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米余り

 今年の天候からして当然であろうが宮城県の米は平年作だった。昭和30年頃は、豊作か不作かが年末の景気に大きな影響を与えたことを回想している。
 当時はまだGNPに占める米の比率が大きかった。今や米は惨憺たる状況になっている。一時期は60kg当たり2万円を越えていたが、このところ毎年のように値下がりしている。需要と供給の関係になってしまった。
 専業農家はたまったものではない。政府はあわてて750億円の緊急買い上げを決めたが泥縄的である。生産者にとって売価が下がるというのは極めて痛い。原価を下げるには規模を大きくするしかないのである。政府は数年前に担い手農業という大規模化政策を決定して実施の段階だが、農家は半信半疑のところがある。米国の農家の平均規模は千町歩ともいわれているからだ。

 昭和30年頃、ニコヨンという日雇い労働者を表す言葉があった。日給が240円だったので、ゴロ合わせである。当時は一日働いて米が3kg程度しか変えなかったのである。主食は大変な価値があった。

 農家は商店街から物を買うのにいちいち現金を払わないのである。秋の米代金で一括支払いをするのだ。豊作の年は大きな余り金がでる。それでテレビを買ったり、当時の3種の神器を求めるのである。家を建て替える人もいた。

 米価の下落とともに次第に農家だけで食べていくのは難しくなってきた。過疎化に拍車をかける大きな要因になっている。江戸時代は現代と比べると全国的に平均的な人口分布だったように思う。絶対数はむろん少なかったが、当時の首都である江戸や大藩の城下町仙台も現在の1/10以下であった。
 最近、限界集落という言葉をよく聞くようになった。地域でくらしが成立する最低戸数である。これを下回るとその地域は放棄される。特に田舎では、人のいなくなった地域の多くなるはずだ。

 そんな趨勢をくい止めようということで管理された緑の大切さが認識されてきている。グリーンツーリズムもそのひとつである。今は農村体験が主体だが、あるがままをみせればよいものを、妙に演出してしまい現実の農村がボケてしまうなどの批判もあるが、真剣にとりくんでいるところも多い。しかし市場原理主義は容赦ないものである。

 来世紀の日本列島は最悪の場合いくつかの大都市とその周辺、それらをつなぐ高速道路と鉄道、それら以外は原生林に覆われた姿になっているのかもしれないなどと極端なことまで考えたりしている。
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by watari41 | 2007-10-30 09:42 | Comments(7)

政治決着

 韓国の金大中氏事件は1974年のことなので、もう30年以上も前のことだが、先日ようやくその真相が公表された。ほぼ予測されていた内容に近い。
 当時は政治決着ということだったので、いろんな関連記事が面白かったことを回想している。その中でも10年後くらいに、文芸春秋に記載された当時の政治決着を図った韓国の朴大統領の全権大使に近い人の暴露話が出色である。
 全権大使一行が当時の首相だった田中角栄邸に大きな紙袋を提げてお土産を持参したと訪問したのだそうである。4個の手提げを運びこんだのだという。一つの袋に1億円の現金が入っていることを秘書が確認して報告したら、首相は大きくうなづいたのだそうだ。3個を田中さんへ、1個を奥さんにと話したそうだ。奥さんとは当時外相の大平さんであることは暗黙の了解だったそうだ。
 それが政治決着の全てであると、実に詳細に状況が記されている。かなりのボリュームの記事だったが、如何にもありそうなことなので妙に納得したものだった。むろん、そんなことは今回の真相報告には書かれてはいない。当時微妙だった日韓関係を考慮して田中首相がそういう政治決断を下したということになるのだ。

 その金大中氏は、大統領になるや北朝鮮の金正日総書記を訪問し、ノーベル平和賞をもらった。後にその訪問には、500億円が使われたといわれているのだ。政治的な話にはいずれにしても大金が絡んでいる。

 沖縄返還を実現した佐藤栄作首相は、これまた平和裡に領土返還を成し遂げたということで、ノーベル平和賞をもらった。しかしこれまた密約の存在が明らかになったり、米軍への負担金のことなどを考えるとそれこそ天文学的な金額で沖縄領土を買ったに等しいことになる。今もその支払いが続いているのである。

