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大企業病

 この年末に仙台のデパートでソニーの「ものづくり・未来展」があった。最新のロボットの動作実演が呼び物で、この種の企画では珍しく有料だった。
 この会社は、世の中にないものを作り出すという企業スピリットをもっている。創立後半世紀の間に作られたその時代の最先端を行く数々の製品が陳列してあった。トランジスタテレビなどが当時の発売価格と共に展示されていた。
 今や世界有数の企業だが、これまでいわゆる「大企業病」に罹ることなく成長できたのは、このモルモットのような企業スピリットがあったお陰だといわれている。

 「大企業病」は、必ずしも大きな会社が罹るものということではない。小さな会社もこの病に侵される。会社がお役所のようになってしまうのである。活力を失い内向きになり、外部へ向うエネルギーがなくなってしまう。業績はどんどん落ち込んでいくことになる。

 巨大企業であるT自動車は今も活力を保っている。これはジャストインタイムなど「ムダを取る」という会社として永遠の目標を持っているためと考えられる。
 安定している会社は不安定で、不安定な会社こそ安定なのだといわれたことがある。危ない会社は絶えざる緊張感があり、いろんな知恵がでるので安定へと向う。どこから見ても安全な会社はやることが安易に流れ、危険な状態へと陥るのだという。
 牛丼で有名な会社が、輸入牛肉がストップしたために、考えうる範囲での最大のピンチを迎えている。しかし、これに対応するために死に物狂いであらゆる方策を考え実施しているようだ。通常なら間違いなく倒産するような事態であるが、その頑張りぶりからおそらくはこれを切り抜けるのではないかと思って見ている。

(2004年大晦日を迎えました。今年5月にこのブログを始め11月には日経新聞に紹介をいただくなどで多くの方々のご来訪をいただき延べ5千名を超えるに至り感激しております。今年は災害の多い年でしたがどうか良いお年をお迎えください)
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by watari41 | 2004-12-31 08:21 | Comments(0)

挨拶とストレス

 町内を歩いていて挨拶をされる。相手を思い出せないのだが、向こうはいかにも親しげに頭を下げる。こちらも返すのだが、顔に記憶はあるが誰なのか思い出せない。名前を聞くのも失礼だと思い、そのまま過ぎてしまう。こんなことがだんだんと多くなってきた。

 昔はこれと逆だった。こちらから挨拶をするとお年よりは、どなたでしたかと聞いてくる。〇〇の息子ですとか孫ですというと、あーそうでしたかとなる。ある年齢からはこちらが相手を知っているよりも、相手がこちらを知っている方が多くなるようだ。
 しかし、私はまだ相手を誰かと聞くような年齢ではない。だが記憶は確実に減退しているようだ。ここにジレンマがある。ストレスを感じることもある。

 私よりもはるかにお年寄りの方で記憶のしっかりした人もいる。そんな時にこちらがわからないと大変に恥ずかしくなってしまう。

 私らにはたわいもない悩みだが、有名人ともなると大変なようだ。長嶋監督の逸話を思い出す。
 日本人誰もが知っている人なので会う人も数限りないようだ。会った人はそれこそ一生に一度というようなことで感激して忘れることはないが、長嶋さんは全部を憶えている訳にはいかない。再び会ったときに、サービス精神旺盛な長嶋さんから、△△でお会いしましたねときりだすとのだという、いや××の時でしたという応答に、長嶋さんは慌ててそうでしたねという相槌を打つというような話を聞いたことがある。
 傍目には、何気ない風を装ってはいるが相手に失礼したとか、こんなことが大変なストレスではないのかと思ったことがある。監督倒れるの報道を見たときにこんなことが一因なのではと考えたことがあった。
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by watari41 | 2004-12-29 07:59 | Comments(2)

選挙違反

 仙台選挙区の国会議員が選挙違反で辞職に追い込まれた。誤解を恐れずに言うなら、ささいな違反でしかないようだ。昔から選挙には大金が動くものだとされていたが、実際にそのことで検挙された人はほとんどいない。表面化しにくかったのである。

