は懐かしい品質管理の話が出てきた。P-D-C-Aである。行政の評価に品質管理の仕組みを使おうというのである。(図は広報誌をコピーした)
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 日本が戦後いち早く世界でも名だたる工業国となったのは、品質管理のお陰だと言われている。
 アメリカのデミング博士の提唱を忠実に実行したのである。品質は検査ではなく、製造工程で作られるというものである。多くの会社は成功したようだが、元の木阿弥と化した会社もあった。デミング賞の受賞というのは会社のステータスでもあった。第三次産業でも顧客満足度などが、評価基準となり、大いに流行というのもおかしいが日本を{QC」が席巻した時代があった。

 アメリカはまた別の形で対抗した。簡単に言えば良い品質が保証されるだけの標準規格類が揃っているかどうかということだった。数十年も前の出来事だが、在職中の懐かしい回想のひとこまである。日本の工業規格「JIS」と国際規格である「ISO」とのNO整合が計られる頃でもあった。

 今や、というより一昔も前からだが、環境問題がうるさく言われるようになった。ISO 14001という規格をクリアーすることが最低条件みたいになった。それを取得できない会社とは取引が出来ないなどとも言われたものである。
 これは、恒常的にP-D-C-Aを行って、絶えず前進していける会社ということでもある。
 かつては、日本の部品は一流であるが、東南アジア製のものは二流品として区分していた時代もあったが、それもある時を境にして同等となったのであった。

 さて、地方自治体におけるP-D-C-Aであるが、上手に軌道に乗せることができるのかどうか、注目しているところである。
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by watari41 | 2009-06-29 10:07 | Comments(2)

分散化の時代

 我が町の田園地帯に大きな「公共用地」がある。田んぼを区画整理した時に出来た土地である。何年間もそのままになっている。
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 現在は街の中心部にある役場などの公共施設をそこに移設しようとの計画であった。
 今の役場は昭和38年前に出来たものである。当時としては鉄筋3Fの立派なものができたと感心しながら見ていたことを回想している。しかし、まもなく自動車の時代がやってきた。駐車場の確保に周辺の家の敷地を借り、また建物の増設はプレハブで間に合わせをしている。
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 町の財政難などもあって、公共用地はまだ建物が立っていない。他への転用は農水省との約束があって、工業用地などにはできないそうだ。明年度には最初の公共建築の具体案がでるようだがきわめてスローな動きである。

 先日、町会議員を交えての、そんな土地を巡る話題での懇談会があり出席してみた。いろんな方々の話を聞いていて、どうもこれからは「分散化」の時代ではないのかと感じた。広い土地に、立派な公共施設が林立するという時代ではなくなってくるようだ。

 コンピュータを考えてみよう。昭和の時代までは中央に巨大なホストコンピュータが鎮座していて、各所に端末があるという構図だった。
 しかし、平成に入るやサーバーが活躍する時代になり、パソコンの飛躍的な能力向上もあって分散処理が当たり前になった。民間では会社業務を丸ごと動かすソフトウエアなども出現しており実用化されている。

 町村役場を丸ごと動かす標準ソフトウエアも作ろうとすれば出来るのだろう。そして各地方自治体特有の事項については、カスタマイズをしていけばよいということになる。一枚ごとの伝票がすべて入力される。
 大容量のネットワークは今や光で実現できているし、自治体の運営状況が、どこからも一目でわかるという時代が遠からず実現するような気がしている。

 各所に点在する役場分室に住民がくると、どこからでも担当の方と画面でお話ができる。そして必要な書類は、分室でプリントアウトできる。大きな書類については本庁に取りに行くのはやむをえない。今やかつての端末はホストコンピュータとなっている。

 役場の新設が遅れていたおかげで、時代の最先端のテクニカル要素を取り入れることができるかもしれないと夢想している。
 
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by watari41 | 2009-06-25 17:56 | Comments(4)

風まかせ

 「エコ」という言葉を聞かぬと夜も日も暮れぬと言うよな昨今だ。エコカー、エコポイントなど等。エコという文字にはなんとなくオシャレな感覚がつきまとうから不思議である。ファッション化している感じがしないでもないが、深刻な問題でもある。