 こんな例を見てくると政治決着というのは、裏側で怪しい処理が行われていることが多いようだ。純粋な政治的判断というのはないものかと思ってしまう。政治と金というのは、国内的にも国際的にもつきまとって離れないものなのだろう。
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by watari41 | 2007-10-27 19:45 | Comments(2)

自然の摂理

 10月21日(日)より小旅行をした。小学生以来の仲良しグループ十数名とお隣り岩手県から秋田県へと出かけた。はじめに到着した盛岡では、中心街をガイドするボランティアに案内を願った。我々と同年代のオジサン、オバサンだ。
 先のNHK朝ドラ「どんと晴れ」の舞台で、一躍脚光を浴びたロケ地の周辺を説明するというのである。雰囲気の良い落ち着いた街である。県庁、市役所のすぐ側を中津川が流れている。かなりの川幅がある。やがては北上川と合流する。
 橋の上で川の中を見て下さいというので何かと思ったら、浅い川底に鮭(サケ)の屍が累々なのである。そこをまた生きた鮭の群れが必死に上流を目指している。かなり離れた距離から見ても、鮭の体には大きな傷のあるものが多い。頑張れと声をかけたくなる。
 ガイド曰く「鮭の死骸は、そのままにしておくのです。それが自然の摂理のはずです」と。やがて街を一回りしてまた同じ場所へきたところ、今度は鳥たちがたくさん集まってきていた。そして死骸をついばんでいるのだ。それが「自然の摂理」なのだろう。人口30万人の県庁所在地の中心街で、こんな光景が見られるのだからすごいことだ。

 「どんと晴れ」のロケ場所をいろいろと見た。これが喫茶店ですというところを通った。店のあまりの狭さに驚いた。盛岡はまた貴重な観光ネタを得ることになった。それでなくとも、啄木・賢治・新渡戸稲造など名だたる偉人を輩出した岩手県である。それらの生涯をガイドは名調子でしゃべりながら、記念館をめぐり、碑の前で立ち止まる。いくら話をしても尽きることは無いといわんばかりだ。

 盛岡の魅力を再確認されられ今日の宿である八幡平のホテルへと向かった。その途中の滝沢村近辺の高速道路で両側にナナカマドの木が植えてある。10mくらいに大きく育っている。赤い実をつけ実に美しい。このあたりの気候が合っているのだろう。数kmに渡って続く眺めはナナカマドロードと名付けられている。いい時にきた。

 夜の宴会で酒が入ると小学生時代のいろんな思い出話がでる。私はソロバンが得意だった。当時は五玉の大きいものだ。今の若い方々には理解しにくいものだ。小学校の郡大会のための練習が放課後にあった。
 戦後の物の無い時代なので、先生はガリ版で問題を作るが、そんなに多くは作れない。結局は同じ問題を何度もやることになるので、読み上げ算の最初に数字を聞くと、その答がもうわかるのである。実に懐かしい回想だ。
 郡内ではトップクラスと思っていたのだが、その実力たるや後になってから調べたら、せいぜい5級程度なのである。田舎の一番はあてにならない。
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by watari41 | 2007-10-24 16:45 | Comments(7)

現代社会雑感

 鰻の天然物を口にすることはほとんどなくなってしまった。養殖ウナギと比べると格段の違いがある。身のしまりがあって大変に旨いものだ。30年前にはこのあたりの川でも取れていた。野良ミミズを針につけて、夜に仕掛けておくと朝にかかっているのだ。今やもう捕れることはない。我々の味覚は養殖ウナギにならされてしまった。もっと旨いはずだがと何十年も前の天然鰻を回想している。今の世の中、ウナギに限らず天然物というだけで、ありがたがられる時代になってしまった。

 食物は、大概にして天然物が良いとされる。これに対して工業製品は自然界にもともと存在しなかったものを作り上げるものだ。青銅などはもう何千年も昔から作られているが、現代の技術は日々に進歩している。アモルファスという金属がある。千℃ほどで熔けている金属を0.001秒という途方もない速さで常温まで冷やすのである。もちろん薄い箔しかできない。ガラスの如き性質(結晶がない)なので、金属ガラスなどともよばれる。天然にはないもので、磁気的性質が優れ工業的価値が高い。しかし初期の頃のアモルハスは自然の状態(金属は結晶質が普通)に時間の経過とともに戻ってしまい、失敗が多かったものである。今やその実用品は電力トランスになって、柱上に見かける。昔からみると実に小型化したものが乗っかっている。

