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花と時代

 春の花一番は、東京ドームの「世界らん展」である。今年の冬は寒かった。そんなこととは関係なく決まった期日に開催される。
 日本人は貪欲である。世界中の食が東京に集まると同時に、世界の花もまた集まるのである。

 私も10年ほど前に一度だけ、東京ドームで見たことがある。実に華やかな世界だった。会場中央の一段高いところに飾ってある「日本大賞」の白い胡蝶蘭を見て驚いた。実に見事なものだ。完全無欠とはこんなことをいうのだろうと思ったものだ。全体の姿形といい、個々の花といい、バランスもよくとれていてどこにもケチのつけようが無いものだった。思わずため息が出て唸ってしまった。どれほどの手間暇がかかったのだろうか、それだけではなく花や植物の知識、それに芸術的なセンスが問われるのだ。この白い胡蝶蘭のことは、いまだに脳裏に焼きついている。
(私は、その時の日本大賞の花をシンビジュームだと思って書いていたのだが、専門家の方から違うよとのご指をコメントでいただき「胡蝶蘭」に訂正しました)

 日本古来の菊やアヤメも美しいが、洋花にはまたちがった華やかさがある。特にシンビジュームなどは、東洋的な容姿も感じるので人気がある。私は見るだけのことで何もできないが、同級生の男が農業高校に進み、普通のサラリーマンとなり定年退職したのを機会にやり始めた。それなりのハウスをつくり、熱心にやっているなと眺めていた。そのうちに仙台の夢メッセで開催されている「東北らん展」に出品したのである。そして数年前に最高に近い賞をもらった。河北新報に大きく写真が出て名前が載った。これまた驚いたことの一つである。

 花や樹木、食物や飲料、建築物なども、その流行は時代背景と大きく関連する。その時の大衆の求めているものは何なのか、それを掴んだものがビジネスでも勝利する。マーケティングの世界でもあり、直観力の勝負でもある。昭和30年頃にダリアが流行したが長くは続かなかった。今その花を見るといかにも時代遅れの感がしてしまう。脳がそう観ているのである。

 シンビジュームなどを江戸時代の人が見ても、おかしな花だと思うていどのことかもしれない。花の世界も時代との勝負である。華やかなようにみえても大変な商売らしいが、ごく普通の人も花を買う時世なのである。こんな田舎の町にも花屋さんが2軒もあるのだ。
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by watari41 | 2008-02-25 17:01 | Comments(13)

金属の原子

a0021554_1912592.jpg あらゆる「物」は、どこまでも細かくすると最後には、その「物質」特有の「原子」というものに到達する。こういう概念は2千年も前のギリシャ時代の人たちが既にもっていた。
 しかし実際に人類がその目で見たのは、現代になってからのことである。原子は組み合わさって分子を構成したり、結晶構造を持つ。図は鉄の結晶格子を示す。各頂点と真ん中に原子が存在する(黒丸がそうである)。原子と原子の間(a)は、単純に原子間距離と呼ばれたり、または格子定数ともいわれる。その値は、鉄が2.87オングストローム:Å(10のマイナス8乗メートル)という微小な単位である。在職中に鉄にいろいろなものを混ぜ合わせる実験をしていたことがある。例えばシリコンである(格子定数=5.43Å)。この量を増していくと鉄は硬くなっていく。これはお互いの格子定数が大幅に異なるので結晶格子が歪んで硬くなるのだ。少しややこしい話になってきた。

 鉄に重量比で1%のシリコンを入れるのは、実は原子の状態では、およそ2%が混じていることになるのだ。どうしてかというと、「原子量」のちがいによるからである。鉄の原子量は約55、シリコンは約28という値だからである。いろんなものを混ぜる時は、予め原子での比率を考えておき、実際の作業は重量での比率なので、逆算するようなことで、実験を進めるのである。

 私が在職した会社では、優れた磁気を持つ材料を扱っていた。「センダスト」という世界に有名な材料がある。昭和10年頃に東北大の増本量博士が発明した。鉄(Fe)が85%、シリコン(Si)9.5%、アルミ(Al)5.5%の重量比率から成るものである。これは原子のレベルでみると「Fe3SiとFe3Al」という、きわめてうまい組み合わせが出来ていることによると考えられている。

 だが、この金属は石のように硬くて脆い、砕いて粉にするしかないのである。仙台で発明され、粉(Dust)でしか使えないのでセンダストと命名されたというのである。アルミもそのままでは軟らかい金属なのだが、格子定数が約4Åなので、これまた鉄を硬くする要因なのである。

