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冬日記/万物の眠り

 冬は眠りの季節でもある。木々は葉を落とし、枝や幹の水分を地中に吐き出し、身を軽くして眠りにつく。樹木の成長が一時停止の状態となって、それが年輪となる。春になると目を覚ます。急激に水分を吸い上げる。樹幹に耳を当てるとその音が聞こえる。だから樹木の伐採は冬が最も適しているのだという。木が軽くなるからだ。

 雑草もまた地上部分が枯れて、地中の根っこが次の春に備えている。
冬の良い点と言えば、私にとっては雑草取りが不必要なことくらいであろう。

 獣もしかり、冬眠である。熊は体温を保ちながら一冬をよく過ごせるものだと思う。蛇もまた眠る。熊と違って体温を周囲に合わせて自在に変化させている。そのため冬眠の形式も単純だ。年末のある時、邪魔な板類を片付けようと取り除いたら、下に冬眠中の蛇がいて驚いた。そのまま元に戻しておいた。屋敷蛇を殺してはならぬと教えられている。昔はネズミなどを食べてくれる有益な存在だったのだろう。

 氷温技術というのが、最近発展している。果物の二十世紀梨を保存中に、ある失敗から生まれたもので、いろんな食料の長期保存の研究が進んでいるようだ。

 人間も冬眠できたら面白い。そんなバカを考えている人も多いのではなかろうか。目を覚ますともう春だった。などということができるかもしれない。少し、眠ってくるか!などという時代が到来したら愉快なことだ。
 だが現実には毎日の眠りに悩まされている。不眠症というものだ。薬に頼っている。余計なことを考えるからいけないのだろう。
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by watari41 | 2008-12-30 12:13 | Comments(8)

冬日記/雪と闘う

 雪が舞い降りるのは詩的状景だ。「雪やこんこん・・」など、多くの詩歌が作られてきた。だがこれは積雪数センチの場合である。豪雪地帯での雪は闘うものなのだ。
 玄関からの通路の確保とか、家が潰されぬよう屋根の雪下ろしなど、命がけの作業である。「白魔」とも呼ばれる由縁だ。

 雪にまつわる多くの悲劇がある。雪崩、道に迷うなどの遭難で幾多の命が失われている。あまりにも有名なのは百年以上も前の八甲田山での死の行軍といわれる訓練だった。敵は雪だったのである。雪と戦いながら多くの方が死亡した。

 江戸時代に「北越雪譜」という豪雪地帯での記録がある。今よりもはるかに雪の多い時代だった。想像を絶するようなことが書いてある。越中・越後・越前などでは今も昔も、大変な苦労をしている。

 仙台周辺は幸いにも雪は少ない。だが、数十年に一度は大雪に見舞われることがある。我が町は、イチゴの産地として知られる。冬の暖房などエネルギーを大量に必要とする産物だ。ビニールハウス内で栽培される。25年ほど前のことだ。春先の湿った大雪に見舞われた。夜に40cmほど積もったのだ。農家の人達は懸命に雪下ろしをした。しかし間に合わなかった。大半のイチゴハウスが倒壊した。温室のなかで、みずみずしく育ったイチゴはひ弱な姿を寒風にさらした。露出したイチゴは全滅だった。

 首都圏の交通機関は、数センチの雪でマヒしてしまう。積雪地帯からみると信じがたいことなのである。雪に強い交通機関を作るには、かなりの投資が必要なのだろう。年に何度あるかわからぬことに、そんなにお金をかけられませんということなのだろう。その都度わずかの雪と格闘することになる。

 雪には苦労する方々も多いが、降らないと困る人もいる。先日スキー場開きをしたばかりの宮城県の多くのゲレンデは、まだ地面が白くなってない。関係者のボヤキが聞こえた。
 年末の今日(26日)になって、ようたく寒波がやってきた。暖冬とはいえ、それぞれの地を白の世界にするのだろう。雪は風情のある光景をつくる。溶けて流れやみな同じとはいうものの、水になるまでにそれぞれのドラマがある。美しいと写真に撮られるのはいい。しかし車をスリップさせたり、電気回路をショートさせたりと、雪にとって本意ではないこともあるのだ。別に人間さまと闘うために舞い降りたのではございません。白旗を掲げてやってきているんです。と一言代弁してやりたいものだ。
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by watari41 | 2008-12-26 13:43 | Comments(10)

記憶と記録

 「記憶]に残るプレイヤーでありたい、とは、大リーグでも活躍したかの新庄さんの言葉。しかし、「記憶」は歳と共に薄れ行く。そして曖昧になってくる。

 「記録」はいつまでも残る。日本人は記録好きだ。江戸時代の仙台藩には「伊達治家記録」という膨大な文書がある。いろんな出来事が書いてある。なかでも大きな地震が繰り返し起きていることがわかる。被害詳細から大きさも推定がつくようだ。発生確率が99%の数字も、プレートの歪具合はもとより、そんな実績から出てくるのであろう。ちなみに伊達政宗の死因は、その症状から胃がんであったろうと推測されている。

