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妻の闘病(11)

 PET(全身のどこにガンがあるかを検査する機器である)、10年ほど前までは最新の医療機器として、ガンを初期段階で発見できるものとして注目されたものの、数十万円もの検査費用がかかった。病気の予防検査として支払う金額としては高すぎた。説明書を眺める程度のことであった。

 今は、健康保険も利いて3万円弱で検査をしてもらえる。妻も診察の途中でこれを受けた。どこが、ガンの発生源かを調べるためだ。しかし検査官は、今までこんなにも悪化しているガン患者は見たことがないと驚かれた。全身いたるところが真っ黒なのである。発生元がどこかも定かではなくなっているという。この段階で、余命はほとんどゼロに近かったのだと思う。

 医師は、あくまでも延命のためであるとしたうえで抗がん剤を投与している。モルヒネも存命中の生活の質を高めるためのものなのだということだ。

 6月26日にガンセンターで外来検査を受けてきた。数値は幸いにも以前より悪化はしていなかった。医師は、抗がん剤の効果であると考えているようだ。ガンの薬は高価である。保険が利いても一か月分で3万円もする。この薬も、いずれ効かなくなってしまう時がくるはずだという。時間との競い合いである。

 次は一ヶ月後に再度来院下さいということであった。これからは暑さが厳しい。闘病生活には、いろんな難関がある。本人の気力が最も重要な要素であると思っている。
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by watari41 | 2006-06-30 09:32 | Comments(2)

妻の闘病(10)

 ガンセンターの近くに十三塚公園がある。大昔、古墳時代の人々が住んでいた丘陵地帯を整備した公園である。
 4月から5月にかけて、入院中の妻の看病の気分転換にその一帯を歩き回った。その中に江戸時代の古民家があって市の文化財にもなっている。茅葺の屋根に土間やカマドもある状態で保存されている。田舎育ちの我々年代にはなんとも懐かしいたたずまいだ。
 管理人のオバサンがいた。ガンセンターの見舞いの帰りにここへ立ち寄ってゆかれる方々も多いのだという。先日も、老夫婦が重篤の状態で入院している息子のところに行ってきたのだと、ここで状況を話しながら泣いてゆかれたという。病んだ子供に涙を流す話を聞いて胸が痛んだ。

 私も妻の病状を話したところ、その管理人さんより大いに慰められた。古民家は煙のしみこんだ黒光りの柱に支えられ何ともいえない雰囲気をもっている。この古い建屋は人間の悲しみまでも包み込んでくれるようにも感じる。
 昔の住居は生活するには不便極まりないのだが、そこに入るとなんともいえない郷愁感があり、何百年も使われた住居には人間のすべてを受け入れてくれるような安らぎがある。

 しかし、現代のあまりにも便利な生活に慣れすぎた我々には、もうそこには戻れない。かつて新生活運動として、40年も前にこのような住居がどんどん破壊されていったことを回想する。

 近代科学の粋を集めた病院で人体の病変を細胞レベルまで調べ上げ、有効な治療が加えられるが、人間の感情はまた別のものである。最後の段階で悲しみを味わう場所としては、現代の病院個室はあまりにも無機質である。
 妻の入院中も、近接の病室からの別れに際しての家族の泣き声を幾度となく耳にしてしまった。

 古民家で悲嘆にくれる家族の話を聞いて、人としての別れへの感情をあらためて考えたのである。
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by watari41 | 2006-06-25 09:43 | Comments(2)

妻の闘病(9)

 今月の文芸春秋(2006.7月号)に、「清貧の思想」などで知られ、数年前に亡くなられた故中野孝次さんの「がん闘病記」が記載されていた。体調が優れないので病院で診てもらったところ、ガンで「余命一年」と言われものすごいショックを受けたことを、文学者らしい表現でガンの宣告以来、虚ろな状態に陥っていくご自身の心の動きをきちんと書かれていて読む人の胸を打つ内容だ。

 最近の医師は、はっきりともを言う。ガンに対しての世の中の認識が一変していることもあるのだろう。治る見込みのある人には、闘病精神をかきたている意味で本当のことを告げてもよいのであろうが、末期の患者に対ししては酷すぎる。ほんの20年ほど前までは、患者には真実を隠しておくというのが社会常識であったような気がするのである。それが、いつのまにか現在のような状況になってしまった。知る権利がとんだところで拡大解釈され患者の心の痛みを増しているとしか思えない。

 ガンセンターは、こんな患者の凝縮された場所でもある。何も知らないままに逝くのがよいのか、全てを知って納得してこの世を去るのがよいのか、個人個人でおおきく異なるであろうが、全てを同列に扱おうとしているからいろんな問題が出てくるように思う。

 交通事故などで突然に、この世を去るかもしれず、誰しも明日はどうなるかわからないのだとはよくいわることなのだが、そうは言っても普通の人はもっともっと寿命があるものだと思っているものである。しかし重篤の入院患者となるとそうはいかない、有限の命をはっきりと知らされる。
 煩悩多き我々は、余命宣言などされたらそれこそ取り乱してしまうであろう。中野孝次さんのような方にしてからがそうである。
 死を克服するなどと,安易に口にはだすものの、普通の人間には土台、従容と死を受け入れることなどは無理なことなのだと思う。
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by watari41 | 2006-06-20 09:24 | Comments(2)

