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聖火リレー

 中国のオリンピックへの期待は、ヒットラーの「民族の祭典」を思い起こさせる。我々世代は映像でしか知らないが、当時のナチス・ドイツはこれを最大限に利用した。宣伝の天才と言われたゲッペルスが考えたのが最初の聖火リレーだと言われる。

 中国の現代は「社会主義王朝」の時代といえよう。世襲制ではないところが過去の王朝と異なっているだけだ。
 千年も前の、唐から宗王朝にかけては世界最新の文明を誇っていた。
 だが、産業革命に遅れて、1840年のアヘン戦争以来、欧州列強や日本に蹂躙された。今回の北京オリンピックの意図は明らかに国家威信の回復を狙っている。世界の大勢に一世紀ほど遅れて市場経済と産業の近代化がなされつつあるが、問題山積である。

 では、今回の問題の根源にある「チベット」のことだ。中国は国内問題だという。
 これは、わが国に例えれば江戸から明治初期にいたる北海道の「アイヌ民族」問題に相当するのだろう。記録にはほとんど残っていないが和人(日本人)は相当にひどいこともやったらしい。江戸初期のシャクシャインの反乱などはよく知られ、和睦とみせかけ指導者を殺害している。

 何十年か前に、アイヌの子孫の方々が伝統文化を復活させなければと、「熊祭り」が行われた映像をみた。祭りを見た古老の方は、子供の頃に見たものとはどうもちがうとつぶやいていたことを回想している。

 「チベット」問題は、世界中監視のなかで行われている。チベットは中華圏とは異なる独自の宗教文化を有している。それを抹殺するようなやり方は現代社会では許されるはずがないのだが、中国はそれを実行しようとしている。国内問題だがら内政干渉しないでくれというのだ。

 近代国家の日本も欧米も、他民族への汚れた過去を持っている。ナチスは数百万人ものユダヤ人をガス室へ送った。遅れて近代化した中国はチベット文化を抹殺することぐらいは考えているのだろう。

 先進国も中国が、今や巨大な市場と化しているから、及び腰で発言している。
 チベット文化はやがて歴史になってしまうのだろうか!勝者がそれを埋もれさせてしまうのか!チベットのことを全世界は見守ることしか出来ないのだろうか。
 人間の知恵はまだそれを阻止できないでいる。
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by watari41 | 2008-04-27 18:10 | Comments(6)

暫定

 都合よく使う言葉に「暫定」がある。私も在職中はこの「暫定」をよく使ったことを回想している。客先へのクレーム対策などで、暫定的にはこんなことをやりますと約束するのだ、相手も暫定なら仕方がないだろうということになる。幸いにして再発クレームがないと、それが恒久対策になってしまう。

 ガソリン税も当時は暫定ならよかろうということで法案が成立したのであろう。こんなに長く続いて、止められなくなるとは思ってもみなかったはずだ。

 「暫定」には本来期限があるはずだ。ある期間を過ぎれば、それが無くなってしまうか、恒久化するかのどちらかである。暫定が延長そしてまた延長で数十年も続くのはおかしなことだが、日本語の曖昧さの典型例のひとつであろう。

 本来の意味での暫定を使っていることは、もちろん沢山ある。暫定予算とかである。
 しかし裏の意味を抱えた暫定もある。当面のところを誤魔化そうというものだ。そのうち何とかなるだろうという邪念の入ったものである。それがうまくいく場合もある。高度成長期などにはそんなうまいことがよくあったことを回想する。植木等さんの歌が大ヒットしたのは、そんな背景があったのだろうと考えている。

 しかし今やそんな都合の良いことはなくなった。時代がすっかり変わっているのである。ガソリンの「暫定税率」は、国家的な課題として引きずってしまった。

 この税金をめぐって、首長と住民の意見が180度異なっているのも面白いことだ。一般の人でも首長になるとそいうことになるのだろう。と、いうことは首長はそれをよく理解していることになる。で、あるならば我々への説明が足りないということになるのである。流行の言葉でいえば、説明責任を果たしていないことになる。
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by watari41 | 2008-04-23 16:27 | Comments(4)

春らんまん

 桜散る この一年を よくぞ生き   Watari41

 五・七・五だが、句の呈をなしていない。恥ずかしながら、雨に落ちる花を見ながら詠んでみた。365日がとてつもなく長い。この一年もいろんな方々からの励ましをいただいた。

