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第二の人生:続

 「茶は文化であり、商品でもある」当たり前のことだ。しかし「商品」としての茶が「世界史」に影響を与えるほどのものだとは思ってもみなかった。
 「中国・台湾茶に第二の人生を賭けた男」のことを前回ブログの末尾に触れた。70歳にして、仙台の繁華街に独力で開店したのである。男の人生をも変えた。
 「竹里館」という店である。クリスロードと五番町角を北へ3つ目のビル1Fにある。地図の右のスケールを操ることで自在に拡大・縮小ができるようだ。


(地図の下の文字はエキサイト社への提供スポンサーの名前である。削除ができない)

 私は残念ながら茶には疎い。如何に同期生の店とはいえ、予備知識もないのは失礼だろうと、「茶の世界史」なる中公新書を読んだ。茶は舌で味わい香りを聴くものなのだろうが、目で理解しようとしたのだから不届きなことだ。
 だがこの小冊子のお陰で、茶がどれほど世界史に影響したのかを知ることができた。16~17世紀頃にオランダが独占していた茶の貿易をイギリスが奪い取ったあたりから、世界の覇権を握るようになる。エリザベス一世の時代にはまだ茶を知らなかったというから面白い。
 イギリスは、輸入した紅茶を、植民地のアメリカに輸出して大儲けを図ったようだが、米国民は拒絶したのである。ボストン港には紅茶を満載した船が入港していたが、これを沈めた。海の色が赤く染まったのだということだった。ボストンティー事件と言われ、これが直接のきっかけでアメリカ独立戦争が起こることになった。
 以来、米国人は紅茶を飲まずコーヒーが主たる飲料となったのだという。また、アヘン戦争も茶が原因なのだという、中国茶の輸入代金の支払いに困ってしまい、よりによってアヘンを輸出しようとして、当然ながら清王朝の拒絶にあい武力に訴えたというのである。
これは本に書いてあることの受け売りにしか過ぎないが、歴史好きの人間にはたまらない。古今東西、世界の覇権を握ったものは好き勝手ができるのである。
現代の我々は、いろんな茶を文化として楽しんでいる。「お茶でもひとつどうですか」と声をかけられれば、商談も弾むことになろう。一仕事終えてお茶の時間ですよということになる。多様な茶がある。
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by watari41 | 2009-03-31 10:41 | Comments(6)

第二の人生

 退職後の第二の人生は、おおよそ20年と言われるから、私はその折り返し点に近づきつつある。
 かつて、とてつもなく長い第二の人生を経験した方々のことを思い起こしている。徳川慶喜がそうである。31歳にして幕府が崩壊した。以後の45年間を一私人として過ごすことになる。幸いにも当時は一般の人が持てなかったカメラを趣味としたので、明治初期の貴重な写真が現在に残る功績があった。亡くなったのは大正2年である。私は在京の時に国会図書館を見学したことがあった。入り口のところに、今日は何の日みたいに、何年も前の興味ある新聞記事が置かれていた。「最後の大将軍死去」という一段見出しの小さな記事だった。それでも慶喜晩年の顔写真がついていた。当時はもうその程度の意味しかもたれなかったという解説があったような気がする。

 幕末に同様な境遇だった人が近くにもいた。宮城県の最南端に坂元村というところがあった(現在は合併して山元町)。そこの殿様だった大條孫三郎道徳という方だ。32歳で明治維新を迎えた。その後、長生きしたので55年間を第二の人生として全く別の道を歩んだ。しかし在職中にも慶喜同様立派な仕事をしているのである。
 孫三郎道徳は4千石を有し伊達氏の一族でもあったので、仙台藩の奉行職にあった。勤皇派としても知られた。恭順か否かの時には攘夷派と対立して破れ開戦に至っている。だが、公家や官軍にも人脈があったので敗戦後の処理で大きな役割を果たしたのである。
 攘夷を主張していた但木土佐と坂英力は、戦後に責任は全て我にありとして藩主らをかばい、切腹するのだからこれまた見事である。
 ところで、大條孫三郎道徳は55年間をどう過ごしたかというと、独学で書画に打ち込むのである。才能もあったのだろう、現代の美術年鑑に相当するものに大正10年に地方花形画家として紹介されている。伊達翠雨という画号を用いた。
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(山元町歴史民族資料館にて5月6日まで特別展開催中)

