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仙台七夕の不思議

 夜空を彩るのは「星と月」だ。日本人は昔から星よりも”月”に愛着と詩情を感じていた。月に関する和歌や俳句は星に比べて圧倒的に多い。「観月会」はあるが星にはない。一般家庭では「お月見」がある。ススキを飾り、団子や豆をそなえる。ススキに満月はよく似合う。平安時代に作られた「かぐや姫の物語」は今に語り継がれている。近代では「荒城の月」だ。月への日本人の思いが、それらの広い普及をもたらしたのであろう。さらに日本では「太陰暦」を採用していたことも、月へのなじみができた理由なのだと思う。(昨7月28日は旧暦の6月15日でよく晴れていたので満月が目の前にあった)


 「星」はどうしたことなのだろうかと思うが、唯一といってもいいのだろうが「七夕」が年に一度の星祭なのである。中国から何度もその文化が渡来しては消えたのだといわれる。星空は全国区なのだから、どの都市に七夕があってもよいように思うのだが、何故か仙台で大発展をとげた。不思議に思っている。明快な理由がみつからない。
 東京にもその風習は無い。すでに江戸の頃にすたれてしまったのだという。仙台七夕の隆盛をみて平塚市をはじめ、いろんな都市ではじまっている。本場は仙台ということが定着しているのだ。
 終戦直後から、母親に連れられて仙台七夕を見物に行ったことを回想するが、そのころは吹流しなどの飾りよりも屋根の上で動く「仕掛け物」が面白かったのである。何のことはない。糸で動かす操り人形なのである。三原堂や井ケ田茶屋のものが出色だった。オトナになってからも「仕掛け物]のない七夕には興味がなくなった。そのうちに動く七夕も始まったが観客数も2百万人くらいで頭打ちになっている。

 退職してから再び仙台七夕とのお付き合いが始まった。シニアネット仙台に加入したからである。3本の竹飾りを立て、道行く人に呼びかけている。”星に願い事を書いて見ませんか”と。白紙の短冊を渡して、記入してもらい貼り付ける。そしてわずかな手数料をいただく。ささやかなシニアネットの活動費になっている。年に一度の牽牛と織姫星の出会いを記念した祭りである。願い事をかなえてほしいものだ。

 関西の人に七夕は特に興味があるようだ。団体バスでやってくる人たちが、沢山の願い事を書いてゆく。星の神様が俗世界の人々の願いを聞き届ける日でもある。そういえば”星は何でも知っている”という歌があった。今年も一番町の南端で竹飾りをやることになった。
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by watari41 | 2007-07-29 08:25 | Comments(2)

社会の劣化

 新潟県知事は地震被害の大きかった柏崎原発の安全性確認を「IAEA(国際原子力機関)」に実施してもらうよう政府に要請した結果、同等の機能を有する「経済産業省原子力安全・保安院」も共同して調査に当たることになった。日本の原子力安全・保安院から発せられる安全宣言やデータをもう誰も信用するものがいないんだということを新潟の知事は暗に言っているのである。

 風評被害を防ぐのに、国際的な保障データでなければ、信用できないというのも悲しいことである。しかし、これまでの原発データの改竄を素通りさせるなどで、その信用は地に落ちてしまったのである。

 先日の地方紙に識者が「日本の社会劣化が進みつつある」ということを書いていた。治安の悪化というのは分かるが社会の劣化というのは衝撃的な言葉である。具体的には社会保険庁の年金問題を指していた。犯罪行為ではないのだが、果たすべき義務を放棄しているとでも解すべきことなのだろう。

 社会劣化の行き着く先は国家の崩壊である。ローマ時代の人が言っていた。街が汚れはじめるとか、ささいなサボタージュが国家崩壊の兆しであると。昔の都市国家の崩壊を分析したのだろうが、現代にも当てはまるようだ。
 ソ連は、社会主義による理想国家を目指したが、わずか80年しかもたなかった。鉄のカーテンに隠されてはいたが何年か前からその兆候があったのだろう。日本も新国家になって60年をすぎた。仙台や東京の街並はまだまだきれである。少なくとも外観上は大丈夫だが、人々の心の劣化は始まっているのかもしれない。

