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格差社会

 日本人は「格差」にとりわけ敏感である。隣の芝生が気になるのである。小泉さんの時代に格差が拡大したという批判が多い。これからますます格差社会に向かうのだという論評が見られる。

 日本人はとりわけ「平等志向」が強い民族だと思う。このことが戦後最も社会主義的だといわれる国家が出来た由縁でもあるようだ。40年ほど前には、国民の70%もの人が自分は中流であると意識していた。今となってはそんな時代が懐かしく回想される。しかし「平等社会」というのは長続きしない。
 国家体制として平等な社会を実現しようとしたソ連などの社会主義国は、それに伴う支配階層ができて、自由が奪われ結局は崩壊してしまった。平等を目指しながら実現しそうになると崩れていくという。これが人間の悲しい性なのかもしれない。

 ただ、大昔からみれば現代の格差は極端に小さくなっているといえよう。巨大な古墳などを見るにつけその時代の格差たるや天文学的なものであっただろう。しかし、当時は格差はあって当たり前と言うような時代背景もあったのだと思う。

 人間は皆な平等なのだという思想は比較的最近のことのようである。それに伴って格差に敏感になった。
 富の格差のみならず、デジタルデバイド(情報格差)なども問題視するようになった。全国の市町村でそのデジタル格差の解消を目指してパソコン教室が開かれたのも、今となってみれば多額の税金を投入しておかしなことをやったものだと思うが、根底には日本人の格差アレルギーみたいなものがあったのだろうと解釈している。
 最近、ワーキングプアが問題になっている。働いても正当な報酬が得られないのである。こういうことこそ政策的に解決されるべき事柄である。こんなことで格差拡大があってはならない。
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by watari41 | 2006-09-26 08:35 | Comments(5)

動物の墓

 家族同様だったペットが死んだので、家の墓地に埋葬できないかと考えた人が、人間と畜生を一緒にしてはいけないと坊主に諭されたという話を聞いた。

 人間は特別な存在であるという概念はいつの頃から出たものなのだろうか。6千年前の貝塚からは、鹿など動物の骨と一緒に人骨も出土している。一緒に埋葬されているのである。まだ当時は人間も自然界の一つの存在であるという認識だったと思われる。
 進化論的にいえば、人間はある時期に動物から別れたものだということで、種のひとつにしかすぎない。だが神様が人間を作ったのだということになると、特別なものということになる。

 しかし、お寺さんのいう畜生との区分というのは、神が作った人間ということではなくて、知能を持った人間、お墓を作った人であり、霊魂があるので動物とは一緒にはできないという意味のようだ。

 人間の脳は、数万年前に完成されており、現在も当時とそんなには変ってはいないのだろうと思う。人が人としての意識を持つようになるは宗教との係りなのであろう、お釈迦様の出現以来のことではないのだろうか。
 人間が現在のような墓地を持つようになったのは、そんなに古いことではない。死者に霊魂があるのかどうかはわからないが、これを司どるのがお寺さんであり墓地である。墓をもつ由縁なのであろう。

 長年、一緒に暮らしてきて人間の気持ちをわかるようになったペットにも、霊魂が存在すると考えたくなってしまう。そうすると墓がほしくなる。ペット専用の墓地を造成する業者が出てきたようだ。時流である。

 しかし一方では、途中で捨てられるペットも多い。これが人間にも波及しだした。子の虐待が多くなってきたようだ。またまた人間と動物の区分が怪しくなっている。
 他方では墓は不要で人間も自然に帰るべきという人も多くなっている。このせめぎあいは将来どういう決着がつくのだろうか。
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by watari41 | 2006-09-21 09:51 | Comments(4)

小泉さんの退場

 この5年間何かにつけて日本を引っ掻き回した小泉首相が舞台を下りる。いままでの首相とは大きく異なるイメージを残した。
 小泉さんは「我」を通した。このあたりの方言を用いると「言ったハリを通した」男といえる。功罪は別として本望であっただろう。

 従来の首相は近隣諸国とか自民党内の意向などを気にしながら行動していたが、小泉さんはそれらをほとんど無視していた。計算づくでそうしたのだという方々もいるが、本当のところはどうだったのだろうか。

