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三越の撤退

 三越は、その「つつみ紙」に値打ちがあると言われた時代がある。そのブランド力はすごいものだ。
 高級感と、都会っぽいセンスを持ったデパートである。。その三越が2年前に名取市に巨大なアウトレットモールと直結して出来た時には、さてどうかなという懸念をいだいたものである。
 はたして、わずかな営業期間で撤退を余儀なくされた。全国ニュースで報じられた。戦略を誤ったとか、いろんな論評がある。ひとくちで言うと、そのイメージが田舎とは合致しなかったのだと思う。今回、撤退する店名をみると、一層そんな感じを受ける。

 かつて、強力この上ないブランドが地に堕ちたことがある。昭和55年頃のことだった。社長の女性スキャンダルで、連日のように醜聞が大きく報道されたのである。三越の女帝などと言われる人がいて、面白おかしく取り上げられた。
 かつてのイメージを取り戻すのは容易なことではないと思ったものである。しかし、わずか数年にして信用を回復したのである。

 こんな昔話もある。昭和初期に、森鴎外の娘が仙台の人と結婚したのだが、わずか数ヶ月にして離婚し東京に戻ってしまった。彼女曰く「仙台には三越がないんだもの」という有名な話が今に伝わっている。森茉莉さんという方だ。後に食べるために文筆活動を始めたところ、血筋なのだろう、著名な作家の一人になった。
 余計な話になったが、今も三越での買い物と言うのは都会的な女心をくすぐるものがあるのだろう。

 逆に言うと、これはデパートとしての制約感をもたれてしまうということになってしまうのだろう。池袋店も撤退というのは、そこに集まる人たちの条件に合わないからなのだろう。東武東上線とか、西武池袋線などの方々は、どちらかというと、大変に失礼ながら名取市的というか仙台南部的な感覚に近いということなのだろうか。
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by watari41 | 2008-09-30 17:32 | Comments(5)

役所の査察

 今回の輸入汚染米事件は、大変な広がりをみせ多くの人々を不安に陥れている。監督官庁の役人が頻繁に査察していたようだが、事前連絡をしていたというのだから何の役にも立ってはいなかった。相手は悪いことをしているのだから前もって、見つからないように組み立てておく。お膳立てが整っているところにやってくるのだから、異常はみつからない。

 在職中のことを思い起こすと、業種は全く違うがお役人が来るとなると、多少都合の悪いところは隠してしまう。決定的な「悪」でなければ、我々自身の判断でやってまう。それで収まるのである。どんな業界でも似たようなものであろう。

 役所が本気でやって来るのは、国税庁くらいのものかもしれない。数字を見抜くのが実にうまい。
 在職中にレアメタルで社員一人の悪事が発覚して退職に追い込まれた。もうだいぶ昔のことなので時効であろうから書かせてもらう。会社の製造過程で発生したスクラップは下取りの業者が買いに来る。現金取引を常としているので、スクラップ重量に応じてすぐに支払われる。
 ある時、業者が担当者の耳元でささやいたのだ。あなたがその一部をポケットに入れてもわからないはずだ。業者から重量のゴマカシをしようと言われた。
 社内の誰もがわからなかったが、国税庁の査察で発見された。業者の出金伝票と会社の入金伝票をつき合わせて差額がでたのである。。税務署からみるとこれには、多くの先例があり、通常は会社が組織ぐるみで利益隠しなどをするものらしい。担当者がささやかな小遣い稼ぎのつもりが、引っかかってしまったのである。気の毒に思ったものだが、数字に残るもののゴマカシは難しい。今回の事件をみながらの在職中のヒトコマを回想している。
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by watari41 | 2008-09-26 21:38 | Comments(5)

世界のバブル

 市場経済である限り、バブルの発生は避けられないようだ。しかし、その渦中にある者にとっては、それが危険なことだとは認識できないのである。バブルがはじけて、ようやくそのことがわかる。実に馬鹿々々しいことに酔いしれていたことを理解するのである。

 日本のバブルは頂点の頃、東京都だけでその土地価格は、アメリカ全土に匹敵すると言われたものである。冷静に考えればおかしいのだが、我々は浮かれてしまったのである。日本もたいしたものになったと勘違いしてしまったのである。本来ならそれをソフトランディングさせなければならないのだが、当時の政府は急激に下げる処置をとったのである。結果論だから何とでも言えるのだが、もう少しましなやり方があったのだろうと思う。
 その政府処置を見透かしたように、ソロモンブラザーズ証券がピークで株式を売り浴びせて、バブルが崩壊した。当時のソロモン証券は莫大な利益を得たのだと思う。

 今回のアメリカのサブプライムバブルにしても、解説を聞いている限りでは実に下らない話なのである。こんなことに世界中の金融機関が巻き込まれている。全損失は百兆円を超えるだろうとも言われるのである。金融のプロとも言われる人たちがやっているのであるから、何とも不思議なことだ。

 中国にしても、一種のバブルではないのかと言われている。
 ロシアもそうである。石油・天然ガスバブルと考えられている。中東諸国もそうだ。今や石油が急激に下がってきている。ソロモン証券の如く、どこかの誰かが石油はピークと見て大量に売り浴びせたのかもしれない。全く素人的な見方であるが、その犯人(売り方)は、誰なのか、いずれ明らかになることだろうと思っている。冬になったら灯油は下がってほしいのである。
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by watari41 | 2008-09-19 19:54 | Comments(6)

