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古武術

 「大男を投げ飛ばす」「衝突する寸前に身をかわす」。このところテレビでよく見る甲野善紀さんという古武術研究家の妙技である。マジックのようで不思議に思って見ているのだが、古来から日本に伝わっている術なのだという。
 甲野さんの話を聞いているとさらに面白い。物を動かす時などには腕の筋肉だけを使わずに、体全体の屈伸や体重の移動でより大きな力を出せるというのだ。実際にそういう動き方をしている。そのためには全身にくまなく筋肉をつける訓練が必要なのだという。

 明治以前に武士は、そいう鍛錬をしていたようなのだが、文明開化で西欧科学技術の取り入れに合わせるかたちで、日本古来のものがすたれてしまったものの一つのようである。
 最近見直されてきているようだ。プロ野球の選手やバスケット選手の入門者がいるという。

 歩き方も昔は現代とはちがうようだった。大名行列の歩行図をよくみるとそれがわかるというのだ。エネルギー消費の少ない合理的な歩き方をしているのだという。
 現代の我々は栄養過剰なので、カロリー消費を多くするために手を振ったりして歩く、”正しい歩行”のあり方を示されるが、昔は握り飯程度の食事で一日中歩かねばならぬことを考えたら、それはなるほどと思うことである。体全体を使いながらも、動きを出来るだけ少なくしようとして歩いている。

 こんなことを考えていると、昔の人は頭の使い方も現代人とは違っていたのかもしれないと思う。難しい膨大な漢字を憶えており、今の我々から見ると驚くばかりである。どのようにして勉強したのかと思う。明治から戦後にかけて、あまりにも漢字学習にエネルギーをとられてしまうから、他がおろそかになるのだと漢字の制限がされたようだ。しかし江戸時代の数学である和算の発達具合などをみると、そんなことはないようだ。
 そのうちにだれか、”古学習研究家”なる人が出てきて、受験業界に革新をもたらすかもしれぬなどとあらぬことを考えてしまった。
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by watari41 | 2005-04-29 06:55 | Comments(4)

列車大惨事

 突然の悲しみである。飴のように押し曲がった電車を見て、信じ難い思いにかられた。あの状況では乗客はとても生きてはいられない。電車は横からの力に弱いとはいえ、ものすごい勢いで建物に激突したにちがいない。
 運動のエネルギーは速度の二乗に比例する。70kmの制限を100kmというから2倍のエネルギーだ。原因の究明はこれからだが、事故の起きた福知山線「塚口」という地名を聞いて懐かしい思いにかられた。
 昭和38年から40年までその近くに住んでいた。阪急線で「塚口」の次の駅だった。あのあたりは当時の状況からは一変しているにちがいない。その40年も前の同級生で現在名古屋に住む方が、万博に合わせる形で集まろうと呼びかけられて5月に再会することにしている。楽しい記憶のあるところで今回の事故が起きた。

 40年前に国鉄は、三河島、鶴見で脱線転覆による大事故を起こしている。信号無視が原因で、国会でも事故防止に関する小委員会が開かれた。現在の細田官房長官の父親が小委員長だった。その詳しい議事録がネットに公開されている。

 信号無視があっても、自動的に列車を停止させる装置「ATS」を設置しようとされたのもその時であった。
 初期のATSには、いろんなものが試みられた。私も関係したのは「磁石式」のものだった。信号手前の枕木に磁石を固定しておき、これを地上子と呼んだ。一方電車の下には磁気を検知する車上子と呼ぶものを取り付けた。信号が青の時は車上子は反応しないようにしておき、赤の時だけに警報を発生させブレーキをかけるというものが考案された。しかし地上子などの装置が大掛かりだったこともあり、私鉄の2社が採用しただけで、この方式は大きく日の目をみることはなかった。

 今度の事故でも、原因究明とともに、国会での論議や再発防止策がとられるのだと思う。人災ならば再発は防げるはずだ。
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by watari41 | 2005-04-27 07:38 | Comments(0)