 いろんな人が、いろんな所で記録を残している。日本最古の記録は「古事記」だ。それ以前は文字を持たなかったので、伝承というか「記憶」で語りつがれたものである。文字の発明は人類最大の出来事なのだろう。これによって文明ができたと言っても過言ではなかろう。

 記憶は時に便利な言葉として使われる。「記憶にございません」で押し切った人もいた。「記録」は動かぬ証拠にもなる。
 人間の記憶は歳をとると、時間軸がなくなって一枚の絵に収斂されてしまうのだと聞いた。私はまだ10年は早いようだが心得ておきたいことだ。

 現在は、文字だけでなく音の記録、そして映像での記録もある。頭に残る記憶と当時の映像とではかなり違いのある場合が多い。
 だが、記録機器にも世代交代と寿命がある。長期保存への課題である。

 情報機器がこんなに発達した昨今なのだが、選挙の電子投票がなかなか普及しない。文字で書かないと確認できないという気分があるのだろう。全国で何百億円もの開票費用削減も、一世代後でないと実現しないのかもしれない。
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by watari41 | 2008-12-22 11:02 | Comments(6)

柔軟性

 ブッシュ大統領が、イラクでの記者会見中に至近距離から靴を投げつけられ、顔に当たるとこを危うく身をかわした。運動神経が優れていることも大統領の条件か、などと下らぬ感想を持った。

 私は、生来運動が苦手である。何をやっても人に遅れをとる。体の硬いことが原因である。子供の頃から何のスポーツもやっていないので、コチコチの体なのかもしれない。
 ゴルフ界のスターになりつつある石川遼選手をみていて驚いた。まるで軟体動物のように柔らかい。天性の素質に加えて鍛錬のたまものなのであろう。私も在職の頃に多少ゴルフを楽しんだことがあるが、遼君の半分もボールは飛んでいなかったんだろう。

 70歳近くなって、我が町の自主体操のグループに加わった。ダンベルとかジャズダンス、ストレッチなどいろんなものがある。遅きに失しているのだが、若干でもプラスになれば良いと思っている。先日、仙台から指導員が2名やってきた。お一人は私と同年代の女性だ。歩く姿は軽やかだ。講話も洒脱である。これらの体操は内臓の筋肉を鍛えるのだというから驚く。私らは汗をかけば良いとおもっていたのだから、大いなる勘違いだ。

 体の柔軟性と共に、頭の柔らかさも重要なことであろう。脳トレが一昨年あたりからブームになっている。高齢者の脳の活性化には役立のだろう。しかし頭脳の柔軟さとは、一事に対して、上下・左右あらゆる方向から検討してみることであろう。そして正しい判断ができるということだ。

 裁判官というのは、法律に捉われ頭の柔軟性が、失われているので、世間常識はなにかということを、裁判員制度で任命された人に聞こうというのもだ。当たった人は、それこそ頭の柔軟性が求められるのだ。
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by watari41 | 2008-12-17 11:18 | Comments(7)

突然の死

 12月は、我々一般人にとっても何かと忙しい。酒を飲む機会も多い。
 数日前に、入社同期だった男の突然の死が伝えられた。10月に同期会をやったばかりであった。驚いた。
 酒の上での事故死だったという。忘年会に出席して酔いつぶれて帰って、一階の居間にそのまま眠りこけてしまったのだという。二階が寝室なので、奥さんは起してつれてゆくのも可愛そうなので、目がさめたら上がって来るだろうと先に寝てしまったのだという。
 深夜にドサットという音で目をさましたら、彼は階段の下に倒れこんでいたそうだ。頚椎損傷による即死状態だったらしい。恐らくは途中でバランスを失って階段からまっ逆さまに落ちてしまったのだろう。
 私なども酔ってよく経験している。正気のつもりなのだが、あたりから見ればふらふらの状態で歩いているのである。

 思いもかけなかったことであろう。ご家族にはまことにお気の毒なことだった。在職中から彼は酒に強かった。だんだんと目が据わってくるのだ。怖いものなしという状態になるようだ。しかし年齢とともに弱くなってきていたようだ。その日はまたかなり飲んだのであろう。享年68歳。

 お経を聞きながら、ある意味で彼は幸福な死を迎えたのかもしれないと思った。二日酔いは困るが呑んだ後は実に気持ちがよい。快楽の時に突然の死を迎えたのだ。何がなんだかわからないうちに、この世を去ったのである。実に幸運な男だったのかもしれないと思ったのだ。ご家族の悲しみに思いやっていない非情な感覚でしかないのだが、そのまま記載させてもらう。
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by watari41 | 2008-12-10 16:41 | Comments(5)