 私は為すところ無く過ぎてしまっているが、同期に会社を辞めた男は、中国茶を勉強して、仙台の繁華街に単独で店を開いた。残りの人生をかけたのである。勇気のいることである。成功を祈っている。了解を得られれば、詳しく紹介をしてみたいと思う。
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by watari41 | 2009-03-27 11:06 | Comments(5)

給付金雑感

 変な世の中になったもんですな。「浪費せよ」とのお達しなんですね。80歳を越えたお年寄りとの会話である。
 子供の頃に貧乏した人ほどに、そんな思いが強いようだ。私もその一人である。「節約は美徳なり」で育ってきた。

 日本もしばらく前から「消費は美徳なり」なりという風潮にはなっていた。アメリカは、旺盛な消費でもって繁栄してきたからである。貧乏人も消費活動せよと米国金融機関の作ったのがサブプライムローンだった。

 家計でも、地方財政でもピンチになれば、切り詰めるしかないと思うのが、歴史的にも、そして我々一般の大方の考え方でもある。それを消費によって救おうというのだから何とも納得しがたいところがある。我々には「もったいない」というDNAがある。最近は再びこれが頭を持ち上げ来ている。

 我々が生きている間に、いろんなものが変わった。しかし道徳観念というか価値観までもが変わってしまうとは思いもよらなかったことである。それを強調したのが新・市場主義と言われる竹中さんに代表される考え方だ。今にして思えば、いちはやく実践してみせたのが、ホリモンや、村上ファンドだった。
 犯罪者に仕立て上げられてしまったが、究極的には間違ったことではなく、法に触れるわずかなところを取り上げられ検挙されてしまった。
 株式を細かく分割したり、大金を動かして会社を買収するというのは、違法ではないが、これまでの常識感覚とは明らかに異なった。
 このままでは、日本はおかしくなるんではないかという無言の世論を検察当局も察知したのだと思っている。

 経済は手段にしか過ぎない。目的はより良い人間生活の実現にあるのだと思う。しかし手段が目的化してしまっている。より効率的に「福沢諭吉」を得ることが目的なのである。それを政府自らタダで配ろうとしている。「ねずみ小僧」みたいな役割をしようとしているのだと思う。歴史は何と評価するのだろうか。徒労に終わったということにならなければよいが。
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by watari41 | 2009-03-23 11:22 | Comments(7)

ふとした記憶

 何十年も前、在職の頃、隣の職場に頼んでもいない寿司が十人前も届けられるという珍妙なことがあった。注文者が外出中だったので、勝手な解釈で食堂に行こうとしていた人達がご馳走にあずかった。(種明かしは後に)
 何で、こんな珍事を思い出したのかというと、読みかけている本に、その注文主のご先祖と思われる方の活躍が出てきたのである。a0021554_11312284.jpg

 「戊辰紀事」という、明治維新の時の仙台藩の出来事を記録した本がある。編集者は、赤痢菌の発見で有名な志賀潔博士なのが驚きだ。
 何故なのかというと、志賀さんの実父は仙台藩若年寄御物書を勤めた佐藤信という人だった。職務柄、当時の東北各藩との交換文書、官軍とのやり取りを克明に控え、戦況などを記録していた。加えて明治十年頃になってから、当時に活躍した人達に聞き取り調査をした膨大な遺稿があったのだという。
 志賀さんは母親の実家である藩医の家に養子になっているが、何とか実父の書き残したものを印刷したいという思いにかられてようやく昭和十年に至り実現したのだという。 
 志賀さんは、後年宮城県の南端山元町の海岸地帯に移り住んだ。その様子が昭和30年頃の河北新報の一面全部を使って最晩年の模様となった写真付きの記事を記憶している。