 前述の社会劣化を述べた識者は、日本には少なくとも民主的な選挙制度があるのだから、そこで意思表示ができるはずであり、劣化を食い止めることができるはずだといいたかったようなのだ。投票率とか選挙結果が今回ほど問われることはないのであろう。

 お隣り、中国では一国両制度などと、いい加減なことをやっているお陰なのだろうが、一見して大発展をとげているようには見えるが裏の劣化があるようで、それをいきなり死刑にしてしまうのだから荒っぽい。こういう国家も長持ちはしないのではなかろうか。
 
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by watari41 | 2007-07-24 14:02 | Comments(7)
 旅の最終日(とはいっても3日目)、小樽に行くことにした。その手前に仁木町がある。道路脇にサクランボの木があるのでオヤと思った。遠くを見ると山麓にかけて、サクランボ特有の屋根つきの施設が延々と続いており驚いた。ここは山形県かと思うような光景である。売っているものは本場(山形県)ものに比べて小さい。味もだいぶ落ちる。しかし価格は一桁安いようなのだ。それでも採算が合うのだろう。
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 小樽は、初めて見る街だ。運河を中心とした古い建物を保存し、観光で飯を食ってる街だ。ガラス工芸品を売る店がやたらと多い。最近の流行なのだろうか。東北でも猪苗代の世界ガラス館だとか、岩手県にも大きなガラス館があった。どこも似たようなものを展示している。街の駐車場には観光バスが何十台も停まり、観光客がゾロゾロ歩いている。観光人力車もやたらと多い。
 小樽は水運で栄えたが、鉄道の開通で一挙に衰えてしまったのだという。40年前に大阪にいた時にそんな講演を聞いたことを回想する。日本には3本の運河しかないのだそうだ。小樽運河と利根川にある運河、そして講師は私は見たことがないのだが、宮城県に「貞山運河」という大きなものがあるそうだという話があった。その「貞山運河」は、わが町の阿武隈川と石巻の北上川を結ぶ長大なものだ。伊達政宗の時代に着工され、ずっと後年の明治になって完成した。政宗は貞山公ともいわれたので、運河にその名が記された。
 ヨーロッパには無数の運河があるが、日本は平地が少ないので、運河も作られなかったのだということだ。小樽の運河は沿岸に当時の建物が残っていることもあって、現在の人気が出たのであろう。
 わが町の浜も、水運の盛んな頃は栄えたらしい。だがすっかり寂れてしまった。貞山運河には釣り人がチラホラいる程度だ。
 最近は、首都圏の京浜地区での埋め立てが盛んになり、その間の水路が運河と呼ばれているようだ。東京に転勤していたころ、品川運河の近くに住んでいた。休日には、魚の数よりも多いと思われるほどの釣り人がぎっしりと並んでいたことを回想する。話が脇にそれてしまった。
 旅は終わった。千歳空港には昼頃に着いた。この間500kmほどの運転はすべてOharaさんにやってもらったのである。感謝である。
 同級会後に北海道の親戚回りをしてきたK・kさんとロビーで落ち合い夕暮れの仙台空港に着いた。良い思い出をもらった。幹事のAさんをはじめ皆さんに感謝申し上げたい。
 
