<   2008年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

理想の生活

  私の散歩コースに”理想の山村暮らし!?”の家が出来た。この夏頃から工事が始まっていた。
 低い山際の荒地を買い取った人がいた。そして敷地の境界沿いに10mほどに渡って、長さ1mほどの薪木を背の高さくらいに積み上げ始めた。薪ストーブ用なのだろう。その後、敷地の片隅に平屋の小さな住居ができた。残った100坪ほどが畑になった。
 一見して、定年退職した団塊の方が、田舎暮らしの理想を求めたものだと思われた方々も多いだろう。しかしその主は、まだ50歳くらいである。定年では遅すぎると思ったのか。
 しかし、こんな暮らしは夫婦の意見が一致していないと、なかなかできるものではない。

 私などは自宅庭の草取りだけでヘキヘキしている。都市のマンション住まいの人などをみるとうらやましい。そういうオバサマ方もいて、本当は雑草取りをしないといけないのだが、草を睨みつけて、ウオーキングに参加しているんですなどとおっしゃる。

 理想の生活とは人によって大いに異なる。ギャンブルこそ、わが命という方もいるし、お金儲けに精を出す人、生涯現役と仕事を続ける人など様々である。何もせず、のんべんだらりが夢だった、などの方もいる。

 農山漁村での生活は、サラリーマンの何割かの人々に支持されている。何事も起きなければ、人生の楽園を実感できるようだ。
 しかし、一旦ことが起きるとそうはいかないようだ。5月にあった宮城・岩手内陸地震の復旧は、なかなか進んではいないが、東京よりの移住者が、ショッキングなことを言っていた。山肌がズタズタに切り裂かれ、自分の家ものみ込まれる寸前だったが、なんとか助かった。しかし、何よりも残念なことは人間関係がズタズタになってしまったことだという。今まではうまくいっていたのだがと、それ以上の多くは語っていない。
 つまり、あなた方は生活の場をどこにでも移せるのだろうというようなことである。人間の心の奥底は計り難いのである。
[PR]
by watari41 | 2008-11-30 16:48 | Comments(7)

二種類の日本人

 大まかに分類すると、狂信的なほどに日本を愛する人、それ以外の人々との2種の日本人になるようだ。前者はもちろん現在はそんなには多くない。しかし多くの人々がその潜在的要素を持っているようだ。

 何故、こんなことを考えたかというと、今日11月25日は、昭和45年に三島由紀夫が割腹自殺した日である。会社の食堂で遅い昼食をとっていたら、テレビが三島などが自衛隊に乱入したとの第一報が流れてきた。当時は誰もが何の為かさっぱりわからず、その行為をいぶかしがったものである。
 彼は時代の先をみていた人であるという。
 事実、あれから40年、空幕長が当時の三島の檄に書いてあるような論文を発表した。地下にうごめいているものの一端が噴出したのだと思っている。

 戦前から戦中にかけては、多くの日本人が愛国者という部類に属していた。しかし、実際の悲惨な戦争体験者は、そんなことは二度とゴメンであるという思いが強い。ただ、第一線に立たなかった人や将官などには、そういう思いはないようだ。
 三島は偶発的なことで徴兵を免れたという。戦線を経験したならば、また別の日本人になっていたのかもしれない。

 空幕長だった田母神さんは、私らより下の年代で戦後の生まれでもある。私らが社会科の時間に習ったことと全て逆のことを論文で主張している。

 我々は自虐史観に基づいた教育がなされていたという人たちも多いが、史実をはっきりとさせておかなければならないと思う。

 東北の庄内地方出身の石原莞爾という軍人が立役者だった満州国の建国は正しかったと空幕長はいうが、現地では731部隊の生体実験など大変なことをしているのである。

 憲法が禁ずる戦力を実際に保持している当事者が、それを認めてくれというのは理解できるが、蒋介石やルーズベルトを持ち出し日本が侵略したのではないというのは、もはや世界史的に決着のついていることを何を今更という感じがするが、二種類の日本人の中間層にある人々はその時々の状況に応じて大きく左右にぶれるのである。