 この本に「赤坂孝太夫」という勇猛果敢な仙台藩士が、悪名高かった官軍参謀「世良修蔵」を捕縛した時の回想が出ている。
 「世良の傲慢、各藩士を視る土芥も啻ならず、罵詈悪口至らざるなく、怨嗟の輻湊する所、衆議・・・」読めない漢字が沢山出てくるが、意味するところはわかる。
 孝太夫に世良を生け捕りにせよという命令が、軍監「姉歯竹之進」から下される。夜12時、宿泊する妓棲へと向かった。「世良は、飽くまで酒肉を竭し妓を擁して寝に就きしが妓は既に去れり」という。二階に上がったところ「世良に、ピシトルを向けられしが、かまわず携えた薪木にて頭を打ち捕らえたり」何とも勇壮な話だ。懐旧談なのだから、多少の誇張はあろう。
 ところが、その日のうちに「姉歯」が、世良を斬首してしまったのだという。斬るのなら最初からそういってくれればというのが孝太夫の言い分だった。捕縛のまま仙台に送る方針を変えてしまったのだろう。この世良惨殺が仙台藩を困難な立場に追いやったのである。
 近年に至り、耐震設計の騒動を巻き起こした姉歯さんは、この一族の末裔だと聞いた。

 さて、上記の寿司の一件は、東北大金属材料研究所からの発注だった。そこに「孝太夫」の子孫がいた。そして私の隣の職場にも、もう一人の子孫がいた。当然ながら同じ苗字である。さらにまた会社の名前も、有名なその研究所と似たようなものだったので間違えられたのだろう。間もなく判明したのであった。
 
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by watari41 | 2009-03-17 11:36 | Comments(6)

嗅覚

 犬には人間の数万倍もの嗅覚がある。警察犬・麻薬犬などが有名だ。最近人間の癌の臭いを嗅ぎ分けられることが話題になっている。18種類もの癌を嗅ぎ分けられるそうだ。
 麻薬犬のように、病院待合室の中を犬が歩き回り、ガンの人の側にピタリと座るなどという風景が見られるようになるかもしれない。PETならぬペットである。

 余命いくばくもない癌患者を前にして、どこも悪いところはありませんというような町医者もいるのだから、それこそ癌犬に診察願おうということになる。
 犬の鋭い嗅覚は昔の人も気がついていたようだ。その超能力を扱ったのが、ここ掘れワンワンの昔話なのだと思っている。a0021554_10554197.jpg

 犬だけではない、「鮭」の母川回帰も臭いが決めてになっていると言われる。幼魚の頃の臭いを数年間も記憶しているのだから大変なものだ。臭いの記憶装置みたいな器官が鮭にはあるのかもしれない。

 これだけ、科学技術が発達した現代でも、臭いだけはどうにもならないらしい。微細な臭いの分析機器はいまだに存在しない。
 現代社会は、むしろ臭いを消そうとしている。消臭剤などがそうだ。化学的消臭剤が出回っているが、竹炭に効果があるとか、製鉄所から出る鋼滓も有効だとか、とにかくポーラスなものに消臭効果があるようだ。

 人間にとっていやなものが臭いであって、良いものが香りなのだろう。「香道」などという優雅な遊びもある。訓練によってはある程度のかぎわけをできるようになるようだ。

 昔は沢山の臭いの中で暮らしていたように思う。ドブの臭い、牛・豚の畜舎、我々の糞尿、生活空間には様々な臭いがあった。いまやそれらをすっかり排除してしまっている。
 人間の鼻は退化してしまうのではないかとさえ思ってしまう。
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by watari41 | 2009-03-13 11:02 | Comments(8)

自然体

私は犬に好かれるタイプのようだ。散歩中にいろんな犬が近寄ってくる。目の前でいきなり腹を見せる犬もいる。私に対して警戒心を持たないのである。むしろ親近感を抱いているのであろう。
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 70年近い人生で30年も我が家では犬を飼っていたことによるものだろう。犬を見ても構えるところがないことが評価?されているのだろう。犬に対して自然体になっているのだと思う。