 昭和の初期に、磁気材料を作る理論がわかっていたわけではなくて、あらゆる組み合わせをつくり、おびただしい数の試料を作成して、労力をいとわずに測定をしたというのである。こんなやり方を「ジュウタン爆撃方式」の実験と称していたのである。当時の実験助手だった方の回想談を聞いたことがあった。
 後年に、優れた磁気材料の理論が明らかになり、コンピュータが発達してからのこと、オランダの研究所で計算したところ上記の「センダスト」にたどりついたという逸話がある。デジタル時代であるが、またセンダストには何かの用途が出てくるかもしれないと思っている。
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by watari41 | 2008-02-21 19:23 | Comments(0)

映画の思い出

 昔に聞いたことは大概忘れてしまっている。読んだこともそうだ。だが映像は比較的憶えていることが多い。何となく現代でいうところのデジタル容量に比例しているかのようだ。映像と言えば映画だった。今のように見るともなくつけているテレビとはちがう。ほぼ2時間で見せるドラマのある映像だ。

 仙台の劇場で最初に映画を見たのは昭和27年のことだった。祖父が2月に亡くなった年なので覚えている。米国SF映画「地球の静止する日」である。仙台の従兄に連れて行ってもらった。 当時は繁華街一番町の南端に3つの大きな映画館が並んでいた。「封切館」と称していたものである。松竹・日活・・など映画が作られて、全国いっせいに大都市の映画館で封が切られるというような意味だったと思う。そういう意味で二番館、三番館みたいなものもあった。東北劇場、名画座などが後々になっても残っていた。
 最初に見たそのSF映画は、空飛ぶ円盤(当時はUFOという言葉がまだなかったと思う)が、米国に降り立ち、地球人に扮した宇宙人が出てくるのである。今から見ると馬鹿馬鹿しい話しなのだが興奮してみていたものだ。当時は吹き替えなどはなく字幕スーパーだったが、小学生にも分かる漢字や日本語になっていたのだろう。白黒映画だったが、なんてきれいな画面だったろうと思ったものだ。

 それまでにわが町で見ていた映画は、夜に小学校の校庭にムシロをひいたり、講堂(体育館はまだなかった)で見たりだった。雨の降りしきる映画だった。何度も使っているのでフィルムに無数のスリキズがついているので雨が降っているとヤユしていたのである。そして時々切れる。接着剤でつなぐのを待ってまた再開である。

 次に仙台で見た映画も偶然のことなのか米国SF映画「地球最後の日」である。従兄の好みもあったのだろう。最初の映画から一年も過ぎていないが、今度はカラーの映画だった。巨大な隕石が地球に衝突するので、その前にロケットを作り逃げようというようである。乗り込む人間をめぐる面白いドラマだった。隕石が近づくにつれて、巨大な波が大都市を襲う「日本沈没」をさきがけするような映画でもあった。結末がまた都合よく出来ている。ロケットが出発した後で地球は粉々になるが、その軌道に隕石が連れてきた地球に似た天体が居座る。逃げた人々は、またそこに戻ってくるというのだ。

 何分にも映画は、作られた時代を象徴している。今や50年後を想像するSF映画などは作れないという。現実のスピードが早過ぎる。
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by watari41 | 2008-02-15 18:10 | Comments(5)

オマケの回想

 カバヤのキャラメルのことを思い出した。昭和25年頃のことだから古い話である。当時の子供の人気商品だった。赤いキャラメル箱を60代後半の方なら誰でも憶えていることだろう。オマケが魅力だったのである。その後、グリコでもオマケがついたものを発売した。

 小学生向けの月刊誌にも付録という形でのオマケが付き始めたのである。今月号の付録はなんだろうと、そちらに興味がいったものである。正月号などは、本誌の何倍ものボリュームがある付録がついていたものだった。当時は、まさにオマケで雑誌社が販売の勝負をしていた感があった。

 アイスキャンディーを食べると「当たり」と焼印の押しているものがあった。もう一本がタダでもらえるのである。これも懐かしい回想なのである。20本に一本くらいの割合で入っていた。すなわち5%引きなのであるが、そんな値引きよりもタダのものが入っているほうがはるかに嬉しい。オマケの妙である。

 オマケで合格点をもらったとか、様々なオマケが去来する。

 私が生きているのは、オマケみたいなものだという人がいる。大病をした方々などである。
 我々、70歳に近くなったものは交響曲でいうと第四楽章すなわち最終章に入ったことになろう。拍手を浴びてアンコールのオマケでも、もらえたら幸いなことである。
 オマケの人生どころか、第二楽章あたりの「未完成」で終わった人も多い。音楽家では滝廉太郎、シューベルト、モーツアルトなどだろう。それでいて歴史に燦然と輝いている。いろんな分野の天才に寿命のオマケを与えてくれないのだから皮肉なことである。