 昨年の今頃、東京在住の高校同級生が東北花見旅行の途中に寄ってくれた。彼も私と同病(前立腺癌)を患った。ネットに時折その後を書いている。いたって元気である。彼はコンピュータ会社を退職した。その後に料理教室で学び「ラーメン屋」を数年間やった。だが病気をきっかけに閉店して、現在は給食センターで週に何時間か働いているそうだ。私にはとてもまねができない。

 仙台のブログ仲間や、シニアパソコンサロンの皆さんに、とてもお世話になった。この分野では先輩の方々である。ネット社会には多くの批判もあるが、ネットなしでは生きにくい社会となってきている。
 私のブログに刺激を受けたと鉄鋼マンだった2人の方が、新たに体験談などを書き始めた。知り合いの人生を知るのは面白い。

 今年の桜も、いつものように華やかで美しかった。そめい吉野は、花にエネルギーを取られるからだろうか。百年ほどの寿命しかないようだ。80年ほどの桜は老樹で風格がある。

 桜の名所ばかりではなく、今やどこにでも花がある。各駅停車で上野まで行くと、ゆっくりとそんな花を眺めることができる。この季節、在職中は出張の行き帰りが休日に当たると、常磐線をゆっくりとワンカップを手に花見を楽しんだことを回想している。

 天候の異常は続いている。散歩の途中に蛇をみた。4月の中旬だから早すぎる。これまで私の記憶では5月1日が最も早かった。蛇は最高気温が19℃になると活動を始めるそうだ。しかし動きがにぶいのだろう。一匹が死んでいた。無残にも頭を石で打ち砕かれている。

 「種まき桜」とも呼ばれている山桜の古木がある。万物が歩み始める頃なのだ。農作業が主体っだった時代には、指標ともなった花であるが、今やどこもかしこも花だらけだ。

 一見して華やかな春を迎えたが、社会の底にうごめくものに何となく不気味なものを感ずる近年である。変化の早い時代になった。来年の花見時までに何が起こるのだろうか。
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by watari41 | 2008-04-19 21:19 | Comments(7)

金持と貧乏人

 街を歩いている人を見ても、金持ちなのか、貧乏な人かは、まるでわからない。数万円のアクセサリーも百円ショプのものも、私には同じように見える。明日の飯に困っている人だっているのだろうと思う。

 日本には千数百兆円もの個人預金があるといわれるが、そのうちの千兆円は、わずか4万人の人々で占められていると聞いたことがある。残りを一億人の人々が分け合っていることになる。そんなものなのだろうか。
 つい数十年前には、自分は中流だと思っている人が半数以上であったことを回想する。今やそんな実感を持つ人は非常に少なくなった。

 貧富の差は極端に開いているのだが、外見上はなかなか分かりにくい。意外な人が大金持ちだったりする。昔は、広い屋敷に住んでいる人が金持ちだった。だが現在は、そんな人に限って税金で貧乏だったりする。日本は貧富の差が大きい国の一つになってしまった。

 自由競争をさせてこそ経済が伸びる。それが改革であると政府は力説した。我々は、改革に幻想を抱いていたのかもしれない。規制緩和が良いことであると思っていた時代がある。しかしそれは貧乏を多くしたに過ぎなかった。その極端な例がタクシー業界である。夜・昼となく働いて信じ難いような低賃金なのである。仙台がその典型例だとして何度も全国ニュースに取り上げられた。

 何年か前に東京で餓死者が出て話題になった。ひとこと言ってくれればという話をされた人もいるが、当事者になればなかなか言いにくいことである。将来は餓死者を出さないことが福祉の目標みたいなレベルになっているのかもしれない。

 昔からの大金持ちというのは僅かだろうと思う。ほとんどは、にわか金持ちである。持ちなれないものを抱いているはずだ。金持ちとしてのふるまいがわからにでいるにちがいない。

 もはや全員が平等にという考え方も色あせてしまった。そして社会主義下の自由経済は極端な貧富を生むことを中国が実験してくれた。日本は自由主義社会であるはずなのに中国的な様相を呈しつつある。何かがおかしいのである。最低時給を上げるとか、政治や政策で貧富の差を縮めることができるはずだと思う。
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by watari41 | 2008-04-16 17:17 | Comments(3)

こだわり

 芸術家の作品へのこだわりは実に凄い。先日亡くなった作詞家の川内康範さんは、演歌歌手の森進一さんが歌詞にわずかの文言を付け足して歌っただけで、絶縁状をたたきつけた。
 何もそこまでしなくともというのが、我々凡人の考え方である。プロは自分の作品に絶対的な誇りを持っている。一文字なりとも付けたり、抜いたりしてはならぬというのだ。
 自分がその作品に込めたイメージが壊れてしまうというのである。世界に唯一無二のものを創造したのだという自負がある。