 これまでの30年は田中角栄元首相の政治手法が幅をきかせてきた。金の力で議員の数を増やして権力をにぎるというやりかたである。さすがにこの手法はきらわれていた。「自民党をぶっ壊す」という言葉に国民的な支持が集まった。次の首相も国民的人気で決まるようだ。

 金権体質という日本の政治は、欧米より百年以上も遅れているといわれており、容易に改善されないだろうと思われていたが案外にあっさりと良くなるような気がする。これは大変な功であろう。すでに末端の政治である町会議員レベルでは金をかけない、かからない選挙がこの田舎でも当たり前になりつつある、一挙に国政レベルでも実現しそうだ。

 他方では、靖国参拝に象徴されるナショナリズムに火をつけてしまったことがある。戦後ずっと封印されてきた事柄である。右翼的思想を勢いづかせたといえる。これまでの日本は思想的には、右や左と大きく振れていた。その時に置かれた日本の立場が大きく影響していたのである。確固たる信念を持った人は別として、我々凡人は時の状況に順応してしまう。
 小泉さん個人の考えでの行動もあったのだろうが、首相としての言動なので今後に大きな影響を及ぼすであろう。

 一国の首相の退陣であるから、その功罪は今後多方面から論評されるであろうが、市囲の一個人の皮相的感慨だが、大きな歴史の変わり目を見ているような気がしている。
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by watari41 | 2006-09-16 10:19 | Comments(3)

英雄

 「一人を殺せば殺人だが、百万人を殺すと英雄になる」。世界の歴史を振り返って、そんな表現にたどり着いた人がいたようだ。
 古今の英雄には確かにそんな一面がある。伊達政宗、豊臣秀吉しかりである。宮城県の大崎・葛西一揆の平定を口実に佐沼城のなで斬りといわれる3千人もの人々を政宗が殺戮したのは史実である。
 秀吉は奥州仕置きとして、甥の秀次を総大将に岩手県北部の九戸城まで大軍を進めて、降伏後に非戦闘員を含め5千人もの人々を殺戮した。その秀次もまた秀吉によって、その関係者もろともに殺されてしまうのである。しかし歴史的にこれらの英雄が評価されるのは、戦国の世から平和をもたらしたということにある。

 それでは、武田信玄や上杉謙信はどうであったろうかということになる。志半ばで倒れてしまったが、戦場では数万人の犠牲者をだした。だがいずれも英雄とされている。戦が上手だったからである。

 人間には闘争本能があるのだという説もある。競争社会での進歩の源泉がそこにあるというのはわかるが、殺し合いもそうであるというのはどうかと思う。しかし戦前は戦いに勝利して英雄視されていた軍人もかなりいた。東郷元帥などはその典型例である。

 戦国時代は藩と藩との戦い、近代では国と国との戦いの中から英雄が生まれている。戦いに勝てる人、すなわちより多くの人を殺戮した人が英雄になるのである。そして歴史にその名をとどめることになる。

 しかし、最近のイラクにみるようなゲリラ戦になると英雄は出てこない。だがおびただしい人々が殺されていく。勝者はいない。一方の最高指揮官はアメリカ大統領である。ベトナム戦争ではジョンソン大統領が窮地に陥った。勝利すれば英雄だったのだろうが、実質的には敗れたのである。

 世界史的な英雄となれば、カエサルやジンギスカンであろう。大帝国の版図達成の裏にそれこそ百万人単位の殺戮があったのだ。
 21世紀は英雄の必要がない時代と願いたいものだ。人を殺したらそれは殺人なのである。
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by watari41 | 2006-09-11 08:55 | Comments(4)

箱書き

 骨董品、なかでも茶器類などは、しかるべき箱に収まっていて、由緒などの「箱書き」があると、その値打ちは何倍にも跳ね上がる。TVの「何でも鑑定団」の人気がいっこうに衰えない。日本人の感性に訴える何者かがあるからだと思う。
 収納されている「箱」についていうと、骨董品のみならず、最近のオモチャでも「箱」のある無しで、大きく値打ちが異なるである。品物の値打ちが、それを装飾するものによってその価値が格段に違ってしまうのだ。
 非常に不思議な話なのだが、おかしいと感じている人はあまりいないようだ。品物よりも、箱とかそれに書いてあることに値打ちがあるだ。