 いずれにしても、金属は腐ると土に還る。だが永遠に地球に残るものが出来てしまった。プラスチックである。新素材という言葉も、もう古くなってしまったような気がする。プラ物が出来てから世の中はすべからく便利になった。しかしこれは「化学」といわれるごとく、「石油が化けた」もので自然界に還らない。使い終わったものは実に始末に困る。リサイクルできるものは良いが、ゴミとして捨てられたものはいつまでも残って自然界を汚してしまう。
 不法投棄されたゴミの山が全国各地にできて元に戻すには何百億円もの処理費用がかかる。近隣にある宮城県の村田町にもそんなものができてしまった。何故初期の段階で騒がなかったのか不思議でならない。

 脈絡の無い話になったが江戸時代には、自然に存在するものだけで完全なる循環社会を構成し、人口が3千万人に自然抑制され、貿易も禁止して国内経済だけで3百年近くを持ちこたえた。

 日本は昨年から人口減少が始まった。ある意味でピークに達した社会になったことを象徴的に示しているのであろう。現代社会でのバランス人口は自ずから明らかとなろう。
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by watari41 | 2007-10-16 21:32 | Comments(5)

単純ミス

 凡ミスともいわれる失敗は世に絶えることがない。航空機が滑走路を間違えることがたてつづきに起きている。勘違いとか、思い込みとか、いろんな原因がある。
 自分以外に影響のない些細な単純ミスもあれば、一歩間違うととんでもないことになるものまで様々である。在職中にも泣かされたことがある。たくさんのオシャカを作ってしまうこともあった。得意先に間違った製品が出て行くこともある。原因や対策を言い訳するのに苦労することが多かった。
 人間なのだから間違えることは有り得るんだというような論議まであった。誰がやっても間違えることが無いシステムを作らなければならないとか。いろんなことをいわれたものである。

 「ZD」という運動もあった。 ゼロディフェクト(zero defect)、すなわち無欠陥の仕事をしようということである。アメリカの宇宙産業が発祥であろう。何百万点もの部品を有するロケットを打ち上げるのに必要なのである。
 日本では品質管理と結びつき多くの会社が導入した。現場レベルでの実績発表をする東北地区大会とか全国大会まであったような気がしている。
 間違いが起こり得ないように、こんな工夫をしたとか、治工具を作ったとか、生産システムを改善したとか、いろんなことがあったことを回想している。損害金額がこんなにも減少したとかを発表するのである。

 しかし、いつになっても単純ミスといわれるものはなくならない。これをいいことに、言い訳に利用されることもある。政治家の事務所費などの領収書問題などで、単純ミスでしたということを何度も聞いた。

 冒頭に掲げた、人命に係るような単純ミスだけはなくさなければならない。注意を怠らないとか緊張感をもってなどという精神論は一時的でしかない。どんなことがあっても間違いは許されないのである。航空機と滑走路にはどんな対策がとられるのであろうか。注目している。
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by watari41 | 2007-10-12 08:12 | Comments(4)

野球ファン

 今年の楽天は面白かった。仙台にプロ野球が根付くかと心配したものだ。その昔、ロッテが準本拠地として宮城球場を使っていた頃とは、時代の雰囲気もちがってきている。楽天ファンの大半は元々はジャイアンツファンだった人たちが転向したようだ。私もその一人である。毎日、楽天の試合結果が気になった。思わぬ逆転劇も多く楽しませてもらた。

 つい数年前、プロ野球は1リーグ、10球団になる寸前までいった。これまで巨人を中心にプロ野球界は動いていた。それがますます加速されようとする時に救われたのである。東北に住む我々も巨人への一極集中へ飽きがきていた。地元に応援できる球団があればという潜在的な欲求を多くの人たちが抱いていたのだと思う。

 良し悪しは別として、熱烈なる野球ファンの代表は「虎キチ」だ。かつて首都移転の論議があったころ、大阪が首都になればタイガースはもっと強くなるんだがとおっしゃった方がいた。