 この頃は、自分にご褒美を上げたいなどという言葉がはやっている。自らにオマケをやるということだが、やや不遜なことのようにも思う。オマケは他者から、あるいは天からの贈りものなのだろう。努力した者のみに与えられるとなってほしいものだ。
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by watari41 | 2008-02-10 15:43 | Comments(5)

食品の安全性

 日本人はどれだけ安全なものを口にしているのだろうかと思う。かつて台湾の竹箸の問題があった。少し高級な料理屋などで使い捨ての箸として使う。日本で作られたものは、ある期間が過ぎるとカビが出るが、台湾のものはいつまでたってもガビが発生しない。何故かというと製造時に強力な薬品につけていたのだそうである。
 バナナもそうだった。かなりの期間農薬漬けのものを食べていたらしい。先日、マンゴーをもらったのでしばらくぶりだと思い食べたら薬品の臭いがしたので止めてしまった。その時は異常がなくとも、後々に何らかの問題が出てくるのではなかろうかと思う。

 神経質な人は干し柿を食べない。こんな汚れた空気やどんなホコリが付いているかも分からないものを食べられるかというのだ。しかし、普段はその空気を吸っているのである。汚れた空気が肺に行くのか胃に行くのかの違いである。基本的には、今のところ安全なのだろうと思う。

 今回の中国ギョウザ問題は、日本の食糧自給率39%の中味を教えられた気がした。手作りのうたい文句に間違いはないが、中国人の手になるものだ。こんな問題でも起きないと日常の生活用品もどうなっているのか、わからないままに使っていることが多い。

 日本人には中国食品に対する潜在的な不安感があったのだと思う。それが現実化したことで、これほどの騒ぎになったのだろう。その影響が横浜の中華街にまで及んでいるそうで気の毒である。

 アメリカ人は、食品に関してはさほど神経質ではないような感じがする。日本では忌み嫌われている遺伝子組み換え食物を気にしていないし、牛肉のBSE問題にも鈍感である。

 本当に安全なものと、安全ではないものの基準が国際的には、はっきりとしていない感じがしている。
 昔は無農薬栽培品しかなかったのだろうが長生きだったわけでもない。今回の問題をキッカケに食品の安全性を再度考えてみたいものだ。
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by watari41 | 2008-02-06 17:02 | Comments(7)

余計を省く

 省略の極致ともいうべきものがある。「南無阿弥陀仏」や「南妙法蓮華経」だ。その”作者”である親鸞と日蓮は、それこそ万巻の仏典・経典を読んだことであろうが、その結果として、全てはわずかこの6文字に集約されるというのである。

 これを唱えることで、誰もが極楽浄土に行けるということなのだ。何にもわからなかった800年前の人々はありがたく信じたことであろうが、科学技術の現代社会でも立派に通用しているのだから驚く他はない。

 仏教がそんなに安易なはずはない。親鸞などと同じ時代の道元禅師が説いたことを後に弟子がまとめた「正法眼蔵」という本は難解極まりないものだ。その解説書だというのを読んでもさっぱりわからない。名僧といわれたこれらの方々がどこに目線を置いたかの違いなのであろう。

 我々はついつい単純なことを好のんでしまう。わずか17文字や31文字で森羅万象を表現してしまう俳句や短歌の世界に憧れる。優れた句を作るとなるとこれは難しくとても手に負えないが、他人が作ったものをみていつも感心してしまう。「・・・けり」、「・・・かな」などの用語を適切に使うことで、独特の「切れ」などを表現でき読む人に感動を与える。

 在職中に、人が集中して読めるのはA4版一枚程度のものだといわれたものである。長大なレポートにも表紙にA4の要約版をつけたことを回想する。このブログもそんなことを意識した長さにしているが今や、それでも長すぎる感じがしている。

 余計なものを削いで削いで描かれたわずかなタッチのみの名画もある。これ以上付け足すものもなく、削るところもないという表現があるが、通常我々のやることには余計なものがたくさんついてしまう。形容詞だとか副詞といわれるものをやたらつける傾向がある。
テレビで若い女性レポーターが景勝地でスゴーイと叫ぶのが常態化しているが、これも余計なことだ。
 
 新聞の見出しもこれまた省略の極致なのだろう。大きな記事をわずかな文字で括ってしまう。忙しい時には見出しにしか目を通さない。それでも出来事がわかると同時に、新聞社には中味も読んで下さいよという意味合いも含んでいるのだろう。
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by watari41 | 2008-02-01 10:47 | Comments(6)