妻の闘病(8)

 退院して20日が過ぎた。先日、「要介護度3」の認定を町役場からいただいた。その為の聞き取り調査が入院中にあったのである。介護度合いを決めるのに本人の状況を確認するためのものだ。どんな調査かというと頭のボケ具合に関するものが半分、身体の動き具合をみるのが半分というような質問内容だった。完全にボケていて、身体も動かせないとなければ、最高の介護度である「5」の認定がなされるようだ。

 妻の場合は、頭は明瞭なので、身体に関することだけなので、「3」というのは、最も高い認定をいただいたことになる。国の介護保険の財政難から今年4月以降は、認定が一段と厳しくなったらしいので、内心はヒヤヒヤものであった。この認定がないと、いろんな費用負担が大変なのである。この保険適用を受けると1割の自己負担で済むことになる。いままでは介護保険のお世話になるなどとは、これまた考えてもみなかったことである。

 介護保険は65歳以上が対象であるが、難病や末期ガンの場合には、この年齢以下でも保険を受けられる。
 妻の日常は、上半身を電動ベッドに起こしてもらう。マットレスは柔らかな低反発のものである。モルヒネで身体内部の痛みは押えられているものの、普通の硬さのベットだと痛みがひどくてたまらないようだ。室内の移動は指一本で動く電動車椅子である。これらの福祉器具の発達はすごいものだと思っている。

 各種の機器やサービスを利用するための書類手続き、申請も大変であるが、ケアマネージャーをはじめとして多くの方々のお世話になった。何ともありがたいことである。このような状態に陥った者にとっては、健康保険や介護保険制度は非常に助かる。国家財政困難の折から患者の負担を増やす動きもあるようだが、ぜひ現状を維持してほしいものだ。
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by watari41 | 2006-06-16 09:41 | Comments(3)

妻の闘病(7)

 「胃・印環細胞癌」、これが病名である。初めて耳にする名前だ。最もタチの悪いガンらしい。早期ガンでも至る所に転移するのが特徴でもあるようだ。肺や骨など転移先で発見される例が多いのだという。
 妻もそういう状態で見つかった。発生源を探して辿りついたのが前記の病名である。すでに、全身のあらゆるとこに転移してしまっていた。

 町の医者に聞いてみたら、この病名を聞いただけで医師はバンザイをしてしまうのだそうである。病院の担当医によると、末期でのこの癌の生存率はゼロなのだという。
 妻が最初の生還者になってほしいものだと願っているが、発生源の胃にはいかんともしがたい強固な根っこがあるらしい。

 医学や生命科学には全くのど素人なので、私もそれらの資料に目を通してみてはいるが、専門用語が多くてほとんど内容を理解できない。

 少しでも希望の持てる話を聞くことにしている。「アポトーシス」という言葉を耳にした。
 生まれたガン細胞が、自殺することを運命付ける遺伝子操作を行うのだという。それに関する
研究会も存在していて専門の研究者も多くいるようだ。
 究極のガン治療のひとつと目されているものなのであろう。ガン細胞が生まれると、間もなくそのガンは死んいくという夢のような話に引き込まれている。
 自然界の樹木にも、その薬物効果を有するものが存在するらしい。菌類から人間に役立つものを探し出す努力を先日のテレビで紹介されていたが、知られざることがまだまだ沢山あるようだ。
 インターネット社会に生きているお陰で、いろんな情報に接することができる。希望を失ってはならないと思っている。
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by watari41 | 2006-06-11 10:39 | Comments(3)

妻の闘病(6)

 退職直後に聞いた健康講話のことが妙に頭に残っている。引退した老医師が話をされた。
その方の回想談のような内容であったが興味深いものだった。
 その老医師が50年も前に秋田の病院に勤務の頃、30才で脳溢血で倒れた男がいて重い症状だったが、今も体を動かせない状態で存命なのだという。
 その家族の苦労の数々が講話の内容だった。男が倒れてから奥さんがずっと看病に当たっていたが、20年ほど後に、その疲れから先に亡くなってしまったのだという。その時に結婚をしたばかりの娘がいたので、その後を引き受けたというのである。
 しかし、娘もまた30年ほど看病したが、またまたその疲れから数年前に亡くなり、現在は孫娘が世話をしているのだということだった。
 老医師が見舞いに訪れた時に、男は自分の生命力の強さを嘆いていたという。辛く切ない話である。

 これまで、いろんな講演会などで聞いた話は大概忘れてしまっているが、この講話は妙に印象に残っていて、今回の妻の闘病と絡んでしまった。
 老医師が言いたかったのは、健康は家族全員のものだということを強調したかったのであろう。まさに、その通りである。
 妻の闘病は、家族全員での闘病でもある。経済的なことからはじまり、精神的なことまで何から何まで、まさに苦闘の連続である。誰にすがるわけにもいかないので頑張るしかないのだ。

 こんな家族が、全国にはご万といるはずだ。それぞれに苦労されていることだろうと思う。
 本人が一番苦しんでいるのはもちろんであるが、家族の負担も重い。健康がいかに大切かを感じている日々である。
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by watari41 | 2006-06-06 08:55 | Comments(9)