血統

 「馬は血で走る」という。競走馬に血統は決定的な意味を持つ。血統書付きの犬猫も、もてはやされる。
 「頭の悪いのは親のせいか」というショッキングな本のでたことがあった。どうやらこれも統計的には正しいらしい。
 「どこの馬の骨かはわからぬが」というが如く、昔は氏素性のはっきりしないものは信用されないことが多かったみたいだ。このため江戸時代以前は偽の家系作成屋が繁盛していたという。天皇につながる系図が最も好まれたようだ。昔のこういうものをみたら99%は贋物なのだという。
 
 人はどうしても血にこだわってしまうところがある。先ごろのNHKドラマ「血脈」でサトウハチロウさんを扱ったもの、山口瞳さんの「血族」もあった。山口さんの小説は、穢れた血だと思っている親族が子供である瞳さんには隠してしまいたいとしていることを探っていくものだった。

 「遺伝子」ということがわかっていなかった時代には「血」が遺伝そのもを表した。馬ではないが運動選手そして芸術家にはその血がよく伝わるようだ。家元世襲制度というのも、因習のようにもみえながらこれらのことを勘案しているのだと思う。

 現代科学は物理的な血そのもので、その人の病状を判定してしまう。ある種のガンはその進行具合までわかるのだから驚く。親から受け継いだ血の他に、食物や生活習慣から作成されてしまう自分の血はきちんと管理する必要がある。
 「血」はまた象徴的な意味合いにも使われる。昔なら血判を押すというたぐいのものだろう。血は水よりも濃いなどという表現もそのたぐいだろう。
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by watari41 | 2005-04-25 07:52 | Comments(2)

石油高騰

 「石油資源は、あと30年で枯渇する」と教えられたのは、もう50年以上も昔の小学生の時だった。だが石油は今もある。次々と新しい油田が見つかるからだ。
 現代文明は石油で成りたっているといわれて久しいことだ。昨今の石油価格の高騰は、その重要性を如実に示すことなのだろう。しかし、こうも値段が上昇してしまうと日常生活にも多大の影響が出てきてしまう。

 こういう時には省石油製品がもてはやされ、その方面での技術革新が一気に進んでいく。昔は軍事技術が発端となって世の中を革新していったといわれるが、平和時の現在は石油危機などのようなことが、これに相当すると思う。これを契機にハイブリッド自動車などが急速に普及するのではなかろうか。

 これに絡んで思い出すのは重要商品には投機が絡みやすいことだ。現在の石油高騰はその影響だとされている。
 在職の頃、希少金属といわれた、ニッケルやコバルトなどでその経験をさせられた。価格が激しく変動するのである。その陰で大儲けをしている国際投機筋がいるといわれたものだ。これらの金属を原料としている使用者側はたまったものではなかった。この金属相場はロンドンの取引市場で決るのである。頭文字をとってLME相場と呼ばれその数字に一喜一憂させられた。
 希少金属は物量が少ないこともあって、そんな巨額の資金もいらなかったようだが、石油となると桁がちがってくる。現在はそれだけの投機資金がうごめいているようだ。

 石油取引相場はアメリカのとある都市での値が公表されるが、高騰したものはそのうちに必ずリーゾナブルなところに下がるものだと思っている。
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by watari41 | 2005-04-23 08:37 | Comments(4)

郵政改革

 「政治家は自分の政策を実現するために議員になる」「政策を同じくする人たちが集まってできるのが政党である」。小学校の社会科で習ったような気がする。

 小泉さんは昔から郵政民営化の政策を持っていた。首相となった今、それを実現しようとしているのだが、同じ政策を持っているはずの政党の人たちが猛反対している。実に奇妙なことだ。

 自民党は幅の広い政党だから、いろんな考え方があっていいのだというが、そもそも政党とは何かを考えるとおかしいことだ。
 別の政党を作ればいいと思うのだが、これまでいろんな政党が出来ては消えてしまったのは、考え方は別として大きな集団の中にいないと、どうしようもないということなのだろう。日本の特殊事情としかいいようがない。

 郵政改革に対するお互いの議論は全くかみ合っていない。平時に大改革を進めようというのは、ものすごいエネルギーが必要だ。どうしても現状を変えたくないという力が強い。百年以上にもおよぶ郵便事業にはそれなりのキシミもあると思うのだが。