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by watari41 | 2007-07-21 17:49 | Comments(2)
 a0021554_814495.jpg旅行2日目の宿泊は「ニセコアンヌブリ」の近くである。雪質が良くて一躍海外にも有名になったスキー場があるところだ。昼食後は一路そこを目指した。朝方の小雨はすっかり上って良い天気になった。洞爺湖を過ぎて羊蹄山をぐるっと回って行くコースを選んだ。蝦夷富士の名にたがわず美しい山だ。今の季節、ジャガイモが花盛りだ。ゆったりとうねる見渡す限りの広大な大地一面に紫の花が咲いている光景は見事だ。北海道でなければ見られないものだろう。その先に羊蹄山がある。途中で真狩から山に突き当たる真っ直ぐな道があったので向かってみた。どこまで行けるのかと思ったらさすがに行き止まりだ。そこに地元民の墓地があった。
道路脇の案内に歌手「細川たかし」の銅像への矢印看板があった。ここは見るべきものもないのだろうと思いながら通り過ぎた。

 ホテルはニセコの”甘露の森”というところにある。名前の由来は、昭和天皇が巡幸された折に、湧き水が出ているのを見て口にしたところ、まるで甘露のようだとお褒めの言葉をいただいたそうだ。それから辺り一帯を「甘露の森」と名付けたという。昭和29年のことである。今も毎分何百リットルもの大量の水が出ている。その水は冷たくて旨い。

 ホテルは新しくて立派な建物だ。時間があったので近くにある、パノラマラインという道路を登った。道を尋ねるのに「Kさん」は我々は詩人の一行であると名乗ったので、聞いてるこちらが吹き出してしまったが、神泉沼という景勝地を紹介されたので向かったのだが見つからず引き返してしまった。あと1KMも行くとあったようなのだ。その途中に自衛隊の施設なのだろう、物々しい通信アンテナを見た。一見して高精度なものであることがわかる。方角は北朝鮮かロシアを向いているのだろう。山の中には温泉特有の硫黄の臭いで窒息してしまいそうなところがあった。思わず山形蔵王温泉を連想した。

 ホテルのロビーは洒落たインテリアでいかにも現代風だ。ピアノとバイオリンの生演奏をやっていた。夕食はいろんな刺身からはじまったこれまた豪華なものだった。ボリュームのある旨い味付けの豚肉に満腹してしまい、デザートもジャガイモを加工したもので美味しそうだったが少し手をつけただけで終わってしまった。
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by watari41 | 2007-07-18 08:06 | Comments(2)
  時として、思いがけない偶然がある。仙台の会社で同僚だった男の奥さんは北海道の人だった。洞爺湖に行くことを話したらどこに泊まるんだということになりホテル名をいったら、その近くに奥さんの妹さんが嫁いでいるという話で、初対面ではあるが、ホテルに訪ねてこられた。世間は狭い。

 同級会の翌朝、3年後の再会を約してのお別れだ。ゴルフに行く人は迎えのバスで、ご夫婦で参加した方はそれぞれ次の目的地に、また単独でミニツアーを計画してこられた人もいる。
 我々レンタカーの4名は、まず最初に来年の洞爺湖サミットの会場を見学することにした。「ザ・ウインザーホテル」である。すっかり有名になってしまったところだ。温泉街から車で10分ほど湖畔を走り、さらに5分ほど山を登った上にある。さながら周辺を見下ろす”天守閣”といった趣である。晴れていれば、洞爺湖から遠く噴火湾を望む”絶景”が見えるはずだった。しかしあいにくの小雨模様で視界の悪かったのは残念である。警備上はこの上ないところだ。図々しく玄関に横付けしたら、そのままUターンさせられてしまった。
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 次に昭和新山を目指した。真近で見ると赤褐色の4百メートルの巨大な山塊は迫力がある。中腹からはまだ湯気がたっている。
 1943年麦畑が突然盛り上がって、できたのだという。今も個人所有の山だというのが面白い。私よりも若い山である。それでも麓の方は森が形成されつつある。あと百年もしたら、全山が緑に覆われた普通の山になってしまうのではなかろうかと思ったものだ。すぐ近くには有珠山がある。記憶にも新しい大噴火を繰り返している。
 洞爺湖の名だたる景観も昔の噴火によってできたものだ。観光地は危険との隣りあわせなのだ。
 ”新山に ションベンすれば 昭和の湯気が立ちのぼる” こんなざれ詩があった。