 史実というか、事実は一つしかないのだが、それを歪曲する形で、自衛隊を認めさせようとするのではなくて、現実に存在する戦力をどうするのかを率直に問題提起すべきだったのだと思う。
[PR]
by watari41 | 2008-11-25 16:27 | Comments(8)

楽天は弱かったのか

 岩隈のMVPには驚いた。
 20勝した時に、元阪神のエースで参議院議員にもなった江本さんが、面白いことを話していた。”弱いチームだったら”20勝なんかできませんよというのだ。現に私はタイガースで、できなかったというのだ。いかにもエモヤンらしい発言だ。
 しかし、300勝も400勝もしている超一流の投手は、弱いチームでも勝っている。国鉄スワロースの金田、パリーグのお荷物といわれた近鉄の鈴木投手などだ。

 今年の楽天は、我らオールド製造業者から見ると、品質管理的に眺めて、管理範囲外のバラツキの大きいチームだった。勝つ時と負けた時の差が極端だったのである。野村監督のいう「ID野球」というのは、数字を生かすこと、すなわち品質管理を野球の世界に持ち込んだということである。KKDといわれる、カン・経験・度胸でやる野球から科学的野球へということだ。

 製造業での初歩の品質管理は、製品の質をある範囲内に収めることである。良すぎるものができるのも異常なのである。やがては悪いものが出来てくる。
 野球の世界では、観客はどちらかといえば、両極端の方が面白い。しかし、これでは常に上位にいることはできない。ある一定の強さを保ち続ける必要がある。

 また、品質管理では相関関係も重要だ。野球では相乗効果、あるいは相殺現象である。岩隈が投げる時には、外国人選手も張り切る。点をそんなに取られないだろうから一発打ってやるかとなる。一場投手の時には逆になってしまう。

 あれや、これや品質管理の観点から楽天野球を眺めてみた。ノムさんは、口には出していないものの、上述のようなことを考えているにちがいない。
 管理された野球とはいっても、スターがいないことには面白くない。製造業とは違って、客商売には、そんな課題もある。それらを両立させながら進めなくてはならないのだから難しいことだ。どんなことになるのか、来年の楽天を楽しみにしょう。
 
[PR]
by watari41 | 2008-11-21 22:03 | Comments(2)

お風呂

 我が町に「ヲフロ」という奇妙な地名がある。全国でもここだけのようだ。そこに縄文時代の遺跡がある。神聖な場所だったようだ。山を少し登ったところにある。そのまま頂上に行くと、眺望絶佳の光景が広がる。三門山という標高200mの山である。戦中は高射砲陣地が置かれ、現在はNTTをはじめ各社の無線中継アンテナが立っている。
 三門山というのは、ふもとに3つの山門があることから後に名づけられた。昔は神聖な山だったのだろう。
 子供の頃は、そんなことも知らず、縦横に駆け回っていた。「ヲフロ」というのは、アイヌ語なのだろう。私の住んでいる新井町(ニイマチ)というのも、アイヌ語の「ニフイ」からきている。「ニフイ」は「葦の原」という意味で、事実5千年も前には、このあたりはそんな状況だった。後で適当な漢字を当てはめたのだ。
 「ヲフロ」は、そのままになってしまったのだろうが、何故「ヲ」なのかがわからない。カタカナが出来たのは、平安時代になってからだ「オ」ではどうしていけなかったのだろうか。
 私の考えでは、どこか別の場所に「オフロ」があり、地下でつながった「ヲフロ」がここにあるというものだ。
 日本人は、根っこで繋がっているという考え方が好きである。宮城県に白石市があるが、そこから50kmも北に離れたところに「根白石町」があった。(現在は仙台市に含まれる)
 同様な話だが、我が町に古い稲荷神社がある。これが10km北の日本三大稲荷神社の一つである岩沼市の竹駒稲荷と地下で通じているんだという話が信じられている。
 ローカルな話になってしまった。「オフロ」は「お風呂」になったのではなかろうか。体を洗い清めるのは本来神聖な行事だったはずである。そして「ヲフロ」だけが残った。
[PR]
by watari41 | 2008-11-17 17:10 | Comments(6)