 似たようなことで通信事業の改革があった。民間が参入した結果、非常に使いやすくなった。NTTのままだったらADSLの時代はなかったのではないかといわれる。もともとISDNの次は光に移行すると考えていたようだ。従って民間参入がなければ我々は今もISDNを使っていたはずだ。

 郵便にも似たようなところはないのだろうかと思う。ただ、預金、保険なども絡んでいるので複雑だが、全国一律のサービスを大義名分として現状を死守しようとしている人たちをみると、この問題はやっかいなことだと思う。
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by watari41 | 2005-04-21 07:41 | Comments(2)

反日デモ

  「中国は5年以内に崩壊する」というショッキングなタイトルの本を数年前に読んだことがある。著者はドイツ人だったと思う。
 これは勿論、体制崩壊のことを意味している。社会主義市場経済という矛盾に満ちたことをやっているので早晩このようなことになるのだという。それにしても思い切った短期予測をしたものだ。この種の予測は得てして大外れすることが多いのだが、気になることではあった。

 昨今の大規模な反日デモはまかり間違うと、そのホコサキが中国政府に向ってしまうこともあるとの識者の解説を聞いて前述のことを改めて思い出した。
 中国の二極分化は、すさまじいものがあるみたいだ。もともと世界に散らばる華僑など商売上手な民族なので、規制がはずされ鄧小平の言う「富める者から富め」などといわれれば、貧富の差は極限まで大きく広がり、収拾がつかなくなってしまうだろう。

 国家を揺るがすような大規模なデモは、日本では60年安保、韓国ではそれから30年くらい後に起こっている。一人頭の国民所得がある値に達するとこの種のデモが発生するという説もある。
 今回はこれにインターネットが絡んでいる。ネットの発達が社会を変革するといわれて久しいがこのような形で、国家の命運をも左右しかねない事態を引き起こすとは、それも先進国ではなく中国だったというのが何とも興味深い。
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by watari41 | 2005-04-19 08:05 | Comments(4)

年号

 あの時から何年が過ぎたかを数えるときに、現在を昭和80年とすると計算しやすい。在職の頃の出来事などはほとんど昭和何年で記憶しているからだ。現在では西暦を使うことが多いのだが当時はまだ昭和での表現が一般的だった。

 年号は日本古来の文化ではあるがどうもややこしい。先日クイズ番組をみていたら大化の改新から数えて247もの年号があると聞いて驚いた。
 昔の人は、年数を数えるのが面倒だったと思うのだが、干支の組み合わせで60年一サイクルの表を使っていたのでそれほどのことでもなかったのだという。

 台湾からの書面で年号と年数に驚いたことがあった。辛亥革命の時を元年としているので、現在は90年くらいになるのだろうか。イスラム諸国にはまた別の数え方があるのだろう。この点、百年単位の西暦はわかりやすい。

 最近の歴史記述書で、寛永5年などとは書かずに1628年と西暦で記してあるのをみて、ここまできたのかと驚いたことがある。

 これからも日本の年号は残すとしても、天皇の生死にかかわらず、例えば21世紀そのものを元号で呼べばよいのではないかと思う。そうすれば歴史と伝統を残しながらも便利になる。今世紀初頭がそのチャンスだったような気がするが、これにはまだまだ抵抗が多いのだろうと思う。しかし何らかの工夫がないと次第に元号は使われなくなっていくのではなかろうか。
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by watari41 | 2005-04-17 09:58 | Comments(0)

平均値

 日本人は「平均」が好きである。自分の存在を平均値的なところに置いておきたいという潜在的な願望があるようだ。
 話がまとまらないと足して2で割るなども平均値的手法である。だが平均値は使い方を誤るとおかしな結果を出してしまうことになる。

 きれいな分布をもった集団の平均値は意味を持つが、メチャクチャなものをかき集めてきて平均をとっても何の意味もなさない。時には「平均値」に惑わされることもある。

 一人当たりの貯蓄額などもその例である。日本全体の貯蓄総額は1400兆円なので、1億2千万の人口で割ると一人当たりは1千万円以上にもなる。一家庭「平均」では4千万円ともなる。だがそんなにないよという人が大部分のはずだ。これは、ほんの数%の人に大貯蓄があるからで、貯蓄は非常に偏った分布となっているからである。「平均額」がなくとも悲観するにはあたらない。