 エネルギーなのである。二酸化炭素を抑えた電力や動力を得ようということなのである。現代社会が必要とする莫大なエネルギーを風力や太陽光に頼ろうとしているのだ。おかしな話だと思っている。これだけ科学技術が進んだ世の中で「風まかせ」「お天気まかせ」にしようとしているのだから、何とも変なことだ。しかし、欧州では実用化が進展しているのだから、当面のところはこんなことしかないのだろう。

 もっと、つきつめると電池に関する技術発展が遅れてしまったのだ。さらには化石燃料以外のエネルギー開発が遅れた。
 歴史を振り返ると、技術の進歩と言うのはアンバランスなものである。4千年前にピラミドをどのようにして作ったのかが、今だ判明していない。近代社会にも似たようなことが起こっているのだ。ずっと後世になってから21世紀の地層を掘り起こした考古学者は、何故こんな巨大な風車を作る必要があったのかと驚くことだろう。

 巨大な電力を蓄えておくパッケージができなかったのである。人類は長年の間、マンガン電池とか鉛蓄電池に頼っていた。近年になってアルカリ電池とか、リチュウムイオン電池の開発がなされているが、遅れに遅れたというべきなのだろう。自動車業界に政府が補助金を出すことで加速しようとしている。一台当たり数十万円という信じがたい金額なのである。これまでは電池に関する競争も極めて少なかったというべきなのだろう。

 また、発電もエネルギー転換が遅れている。原子核の利用である。核分裂の制御には成功しているが、周辺のつまらぬ事故で信用を落としている。工事溶接での火災とか、油漏れとか、まったくどうかしている。

 究極的には核融合技術であるが、これがまた遅れている。数百万度の熱を発生させ閉じ込めておくのが困難なのである。磁気によって閉じ込めようとしているがうまくいかない。20年前くらいに、この分野を覗いたことを回想しているが、今頃は試験炉か実証炉が動いているはずだった。

 水力・風力・太陽光といかにもクラシカルなエネルギーに回帰せざるをえないのは、何とも残念なことに思っている。電子立国という言葉があったが、エコ立国になってほしいものだ。
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by watari41 | 2009-06-20 11:11 | Comments(4)

健康体操

 子供の頃から、どちらかというと私は虚弱体質に近かった。今もガリガリである。メタボなどには程遠い気がしている。従って体力がない。一晩徹夜しようものなら後々まで響いてしまう。高齢者になって益々顕著になってきたようだ。何もしないでいると、筋肉は急速に衰えるのだと言う。そんな傾向が見えてきた。寝たきり予備軍になるのもまずいので、筋肉運動のひとつである「ダンベル体操」なるものを始めている。
 使えばたまる「貯筋」なり。という標語がある。
 重さ1kgのダンベルを両手にして、ストレッチと組み合わせたもので、およそ20分間である。適当な汗がでる。初老にかかりつつある我々には丁度良い運動のようだ。どれほどの効果があったか、時々、握力とかの体力測定がある。何もしなければ、どんどん下がっていく筋力を維持できていれば上々の成果のようだ。下がるにしても、なだらかなカーブであれば、これまた効果が出ていると判断されるようなのだ。
 
 週に一度、夜7時に町内から人々が集まってくる。一人ではなかなかやりにくいが大勢だと励みがでる。ダンベルだけではなくて、音楽に合わせて軽いステップを踏む動作や、今はやりのヤキトリ体操などもおこなう。約1.5時間の軽運動である。
 何度やってもすぐに順序を忘れてしまうが、リーダーを見てマネをしている。私は運動神経も人一倍悪いので、体操順序もなかなか覚えられない。一流選手と言われる人は、どんな難しい技もすぐに頭に入るそうだ。

 体力測定の時には、役場保険課の職員がきての講話がある。参加者は60代の人がほとんどのようだ。50代の人を見るとさすがに若いと思う。高齢者になるほどに体力バラツキは大きくなりピンからキリまであるが、何とかキリを脱出したいものだと思っている。

 子供の頃から体操は何をやっても駄目だったことを改めて回想しているが、残った人生を何とか元気で過ごしたいものだ。
 
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by watari41 | 2009-06-17 16:50 | Comments(6)

自然体と無心

 ムツゴロウさんが、10年ほど前のことだろうか。テレビ番組で猛毒の蛇がうごめくカゴに手をつ込んでいたことがあった。ヒヤヒヤして見ていたが、無事に手を引き上げた。こんな芸当が誰にでもやれるわけはない。ムツゴロウさん曰く、無心になり自然にふるまえば毒蛇も違和感をもたないんだと。無理なくできるようになるには、動物好きに加えて相当な努力が必要だったのであろう。