 私も選挙が好きだったので、町内の選挙にはずいぶんと係った。この半世紀で選挙はすっかり簡素化というかクリーンになったことを実感する。町会議員選挙でも、毎日が宴会のような時もあった。酒好きは事務所回りをして、コップ酒をあおっていた人も多かった。今やお茶しかないのである。掛かる経費も桁違いに少なくなっているようだ。
 議員の町内会行事への寄付行為は禁止された。日常的に余計なお金を使う必要はなくなったのである。

 大袈裟にいうと、日本の民主化は地方から進んでいるようにも感じる。中央政界では昔からの習慣がまだ残っているようで、億単位のお金の始末に困っているようだが、徐々に改善されていくものと信じている。
 地方から中央へクリーンさが波及するのも時間の問題だろうと楽観的に考えている。最近では取り締りも、どちらかといえば形式的な違反に目を光らせているようだ。選挙がクリーンになったからといって、しかるべき人が選ばれているかといえば問題もあるようだ。田舎では親戚の多いところにはかなわない。

 分野は異なるが選挙万能を変えるような動きも出ている。東北大学では学長を選挙ではなく一般からも公募して、ふさわしい人を決めようという動きがあると地元紙が報じていた。学部間の勢力争いみたいなことはもう止めようというのだろう。

 選挙は最も民主的なのだが、イラクやウクライナでは命がけである。理想的な選挙への道のりは、はるかに遠いようだ。
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by watari41 | 2004-12-27 09:56 | Comments(0)

数字のあれこれ(5)

 数字を用いることは一見して科学的なイメージがある。どういう根拠なのか、数字で示してくれなどというセリフを聞くことがある。だが数字に騙されてしまうことも多くある。数字のごまかし、いわば詐欺にあうこともしばしばである。個人だけではなく、公的機関も騙される。
 仙台では近年設立された私立大学が、壮大な架空の数字を作り上げて数百億円をだましてまさに無から有を作り上げてしまった。天才的詐欺師にかかると、数字はまさにマジックの道具みたいなものだ。作為的な数字を見破ることは案外にして難しいことだ。
 誰もが信じている書類の数字となるとなおさらである。有価証券証券報告書の偽造が問題にされている。これなどは、そもそも真実を書くことが前提にあるものだ。西武グループのイカサマが40年も通用したというのは、経済関連の数字は意外とあてにならないということを実感させる。
 銀行の不良債権の数字もくるくると変った。その都度基準が違うのだとの言い逃れがあった。原子力に関係した技術データーが改竄されていたことも記憶に新しい。科学的データが必ずしも真ならずである。

 人間の健康も数値化されてしまっている。昔の医者は顔色を見て肝臓が悪いとかの診断を下していたが、今や数字がどの程度悪いのかを示してくれる。患者の顔を見ることなく、ディスプレイの中に患者がいるのである。

 世の中には数字で表せないことも多くあることを最後にこの数字シリーズを締めくくりたい。親愛の情、感謝の気持ちだとか、人を悼むとか、ココロのなかまでは数字が入り込んでほしくないものだ。
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by watari41 | 2004-12-25 13:12 | Comments(2)

数字のあれこれ(4)

 銅が溶ける温度の1083℃が妙に記憶に残っている。入社した頃は高い温度を測定する用具を自分で作っていたのである。
 熱伝対というもので温度が上昇するとわずかではあるが、電気が発生することで温度が測定できるものである。40年前のことだが思い出深いことだ。高い温度に耐える壷に銅と熱伝対温度計とを入れて徐々に加熱していくと順調に上昇していた温度グラフが、あるところで踊り場のようになる。銅が熔けて固体から液体になるときに熱を奪われるので、一時的に温度上昇がストップするのでこのような現象がでてくる。そしてまた上昇を続ける。その踊り場が銅の融点1083℃なのである。

 氷が解けて水になる時や、あるいは水が気体になる時にも同様な現象がある、これは小学校の理科の実験でもやることだ。これを工業的に高い温度までやっていたのである。
 さらにアルミニュームの熔けるところを同様にして測定するのである。アルミニュームの熔ける温度は680℃なので、銅の1083℃との直線を引いて、これが私の作った正確な温度計だと称するのである。
 いまどき考えられない話ではあるが、当時は工場で安価に正確な温度を求めるのは、こうするより他にはなかったのである。
 実験の時に用いる温度が正しくなければそのデーターは何の意味もなくなってしまうので、かなり真剣なものだった。
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by watari41 | 2004-12-23 10:23 | Comments(0)