 「平均寿命」というのも、ゼロ歳で亡くなる人も含めたことなので、現在時点での「平均余命」の方が、生きている人にとっては意味がある。

 ゆとり教育の結果、学力の「平均値」が下がったといわれ、あわてふためき元に戻そうとしているが、その下がった平均学力の中味をよく分析してみる必要があるようだ。
 いろんなところに「平均」が出てくるが、平均そのものにに踊らされないことが肝要だ。
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by watari41 | 2005-04-15 07:41 | Comments(2)

本土決戦

 鹿児島県で、防空壕を遊び場にしていた子供の痛ましい事故があった。米軍との本土決戦に備えて県下にはおびただしい数の防空壕が作られていたようだ。沖縄の次は九州南部に上陸と誰しもが考えていたようだ。

 だが、本土への本格的な上陸作戦はまったく別の場所にあった。それが何と我が町の海岸一帯であったというのだから驚いた。宮城県南に位置し平坦で長い海岸線をもつこのあたりは格好の上陸作戦を行うのに適していたようだ。まず仙台を確保する考えだったのだろう。
 もう一つの候補地は、首都に近い九十九里浜であったという。

 日本軍も終戦近くになってから、これに気づいたと防衛庁の戦史資料に記録が残されているそうだ。米軍の記録にもこの作戦計画があったと確認されている。(註:1)
 実際に終戦の間際、この田舎町に偵察に来たと思われる戦闘機が飛来し、機銃掃射によってかなりの民間人死傷者もでている。空からの銃弾が耳元をかすめたことを記憶している友人もいた。

 ノルマンディー上陸作戦を映画「史上最大の作戦(Longest Day)」で見たことがある。まかり間違うと我が町は、とてつもない砲弾の雨にさらされ、私も生き残っていたのかどうかわからない。歴史の不思議さを感じている。

 鹿児島の防空壕は日本軍が作ったのだから国の管理下にあるべきだと、相も変らぬ責任のなすりあいをしているようだ。60年を過ぎて戦後はまだまだ終わっていないところがある。

 (註:1)当町出身で中央官庁にいた人が、この話を郷土史に寄稿している。
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by watari41 | 2005-04-13 07:28 | Comments(4)

大躍進政策

 40年ほど前、毛沢東による文化大革命の当時、次の改革は農村からと「大躍進政策」がとられた。当時の中国は一種狂乱の時代でもあった。
 一反歩の田から米が2トンもとれたというのである。日本での最高実績の数倍にあたる収穫量だ。稲穂が田んぼ一面に密集している写真があった。
 当時の日本のメディアはこのことを何の疑いもなく掲載していた。だがこれはとんでもないインチキだということが後で明らかになった。刈り取り寸前の稲を移して、見せかけたのである。専門家はそんな大収穫はありえないのだとのコメントを出しているが、これは後々に報道されたことである。
 当時は毛沢東のカリスマ的指導で、やれば何でも出来るんだというような精神性が強調されその陰でのイカサマもまかり通っていたのだ。

 最も悲劇的だったのは「鉄」の生産だった。当時はその生産量が国力を表すといわれていた。毛沢東は製鉄所を作らずとも「農家」でも「鉄」を作れるんだと奨励した。
 農民は鉄鉱石を運び、山の木を切ってこれを燃やし軒先に簡易製鉄所をつくったのである。鉄はどんどん出来て中国の生産量が上がった。
 だが、これも何にもならなかった。木を燃やした程度の低い温度で出来た鉄は、使い物にはならなかったのである。これは中国の山々を禿山にしただけで終わった。

 毛沢東は国民政府を台湾に追いやり、中国革命が終わった後も、第二の革命を続けたかったのだという。だがこれは失敗した。カリスマ的な創業者が長生きしたがために、いろいろと悲劇的な混乱を引き起こしてしまったのだ。
 
 やや、こじつけがましいのだが、日本ではダイエーがこれに当る気がしている。ワンマン創業者が、本業以外の第二の夢を追い続けたが為に最後はおかしくなってしまったのである
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by watari41 | 2005-04-11 13:51 | Comments(0)