 その通りなのだろうが、我々の想像域をはるかに超えた世界である。宮城県出身の彫刻家佐藤忠良さんにも、その作品をめぐる同様な”事件”があった。
 支倉常長の像に関することだった。常長の業績を記念しようと遠くはメキシコ、そして国内にも台座つきの全身像が設置された。しかしそれが違うものだったのだ。忠良さんの指摘を受けて、全てを取り替えたのである。これまた我々から見てどちらでもいいようなものだが、そうはいかなかった。大変な金額を要したはずである。

 一般人でも、自分の主張を遮二無二に押し通す人がいる。だが、あの人は頑固者だということで終わってしまう。では普通の人と芸術家ではどこがどうちがうのだろうかということになる。それは、普遍的な価値が「こだわることに」あるかどうかの問題なのだろうと思う。時代を先駆ける人にもそんなところがある。その時代には大概にして変わり者だという評価を受ける。だが生涯にわたってその主張を曲げないのである。ゴッホであるとか、ガリレオがそうだった。

 ガリレオはローマ教会の宗教的なことが絡んでしまった為に、何百年ももつれてしまったが純粋に物理的なことは話が簡単である。
 在職中に磁気材料を主とする構造物をある研究機関から注文された。磁気材料を木材に取り付けて構成するものである。止めるネジは非磁性のステンレスを要求された。ところが誤って鉄ネジを使ってしまったのである。もう一回作り直すのも大変だと、注文先の先生に問い合わせたところ当然ながら拒否された。これは、こちらも納得である。折角完成したものを分解して作り直した苦い回想がある。
 
 現代人は、良い意味での「こだわり」がなくなったといわれる。周囲の状況に合わせすぎるのである。それだけ生きにくい社会になったともいえる。良いこだわりは生きていた証しであるかもしれないのだ。芸術家にだけ許された特権ではないはずである。普遍的とまではゆかなくとも、何かを持っていたいものである。
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by watari41 | 2008-04-10 09:37 | Comments(7)

古代の重工業地帯

 お国自慢みたいな話になる。我が町の南から隣の山元町そして県境を越えて福島県南相馬市の一帯が、古代では屈指の重工業地帯であったというのだ。
 出雲地方から伝わったのであろう、すなわちタタラ製鉄がきわめて盛んだったという話なのだ。幕末の釜石もそうだが、原料を産出する地域が工業地帯になるのだ。良質の砂鉄原料がとれたのである。

 今でも、畑を掘り返していると、いたるところで金糞(カナグソ)が出てくる。タタラ製鉄の時に生じたもので一般にはノロとか鋼宰と言われるもので、人間に例えれば排泄物である。金糞とはよく言ったものだ。古代人は面白い名前を残した。

 この話も我が町の年度末講演会からのものだ。講師は宮城県庁文化財保護課の人だ。地面を掘るのが仕事だそうである。これら製鉄所群の実態はまだよくわかってはおらず、常磐高速道路が山元町まで伸びて、今度は相馬に至る工事が始まるので、どんなものが発見されるのか、大いに楽しみにしているということである。

 遺跡というのは建設工事現場から発見されることが多い。青森の三内丸山遺跡もそうだった。私らが小学校の昭和20年代には、静岡の登呂遺跡という弥生時代のものが載っていたにすぎなかったことを回想している。

 このタタラ製鉄を復元したところがある。我が町から山をひとつ越えると丸森町がありその筆甫という地区で、年に一度の地区行事としてやっていることが、河北新報で取り上げられていた。しかし現代では折角つくった数十kgの鉄塊もその用途が見つからない。よい提案をした人はいなかったのだろうか。

 年代はずっと下がって、伊達政宗の時代、人々の度胆を抜くのが好きだったらしく日光東照宮造営時に鉄の大きな灯篭を献上したのは有名な話である。その同じ物が松島のお寺にも残っている。400年が過ぎてもほとんど錆びていない。これは前にも記したことがあると思うが、砂鉄原料に含まれているTi(チタン)によるものなのだろう。インドの寺院には2千年も錆びていない鉄柱があるそうだが、テレビでそんなことであるとの解説があった。
 
 またまた、いろいろと話が飛んでしまった。金属の話にはどうしても興味を引かれてしまう。
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by watari41 | 2008-04-04 11:42 | Comments(12)