 洞爺湖周遊道路を走っていたら、途中にパークゴルフ場があった。道立青少年自然の家の看板がでている。聞いてみたら道具からすべて無料である。トリッキーなコースもあて一時間ほど楽しめた。アルバトロスもでた。
 昼食は、湖畔の「水の森駅」である。道の駅みたいなところだ。「さぬきうどん」には驚いた。北海道は全国区なのである。どこからでも人が集まっているのだ。駅の二階には国内・海外の芸術家から村が購入した作品が展示されていたのも興味をひいた。
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by watari41 | 2007-07-15 19:33 | Comments(5)
 a0021554_20282536.jpg同級生に2人の”芸術家”がいる。その一人、Kさんは「陶芸家」である。前回の同級会では茶碗をいただいた。なかなか使い勝手が良くて、知らない人は一流品かと思うようだ。今回はお地蔵さんである。込入った形状の、よくこんなものが作れると感心してしまう。遠く「信楽の陶土」を北九州まで送ってもらい作陶しているそうだ。本格的にやっている奥さんの影響を受けたらしいが、ご本人もなかなかのセンスがある。自分の窯(電気)を持っていて焼いているという話だ。
(勝手に作品写真を載せてしまいますが、事後承諾をいただきたいと思います)

 もう一人は、Wさんでガラス工芸をやっている。退職したらこの道に進もうとかなり以前から決めていたようだ。前回の同級会は知多半島の自宅に近いところだったので、作品の一つを持参した。ガラスを散りばめた見事な絵であった。今回は作品を持参しなかったものの、その想いをアルコールにまかせて熱く語っていた。
 私は、残念ながら芸術的センスはゼロに近い。多少の鑑賞はできるものの作るのはまったく駄目である。

 同じ作るものでも、庭先農業に手をだしている人が多い。代表格は、30坪ほどの農地を借りてやっているMさんだ。1アール百姓を称している。いろんなものを細かく栽培して楽しんでいるようだ。

 こんな、元気に楽しんでいる人がいる一方で老人特有の病気に罹ってしまった人もいる。しかし病いにもめげず頑張っている。外見だけでその病名がわかり、つらそうに見えるが、ゴルフをやりそこそこのスコアであがるのだからすごい精神力を持った人だ。

 どこの同級会にも似たようなことがあるのだろうが、わがクラスメイトの一端を紹介してみた。私は、こんな駄文を書いているだけであるが、同級生のほとんどの方がこのブログに目を通しているようなのだ。
 同じような年齢で、似たような環境に育ち、同じような教育を受けた。その後も鉄と係りのある会社で仕事をしていたので、共感できるものがあるようなのだ。皆のささやかな架け橋になっていれば幸いなことと思っている。
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by watari41 | 2007-07-12 20:35 | Comments(5)
 今回の開催地は「洞爺湖温泉」である。前回の「知多半島」での、我々の第一回同級会に参加できなかった5名の方と四十数年ぶりに会うことができた。顔を見て名前を聞かずとも分かる人が多い。
 真面目だった人は話すことが今もマジメであり、面白かった男は、今もオモシロイ。私は影の薄い一人だったが、それは今だに変らない。この40年は何だったのだろうかと思うことがある。 
  a0021554_1038999.jpg                   当時のリーダーが、今も全体の指揮者である。3年前に卒業後最初の連絡をくれたのは、このMさんだ。そして自ら第一回、同級会幹事をやった。今回は室蘭の製鉄所にいたAさんが幹事を引き受けたので、近くの洞爺湖温泉となったのである。

 同級の誰にとっても生涯で最も楽しい時期を過ごした仲間である。共に学び、よく遊んだ。あれから40年以上も過ぎてそれぞれの近況を語りあった。誰だったかのスピーチである。我々は良い時期に生まれた。そして良い環境のもとで学ぶことが出来た。それぞれが良い人生だったのではなかろうかという話があった。同感である。高齢者となった今、誰もがうなずくことができることだ。