数字のあれこれ(3)

 天気予報で気圧を表すのに「ヘクトパスカル」という言葉が出てきたときには、何となく違和感があったが数字は前と変っていないのでだんだんと慣れてきた。いろんな物理現象を表す単位はよく変る。
 明治以降、工業の分野では「C・G・S単位系」が使われてきた。これが「M・K・S単位系」に、さらには国際規格である「SI単位系」へと統合された。この半世紀の間、私が在職の頃も単位の変更にはずいぶんと悩まされたものだ。

 私が関係していた、磁気の量、磁気の強さなども,教科書ではM・K・S系を学んだが、実業界で使われていたのはまだC・G・S系であった。10年もするとこれに慣れ親しんでしまった。しかしこれを国際基準に直す必要があるといわれだした。
 人間というのは非常に保守的なところがある。変更を審議するときに年配のこの道の権威者といわれる人がC・G・S系に頑強にこだわった。見かけ上はM・K・S系だが、実質は従来とあまり変らないものを苦心して作り上げたことがあった。よくいわれる玉虫色の決着である。面白い単位の表現があったりしたが、何年か後の改定時にそれは直された。

 今もとまどっているのは、米の生産量のことである。テレビなどの報道では昔から「何万トン」という表現をしている。だが農家レベルでは、今だに一反歩当たり何俵を収穫できたかの話になっており、頭の中でこの話をつなげるのにいつも一苦労する。子供の頃に手伝った農業の記憶から、田の面積と米の量が俵でインプットされてしまっている。
 北朝鮮に援助される12万トンとは、いったいいくらの田んぼから収穫される米なのだろうかと、いちいち計算してしまっている。
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by watari41 | 2004-12-21 13:50 | Comments(0)

数字のあれこれ(2)

 数字は限りなく数えることができる。いくら大きくなっても「兆」の次は「京」そして次は・・・と、どこまでも単位を増やしていける。無限というのは実際には、数え切れなくなってこう表現してしまう場合がある。ある種族の未開人が3までは数えるが、それ以上は無限大としてしまうという。我々とは数える限界をどこにおくかの違いである。
 「8」の数字を90°回転して横にすると無限大の記号によく似ている。計算機などの液晶ディスプレイに8の文字が薄く並んでいたことがある。この数字の各部分を点灯させることで、「1」から「0」まで全ての数字を表せるのことを発見したのはすごいことだ。。8は無限に通じるという考えの延長みたいで面白い。

 我々は数字に特別の意味を持たせてしまうのが好きだ。「9」は最後の数字で年末のベートーベンの合唱がことさらに人気が高いのはこのことに影響されていることはよく知られている。

 「5」も日本人には好まれる。五体満足、五穀豊穣、五感に訴えるなどである。製造現場では「5S」というものがあった。整理・整頓・清掃・清潔・しつけである。もっと「S」のつくものはありそうなのだが、5つで止めている。

 数字そのものには何の意味もないのだが、「4」は死につながるからと病院などでは忌み嫌われたこともあった。「5」はゼロと10の中央の数字なので、安定感があるということなのだろうかとも思う。実際面でも五重塔は過去に地震で倒れたことがないそうで抜群にバランスが良いようだ。最近、模型を作って研究されているというニュースがあった。これまでの構造力学にはない事柄が出てくるのか興味をもっている。。
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by watari41 | 2004-12-19 10:36 | Comments(2)

数字のあれこれ(1)

 「十進法」はわかりやすくて最も合理的なものだと思う。デジタルの「ゼロと1の二進法」はどうもよくわからないという人が多い。十進法がなぜ分かりやすいかといえば、人間の手に由来するものらしい。両手10本の指で数えられるからである。もし指が2本しかなかったら二進法が普通になっていたのではないかと思うのは、うがちすぎだろうか。

