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危険と安全

 50才近くになってから自動車運転免許をとった。その時に老教官が近づいてきて曰く。一番安全なことを教えましょうという。
 それは「乗らないことなのです」と言うのだ。ウーンと唸ってしまった。
 さらに曰く。免許を得ると「物凄く幸福になる」か、逆に「事故などで不幸になるか」の二者択一だという。中間はあり得ないのだと。
 たしかにそうだと思う。どこに行くにも自動車は便利だ。スピードを出すと壮快である。良い時代に生きていると思うが、事故を起こしてしまえば悲劇だ。

 世の中で安全なものというのは得てして面白くないものだ。現代文明の特徴はスピードでもある。だが、これは危険との隣り合わせでもある。列車事故、航空機事故、これらの確率は非常に少ないことながらゼロではない。何事もなければ空の旅はこれほど快適なことはない。

 食物にも同様なことがある。ふぐの肝はこの世のものとは思えないほどに美味しいのだという。ただ、これを口にするのは命がけである。安全な食べ物ではない。何十年か前にこれを食べて中毒死した有名な役者がいた。第三者はバカなことをしたものだというが、一度口にしたことのある人は命をかけるほどのものだったのであろう。

 危険なことをせずにジットしていれば安全なのだろうが、現代社会はそうもいかない。いろんな誘惑もある。
 現代ならではの快感と便利さを味わい、なおかつ安全を求める。人間は欲張りだが、これがまた進歩につながっていくのだろう。
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by watari41 | 2005-05-27 21:03 | Comments(4)

歳月

 40年ぶりですが、憶えてますかと電話があったのは数ケ月前のことだった。同級生のMさんからである。今は愛知県に住んでいる。万博に合わせてクラス会をやろうとの誘いだった。当日までのメール交換や写真の添付に懐かしさがこみあげてきた。

 5月19日、その日がやってきた。話題のセントレア空港に降り立つ。Mさんに出迎えてもらった。広い空港を見学してから、今回の会場である知多半島先端にあるK製鉄会社の保養所へと向う。途中で、大河ドラマ「義経」の父親である源義朝の首塚をみることができた。

 21名の同級生が集まった。半数以上の出席である。昔の顔でそのまま歳をとった人、名乗りあうまでまったくわからなくなってしまった人など様々だ。
 だが、人間の声やしゃべり方は変化しないようだ。話をしているうちに昔と変らないことに気がついた。
 バスで会場に来た男は、停留所で発車しようとする車に向って「待ってくれー」と大声で叫ぶのを聞いて、すぐにNさんだと思ったという。

 今も働いている人はほとんどいない。病気で欠席の北九州の製鉄会社に勤務していた男は、自分で陶器を焼いているそうだ。今回の参加者数だけの湯のみを送ってくれた。会場をセッティングしてくれた男もガラス工芸に凝っているようだ。

 私はブログのお陰で、インターネットに接続している方々には事前に近況を読んでもらっていた。この回想シリーズが役に立った。

 小高い丘の会場からは、渥美半島、志摩半島に連なる島々を見晴らすことができて眺望絶佳である。
 室蘭の製鉄所にいた男から九州の人までよくぞ皆な集まったものだ。 

 40年は長い。当時日本の鉄鋼生産はウナギのぼりだった。我々にも未来のある時代だった。
 だが、紆余曲折の末にたどり着いた21世紀の現実は何なのであろうかと思う。

 名古屋からの帰りは快晴だった。こんなにもきれいな富士山があったのだ。マイブログのイメージ写真を今回から取り代えることにした。
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by watari41 | 2005-05-24 21:25 | Comments(2)

ブログ一周年

 ブログを始めて一年が過ぎました。
 192話、よくも書いたりと思います。すべてはシニアネット仙台でブログの輪を仕掛けていただいたshmidtさんのお陰です。
 激励をいただいたシニアネット会員の皆様、そして全国からお寄せいただいたコメントの数々に改めて感謝申し上げます。
 こんなことができたのも、ブログという面白いツールができたお陰です。

 東洲斎写楽はわずか10ケ月で150枚もの後世に残る独創的版画を作り上げたのは、いかにすごいことだったかが、下らない雑文に頭を捻っていた私には、写楽の偉業を身をもって知ることができました。

 少し偏った内容になったかもしれません。一人の凡人が考えうることとしては、こんなところが限界でしょうか。
 一周年を機会に、モデルチェンジを図ってみようかと考えてはいるのですが、いままでと同じになってしまうのではとも思っています。
 