 かつて、ムツゴウさんのテレビ番組があった。カゴに入っている毒蛇のなかに彼は手を突っ込んでいて何ともなかったのだ。ムツゴロウさん曰く「私の手からはすっかり力が抜けているんです」「自然体」なんですとおっしゃる。単なる物体が入り込んだとしか毒蛇には認識されないそうだ。普通の人間はそうはいかない。緊張感が即座に伝わってしまうのだそうだ。

 これは、対、人間に関しても同様なようだ。優れたセールスマン、あるいは、同類に扱うのはおかしいが詐欺師などは、他人に対して「自然体」で望むことができる能力を持っていると思っている。
 私は、どうしてもセールスマンにはなれない。他人と向かうと緊張してしまう。慣れればいいと言われるが、これには大変な時間がかかりそうだ。慣れた頃には一生が終わってしまいそうだ。また、詐欺を働くなどというのは大変なストレスのはずだ。「円天」さんなど天才的詐欺師と言われる人もいるが、どんな脳の構造になっているのか。今の脳科学の進歩だと遠くない将来に明かされるのかもしれない。

 アニマルセラピーということがいわれている。動物と接することで癒されるというのだ。昔は、向こう三軒両隣の人間同士の接触に癒しがあったのだが、今や隣は何をする人ぞになってしまった。犬や猫に代替をいただいているのだ。動物が嘘をつくことはない。我々はそれこそ何もかもさらけだせるのだ。動物はその誠意を率直に受け入れてくれる。

 何事によらず「自然体」に構えることができたら一流だと言われる。スポーツについても同様だ。構えをみたらその人の実力がわかる。全身から力が抜けて、次の瞬間に爆発的な力を発揮する。その領域に達するには並みの修行では足りないようだ。人間は脳だけではなく、体力の大半を使わないまま一生を終えてしまうようだ。つまらない病気にかかっては体力を失っている。自然体にして、全力を出し切ると言うのはなかなか難しいことなのだ。
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by watari41 | 2009-03-09 11:19 | Comments(9)

おくりびと/葬儀変革へ

 海外でのあまりに高い評価に見ずにはおれなくなったのだろう。すごい観客だ。私もその一人である。前の席しか空いておりませんといわれる。やむを得ない。42インチTVを1mの近さで見るような感覚だ。
 山崎努が実に良い。重厚さが光る。納棺会社の社長役で出ている。山崎あってのアカデミー賞というような気がした。
 もちろん主演の本木雅弘の熱演。そして大人になった広末涼子、これらの絡みも面白い。だが、山崎がいないと薄っぺらな映画になっていたかもしれない。映画全体に重みを感ずる。吉行和子などキャストが成功している。
 脚本も良い。前半で笑いをとり、中盤に納棺の技を見せ、終盤のポイントが”石”なのである。川原に転がっているなんともない石ころが物語る。上手いまとめかたをしたものだ。
 山形を舞台にしているのが、これまた良い。東北人だからそう感じるのか。山形県の良さが良く出ている。出羽三山など、仏に近い環境と言ったら失礼だろうか。
 また、喫茶店、納棺会社の雰囲気が古びた”洋風”なのが狙ったところなのだろう。和風ではこの映画には似合わないのだ。審査員の心を掴んだのではなかろうか。

 葬儀は生きている人のためのものだ。死者を如何に生前の状態に近づけるかが、納棺屋さんの腕の見せ所なのだ。死体を取り扱う技に能や茶道などの日本の儀式を感ずるという論もあるが、それだけばかりではないのである。
 死者は穢れたものというイメージが現代においても強い。この映画を機会にして、義理とか何やで、聞き飽きるくらいになったお経を聞かねばならぬなど日本の葬儀事情を見直す機運のきっかけになればと思っている。
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by watari41 | 2009-03-05 15:45 | Comments(7)