人間の食

 我々近代人は、あまりにも多くのものを食べ過ぎているようだ。それが現代病の誘因でもあるのだという。
 我が町が医療費削減の意欲的な取り組みを始めた。それは、医療費の多くを極くわずかの人による大病が占めているというデータだ。その病気とは人工透析や心臓病などである。月に500万円の人もいるとか。
 病気の原因は食生活と、体質(遺伝的関連なのだろう)にあるという。必要以上のものを摂ることで、インスリンとかそういうものを消費してしまい、まず糖尿病になってしまうのだという。こんな話を聞かされてきた。

 いろんな血液検査を長年続けることで、将来はどんな病気にかかるのかを予測できるのだという仮説というか、現代医学で知りうるフローチャートが作成されている。血液のわずかな異常がたどりつく先は大きな病気であり、最後は死なのである。

 これを予防しようというのである。先進的な町が長野県や茨城県に存在するようだ。そこから栄養士さんや、保健婦さんを数年単位で派遣してもらい、指導をしてもらうというのである。その町民講習会を聞いてきた。
 講師の態度は真剣そのものである。熱意が伝わってくる。話の中で、人間が一日に食べるべき食物と量が示された。実に簡素なものなのである。ご飯が中盛3杯そして卵一個、豚肉が一切れ、ニンジンの小さいもの一本、ジャガイモ一個、大根一切れ、海草30グラム・・・・・。うーと唸ってしまう。宴会などで食べていた料理は、これらを凌駕してさらにアルコールを飲んでいたのだ。よくぞ今まで生きてきていたもんだ。というたら、若いからだったんですねというのだ。高齢者になったらそうはいきませんというのだ。
 前記の一日の必要量というメニューは、昭和30年頃の食事だったように思う。我々はもう一生分を食べつくしたのかとも思う。それでも腹はすく。控えめにといわれても、天高く・・の季節なのだ。なんとか平均寿命くらいは生きたいものだと思っている。
 
[PR]
by watari41 | 2008-11-12 11:19 | Comments(6)

高速ご殿

 常磐高速道路が我が町を通過する工事がまもなく終了する。仙台までは便利であるが、東京への直結はまだまだ先である。
 道路工事と並行するかのように、立派な家が町内各所にできた。これを「高速御殿」と呼んでいるのだ。田んぼがうまい具合に道路にかかって買収を受けた方々である。誰しも自分のところがかからないかと願っていたものだ。稲作用としての田んぼの値打ちはなくなってしまった。その価格は一反歩(300坪)当たり、百万円を大きく割り込んでいる。しかし高速道路の場合には、買収価格が5百万円とも15百万円とも言われている。

 我が町での「ご殿」の最初は昭和40年頃の「イチゴ御殿」と言われるものだった。秋にイチゴ苗を冷やして、一冬を過ごしたと勘違いさせて、冬に入る頃に温室に植える、暖かくすると同時に春が来たと思わせるように日照時間も電灯で調節して夕方6時頃まで明るくしておく、すると4月頃にはイチゴが食べられるというので高値がついた。イチゴ農家は創業者利益を得たのであった。その結果、田園地帯に新築ブームがおきた。シャチホコのついた家まで出現した。昔のこの辺りの豪農のように8畳間が3室つづき、奥に床の間がある家だ。そんな回想を以前にも書いたことがあった。

 しかし今や洋風の住宅が主流となっている。耐久消費財の家が流行に左右されるのだから驚いてしまう。そんな家には日本庭園では似合わない。ガーデニングということになるのだろう。昔は大都市の金持ちしか洋館を持たなかったが、田舎にもどんどん普及してくるようだ。イギリス国旗をかかけながら建築中の家もある。

 「ご殿」には、やや皮肉を込めた意味合いがある。成金ということに通じる。タレントが何億円の豪邸を建てたとか。それが抵当に入ったとか、もはや住んではいないとかとかく話題になる。

 小室哲哉さんも、作曲家ではあるがビジネスマンではなかったのである。大金を入手して勘違いしてしまった。昔は田舎の土地成金が道を踏み外したというような話があった。高速ご殿を建てた人は、それでお金を使い切ってしまえばよいがなどと貧乏人が余計な心配をしている。
[PR]
by watari41 | 2008-11-05 17:21 | Comments(8)