 時間の世界は60進法と12進法の世界だ。どうして60秒が1分で60分が1時間なのかと思う時がある。これは何千年も前にバビロンの時代に使われ始めたのが起源だという。その頃の一年は360日であったという。60で割り切れる。そんなことだといわれると何となく納得してしまう。
 近世になって、メートル法が出た時に時間も十進法に直すことが検討されたようだが、あまりにも普及しすぎていて、もはやどうにもならなかったのだという。世界中の時計を全部変えてしまうことは、あまりにも困難なことだと。
 東洋には干支の考え方があって12支がある。5サイクルで還暦の60となり完結する。昔は6のサイクルがよく使われた。6尺で一間、60間は一町で36町を一里とした。私が子供の頃はまだその名残があった。洋の東西で「6」がキーポイントになっている。

 1年を12ケ月とすることから1ケ月は30日が生まれた。10日が1週間にならなくてよかったと思う。サラリーマン時代には7日が丁度よいサイクルだと思ったものである。数字の世界は一見して科学的・合理的なようだが不思議なことも多い。重さの単位で16オンスを1ポンドとしているのは何故だろうと思ったりしている。
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by watari41 | 2004-12-17 13:43 | Comments(0)

新築と修理

 古い建築物は文化財ともなると修理されて後世に伝えられる。国宝、重要文化財などいずれも当初の姿を残してはいるがそのままではない。我々は修復された姿を何の疑いもなく美しいと思って見ているが、世界遺産の指定を受けるときに問題になった。
 オリジナルなものではなくなっているというのだ。日本人の感覚では木材を使ったものであり、補修をしなければ長い年月をもたないものだと疑問に思ったことはないが、ワールドスタンダードではなかったのである。いろんな論議の末にやっと世界遺産と認められるようになったのは記憶に新しい。

 修理と新築という考えが、日本の税制にも表れているので面白いと思ったことがある。家を新築するといろんな税金がかかる。しかし同じお金をかけても古い家を修理したときには税金は安い。昔の家という認定なのだろう。家にかけた金額ではなくて、その状態に税金をかけるということで、古いものはいくらお金をかけようと古いということのようだ。

 機械設備にもそういうことがあった。新規設備には減価償却費が発生するが、修理だと経費で落とせたりする。日本の会計基準は、世界標準とは違うと問題視され合わせる必要があるといわれた。私はこのことには門外漢ながら、会計そのものにも問題があるのだろが、新しい物、古い物というような具合にモノに対する考え方そのものが日本独自のものであることに根本的な原因があるような気がしてならない。
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by watari41 | 2004-12-15 15:11 | Comments(0)

歴史ロマン(邪馬台国)

 邪馬台国はどこにあったのか。卑弥呼の墓はどこか。これほどの歴史ロマンはない。その道の専門家からど素人まで、一億総古代史家になったかのような時期があったのは30年ほど前のことだろうか。
 各人各説、邪馬台国の候補地は西日本を中心に数百箇所にものぼった。お国自慢みたいなことになってきた観があった。
 推理作家はこれを題材にした殺人事件を書いてみたり、私などは邪馬台国の名前を聞くと胸がワクワクする思いの時があった。邪馬台国という季刊誌も発行されている。

 天照大神は卑弥呼であるという説をとなえた方もいて興味をそそられたこともある。神社などにいくと、「鏡」がご神体であることが多い。これは当時の中国は三国志にも登場する魏から卑弥呼が鏡をもらったことに由来するものだろうと思うのである。諸葛孔明が活躍していたころから遠くない時代である。
 紀元3世紀頃で日本のことが文献上初めて登場する時代だ。古い時代のことにはそれだけでロマンをそそられることが多い。
 どんな解釈も可能だが歴史的事実は一つである。いろんな古墳などの発掘調査とか、吉野ヶ里遺跡のような当時の集落跡の調査などを通じて当時のことがかなり明らかになりつつあるようだ。邪馬台国の謎が解明されるのも近いことではないのかと思う。自分が生きているうちに、卑弥呼の墓が発見されるのか大いなる興味をもっている。
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by watari41 | 2004-12-13 09:18 | Comments(4)