 自然体とか無心になるというのは、言葉でいうほど簡単なことではない。我々は何をやるにしてもギコチなさがでる。

 私は恥ずかしながら、剣道を少しやったことがある。この道の達人で大正から昭和にかけて剣聖と言われた佐藤忠三さんという方がいる。山形県鶴岡の出身で京都で剣を学び、後に仙台に住むことになった。昭和40年代、先生は70歳を過ぎていただろう。仙台で大学の剣道師範をしていた。その学校からの新入社員がきた。馬力のある3段だった。先生の教えを受けてきたと言うので、どんな感じなのかと尋ねてみた。彼曰く「どんなに強く打ち込んでもフンワリとそらさらされてしまう」のだという。相手の重心をわずかに外したところで受けられるのだろう。そんなことは理屈で分かっていても、瞬間的な動作でできるわけがない。「無心」の状態で相手が良く見えて体が無意識に動くのだろう。
 その佐藤先生の若いときの修練たるや、すさまじいものだったということを聞く。晩年は大会があると必ず和服姿で出席される。その先生を目の前にして、私は試合をしたことがある。ガチガチになって冷や汗ものだったことを回想している。

 柔道では、神様とも言われた三船久蔵「十段」がいた。岩手県久慈市の出身だ。小柄な体ながら「空気投げ」というのをあみ出した。柔道衣を持った両手以外に、自分の体を使わずに相手を投げ飛ばすと言う業である。三船さん以外には出来ないだろうと言われている。本人はあくまで自然体で相手のバランスが崩れるように仕掛けて、動揺したところをみて投げるんだという。
 
 相撲にしてもしかりである。横綱の相撲というのはそんなものだ。態勢を崩すことがない。あれが相撲の自然体なのだろう。集中力はすなわち無心ということでもあろう。野球にしても同様なことだ。

 稀なる才能に恵まれ、努力した人達を見てきたが、我々凡人は常に不安と動揺に晒され続けている。自然体で相手に向かうことも難しい。修行が足りないということになるのだろうが、これから先に、どんな行き着くところがあるのかを、遅まきながら考えてみたいと思っている。
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by watari41 | 2009-06-12 11:25 | Comments(7)

忘れっぽさ

 農業新聞を見ていたら、中国からの農産物輸入が急拡大とあった。ギョウザ事件で落ち込んだ分がリカバリーされつつあるのだろう。
 それにしても、あまりに早い日本人の「忘れっぽさ」は、どういうことだろうかと思う。事件直後にあれほど国産表示にこだわった人々がである。
 問題の根底にあるのは価格なのだという。大手のスーパーが不景気対策に思い切った低価格戦略に転じたのも原因の一つであろう。
 牛乳が穀物飼料の高騰などから、苦心惨憺してようやく製品値上げが実現したと思ったら、今度は急激に需要が落ち込んでいるのだという。それほどに消費者は価格に敏感になってきているという解説があった。しかも牛乳自体の生産は落ちていないので、その分が乳加工品に回っているのだという。そのうちに、それらへの値下げ圧力が強まるはずだというのだ。経済の原則だとはいえ厳しい話である。

 「熱しやすく冷めやすい」とか「喉元すぎれば熱さを忘れる」など、日本人の忘れやすさや転換の早さを表す言葉が多い。日本民族の一大特徴でもあるのだろうと思う。また「水に流してしまう」とか、これを表現するいろんな例えがある。
 世界にはユダヤ人をはじめ執念深いとされる民族もたくさんいる。語り継がれる歴史があるからなのだろうと思う。我々は、すべてのことを一過性のこととして捉えているのではなかろうかとも思う。事象の風化の度合いがきわめて早い。第二次大戦があったことさえ知らない子供がいるというのには驚いてしまう。

 記憶ということとも異なる、忘れっぽさというのは不思議なもので、記憶にはあるが行動する時の障害にならぬもの、あるいは他の要因が優先してしまうとでもいうべきものだろうか。
 これが良い具合に作用する時もあれば、悪くとられてしまう場合もある。知ってはいるんだがというようなことがある。忘れっぽさはストレスを溜め込まない一つの方法なのかもしれないとも思っている。
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by watari41 | 2009-06-04 16:02 | Comments(6)