 同級会当日(7月5日)の昼頃に千歳空港に降りた。洞爺湖温泉の会場まではレンタカーを借りた。その後の計画もあってのことだ。北九州のKさん、大阪のSさん、千葉のOさんと空港で待ち合わせたのである。高速には乗らずに旧道を走った。支笏湖をみるためだ。これからの珍道中の始まりでもある。行き交う車両はほとんどない。北海道は広い。大きな湖もそれほどに感じないが、走ると湖畔がやたらと長いのだ。周囲の火山特有の地形などは、本州では見られないものだ。その雄大さを眺めながら会場まで3時間くらいを走った。

 丁度その日は、洞爺湖「花火」の日でもあった。宴会が終わった頃から始まった。対岸を船で移動しながら次々と打ち上げていく。我々は湖畔に出て眺めた。湖面に写る花火がこれまた美しい。迫力ある音を聞きながら、幹事はいい日を選んだものだと思った。
 花火が終わってカラオケ2次会だ。皆ないい声をしている。実に歌が旨い。これまで何百回も歌い続けてきたのであろう。

 大きなホテルだったが、廊下ですれ違う団体さんからの声は、半数以上が中国語なのである。そうえいば従業員にも中国人らしき人が多い。台湾なのだろうか、それとも裕福になった大陸沿岸部の人だろうかと思いながら聞いていたが、旅行業界の変化を実感したものである。
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by watari41 | 2007-07-09 11:26 | Comments(2)

研究と量産品

 「水と油」は混じない。金属にもまったく同じようなことがある。「鉄と銅」は混じないのである。不思議に思う方も多いかと思う。よく知られた金属同士であるからだ。これとは逆に「水とアルコール」がよく混じるように、一般的には混じり合う金属が多い。

 今回の回想は、鉄と銅を溶かして鉄に混じない銅を数パーセント無理矢理に混じらせると、鉄は大きな歪(ひすみ:ストレス)を受けて、磁石になってしまうという面白い性質があることに関することだ。その磁石は板状に延ばすことができるので、薄い磁石ができる可能性がある。これはかなり古くから知られていることなのだが安定的な製造が難しいのである。

 20年以上も前の在職中のことだった。新商品を模索していたM電器から薄い磁石の問い合わせをもらったのである。よせばよかったのだが上記の話をしてしまった。是非にということになってしまったのである。
 やむなく製造を開始したが、あまりにバラツキの大きい磁石しか出来なかった。使えるものは少量しかできない。要求された磁石材料を納入できず四苦八苦した末についに断念したことがあった。鉄の原子と原子の間に一定のストレスを与えて均一な磁石にするなどという量産的には難関この上ないことに挑戦してしまったのである。高い授業料を払ったのだった。

 実験室で少量の物はうまく作れるが、大量生産は難しいというものは結構多いのである。新聞発表はしたものの、製品を供給できなかった例の一つだ。技術者としてほろ苦い思い出である。

 退職してからは目を通すこともなくなってしまったが、ある工業新聞社が毎年、その年の「十大新商品」というのもを選んで表彰する。中には業界に衝撃を与える夢のようなものもあるがなかなか市場に出てこない。結局は研究室どまりで量産化ができなかったのである。原理的にはよく知られながら、実用できていないものは沢山ある。
 研究開発と量産化技術とは全く別のものなのである。市場へ製品を供給できるまでには難関が多いのだ。

  (今週末には2年前から予定されている洞爺湖での同級会が開かれる。私のブログも少し    お休みをする。2ケ月前に超格安航空券を予約したので、仙台から札幌まで一万円ほど    で行けるのである。来年にはサミットが開かれるそうだ)
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by watari41 | 2007-07-02 08:51 | Comments(6)