 これは日本人の不思議な感性でもあるようだ。何だろうかと思いを巡らせていたら、これも日本独特のものなのだろうが「肩書き社会」、「学歴社会」に行き着いた。ごく普通に見える人が「立派な肩書き」を持っていたり、「有名な学校」の卒業者であったりすると、世間の目は一変するのである。その人に、にわかに「ハク」がつくのである。
 人間の中味ではなく、いわばその人の「箱書き」が評価され、敬意を払われるのである。しかし、ほとんどの人々はそのことをあまりおかしいことだとは思っていない。長年、つちかわれてきた日本人の感性の一つなのだ。

 わが町の例である。30年ほど前に亡くなった老人がいた。東大を出た方であるというのだ。当時は町内にただ一人しかいないということで、大変な尊敬を集めていたのである。だが、ごく普通の人であった。しかし、そんなことから有名だったので「学識経験者」として町の名誉職のお鉢を回されるのである。本人もまんざらではなかったらしいのだ。比較的幸福な生涯を送ったのではなかろうか。「箱書き」の効用である。殿様の子孫とか名門の出身者というのも、そんなことである。
 TV番組のヒットは、こんな日本人の潜在意識を引き出したのだと思う。
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by watari41 | 2006-09-06 08:40 | Comments(5)

文明の変遷と人間の幸福

 我々から上の世代の方々は、大袈裟な表現だがニつの文明の変革期を体験することできた。従って、これらの文明変遷を比較検討し得る史上稀な時代を過ごしてきたともいえる。一つは農業社会から工業社会への転換である。これは半世紀前に起きた。

 昭和30年頃が農業社会の大きな転換点だった。もはや戦後ではないといわれ、農村崩壊の兆しが現れ従来は地域に留まっていた我々世代の長男以外は、東京など工業都市へと集団就職列車で向かったのである。

 長く続いた農業社会は稲作を中心とした、2千年もの歴史がある。総人口の半数以上が農業に携わり、農産物がGDPの大部分を占めていた。江戸時代までの経済活動といえば米の流通と売買であった。戦後の農村も、引揚者などいろんな人々を吸収した。米を作ることで生きていくことが出来たのである。

 稲作のタイムスケジュールに合わせて田舎では季節ごとにいろんな行事があった。我々、小中学生は、田植え休みとか、秋のイナゴトリなどで、学校の授業は一週間もお休みになるのだ。子供の頃の回想は楽しいことが多い。

 農村文明から都市文明への転換期でもあった。農業人口は急激に減少していった。しかし米の生産量が減じたわけではなかった。むしろ増え続けたのである。何故かというと農業機械の出現である。多くの人手を要した田植えや、刈り取りがあっというまに終わるのである。工業社会が農業スタイルを変えてしまったといえる。都市の生活様式は次第に農村にも波及することになった。かくして有史以来続いてきた農村の伝統的な生活スタイルはほとんど姿を消してしまった。

 やや、こじつけがましいが現在の工業社会にも情報技術の進展に伴って、上記のような省人化がが進みつつあるようだ。すなわち工場の工程管理や、部品の手配など人手のかかるところや、機械そのものも人間が動かすことが少なくなり巨視的にみれば、工業社会も農業革命と同様なことが起こりつつある。

 我々が退職の頃は、高度情報化社会の到来だと叫ばれたが、いまひとつその中味のはっきりとしないところがあった。たしかにパソコンの前に座っている時間は長くなった。情報量は多くなり、便利さと豊かさは増しているが、それで人間が幸福になったかといわれると、大いに疑問ではある。

 発展から取り残された貧しい中国の農村を見学した人が、そこに戦前の日本をみる思いがして、むしろそのままの方が人々は幸福なのではなかろうかと思ったそうであるが、発展との調和というのは難しい課題である。
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by watari41 | 2006-09-01 17:06 | Comments(6)