 愉快なこと、痛快なこと、馬鹿馬鹿しいことなどにも挑戦しようかと考えているのですが、脳がうまく回転してくれるでしょうか。

 福沢諭吉は一身にして二世を生きたといいました。幕臣としての人生と、維新後の人生と二つの生き方をしたということなのでしょう。我々は会社人生の他に、もう一つの人生をもらいました。その高齢者の未来はどうなるのか考えてみたいことです。

しばらくの間、小休止をしながら、知恵を絞ってみたいと思います。
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by watari41 | 2005-05-17 07:25 | Comments(3)

薬とグラム単価

 医者から高価な薬をもらう。ふと、一グラム当たりにすると、べらぼうな金額になるのだろうと考えてしまう。グラム当たりにすれば「金」よりも高い薬は沢山あるのだろうと思う。

 ものづくりを長年やったものには、グラム単価を考えるクセがある。商品価格を決める一つのポイントだった。昔はグラム単価の高い代表例は時計であった。
 付加価値の高さを表す指標でもある。自動車は一グラム当たりににすると2円程度であろうか。米は30銭くらいだ。薬は非常に高いと思うのだが、命には代えられない。薬メーカーは莫大な利益がでそうであるが、開発費に食われるので我々はその研究費を飲んでいるようなものだ。

 日本が世界一の長寿命国になったのは、医療技術、なかんずく薬のお陰であるともいわれる。反論する根拠もないので、そうなのかとも思うが、国民の医療費たるや膨大なものみたいだ。患者が薬づけになってしまう場合もある。これを使うと胃がやられるからと胃薬が出されるという具合に、関連する薬がどんどん増えていく。

 薬で寿命が延びたのはその通りだろうが、こうも薬が必要なのかと思うこともある。人命にかかわるということで、いろんな規制がある。逆にいえば業界が守られているということでもある。 薬の値崩れというのはほとんど聞かない。
 コンビニで風邪薬などを売ろうとしたら、やたら面倒くさいことが沢山あったことが数年前に報道された。そこまで規制をかけなくてもと思ったことがある。

 命を人質にとっての高い薬。それに便乗したかのような、イカサマ極まりないガンの特効薬と称するものまで現われた。万一効くかもしれないと藁をもつかむ思いで大金を投ずる人もいる。最近ようやくその取締りを始めたようだが、遅きに失しているような気がしている。
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by watari41 | 2005-05-15 06:46 | Comments(4)

権利

 戦後の新憲法には基本的人権や、国民主権とか国権の最高機関は国会だとか、いろんな権利が明記されている。
 国民と国家に権利があるのはわかるが、権利の乱用というか市町村合併論議の時に、町にも「町権」があると主張した町長がいたのには驚いた。長年その地位に留まるとそんな発想にもなるのだろうか。その合併はご破算になった。


 人権獲得までの歴史は長い。フランスでは1789年革命時の人権宣言が名高い。同じ頃の封建日本では権利を主張すると「極刑」にされた。

 佐倉惣五郎に代表される「義民」が多く出たのもその頃である。
 わが町にも「北原金兵衛」さんという義民がいた。もちろん苗字はない、北原地区に住む金兵衛さんである。地区の人たちは凶作が続いたので年貢の減免を、この地を支配する伊達支藩の殿様に願い出たが聞き届けられなかった。ならばと参勤交代で道ゆく仙台の殿様に直訴しようということになった。
 だがこれは禁じられた行為なので極刑が待ち受けている。多人数で行えば全員が死刑となる。そこで金兵衛さんは、みんなの了解を取り付けて単独の行動にでた。直訴状を渡したのである。金兵衛さんは磔となった。しかし村の人たちの年貢はいくらかの減免となった。
 その行為は地区の人々と子孫の方々に語りつがれた。今は立派な石碑が建立されている。しかし、この碑は戦後に作られたものであるから驚いてしまう。戦前ではまだ金兵衛さんは、「お上」に楯突いた人ということで遠慮があったというのだ。

 昔からみれば今や想像もできないくらいに、いろんな権利を主張できるようになった。理に合わない権利もあるようだが、その歴史を振り返ってみるのも無駄ではない。
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by watari41 | 2005-05-13 09:25 | Comments(0)

サウンド様々

 ピカッと光ってから、数秒後にゴロゴロとくると一kmほど先に雷が落ちたとわかる。音が空気中を伝わる早さが一秒に約340mほどなのでこんな計算になる。地震、雷・・・といわれるほどに怖くて不快な音だ。
 音は物によって伝わる速さが異なる。鉄だと一秒に1500mほどだ。子供の頃、遠くに列車が見えるとレールに耳をあてて近づく音を聞いて遊んだものだ。リズミカルな汽車の音が近づくので面白かった。
 空気中では音よりも早く物体が動くと破壊的な衝撃波がでる。航空機の速度の壁だといわれたこともあったが、人の知恵はそれも乗り越えて速い飛行機ができた。