 私は、たまたま大阪にいた昭和60年にタイガースが優勝した。そして、にわか阪神ファンになったことを回想している。「六甲おろし」も覚えた。「虎キチ」たちは、夜遅くまで地下鉄入り口に陣取り旗を振って、今日も阪神は勝ちましたと、夜半に帰途を急ぐ我々に呼びかけながら、「六甲おろしに颯爽と・・・」を歌う。阪神への応援は生活そのものなのだ。何がそうまでさせているのだろうか。

 甲子園から10kmも離れていない西宮球場の阪急ブレーブスは、まったく人気がでなかった。どうしてなのだろうか。弱かったのではない。優勝もしている。広報担当者が嘆いていたのを記憶している。実績のある阪急の選手と新幹線に座っていたのだが、車内を行き交う人に関心を示す方がいなかったと。その球団名は消えてしまった。人気とは何なんだろうか、謎であり不思議に思っていることの一つである。

 たかが、野球であるが、トップニュースになることもある。社会現象の一つにも捉えられている。2リーグ制度を存続し地方の球団を増やしたのは、時代の要求にマッチしていたのである。ストライキまで行った当時の古田選手会長の行動は歴史的なこととして評価されるはずだ。

 今でいう地方分権のさきがけでもあった。プロ野球が先に行ったことになる。当時はさすがの巨人の人気も落ちてきており、視聴率はどんどん低下していた。1リーグ制はプロ野球の危機を更なる一極集中によって救おうとしていたのである。もしも、そのようなことになっていたら、人気の回復はありえなかっただろう。結果的には地方を目覚めさせたのである。札幌・仙台・福岡である。

 やや、こじつけがましいが、今や盛んに叫ばれている日本の政治・経済危機も地方分権で回避されるのではなかろうかと思ったりしている
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by watari41 | 2007-10-06 07:30 | Comments(4)

4百回記念

 400話を迎えることになった。文章とわずかな写真のみのブログだ。今や3次元まで進化したネットの世界はセカンドライフの時代に入っている。私のブログは、ワープロ機能を利用しているだけで、とてもパソコンを使いこなしているとはいえない。 

 当初からみると、すっかり更新ペースもダウンしてしまった。カテゴリーの分類も、こんなに続くとは思ってもみなかったので「未分類」のままになっている。「回想」という表題も、在職中のことを思い出しながらということで名付けたが、いろんな内容に発展してしまった。なんともまとまりのつかない話の数々になった。せっかく書き込んだのでテキストだけは取っておいた。素人の悲しさでワンパターンの繰り返しでしかない。

 欧米の政治家は、引退すると回顧録を書いて政治生命を終えるといわれるが、日本では墓場まで持ってゆく政治家がほとんどなのだという。逆に一般の方々が、自分史というか回想を書こうという試みが多くなってきたようだ。私もささやかながらその一環に乗ってみたというようなことだ。
 新し物好きなので、ブログというものがでたというので、早速に飛びついたのが最初だった。始めてからこの3年の間にも次々といろんなネットサービスが出てきている。基礎知識があるわけでもないので、さすがに高齢者になると次への挑戦がおっくうになってきた。これまで見よう見まねでやってきたようなものだ。

 ささやかな一介のサラリーマンの回想記なのだが、Google検索では3百万件もの「回想」のトップに位置しているので、いいかげんなことを書くわけにもゆかず、少なからぬプレッシャーも感じている。

 また、河北新報のSNSブログ交差点にも紹介されているので、読まれている方々も多くなった。一般の方々が読んで面白くないものを載せるわけにはゆかないと思っている。あれやこれや考えているうちに、なかなか次回が出てこないことがある。私の個人的な興味と読んでいる方々の関心がまったく合わない時もあると思う。

 普通の人が、一生の間に経験し、そして考えうる範囲というのは、そんなにあるものではない。私もおおよそのことは書き終えたのではなかろうかと思っている。脳内をイメージする文字が流行した。私には(空)の文字が増えてきたようだ。再び(充)にすることはできるのだろうかと思っている。
 
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by watari41 | 2007-10-01 07:50 | Comments(13)