有名人との出会い

 最近はテレビへの出演回数の多い方が有名人みたいなのだ。
 昔は銀幕への出演回数すなわち映画俳優だった。とにかく人前に顔を晒すことが必要条件なのだ。今日は有名人に会ってきたよなどという会話が成立していた。また、街で偶然に有名人とすれ違うこともある。

 日本一の有名人は、天皇・皇后であることはいうまでもないことだろう。このお二人と出くわしたことがあった。とはいっても50年も前の伊勢神宮である。新婚旅行にきていたところに、我々仙台からの修学旅行一団がぶつかった。当時の警備は今と違って、そんなに厳しくはなかった。かなり近くまでいけた。妃殿下は実に奥ゆかしい方だと思ったことを回想している。神宮の奥へは、皇族でないと参拝できない。両殿下はそのまま行かれたが、一般人の方々はここまでです、と止められた。

 映画俳優を見たこともあった。青山の東京事務所に在職していたころに、向かい側のしゃれたビルの入り口で大原麗子が映画の一場面を撮影していた。これまた、きれいな人だと思ったものである。

 元宮城県知事とも、すれちがったことがある。浅野さんですかと声をかけたところ、ヤ・こんにちはと挨拶して通り過ぎた。誰からも声をかけられればこんな返答をするのだろう。こちらは何しろ200万県民の一人でしかないのだから、わかるはずなどはない。
 
 多くの有名芸能人を排出している吉本興業は、今やそのものに存在感がある。お笑いへの組織活性化が、絶えずなされているのだろう。

 今度の総裁選挙には自民党一座より、五名の「役者」が東京→名古屋→大阪と興行を打っているが、演技力がイマイチなのか、もともと中味がないのかテレビへの出演回数が少ない、当てが外れてドサ回り一座みたいになって気の毒なことだ。存在感も薄れてきている。
 片や民主党一座は、「一人芝居」の様相を呈している。花のお江戸で敵役と一騎打ちの大芝居をやろうとしているがどちらの興行が成功するのだろうか。
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by watari41 | 2008-09-15 11:19 | Comments(9)

自給率

 日本のプロスポーツは、もはや外国人選手抜きでは成立しない。野球・大相撲・サッカー・・・。仙台のイーグルス・ベガルタ・ライナーズも外国人が抜けてしまうと二流以下のチームになる。

 日本の経済も外需頼みである。その輸出製品の原料もまた、外国から持ってきている。証券取引所の売買も多くが外国人によるものだという。

 日本には、人と工場があるのみだと言われていたことを回想している。その工場も安い賃金を求めて、東南アジアに出て行ってしまう時代が続いた。

 少子高齢化の日本には、今度はいよいよ、普通の仕事に外国人がやってくることになる。その最初が介護士であり看護師である。スポーツは世界共通のルールが決まっているから、才能があればすぐにでもやれる。しかし一般の仕事の場合には、日本人になりきらないとむずかしい。残留孤児の人たちも言葉などの問題で苦しんでいる。介護士としてフィリピンなどからやってくる人たちは、どうなるのだろうかと心配である。

 我々世代は、まだ日本古来のということにこだわり続けている。しかし現実にはあらゆるものの自給率が低下している。食料自給率39%が問題視されたが、工業製品も海外依存度が極めて大きいのである。日本は海外によって支えられているということがなかなか実感しにくいのである。
 
 石油や鉄鋼原料は100%近くを海外から買って来る。石油が止まれば、二次製品のプラスチック物ができなくなると何度も聞かされることだ。電力もそうである。水力発電が自前であるにすぎない。自給率は10%以下であろう。
 レアメタルにしてもしかりである。もう一度何もない国で仕事をし、生活していることを自覚する必要があるのではなかろうか。
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by watari41 | 2008-09-12 10:02 | Comments(5)

サラリーマン首相

 一国の最高責任者である首相辞任は、本来ならその国の歴史が変わるはずだ。しかし、日本の総理大臣とは何とも不思議である。
 福田さんは本来なら、石油会社で一生を終える予定でいたのだろうが、はからずも政治家になり首相に押し上げられた。
 サラリーマン首相というと不謹慎だろうか。そんな感覚としか見えない。本人は大変な努力をしたのであろうが残念ながら結果が伴っていない。辞任のタイミングが政治日程だけで決められるというのも情けない。

 その昔といっても昭和20年代に、源氏鶏太さんという作家が「三等重役」という小説で人気を博した。サラリーマンの哀歓を描いたものである。社長といえども同じことだというのである。その言葉が独り歩きをしたものだった。植木等さんの無責任時代の少し前のことである。

 現在のサラリーマンは、気楽な稼業ではなくなった。厳しい時代に入った。そんな人たちが一票を持って政治家を選ぶ。その投票基準が話題度であるとか、人気やパフォーマンスで決まるものと、プロの政治家が思っているようなのである。事実、小泉さんがそれをやって多くの票を獲得した。昨今の総裁選挙状況を見ると、柳の下にまだドジョウはいると見られているかのようだ。

 田舎でも選挙は、地域を活性化させる。一時的ではあるが賑わいが出てくる。だが最近は無投票が多くなった。候補者は多く出た方が良い。わが町でも昭和30年の町村合併時には、4人の町長候補者が出て、大いに賑わったことを回想している。しかし候補者は莫大な出費を強いられた。

 総裁選挙も「三角大福中」といわれた時代には、億単位のお金が飛び交ったといわれるが、今は金銭の噂を聞かないだけでも進歩したといえるのだろうか。しかし日本の政治システムが大きく変わらないと、今度は大富豪への表紙の取替えに終わってしまう可能性が高いと思っている。
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by watari41 | 2008-09-08 17:02 | Comments(8)