 だが、人間が聞こえる音の範囲は決まっている。2万ヘルツを超えるともう聞こえなくなるのである。妙なる音楽もこの範囲内でのことだ。それ以上は超音波の領域となるのだ。こうもりにはこの音も聞こえるのだという。
 この、人間には聞こえない音である超音波を、もっぱら工業的に利用してきた。金属部品の汚れを落とす超音波洗浄器には在職の頃ずいぶんとお世話になった。最近、洗剤が不要だという家庭用超音波洗濯機を売り出したメーカーがあったがどうなったのだろうか。

 音は振動なので、コンサート会場で聞く音楽は耳から入る音の他に、体全体に心地よい刺激を与える。逆に体に悪い音もあるようだ。2百ヘルツ以下の低い周波数の音は人間には聞こえないがこの低周波振動に不快感を訴える人がいる。音には不可思議なことがまだ沢山あるようだ。

 モーツアルトの音楽は植物にも良い影響を与えるといわれ妙なる調べを流している果樹ハウスもある。人間と同じように植物も癒されるのだろうか。はたしてどんな理由で効果があるのか、そのうち徐々に解明が進むのだろうと考えている。
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by watari41 | 2005-05-11 07:57 | Comments(0)

食文化

 日本古来の食文化だと、捕鯨再開を求めているが西欧諸国はこれを拒否している。かつては鯨の町だった宮城県鮎川で数十年ぶりに鯨の焼肉定食を口にした。思わず小学校の時に持参した弁当の味を思い出してしまった。調査捕鯨のものだろうが、今ではかなり高価である。現代の味に慣れてしまった舌には旨いものとは感じられなかった。
 飽食の時代に今更鯨を食べなくてもと思うのだが、鯨に沿岸の漁業資源を荒らされるなど、別の問題もあるようだ。昨今は山菜が見直されている。だが海の食材は高級なものとの感覚がある。山奥のホテルでも刺身がでる。もてなしの表現なのだろう。

 食文化は宗教の問題でもある。
 在職当時、横浜にいた頃、インド系ドイツ人との付き合いがあった。昼食時にガリガリっと音がするので振り向くと、生のニンジンを食べていたのには驚いた。横浜名物を知らないだろうとシューマイを差し上げたところ、口に入れたとたんに吐き出した。ミンチーだと叫んだ。一瞬はっとしてあやまった。
 ヒンズー教の人にとっては牛を食べるなどはもっての他であろう。その点、我々は気軽なものだ。中国人は四足なら机以外のものは何でも口に入れてしまうとか。ハクビシンまで食べていたのには驚いたものだ。
 韓国人にも同様なことがいえる。だが西欧の基準に照らすと犬を食べるのはいかにも野蛮のように感じたのだろう。88年のオリンピックの時にはその看板を隠したというが、何も相手の基準に合わせることもなかったのではなかろうか。固有の食文化で押し通してもよかった気もするが、他人のことだからそんなことがいえるのかもしれない。
 牛肉はたしかに旨い。英語がグローバルスタンダードになってしまったように、食の世界標準化が進んでいくのかもしれない。
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by watari41 | 2005-05-09 08:34 | Comments(3)

日本の不思議

 「人間を幸福にしない日本というシステム」とか、日本社会を鋭く分析したオランダのジャーナリスト、カレル・ウォルフレンさんという方の著作に興味をひかれたことがある。
 日本人は「諦め」が早い。「しかたがない」という概念があまりにも強すぎるのだという。その通りなのかもしれない。懸命に働いている割には多くの人が報われていない。その富はどこかに消えてしまっている。
 どこに消えたのか。私は戦後の賠償を今も続けているような気がしてならない。米国からの大量の国債購入などがその最たるものだと思う。円高で価値が目減りしているにもかかわらず、今もなお買い続けなければならない。諸外国へのODA援助というのもそうであろう。中国だけで累積3兆円にもなるというから驚く。だんだんと減じているがこれまでの累積はすごいものであろう。
 国内をみれば一部の人たちが懐を潤しているようだ。天下りのたびに巨額の退職金を手にする人たちは「合法的な汚職」をしているとしか思えない。

 ウォルフレンさんはまた日本の権力構造がアイマイで誰に権力があるのかもわからないという。大臣や首相にもそんなに権力があるとは思えず日本を動かしているのは「見えざる管理者」なのだと面白いことをいわれる。
 昨今は、マスメディアが世論を動かすことのできる権力者であるという論調もある。本来は国民に主権があるはずだが、その一票は微々たるもので、メディアは多くの人々の考えを変え、大量の票を動かしてしまう。これからは、はたしてインターネットが日本の見えざる管理者になるのだろうか。

 また、日本人は一旦出来てしまった既成事実にも極めて弱い。それを簡単に認めてしまう。「やむを得ない」と諦めが先にたつ。実態がそうなのだからと憲法までも変えなくてはならないと思い込んでしまう。

 ウォルフレンさんは、簡単に諦めてはいけないのだという。だが一朝一夕にこの考えが変ることはないであろう。幼児教育や小学校などからの教え方を根本的に変えなくてはならないのだと思う。
 しかしこれが日本人の特質だといってはばからない人が多くいるのも事実である。
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by watari41 | 2005-05-07 08:38 | Comments(0)

人口減少社会

 日本の人口はピークをうった。これからは減少に転じる。極端な見方では今世紀末の人口は半分になるという予測がある。
 江戸時代は3千万人だったので現在はその4倍である。だが一様に増えたのではなく都市に集中した。江戸は当時百万人だったというから10倍以上である。仙台も同様で大都会はおしなべてそういうことだ。ということは田舎ではわずかしか増加していないことになる。
 それが、今世紀末に日本の人口が半分になったとしたらどうなるのだろうか。利便性からみると都会の人口はそんなに減少するようにも思えない。田舎の人口が激減していくことになる。過疎地帯は今でも住みにくいところが出てきているが、どうなることかと思う。江戸時代以下の人口の地域がたくさん出てくるはずだ。

 どんな動物でも環境条件に合わせて増えたり減ったりしている。人間は直感的に先を見通すことがある。将来への漠然とした不安があるのは確かである。子孫が現在の生活水準を維持するのは難しいとみていて不思議ではない。

 今や地方の時代だなどともいわれるが、将来はとてもそんな状況ではなくなるだろう。人口減少社会に楽観論、悲観論さまさまあるがどちらかというと悲観論が多い。今回の市町村合併も遠くはそんなことを考えたものであろうか。昨今の新聞紙上に取り上げられている、現代版参勤交代とか、都市と農村に交互に住もうなどとの提案もある。人口減少社会を迎えての模索の一環である。

 しかし、人口減少を前提にした施策は、まだ何もないような気がする。意識的に先きのばしするというか、避けているとしか思えないようなところがある。これまでの右肩上がりの時代から、縮小均衡社会への歴史的転換点に立っていることは事実である。
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by watari41 | 2005-05-05 08:17 | Comments(4)

勲章

 「名誉」を形に表したのが「勲章」である。
 先日、春の叙勲が発表された。国が認める名誉である。勲章は元々、役人や軍人のものだった。戦前の方々が、礼々しい徽章を付けての写真が時々は、まだ雑誌などに登場する。国家に対する功績が大きかったということなのだろうが、一種のコケオドシみたいでもある。

 勲章は現在も脈々として息づいている。それをありがたがる人がおり、需要があるので賞勲局という一見して無駄のようにも思える役所が存在できるのであろう。
 一介のサラリーマンにとっては縁もゆかりもないのだが、ある規模以上の会社のトップになると叙勲対象になるので、悲喜こもごものこともあるようだ。
 人間の欲には段階があって食欲、色欲、金欲、権力欲などの欲望を全て満足した人が最後に欲するのが「名誉欲」なのだといわれている。巨大教団のトップに君臨する人が、「勲章」を欲しがっているなどと聞いたこともある。

 勲章には、象徴的な意味もあって、民間人の場合にはこれを花道としてということで、お引取り願うきっかけにしていることもあるようだ。叙勲祝賀会を華々しく行ったりしてハクをつけたりもする。

 勲章まではいかなくとも、日本人はもともと「賞」が好きなのではないのかと思う。いろんな賞状がある。何かにつけて賞状を発行する。学校で子供の時からこれをもらう。大人になっても、感謝状だとか永年勤続だとか、もらう方がありがたがるだろうと何んにでも賞を出す。この延長で勲章は死んでからも出される。墓石に刻み家族の栄誉としているところもある。

 外国のことはわからないが、田舎の末端にまで無数の「賞状」が存在するのは、日本独自の文化なのだろうか、こんなことを調べてみるのも面白いと思う。これが勲章のベースなのであろう。
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by watari41 | 2005-05-03 08:33 | Comments(3)